第6話~魔王、畑を耕す~
わたくしの名はステラ。魔王様にお仕えする最近、魔王様のぼでぃたっちが多いのではないかと思う堕ちた女神のメイドでございます。
いえ、けして不快ではございません。むしろわたくしごときに頭をなで…なでなでしてくださります…喜ばしいと思う反面…恥ずかしく思います。わたくしは1万年以上生きた女神…まるで稚児のように…ああ、いえ…けして不快では…と思いつつ頭を自分で撫でます。ですが、足りませんね…魔王様でないといけません…。
魔王様はなんと人間ともエルフとも交流を断っていたエルフとの交流を持つようになりました。それと同時に、ハイデルヴルグ王国の貴族とも繋がりを持ち、奴隷に堕とされてしまったネージュ様の国のエルフの子達を水鏡の森のエルフの国に保護してもらえるよう働きかけたようです。
さすがは魔王様。素晴らしい手腕でございます。そして、連れ去られた人間に関しましても、ハイデルヴルグ王国にてその生活の保証をするよう命じたそうです。魔王様の政治力には舌を巻きます。
さらには商人の街の奴隷商を一掃。ハイデルヴルグに多大な貸しを作ることに成功。交渉の材料は多いでしょう。
そして何より、魔王様の噂が今回の農業の町、そして水鏡の森のエルフにより広まりつつあります。それにより、魔王様が「外道」と仰る輩の動きが止まりました。それと同時に、此度の水鏡の森と西の森のエルフを襲わせた出資者の話も魔王様の耳に入り、瞬く間にこの外道たちは魔王様により粛清されました。
「問題でーす!お前らは今死ぬでしょうかー!天寿を全うできるでしょうかー!!!」
「な、なんだぁ!?」
「これは神聖な森のエルフの分!」
「アガガガガガガ!!!!」
「これは西の森のエルフの分!」
「ピャッ!」
「これは水鏡の森のグウェンドリン女王のぶーん!!」
「イヤアアアオオオオオオオ!!!!!」
金銭を出し合ってならず者を雇った商人を次々に粛清。さらには殺した者達全ての前で
どうも、通りすがりの魔王です。
と仰っておられたが為、何も知らなかった使用人たちは生かされ、その後魔王によって出資者は皆殺しになった、と言う話がハイデルヴルグ中に広まり、そこから近隣諸国へ広まったようです。
一つ懸念材料があるとすれば、魔王が現れたことことに危惧したハイデルヴルグを始め、近隣諸国が連合軍を作り、魔王様を討伐しようと動くのではないか…とわたくしは懸念致しました。しかし、ゴンド様の情報網によりますと。
・力を付けすぎていて国も動けなかったので清々した。
・国際問題に発展しそうな問題を力ずくで解決してくれてありがたかった。
・ニンジンを提供したら仲良くしてくれた。
など、討伐問題には至らなかったようです。暴力を用いましたが正しく用いればそれは正義。魔王様がそう証明してくださりました。今のところ、魔王様を討伐しようとする不届きな輩、及び一番危険視をしなければならない勇者の存在は確認できておりません。
安心いたしました。
………
「此度の件、感謝いたします、魔王殿」
「本当ならお前らの仕事だろうがー」
「申し訳ありません。彼奴らは力を付けすぎ、こちらで対応することもままならない状況でした。ですが、魔王殿が現れてこれらを殺害したとなれば、災害に遭ったも同然。これにより、彼奴等の私財は没収できました。この私財は貴方が保護してくださった子供たちがいる孤児院への支援金。そして、水鏡の森のエルフへの支援金として回しても十分すぎるものになりました」
「それならゆるーす」
「少しは国でも使わせて頂きますが、8割は支援へ回させて頂きます。十分すぎるでしょう。それと、1割は彼らが成長した時の自立支援金として、ですね」
「未来も見据えるいい側近だなぁ」
「元老院の皆が優秀と言って頂きたいですね。さて、魔王と密談を交わしているなどと噂が知れ渡ると厄介です。今回の近況報告はここまでです」
「わかった」
………
「フォール様。此度はわたくし達を救って頂き、感謝いたします」
「俺は別にー。外道をぶっ殺しただけです」
「いえ…それだけでもわたくし達にとっては誠に助かりました。滅びを待つしかありませんでしたので」
「ならよかったです」
「フォール様。わたくし達はエルフとの交流も再開したいのですが、フォール様との交流も増やしていきたいと考えております」
「俺は魔王ですよ?そんなことをしたら他のエルフたちに怖がられるんじゃ?」
「いえ、魔王と言う後ろ盾があるからこそ、人間からの脅威から守られる。わたくし達は受けた恨みは一生忘れませんが、逆に恩も忘れません。このご恩は、この森のエルフ一同、後世まで語り継ぐようにと教えて参ります」
「んー…わっかりましたー」
「わたくし達からはフォール様に干渉することはございません。ですが、万が一わたくし達エルフが暴走するようであれば、抑止力となって頂きたいのです」
(温和そうに見えてすっごい強かだなぁ。こりゃあこの国は発展するかな。俺からもそう手出しすることはないかな)
「何かあれば言ってください。協力します」
「…ありがとうございます。できるならば、魔王の力をお借りすることは避けたいですが」
「そうですね。俺が出ることはないようにしてほしいです。俺はただ、魔王城でのんびり農業でもして暮らしたいだけですので」
「承知しました」
「ああ!グウェンドリン女王がくれたエルヴンピアス、メイドに喜んでもらえました!」
「ふふ、そうですか。それは何よりです」
「じゃあ、俺は帰ります!ありがとうございましたー!バイバーイ!」
………
魔王様がエルフより頂いたピアス。「黝簾石(ゆうれんせき)」と言う名がついた大変青色の美しい宝石がついたピアス。わたくしは暇があると頭を触ったり、このピアスを触っています。決して紛失しないよう…大切にせねばなりません…。
ネージュ様はダイアモンドがあしらわれています。純潔…ネージュ様にはぴったりでございますね。
ああ、魔王様…このわたくしにこのような物…本当に、魔王様はお優しいお方です。
「ネージュー、俺って怖いかー?」
「はい!とっても素敵な魔王様ですっ!」
「怖いはどこ行ったのかなぁ?」
今日も魔王様はお元気でございます。本日は中庭の開拓をされる…とのことでございます。畑をネージュ様と共に耕し、ようやく作物を育てる環境が整いました。
整いはしたのですが…。
「魔王様ぁ…」
「ニンジンもジャガイモも土の中で腐っちゃったなぁ」
意気揚々と耕した畑に作物を植えたのですが、見るも無残に全て腐ってしまいました。その原因をわたくしはわかっております。お伝えしておけばよかった…ですね。
「魔王様…この魔王城の土はずっと魔王の瘴気や死の瘴気を浴びております。生命がとてもではありませんが育つ環境ではございません…」
魔王城がここにできて数千年…世代を超え、ここはずっと魔王の瘴気や死の瘴気を放つ魔物たちであふれかえっておりました。ですので、土ですらそれを吸い、マンドラゴラや猛毒草くらいしか育つ環境ではありませんでした。水路の水は水の魔法石により、清潔な水が流れているのですが。魔王でも新鮮な水がないと生きてはいけないようでした。そこは問題ありませんが…土はどうにもできません。
「えー。これじゃあ作物が育てられないな」
「申し訳ございません…事前にお伝えをしておけば…」
「ステラのせいじゃない。悪いのは魔王だ。先代以前の魔王は全員殺すー」
魔王様が少し悲し気なお顔をされておりました。そのお顔はわたくしも胸が痛みます…ですが、わたくしにはそう言った知識はございません。どうしたものか…。
「そうだ!魔王様、お母様に教わったことがありますっ!」
ネージュ様が何かを閃かれたようです。
「伝説のドラゴンの糞を肥料にすると、生命力がすごいのでどんなに死んでしまった土でもたちまち生き返らせることができるって聞きました!」
「おー!ドラゴンのうんこ!」
「ふ、糞ですよぉ」
「うんこでも一緒だー。ネージュ、ナイスだー!いい話を聞いたぞ!ステラー!明日のネージュの朝ごはんのハムと目玉焼きを2個追加だー」
「かしこまりました」
「2個では多いですぅ。1個で大丈夫ですっ!」
「じゃあ1個で!で、その伝説のドラゴンって何だ?」
「そ、それはぁ…わかりません…ごめんなさいぃ…」
「んー…」
「三賢竜のことでしょうか?」
「ステラさん?」
「神々がこの世界や人間を律するために作りだしたドラゴン…三賢竜。先代魔王などが生み出したドラゴンとは違います。わたくしは…思い出せませんが…」
「三賢竜…なんだか、すごそうですね」
「このドラゴンの血を分けてもらった者は強大な…それこそ本当にこの世界の頂点に立てるとも言われているそうです。かつての魔王がその話を聞き、挑みましたが帰ってくることはありませんでした」
「ドラゴン、ナイスー。でも新しい魔王が生まれたわけか」
「はい。話を戻しますと、たしか…魔王が挑んだドラゴンはハイデルヴルグのさらに東にあるこの世界で一番高い山、バロール山の頂に…最も賢きドラゴン、炎の王とも呼ばれるワーグナーがいると聞いております。ですが…強大な魔王の力をもってしても敵わなかったドラゴン…魔王様、ここは諦め…魔王様?」
馬房の方角へ向かって駆ける魔王様のお姿を見てしまいました。
「魔王様ー!お気を付けてー!」
「!?!?!?!?」
「ちょっとドラゴンにうんこもらってきまーす!!!」
「魔王様!?危険です!灰も残らず焼き尽くされてしまいます!お戻りください!お考え直しください魔王様!あっ!」
「きゃっ!?」
魔王様を追いかけようとしましたが石に躓いて転んでしまいました。あっあっ!ピアスは!?ぶ、無事ですね…ぺっぺっ…土が口にまで…。はっ!?いけません!
「魔王様ぁああああ!!」
土を落としている間に空をクレセントさんに跨って駆ける魔王様を見てしまいました。叫んでも手を振ってくださるだけ…お戻りは…頂けないようですね…。
「ゴンド様!ゴンド様!!魔王様を追いかけてくださいまし!!」
「ゴンドさんは今鶏肉を奪ってくると仰ってお出かけ中ですよ?」
「そ、そんな…」
またしても…わたくしは魔王様を止めることができませんでした。わたくしはただ、何事もないようご無事を祈ることしかできません…。ネージュ様…次は止めてくださいまし…。
/
バロール山の山頂にやってきたフォール。空が近い。濃い青い空が美しい。本来ならば生物ならば酸素が地表よりも薄く、たどり着くことは不可能な場所。麓の人々は神聖な地。神が住まう地として崇めてきた場所。そんな場所であるがなぜかフォールは活動できる。天空の宝玉と呼ばれる首飾りをつけているからである。
かつての魔王がこの頂の竜に挑み、そして敗れたわけだがそれから新たな魔王が愚かにも再び挑もうと準備を進めていた。結局怠惰な魔王は宝の持ち腐れにしてしまい、フォールの代まで宝物庫に転がされていたもの。酸素の極端に薄い場所でも活動ができる風の精霊の加護が込められた宝具。
「おーい、ドラゴンいるかぁ?うんこくれー」
山頂で三賢竜のうちの一頭を呼ぶ。力を示しに来たわけでない。彼は自分の城の死んでしまった土を生き返らせる可能性がある糞がほしいだけなのだ。戦う気はないですよーと思いながら周囲をうんこをくれと言いつつ探し回る。
「ドラゴンもいねぇ。うんこもねぇ。うーん?引っ越したか?」
竜の気配は…ない。どこかへ行ってしまったのか?これは一回城に戻って情報を取り直す必要があるな、と諦めかけていた次の瞬間。
ゴッ!!!と何かが空気を切り裂くような音と共に、焼けるような熱を感じた。ん?と空を見上げれば、真っ赤な鱗の巨大な竜が自分めがけて灼熱の炎を吐き出しているではないか!
「あ、やべ」
そう言うや刹那、ゴオオオオオ!!!!!と岩をも溶かす炎がフォールを飲みこんだ。積もった雪は一瞬で蒸発。岩は熱した飴細工のように簡単に融解。
「あっぶねー。こいつの加護がなかったら俺黒焦げだったわ」
やや髪やマントが焦げ、顔に煤をつけたフォールが飛び出してきた。勇者の際はかつて神秘の鎧と呼ばれ、あらゆる魔法や炎、吹雪などを無効化、弱体化させるこの鎧。人類を超越した強さを持つ「勇者」フォールの危機を幾度となく救ってきた鎧だ。
白銀、もしくは鏡のように美しかった鎧は今や光を吸収する真っ黒な鎧と化している。剣と同じだ。もう「勇者」ではなく「魔王」であるのだが、鉄を容易に斬り、此度も炎からフォールを守った勇者の装備。
(おかしいな。俺はもう魔王だぞ?女神の加護なんざねぇだろ…?)
疑問が浮かんだが、今はそれどころではない。空を飛び、旋回してさらに炎を吐こうと思っている竜を何とかしなければならなかった。
「おい!俺は攻撃する意思はないし、敵対したくない!やめてくれ!」
フォールは三賢竜「ワーグナー」に叫んだ。しかし、ドラゴンはけたたましい咆哮をあげてフォールめがけて突っ込んでくる。
「やるっきゃねえかー」
退く気はないらしい。フォールは黒い剣を鞘から抜き、身構える。ワーグナーは炎を吐き出す。フォールはそれを横へ転がってかわす。大丈夫とは思うが過信はできない。鎧の加護がいつなくなるかもしれない。真っ黒こげになるのはごめんだ。ステラ達を残しては死ねないし。
「しょうがねえ、痛いからって泣くなよー!!」
人間離れした跳躍力でワーグナーの頭上を取る。そして、その落下の勢いを使ってワーグナーの背中めがけて剣を振り下ろす。
「獲ったアアアアアアアア!!!!!!!」
そう叫びつつ、剣は深々とワーグナーの背に突き…刺さらなかった。ガキィン!!と言う音と共に、フォールは弾き飛ばされたのだ。
「何!?うおっ!?」
ワーグナーが体を傾け、フォールは滑り落とされる。と、同時に翼ではたき落とされる。凄まじい勢いで落下。土煙をあげた。
「いってぇなコラァ!死んだらどうすんだ!!」
普通の人間ならば潰れたトマトのようになっているだろうが、フォールは生きている。的はずれな批難を浴びせながらフォールはさらに炎を吐き出そうとするワーグナーを見上げる。
「これならどうかなァ!?『大雷撃魔法』!!!」
雷雲を呼びだし、赤黒い稲妻がワーグナーに落ちる。轟音が響くものの、ワーグナーは意にも介していない。まったく効いていないのだ。
「すっげ!」
フォールの必殺魔法、雷魔法がまったく通じていないことに笑いながら感嘆の声をあげた。あのクソザコ魔王が作りだしたドラゴンなんかとはレベルが違いすぎる。鱗は勇者の剣を弾き、魔法耐性は勇者の雷魔法をも防ぐ。
「もういっぱああああああつ!!!!!『極大雷魔法』!!!!!」
稲妻の本数も太さも桁違いの雷魔法。魔王にすら使わなかったフォールの最強の魔法攻撃。魔王城で使っていたらたぶんウインザーたちも巻き添えを食っていただろう強力すぎる魔法。
フォールの魔力は仲間だった大魔導士、リディさえも凌ぐほど。フォールは隠していたが、リディがこれを使えたとして、これ一発を撃てば魔力が枯れるだろう強大な力である。フォールも使えばタダでは済まない。大雷魔法と極大雷魔法なんて連発したならば、枯渇して倒れるはず…だったのだが。
(まだ魔力が枯れない。俺の体、どうなっちゃってんの??)
そもそものポテンシャルが高いフォール。それでいて魔王の力を得たわけだが勇者と魔王の力がミックスされ、何だかわからない状況になっているらしい。フォールは気づいていないが、とある女神の加護も授かっているため、無尽蔵の魔力を手に入れている。これは、もっと後に分かる話。
(それでもこのまま魔法を連発しても効果はないな。剣で斬りつけても駄目。さーて、どうすっか…ん?あの角についてるわっかは…何だ?)
フォールはワーグナーの角に無理やりはめこまれているような金属の輪を見た。フォールはすぐさまワーグナーがつけているものではなく、人為的にはめこまれた何かであると感じた。
「ワーグナー、操られてるのか?」
その言葉にピクンと反応したような気がする。そして、天を裂くような咆哮で答えたような気がした。そうだ。助けてほしいと。
「よっしゃ、任せとけ!!」
しかし、と思う。伝説のドラゴンだけあって鱗は魔王を貫いた剣も。魔王を焼いた雷でさえ通らない。さて困った。はたして、こんなことでこのドラゴンを止めることができるのか?無理だ。
「じゃあその魔具を破壊するしかねえかー!!」
ワーグナー自身にダメージを与えられないのであれば、あの魔具を直接破壊するしかない。その方針にすぐさま切り替え、フォールは黒き剣を魔具めがけて振り下ろした。
バチイイイイイ!!!!!
「うおっ!」
剣がぶつかった瞬間、バリアのようなものが現れ、フォールを弾き飛ばした。強力な魔術により防護されている。魔法も通じないくらいだ。よほど強力なものだ。うちの宝物庫にあった洗脳の腕輪と同等か、それよりも強い力を持っているに違いない。
「くっそー、うんこを手に入れるだけでなんでこんな苦労しねえといけねえんだよ」
だんだん腹が立ってきた。ワーグナーにではなく、こんな魔具を取り付けたおそらくは人間。絶対首刎ねる。そうフォールは決めた。はたして首を刎ねるだけで怒りが収まるかどうかが謎であるが。
操られて自我を失っているとはいえ、ワーグナーも考えているようだ。炎では焼けないと理解したワーグナーは直接、その強力な牙でフォールを嚙み砕こうとする。ガチィン!!!と回避したと同時にすごい歯が噛み合う音がする。
「うーん…表面がダメなら中からこんがり焼いてやるか?」
物騒なことを言っているが、柔らかいと思しき腹も自分の剣が通じるとは思わなかった。なら、柔らかそうな口の中ならどうか?やるしかない。
「よーし、俺はここだー。食ってみやがれー!まずいぞ。死ぬぞー」
空から一気に口を開け、フォールめがけて突っ込んでくるワーグナー。フォールは避ける素振りも取らない。フォールはそのままワーグナーの牙で…噛み砕かれ…なかった。
「ガガガガ」
「口ン中まで頑丈だなぁお前は。まあ、そのおかげでこうやって剣をつっかえ棒にできたんだけどさ」
剣を縦に突き立て、ワーグナーの口を閉じないようにしたのだ。さすがは元女神の剣。今まで激戦を共にしてきたが、刃こぼれどころか傷一つない黒き剣。それはワーグナーの強靭な顎の力ですら折れることも砕けることもなかった。それどころか口の裏に剣が刺さり、血が出ているような気がした。その血がフォールにかかるがフォールは気にもせずにワーグナーに笑って話しかけた。
「表がダメなら中身はどうかな?これでも食らいやがれ!!!!」
手を口の中に突っ込む。そしてフォールの右手から赤黒い稲妻が迸る。
「喰らえやあああああ!!!!!!『極大雷魔法』ォオオオオオオ!!!!」
「ガアアアアアアガガガガガガガガガ!!!!!」
さすがのワーグナーも体内を焼かれてはひとたまりもないらしい。苦悶の表情を浮かべ、もがき苦しむ。フォールは自分の魔力の最後の一滴までも絞り切るかのようにワーグナーの体内に雷を放ち続けた。ワーグナーの羽ばたきが止まり、力なく地へと落ちていく。もうもうと土煙をあげてワーグナーは地面に叩きつけられ、動かなくなる。
「ハァ…ハァッ!!!これで…どうだ!!!!!斬れろォオオオオ!!!!!」
疲れた体に鞭を打って剣を取り、角めがけて剣を振るう。スパン!とワーグナーの黒い巻き角が飛んだ。鈍色に輝く謎のリングと共に。
「はー!しんど!これでどうだ?」
ワーグナーは吼えて暴れた後、頭を力なく地へと垂らした。やべ、殺しちゃった?と焦るフォール。
「ワーグナー!!」
「え、マジ…?」
フォールが目に見えて狼狽えた。なぜなら、そのワーグナーの名を呼んだもう一頭のドラゴンが現れたのだから。
(マジかよ。このドラゴンもワーグナーにはちょっと劣るけど、人の手ではどうにもならねえドラゴンだぞ…もう一頭と戦えってか…うんこを手に入れるためとは言え割に合わない。けど、逃げられないよな)
本来の目的とは大きくかけ離れている今回の戦い。だが、ワーグナーを倒された報復に出るだろう。そう思ったフォールは疲れた体を奮い立たせ、剣を取って薄桃色に輝く美しいドラゴンへと剣を向けた。
「お待ちなさい人の子。わたくしは貴方と戦うつもりは毛頭ございません。わたくしの名はウェンディ…三賢竜が一頭。無益な争いは好みません」
「……その言葉、信じていいのか?」
「ええ。どうか信じてください。それに…ワーグナーも決して貴方と好んで争いをしたわけではございません。ワーグナーは人間に操られていたのです」
何と、三賢竜ワーグナーは操られていたのだと言う。魔王などではなく、人間に。
「ああ、お話の前に…『癒しの風よ。その風で彼らを癒せ』」
ウェンディと言うドラゴンが羽ばたくと、今まで吹いていた冷たい風とは違う、暖かく、荒んだ心までもが落ち着くような風がフォールとワーグナーを包む。その風が消えたと思うと、フォールがワーグナーによって焼かれた体や傷が癒えた。嘘のように傷がなくなったのだ。
「わたくしの力は癒し。死した者をも蘇らせることができる癒しの力を持っています。選ばれし清き乙女にこの力。いわゆる聖女と呼ばれる者を生み出すこともあります」
「へー、すっげー。もう全部傷治った!」
「それは何よりです…あっ」
「ム、ムウ…」
傷が治ったと同時にワーグナーも意識を取り戻したようだ。
「ワーグナー…ご無事で…」
「ヌウ…この私を地に墜とし、あの者がはめた操りの魔具を斬り落とすとはな…」
「おっ、まだやるか?」
「剣を収めてくれ、勇敢なる者よ…そなたは…魔王か。勇者から堕ちた魔王か」
「俺の事を知ってるのか?」
「私はこの世の全ての過去を見通す。そなたのことは知っている。魔王を撃ち倒したが戦争の道具にされ、墜ちた勇者よ…」
「ふーん。本当に知ってるんだな」
「魔王フォールよ…そなたに助けられた…感謝する。ありがとう」
「俺はあんたを元に戻すためにここへ来たわけじゃないんだけどな…で、なんで人間に操られてたんだ?」
「うむ、それはだな…」
ワーグナーは苦々しい表情で語りだした。このふざけた魔具をはめられた理由は、ワーグナーとウェンディの間に生まれた卵を人間に不覚にも取られてしまったことだった。人間はその卵を人質にワーグナーとウェンディを脅し、不老不死になるために人間の心臓を欲していると言う自称賢者の2人によりはめられたのだった。
「なあ、ドラゴンの血を得ればよかったんじゃないのか?」
「確かに我らの血には絶大な力を与える効果があるようだが…不老不死にはならん。愚かなことよ…犠牲の上に不老不死になろうなど…私は奴らのせいで望まぬ命を刈り取る死神となってしまった。三賢竜の恥晒しだ」
「でもさ、それってワーグナーが悪いわけじゃないだろ?悪いのは千年もかけて…いやもっとか。長い長い時間をかけて産んだ卵を使ってワーグナー達に悪いことをしたその人間が悪いんだ。だから…俺、そいつらちょっと殺してくる」
「お待ちください。そのように人を簡単に…」
「俺は魔王だ。人間の倫理なんて持ち合わせちゃいないし、人間の法律とかなんか関係ない。それよかワーグナーとウェンディの命の結晶を悪いことに使って、めちゃくちゃしやがった外道が悪いんだ。それに俺は本来の目的とはかけ離れたことをさせられて、そいつらにめっちゃむかついてきた。そいつら殺すわ。俺は外道が大嫌いだ。死んでいい」
淡々と語るその目には狂気じみたものが浮かんでいたが、結局その賢者と名乗る愚者を放っておけばまた自分達に何をしてくるかわからないし、言うことを聞かなければ卵が破壊されてしまう可能性が高い。自分達が出向けば確実に破壊されるだろうし、ここは…申し訳ないが彼を使う以外他になかった。
「………わかった。私はお前がすることに目を瞑ろう。そして…我らの卵を取り返してほしい…」
「了解しましたー。もう俺、めっちゃムカついたからぶっ殺してきまーす!クレセントーーーー!!」
口笛を吹くと空から駆けてくる天馬、もといナイトメア。勢いよくクレセントに飛び乗ると、いってきまーす!と呑気に言いながらフォールは山を駆け下りて行った。
「待つのだフォールよ!その賢人と名乗る者は複数いる!そしてこの山のふもとの賢人の村にいるはずだ!だが、どこにいるのかなどはわからぬ!」
「だいじょーぶでーす!!!それだけ聞けりゃじゅーぶん!!!」
そう言って手を振ってものすごいスピードで降りていったが…何が大丈夫なのだろうか…。ワーグナーは目を細め、苦々しい表情を浮かべる。もともと魔王は信用ならん…盟友を倒し、その血を得ようとした愚か者であった。今回の魔王は何を目的としているのか皆目見当もつかなかった。
/???
「むう?ワーグナーへの魔力供給が途切れよった」
「なんじゃ?あの魔具は壊れることもなかろうて」
かび臭い書物が無数に並ぶ日も当たらぬ狭い場所において、2人のしわがれた声が響く。その声と同様に身体も干からびたかのように皺が目立ち、骨と皮だけのような容姿。背は低く縮み、幼子のようである。薄汚い白髪とヒゲ。魔術師のローブを身にまとう慇懃そうな顔をした老人たち。
「まあええわい。また取り付けに行けば良いだけの事」
「村の娘を使えばよかろう。儂らではもうあそこへ行くだけの体力もないからのう」
「あと少しじゃと言うのに…とんだ邪魔じゃ。はよう術を完成させねば…儂らの体が朽ち果ててしまうわい」
「そうじゃベルドー。我輩たちの体はもう長くはない」
彼らが研究しているのは永遠の命と若さ。いわゆる不老不死。人間の心臓を多く取り込み、若き女子の血を飲み、最後にはドラゴンの血を混ぜることで不老不死は完成すると言う。この10年以上、彼らはその研究を進め、三賢竜を使い多くの生贄と称して穢れのなき処女の心臓を手に入れ、血をすすり生きてきた。それでも若返ることなどなく、効果は何一つない。
彼らの研究は失敗である。不老不死などそのようなことではなることは不可能。数百年前の魔術所においてそう切り捨てられているのだが、彼らは諦めなかった。そうして無駄な時間を過ごし、多大なる犠牲を出しておいてもなお止まらない。彼らのプライドはバロール山より高かったが故、失敗と認めたくなかったのだ。
そうしてもう少し。もう少しと過ごしてきていよいよ心臓が止まりかけると言った事態に陥り、ますます処女の心臓を集めるサイクルを早めて研究を完成させようとしていた。
「ううう…処女の血を飲まねば…また心臓が止まるやもしれん。体が崩れるかもしれん」
「その通りじゃ…儂らは一刻も早く術を完成させねばならん…ええい、その辺の娘の生き血でも啜るとするか…」
そうして緑のローブを纏うベルドーと言う爺は外へ出る。困った…ここへきてワーグナーの支配が切れるとは。じゃが…こちらには奴らの卵がある。脅すことは容易く、言いなりだ。すぐさま魔具を付け直して…そうすカルディが考えていた時だった。
「はおおっ!?」
扉の向こうからベルドーの情けない声が聞こえた。何じゃ、また心臓でも止まったか?それとも糞でも漏らしたか?まあ、あ奴がくたばろうと儂さえ不老不死になれば何でもない。恨みに駆られて化けて出てくるでないぞ?
「なんじゃベルドー。情けない声を出しよって…」
ギイイ…とドアが開く。それと同時にかび臭い匂いとは別に濃い何かの匂いが漂う。
「外道さん、みぃつけた~」
手には剣。剣には緑のローブの翁…ベルドー。ベルドーはきっちりと胸、心臓を貫かれてすでに死んでいた。ブランブランとだらしなく揺れている。
「な、なんじゃ!?」
「ドブネズミのほうがマシな巣持ってんじゃねえか?臭えし狭えし…何食ったらこんな臭い部屋になるんだ?」
現れた黒ずくめの男。黒い鎧に黒い剣。黒いマント。髪まで真っ黒である。眼だけは禍々しい紅色である。その男を見るやいなや、スカルディは恐怖に震えあがる。男はベルドーをゴミでも捨てるかのように投げ捨てた。べちゃり、と自分達の研究資料が血まみれになった。
「き、貴様は…」
「ああ俺?」
―どうも。通りすがりの魔王です。
「ま、魔王じゃと!?ほ、ほう…!さては、儂らの研究成果に目をつけたんじゃな!?魔王の力にあやかればワーグナーなどいらぬ。好き放題女の血を手に入れられる…!不老不死の研究が完成に近づく!!!」
「不老不死だぁ?」
そう言うと魔王…フォールはスカルディに剣を向ける。不老不死なぞに興味はないと言わんばかりに。
「お前さんも不老不死を求めておるのじゃろう?そして儂らにそれを尋ねに来た。そなたの配下になれると言うのなら喜んで研究成果を差し出そうではないか」
「あのさ、俺はそんなクソつまらねえものに興味なんてないんだよ。俺がお前らに求めるのは…お前らの命だ。あと、三賢竜夫婦の子供。卵だ」
「な、何…!?」
「卵はどこだ?言ったら楽に殺してやるよ。言わないんだったら苦しめて殺してやる」
「待て魔王。興味がないじゃと?人間は永遠の若さを欲するもの。そして死を何よりも恐れる!それを興味がないじゃと!?フン!魔王には人のことなどわからぬわな!」
「全部の人間が不老不死を求めてるとか大層な嘘はやめろ。限りある人生だから楽しいんだろうが。永遠に生きたところで得られるのは死にてえって言う苦痛だろうさ。そんなことはどうでもいいんだ。早く卵の場所を言え。今すぐ殺すぞテメエ」
(ぐぐ、ぐぐぐぐ…こ奴…この賢人に対して何という不遜な!やはり魔族と言うものは下賤で俗物じゃな…!)
フォールが聞けばお前が言うなと言って即首を刎ねられるだろう。それを言えぬのは、単に恐怖しているからである。強い者に媚び、弱くは骨までしゃぶりつくす。それがこの賢人たちである。もちろん、フォールはそんなものは見透かしている。だからこそさっさと卵のありかを聞き出してこいつに苦痛を与えたいのだが…めんどくさい。
「いいから早く言え」
剣を首筋に立てる。ひい!と情けない声を漏らすぼろ雑巾のような老人。首からは血を垂らしている。
「こ、ここ…ここじゃあ…な、なんで儂らの場所が魔王に…」
「俺はな。外道の匂いをかぎ分けることができるのさ。特に、お前みたいな臭え臭え腐れ外道はな」
「わ、儂らは賢人じゃぞ!?無礼にも程がある!魔王だからとて儂らを侮辱するなど!」
「賢人?お前らみたいにな、人の弱みに付け込んで三賢竜を操ったり人を殺して回るような奴を賢人なんて言わねえんだよ。テメエらは薄汚え外道だ…テメエの事は地上の賢人から聞いたよ。罪もない女の子をワーグナーに殺させて心臓を貪って血を啜る外道だってなァ…」
魔王フォールがスカルディを睨みつける。その紅の眼は禍々しい殺気が浮かび上がり、そして命を今まさに刈り取ろうとしていた。
「俺はテメエみたいな外道が大嫌いだ…!お前ら全員死んでいいね」
トンッとスカルディの胸に衝撃が軽くあった。視線を下におろすとどうだ。何か黒いものが生えていた。それが剣だと理解するのには数秒を要した。
「あがっ、あっあっ…」
「お前もう不老不死なんだろ?実は。じゃあ心臓刺しても死なないよな?」
「あがぁ…!ち、ぢが…ぶほぉ…」
「え?何?なんて?何言ってるか聞こえなかった。もっかい言ってくれる?」
「ううう、ひが…ひがっ、わじ、じんじゃ…う」
「ちゃんと喋れよお前ぇ。うわっ、汚え血かけんじゃねえよ」
ズブリ。とさらに剣が差し込まれる。
「テメエらの自己中のために静かに暮らしてた三賢竜や罪のねえ人に迷惑かけてんじゃねえよ。迷惑だから今すぐ死ね。ああ、冥界に行ったら永遠に生きられるらしいぞ。その代わり、冥界の女王に一生苦しめられるらしいけど。いいじゃん、やったじゃん!死んでも風が吹きゃ生き返れるんだって!!いいじゃん、最高じゃん!」
「い、いやじゃあ…」
「いいじゃん!お前らに最高の環境じゃん!だから、いってらっしゃーい!!!」
「ぽっ?!」
心臓から剣を引き抜いたと同時、首に剣が突き刺さる。そして軽く薙ぐ。細い首だ。フォールがちょっと剣を薙いだだけで首は簡単に胴体から離脱。コロコロと何か恨めしそうにこちらを見ながら転がる愚者の首。
「生きててもいいことばっかりじゃねえのにさ。自分から苦しむために永遠に生きるなんてどれだけマゾなんだよこいつら」
フォールはそう言うと隠し部屋にあるワーグナー達の卵をどうやって持って帰ろうかと考え込む羽目になるのだった。
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