第1話~勇者、魔王になる~

「俺が…魔王?」


「左様でございます」


「なんで?」


「その玉座に座ることができるのは魔王様ただお一人…魔王の資格なき者は座ることはできません。ですが、魔王様は椅子にお座りになられ、認められたのです」


「えー?じゃあ俺が俺を殺さないといけないの?」


「いえ、そのようなことをなさらなくても…」


魔王城に来てちょっと椅子で寝ただけなのに…フォールはいきなり「あなたは魔王です」と言われたことに理解が追いつかない。俺はここで引きこもりたいだけだったのに。


「じゃあ俺もよく来たな勇者よ。お前を殺すーって言えばいいのかな」


「今この世には勇者はおりませんが…」


「なのに魔王は生まれちゃうんだ」


「どうしてかはわたくしにも分かりかねます。ですが、貴方様が魔王様として選ばれたのです」


「そっかー」


だったら魔王になるしかないよね、と軽く認めてしまうところがフォールだ。どうせただの肩書きかな。それくらいにしか思っていない。ここに元勇者・現魔王と言う奇妙な経歴を持つ魔王が生まれてしまった。


「でもさ、俺が魔王だってわかるものがないぞ?マントに何か杖でも持って魔王ですって言えばいい?」


「魔王様…こちらをご覧ください」


渡されたのは鏡。それを覗き込むと自分の目が真紅に輝いていることがわかった。俺の目って紅かったっけ?寝不足?


「寝不足ではなく、その真紅の眼こそが魔王様であらせられる証明にございます」


「おー、これならわかりやすいぞぉ」


「と言うわけでございますので、どうぞ…わたくしめをご寵愛頂けましたら…」


「はーい。ところで君は誰だ?魔族?それも魔王並にチカラを持ってそうな魔族だー」


「わたくしに名はございません」


「なんで?」


「わたくしは遠い昔…はるか昔は女神でしたが…魔王に翼をもがれ、チカラを失い、奴隷に堕とされました。特に先代魔王はわたくしに欲望の限りをぶつけておりました。この身体に残る傷跡は、何世代にも渡る魔王によるものです。性的なことももちろん調教されております。ですから魔王様。魔王様もわたくしに欲望の限りをぶつけてくださいまし。どのような事も、喜んでお受け致します。魔王様に尽くさせて頂きます」


「駄目だ」


堕ちた女神の言葉を否定する。顔を上げた堕女神は魔王の眼が怒りに満ちているように見えた。差し出がましかった…でしょうか…ああ、わたくしはこれから臓物でも引きずり出されるのでしょう…何をされてもわたくしは死なぬ身…早速欲望をぶつけてくるのでしょう…そう思い、目を閉じた。

諦めたような感情である。何をしても無駄。ならば、全てを受け入れるしかない。そう思っていた。しかし、新たな魔王から返ってきた言葉は違っていた。

 

「そんなことは言ったら駄目だ。何それ?そんな事したら俺が極悪非道で最低な魔王みたいじゃん」


「えっと…ですから、魔王様は魔王様でございます…」


「名前は?」


「わたくしは奴隷…奴隷に名前はございません。おいそこの、とか卑しい雌豚などと呼ばれたことはございますが…わたくしが女神の頃は星を司る女神でございました。その時は名前もあったように思いますが、もう思い出す事もできません」


「じゃあ君の名前はステラだ」


「えっ?」


無表情な堕女神がようやく表情筋を僅かに動かした。驚きの表情。

わたくしはステラ?どう言うことでしょうか。先程から魔王様のお考えが全くもって理解できません…。ただ困惑するばかりです。


「星の女神ならステラ。星って意味でステラ。おいそこのなんて呼びたくないし、雌豚なんて呼んだ日には自分を殺したくなるからステラだ。君はステラだー。覚えてくれ」


「はっ、はい…」


「ステラー」


「………」


「ステラ?」


「あっ、はい…何でしょうか…?」


この醜き奴隷に名前を…?そういうぷれい?と言うものでしょうか。何だか笑っておられます。でも…なぜでしょう、その笑顔はとても惹きつけられます。


何だか主の目を見ていられなくてふい…と目を逸らしてしまいました。いけない、こんな失礼なこと。おそらく…罰として水攻めの後、火炙りにされて全身の皮を剥がれるのでしょう…。いえ、これはわたくしが悪いこと。受け入れなければならない。


「この世界は奴隷制度は廃止されているはずだ。なんでステラは奴隷に?」


「魔王様。人間の世界と先代魔王とでは住む世界が違います。人間界では禁じられていても、ここでは魔王様が法です。ですので、魔王様がわたくしを奴隷と仰られるのであれば、奴隷でございます」


「じゃあステラは今から奴隷じゃない」


「えっ!?」


何を言っておられるのでしょう…本当にわかりません…わたくしは奴隷ではない?


「奴隷を廃止…されるのですか!?」


「だって俺、奴隷とかいらないし。行くとこないし、ここに住めたらいいだけだから。ああ、ステラも行くとこないならここに住めばいいよー。それから俺はステラに魔王がしてたようなことはしないから」


「それではわたくしは何を魔王様になさればよろしいのですか!?ただここで魔王様と過ごすと言うのはあまりにも…!身を粉にして尽くさせて頂きます!」


「うわー、ブラックまっしぐらだー。そうだなぁ…じゃあステラ。ステラってご飯とか作れる?」


「は、はい…お食事はわたくしが作っておりました…」


「じゃあステラはー…俺のメイドになれー」


「はい!?メ、メイド…でございますか!?」


今度こそ声を大きくして驚いてしまいました。奴隷からメイドとは大躍進ではございませんでしょうか…。わたくしは翼をもがれてよりずっと…奴隷としての生活が染み付いております…うまく…いくでしょうか…いえ、ですが…わたくしは魔王様のどれ…いえ、侍従…。魔王様のお世話をお任せされたのでしたら、それにお応えしなくては。


「メイドだメイドー。メイドらしい服はないの?」


「わたくしはこれまで奴隷として過ごして参りました…そのような服はございません。むしろ、裸でいた時間の方が長いかと思います」


「なんで?」


「わたくしは奴隷…すぐに私を犯せるよう。そして皮を剥いだり内臓をひり出したり…そのせいで服をいていても汚れてすぐに使い物になりませんでした。服を着ていると奴隷ごときが服を着るなど何様のつもりだとすぐに骨になるまで燃やされてしまったり…」


「ステラー。ステラって元女神なんだよな?」


「………あ、はい!左様でございます(ステラと呼ばれることが慣れません…)」


「じゃあさー、魔王生き返らせることできない?」


「は、はあ!?申し訳ございません!わたくしはもう堕ちて遥かな時を生きております…魔王にチカラも今まで根こそぎ奪われ…魔王が強大なチカラを持っていたのはわたくしのチカラを吸った事も原因でございます…罰は…お受けいたします」


「そっかー、残念」


「なぜでしょう…?」


「いや、生き返らせてくれたらムカつくから殺そうかなって思ったんだけど」


「え…」


「だってさー。ステラムカつかない?女神から堕とすわ翼はもぐわ、ひどいことばっかりしてさ。だったらステラに代わって俺が魔王をめちゃくちゃにして殺してやろうと思ったのにー」


笑っておいでですがその眼には狂気が宿っておいでです。かつて勇者の時にチラリと見た魔王様は…そのようなことはなかったのですが…なるほど、この狂気こそが魔王様が魔王として選ばれた理由なのでしょう…。しかし…わたくしの為にその様なこと…危険も伴います。それこそどちらが死んでもおかしくなかった死闘…もしかすると次は魔王様が討たれてしまうかもしれません…そうなると…わたくしは…えっ?なんでしょう、この胸の鼓動の早さは…病…?いえ、わたくしは腐っても女神。死ぬことはありません…。


「おーい、どうした?具合が悪いのか?」


「いえ!何でもありません!失礼いたしました!」


「ならよかった。じゃあ、これからよろしく、ステラ。俺はフォールだ。魔王になっちゃった元勇者です!」


フォール様…ですが名前で呼ぶのはわたくしにはまだ畏れ多い…。また魔王出てこーい。殺してやるから出てこーい、と剣を振り回しております…不思議なお方…。先代魔王とはまったく違う。


「ステラー」


「はい、魔王様」


「俺はフォールだー。ステラー、ご飯作れるかー?」


「はい。お食事はわたくしがお作りさせて頂きますが…食材が先代魔王亡き後は貯蔵庫にございません…申し訳ございません…罰としてわたくしの臓腑をお召し上がりに…」


「ステラー」


「は、はい…」


「何か失敗したとかできないからって自分を傷つけようとしたら駄目だぞ。自分を大事にしろー。『いのちだいじに』だ」


「……はい!」


なんでしょう。今魔王様の「いのちだいじに」を聞いた瞬間、自分が自分で臓腑を引きずり出すところを想像しましたら…身震いがしました。怖い…痛い…そのような感情が蘇ります。わたくしは怖くなり、うずくまってしまいました。


「ステラ?」


「………申し訳…ございません…」


体を震わせ、情けなくうずくまることしかできない。申し訳ございません。わたくしは…役立たず…と思っているとふわりと暖かい何かがわたくしを包んだ感触がしました。


「大丈夫だ。俺は誓って、ステラにそう言うことを言ったりしたりしない」


魔王様のマントです。魔王様がマントをわたくしにかけてくださりました。暖かい…何と暖かいのでしょう。魔王様の温もりが体を包みます。安心してわたくしの震えは…少しして止まりました。


「ステラの服がいるなぁ。この格好じゃ寒いもんな!」


違うのですが…魔王様…。ですが、この薄い布だけではこの醜い体を魔王様に晒してしまいます。傷、火傷、抉り出された跡。魔王がそのほうが見た目が良いとわざと残された傷がわたくしの至る所に残っています。目も何度くり抜かれたでしょう…歯も何度抜かれたでしょう…最初は悲鳴をあげましたがそれも慣れてしまい、声を上げることさえありませんでした。わざとあげた際にはわざとらしいと弾け飛ばしました。声を出さなければおもしろくないと焼き尽くされもしました。


「んー?」


「ひゃっ!?」


ま、魔王様!お顔が近うございます!!近い…近い!わたくしの身体をなめるように…じっくりと見ています。ああ、今からわたくしをお焼きになるのでしょうか。そっと手をわたくしの身体に近づけます。


「使えるかなー?」


そう言うと魔王様の手から暖かな光が溢れます。何でしょう…この光は心が…落ち着きます。


「おー、魔王になったのに回復魔法が使えるぞー!待ってろステラー。君の傷を治してみせーる」


おどけた言葉とは裏腹に、光が増し、わたくしの体を包みます。回復…魔法!?わたくしに!?いえ、確かに先代魔王も回復魔法は使えました。限定的でしたが…ですからきっと、魔王様も。


「あれ?使えなくなったぞ」


「回復魔法はここでは限定的なもの…下界とは違います。勇者の時はいつでも使えたかもしれませんが…使えるマナが異なります。ここは回復魔法に必要な光のマナが極度に薄い場所…ですので、この辺りのマナがなくなってしまったので使えなくなったのでしょう…」


「んー」


ですから、魔王様!近いです、近いです!ああ…何だか顔が熱く…えっと…どうして…?


「ちょっとだけ傷跡が消えたな!」


「……?肩の爪痕や胸の火傷が消えております…」


「じゃあまたマナが回復したら治してあげる。それまではごめんな」


「とんでもございません!!わたくしの為に貴重なマナを!魔王様がお怪我をなされた時は!?」


「俺は問題ない。どうせ誰も来ないし。だからここのマナはステラの傷が消えるまで回復魔法に使おう。で、その傷跡は魔王が?」


「はい…」


事情を説明するとやはり狂気の笑みを浮かべて生き返らせれない?殺すわ、と仰られました。わたくしのことはお気になさらず…と言っても魔王を殺すー!とまた剣を振り回しておられました…この流れを御さないと…また何をされるか分かりません…。


「なあステラー。食材がないんだっけ?」


「はい…」


「じゃあその辺でうさぎでも狩ってくるかー」


「魔王様御身でですか!?いけません!!何があるかわかりません!!!」


「けど俺ははらぺこだ。あと俺はフォールだぁ」


「お待ちください!魔王様!もう間もなく…!!」


剣を持って城を飛び出ようとする魔王様を必死に止めました。魔王様が外に出られるなど由々しき事態…しばらくは魔王のおチカラが体に馴染むまでは城にいて頂かなくては…まだ人間に近い状態…お命が危うい。腹が減ったーと続ける魔王様を止めることしかできません…。


「ああ…魔王様…」


「ん?」


行ってくる。いけません。そのやりとりを何度繰り返したでしょうか…わたくしも疲れが見えてきた頃、やっとのことで待っておられた方がお戻りになられました。


「ゴンド様!おかえりなさいませ」


「おー、死霊の騎士だ」


「はい、魔王様。このお方は魔王軍近衛騎士団の団長であらせられます、死霊の騎士ゴンド様でございます」


「ゴンドか。オッス、俺新しい魔王!名前はフォールだー」


カタカタカタと歯を鳴らすゴンド様。魔王様には伝わっておられない様子…。


「魔王様。ゴンド様はご挨拶が遅れまして申し訳ございませんと」


「外出してたんなら遅れてもしょうがないよねー」


「はい。はい。魔王様。新しい魔王様のご誕生をお祝いして、近くの農村から牛を奪ってきたと」


「へえ…」


ゴンド様と牛を交互に見ております。ああ、このようなつまらないものが生誕の祝い品だと?とゴンド様を破壊してしまうのではないでしょうか…。こうして何度破壊され…復活させられたでしょうか…。


「やったー!今日は焼肉だー!!」


「……はい?」


魔王様は急に「やっきにっくだー!やっきにっくだー!」と歌いながら踊られております。


「肉だー!もうどれくらい肉食ってないかなー!魔王の城下町に入ってからはうさぎの肉すら食えなかったしなー!クソ外道のサウンズアスールの腐れ王のもとで殺人鬼としてこき使われた時もしょっぼいパンとかしか食えなかったし、まっずい肉だったしなー!おお!血抜きもちゃんとしてあるー!!!ゴンドー!!」


ゴンド様に緊張が走ります。これからバラバラにされるのでしょう。魔王様が近寄ります。恐怖で歯を鳴らしております…。


ガシッとゴンド様の手を握り、ブンブンと振っております。しぇいくはんど…いわゆる握手と言うものでしょうか?


「ありがとなーゴンドー!こんなお祝いの牛、俺には豪勢すぎるけどさ!最高だよー!しかもうまそうな肉牛!お前いいやつだなー!」


「………あの」


「よーし、さっそく精肉だー。皮を剥いだりしていくぞー」


「お待ちください魔王様!魔王様にそのようなことをさせる侍従はおりません!わたくしとゴンド様で致します!魔王様は食堂でお待ちくださいませ!」


「え、いいの?俺もてつだ「なりません!!」」


魔王様のお手を煩わせるなど奴隷として…あ、いえ、メイドとして失格…ここは心を込めて魔王様のお口に合う最高のステーキを振る舞わなければ。ところで、いつまで握手されておられるのでしょう。


「ステラもゴンドも食べよう!一緒の方がうまいぞ!」


「え…わたくしは…」


「え、食べないの?」


「わたくしは奴隷…そのような食事は…女神ですので食べずとも…」


「でも食べれるんだよね?」


「はい。食べた方がチカラの回復も早まるのではと…」


「じゃあ食べよう。こんなでっかいの、俺1人で食べるのはもったいないし、保存してもいいけどさー」


「………よろしいのですか?」


「ステラはもう奴隷じゃない。メイドさんだ。働くメイドさんには給料を出さないといけないんだけど、俺金もないしさ。だから住み込みで飯作ってくれたらそれでいいかなって」


このお方は…そう、お優しいのです。わたくしにも。ゴンド様にも食事を振る舞う。先代ではまずありえないこと。好意を無碍にするわけにも参りません。


「はい…ありがたく、頂きます。魔王様」


「ゴンドも食べよう」


「……はい。魔王様。ゴンド様はお食事を摂ることはできません」


「なんで?」


そう魔王様が尋ねられますと、ゴンド様はどこからともなく水の入ったコップを持ってこられ、飲みました。もちろん、全てジャバーっと地面にこぼれ落ちます。


「ご覧の通り、ゴンド様は食べられません」


「おお、ゴンドの体を張ったギャグだー、おもしろいぞゴンドー!ありがとうゴンド。ありがたく頂くよ」


お礼…先代では…いえ、歴代の魔王でも考えられないこと。ああ、ゴンド様が泣かれております。


「涙は出るんだー」


「えっ?はい。魔王様。ゴンド様はそのような事を私めに言って頂けるのは至極恐悦でございますと」


「気にするなー。お祝いしてもらったり何かをもらったらお礼を言う。これって当たり前のことだろ?」


魔王がそれで良いのでしょうか…と言う思いもございますが、魔王様が良いのでしたらそれで良いのでしょう。魔王様はおとなしく食堂へ向かわれました。


………


解体に時間がかかってしまいました。何回か俺も手伝うーと厨房に魔王様がやって来られましたが全力で食堂へお戻りいただきました。


「……むむ」


焼き加減を間違えないように丁寧に…。魔王様のお口に合うでしょうか。それだけが心配です。わたくしの作るお料理は全てが先代の時は合わなかったようで…それよりもお前を喰らうなどと言われて犯されたり臓腑を食べられたりでしたが。いえ、今の魔王様はそのようなことはしないと仰られておりましたし、お肉を見て目を輝かせておりましたので…大丈夫でしょう。


ああ、お肉とゴンド様が奪って来られた少量のお野菜とお米…いえ、魔王様とわたくしの分だけでしたらしばらくはもちますね。お野菜はこのお肉の端材を使ってスープに…。


「うん…これでしたら…魔王様…喜んで…くださるでしょうか?」


……どうしましょう。期待してしまいます。不安と期待を胸に、できあがった料理を運びます。


「いっただっきまーす!」


「…いただきます」


ものすごい勢いで平らげていかれます。よほど…お腹を空かせていらっしゃったのでしょう。申し訳ないことをしました。


「うめっうめっ」


結構な量のお肉を焼いたのですが…それに焼いただけでは飽きるでしょうとローストビーフも作ってみました。先代はお肉しか食べませんでしたが…魔王様にはお野菜も摂っていただきたい…今回はスープだけですが。


「魔王様…お味の方はいかがでしょうか?」


「んごっ、うま、ガツガツ!うまいぞステラー」


食べながらはお行儀が…。ですが…聞くまでもなかったようです。なぜなら…本当においしそうに召し上がられています。ゴンドも食べれたらなー!と残念がられておりました。


「うまかったぞー!」


「それは良かったです。魔王様、次は何をなさりますか?」


「この城って湯浴みできる場所ってある?」


「はい。炎の魔石を用いていつでも湯を沸かせる浴場がございます。もっとも…湯浴みの場はわたくしを嬲る場所でございますが」


「浴場で欲情ってやかましいわー。よーし、風呂だ!お湯があるだけで幸せだなぁ。雪国のクッソ冷たい水で血を洗い流そうとしたら死にそうになったこともあるし、汚い池で体を洗ったら病気になって死にかけたし、飛び込んだら肥溜めで仲間に近寄んなとか言われたこともあるし。今もずーっと風呂入ってないから死ぬほどかゆい」


「……いろいろとあったのですね」


「それでも俺は死なずに生きてる。あれー?俺ちょっと前まで死にたいとか思ってたはずなのになー」


魔王様の過去は…いずれお聞かせ頂きましょう。今は、傷をほじくり返すこともありません。


「それでは一刻ほどお待ちくださいませ。すぐに準備致します」


「ステラは入らなくていいのか?」


「わたくしもできれば…では、魔王様のお背中をお流し致します」


「助かるー!よし、じゃあ俺もステラの背中を流そうかなー」


「いえ…わたくしは自分で…」


あの…「なんで?」と言うようなお顔をなされましても…。


「わかりました。ぜひ、よろしくお願い致します」


「わかったー!」


このようなことで大いに喜ばれるとは…ですが、間違いなく本性を剥き出しにするでしょう。魔王様のすることには逆らえません。ですのでわたくしは受け入れましょう。


………


「湯船に浸かるのは体を洗ってから!」


そう仰られますので魔王様のお背中をお流し致します。


「お加減はいかがでしょうか、魔王様?」


「いい力加減だ。ステラは上手だなぁ」


「恐縮です」


……?本当のただわたくしはお背中をお流ししているだけです。先代はそんなことよりすることがあるだろう、と言われてひどいことになったものですが…。しかし、魔王様のお身体は傷だらけです。わたくしと同じ…いくつもの死闘を超えてここへ参られたのですね。この傷は…魔王様になられても一生残るでしょう。


そして洗えば洗うほど、そのお湯が汚れていきます。本当にずっと入られていらっしゃらなかったのですね。わたくしもずっと洗えておりません………臭わないでしょうか?前と頭は自分で洗うよ、と仰られ、わたくしは手持ち無沙汰…困りました。頭からお湯をかぶりながら「ヒャッホーーー!」と叫ばれる魔王様。ご機嫌な様子です。


「よし、次はステラの番だ。ここに座って」


「はい…」


「ステラー。ステラはどれくらい身体を洗ってないんだ?布が真っ黒になったぞー」


「さて、いつの頃でしたでしょうか…もう何百年と…先代が魔王になってからは…」


「ステラー、魔王生き返らせてー?」


「いえ、ですから…」


魔王殺す殺す殺すーと言いながらわたくしの背中を洗わないで頂きたいものです。殺意が背中にひしひしと伝わります。ですが、丁寧に…丁寧にわたくしを洗ってくださります。このような扱いは初めてでございます。このような扱いを受けても良いものか…ですがわたくしはこの先、ずっと…ずっとこのような丁寧な扱いを受けるとは予想もしませんでした。


「うおー、生き返るぞー」


「それは良うございました。魔王様。よろしければ食後にすぐ湯浴みができるよう毎日ご準備を致しましょうか?」


「頼む。風呂は命の洗濯だー。ステラも毎日入ろう」


「はい。毎日お背中をお流し致します」


「俺も毎日ステラの背中を流すぞー」


「できれば、はい前を向いてはおやめくださいまし」


「なんで?」


「なぜ…って自分でやりますので…」


「そっかー」


…なぜそこでちょっと残念そうなのですか…?


「毎日入ればステラの白いきれいな肌ももっときれいになるかなぁ」


「冗談はおよしください。わたくしは醜いめいどでございます」


「ステラはきれいだぞ。もっと自信を持てー」


「はあ…」


いっぺんの曇りもない紅い眼でそう仰られますと、少々恥ずかしゅうございます、魔王様。しばらく無言で浸かり、服を換え、浴場から出ました。服が臭え!魔王殺す!と関係もないのに先代を殺そうとしないでください。


「魔王様、本日はご就寝致しますか?それとも、わたくしがご奉仕致しましょうか?」


「風呂に入ったらめっちゃ眠い。寝るー。あ、ステラ。ステラもちゃんと寝るんだぞ」


ご奉仕のお話は無視ですか。そうですか。ですが…先代がいなくなってからわたくしはもういつぶりでしょうか。獣欲を受け止めなくても良い夜と言うのは。ちゃんと寝ろだと言われたのも初めてですね…眠れるかはわかりませんが、魔王様のご命令です。就寝いたしましょう。


………


案の定眠れません。もっともわたくしは眠ったとしても半刻も眠れば十分。ですが身体は休まりません。ん…声をあげて寝返りを打てど眠れません。魔王様はしっかりお休みになられておいででしょうか?もしかすると、眠れと言っておいて?いえ、魔王様がそのようなことをされるとは…そう思っておりますと…


 

ズドオオオオオオオオン!!!!!



「!?」


強烈な揺れ。同時に爆発音。何事ですか!?まさか、敵襲!?もう魔王様のお命を狙って!?いけません!ゴンド様と共に魔王様をお守りせねば!!!慌てて部屋に駆け込みます。戦う術は持っておりませんが、魔王様の盾になる為にこの体を差し出すことくらいなら!!


「魔王様!!!」


「なんで自室にこんな痛えバリア貼ってんだよ魔王!お前はやっぱり敵だ!!!出て来い魔王!俺が今すぐ殺してやる!!!あームカついた!!絶対殺すからな魔王おおおおおお!!!」


………ゴンド様も飛び込んで来られましたが、2人で目を合わせます。ええっと…魔王様のお部屋の床が吹き飛んでいます。ベッドも爆発しておりますね。魔王様がお怒りです。どうやら寝ていたらベッドから落ちて魔王が敷いたバリアに落ちてちょっと焼かれたようです。魔王は用心深かったのでしょう。わたくしたちは魔の者ですから効果はありませんが、魔王様はまだ完全な魔王様ではありません。ですのでダメージを負いました。寝起きが悪すぎませんか…?危険すぎます。


「悪趣味すぎなんだよオラァ!!!こんな趣味の悪いベッドで誰が寝るんだよ!ああ!?これだったら椅子で座って寝てる方がマシだ!!マジで殺すからな!!!」


確かに…人間の感性では悪趣味なのかもしれません。ですが、魔王が寝ていたベッドということで本気でお怒りでございます…何やら憎ければ袈裟まで…でしたでしょうか。とにかく先代魔王がお嫌いなようです。ですが、このままではいけません。止めないと。


「あの、魔王様……魔王様!!」


「ん?ああ、ステラか。なあステラ。ベッドない?あんな趣味の悪いベッドで寝たら魔王が夢に出てきそうだ。殺したくなる。なんか臭かったし」


「それはわたくしも関与しているかと…申し訳ございません」


「くっそー、マジで殺すぞー」


わたくしは小さく魔王様に聞こえないようにため息を吐きました。早く先代のことはお忘れ頂きたい…またお部屋で暴れられても非常に困ります。まじで。あ、いえ…本当に…。


結局、別の寝室を自分の部屋にお決めになられました。狭いわたくしを幽閉する場所だったのですが、質素で自分の部屋を思い出すからここで寝る!おやすみ!と仰られたので止めることができませんでした。


深夜になり、魔王様はちゃんとお休みになられているでしょうかと思い、お部屋を覗きました。そんなことをしたら罠でわたくしの四肢が爆ぜたりは…しませんでした。


「フゴー!フゴー!」


大いびきをかいてお休みになられております。わたくしが近づいてもお目覚めになりません。よほど疲れておいでなのでしょう。魔王様との初日は…大変疲れました。ですが…不思議な気分です。今までの何百年、何千年と言う魔王との生活よりも…疲れた気がします。これが毎日続く…?正直明日は何が待っているかわかりません。


「うーん…魔王ころすー」


とりあえず…先代を殺すと言うのはお控え頂きましょう。いつになるかはわかりませんが…そしてわたくしの生活は、魔王様のおかげで全てが輝き、過去が色褪せていきます。これからは魔王様とわたくし、ゴンド様とのハラハラな毎日が始まるのです。ええ、本当に毎日が歴代魔王よりもハラハラする毎日でございました。

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