第8話~魔王、身代金を要求される~

俺の名はゴンド。魔王様に絶対なる忠誠を誓う死霊の騎士。


なぜ話ができるのか?俺は魔法が使えるのだ。人間に化ける魔法。これを使わなければ街に下りることができんだろう?骸骨のままで出てしまえば騒ぎになってしまう。


現魔王様がおいでになられた際はかつての魔王の蛮行に辟易し、意思疎通をしようとせず、骸骨のままでいた。それでさえ、本来であれば不敬なこと。俺はすぐにでも二度と再起できぬように砕かれ、塵と帰していただろうが魔王様はそれをなさらなかった。


怠惰な生活を送り、主君に仕える気も起きぬほどどうしようもない魔王たちばかりだった。しかし、今の魔王様は違う。


この俺にも感謝を述べ、ステラ殿に優しく、ネージュ殿と共に畑を耕し、そして何より、魔王様自ら外道を始末しに行かれる。時に返り血で赤く顔を染めて帰って来られることもある。魔王様は俺の剣では遠く及ばぬほどの技をお持ちだ。


「ぬぅ…!!!」


「ゴンドは強いなぁ!ところどころ危なかった!」


「お見事でございます、魔王様」


「いいぞゴンド。もっともっと手合わせして強くなって、一緒に外道をぶっ殺そうな!」


「ええ。魔王様がこの世界を統べるその時まで、身を粉にして剣を振るいましょう」


「んー?俺、別に世界なんかいらないぞ?」


「……魔王様は魔王となり、何をお望みなのですか?」


「んー…別に富とか権力とか持つとあれじゃん。恨みを抱えられて襲って来られるかもしれないし、欲に目が眩んだきたねー人間が近寄ってきそうじゃん?だからいらねー」


「ほう…ではなぜ魔王に…?」


「いや、何か前の魔王に人生に絶望したらここに来いって言われてさー。んで疲れたから椅子に座ったらステラに魔王様ーって」


望まずして魔王におなりになられたと。それでも魔王様は自分を見失わず、外道を屠り、人間が安心して暮らせる世をお作りになられたい?とお伺いしたのだが…。


「いや?なんか俺、外道と出くわすこと多くてさぁ。そいつらの言い方とかやり方がすっごいムカつくんだ。だからぶっ殺してるだけ。俺さ、子供のころから農家になりたいって思ってたんだ。魔王になったら畑なんて無理じゃんって思ったけど、自分の畑が持てて俺、今すごい嬉しい!」


「そうでございましたか。魔王様が今お望みのものはございますか?」


「ほっくほくのカボチャ!種蒔いて芽が出てきたから楽しみなんだ!」


欲のない魔王様。しかし、今まで見てきた人間も、魔王も欲まみれで薄汚い者共ばかりであった。この魔王様と共に、俺は魔王様が思う世界を見届けたい。そう思うようになっていた。


………


魔王様へは家具や上質な肉を出かけては持って帰るのだが、そこらの街や人間から奪ってきた、と嘘をついていた。奪わずしておれば魔王の品位が損なわれるなどとわけのわからん理論を展開した幾代も前の魔王にそう言われ、消滅させられそうになったからだ。だが、無益な強奪や殺生は騎士道に反する。俺は生前に隠していた財産を使って金銭を用意し、こっそりと買って来ていたのだが、見つかった。


「ゴンドー、お前の買って来た肉マジでうまいわー」


「!?」


買って来たとなぜわかったのか…?俺は骨の身でありながら汗が出た。どこから出るかは秘密だ。しかし、見つかったとあれば俺はきっと消滅させられるだろう。


「家具買って来てくれたのと一緒だろ?ゴンド、自分の金でじゃなくてちゃんと請求してくれよな。俺、宝物庫の金使わないからゴンドに使ってもらいたいんだ」


何と言うお人か。俺の務めを正当に評価してくださる御仁であった。思わず泣いてしまったな。感動し、感謝し、忠義を尽くすに十分な王である。そして、見ておらんと思っていたがしっかりと俺のことを見ておられたのか。魔王様。このゴンド、今後とも魔王様に忠誠を誓います。そう、この身が朽ちようとも。もう朽ちていたか。


………


俺は今日も街へ赴き、上質な牛肉と鶏肉を購入した。ネージュ殿もステラ殿も、そして我が王も、霜降りは好かぬらしいので脂身の少ない部位を購入した。鶏肉は良い地鶏だ。ステラ殿の腕前ならば、必ずや美味な肉料理を作ってくださるだろう。俺は食えぬがな。


街道を抜け、ちょっとした峠道。ここを越えれば魔王城まであと少し。魔王様や皆が喜ぶ姿を見ることこそ俺の幸せ。本来ならば、経費として処理してもらわずとも良いのだが…魔王様が強く仰るので致し方なし。さて、もう少し頑張るとするか。


そう思っていた時、不穏な気配を探知した。騎士たるもの、周囲の気配に気づけねば王をお守りすることはできぬ。1、2、3…ふむ、5人か。山賊か、野盗か。どちらも同じか。


「へっへっへっへ…おい見ろ!貴族の使いか?いいもん持ってんじゃねえか。オイ、死にたくなけりゃ今持ってる有り金とその荷物置いてけ!」


見るからに悪党なガタイの良い男が5人。手には斧や錆びが浮いた剣を持っている。身なりも貧相だな。貴族崩れでもなく、平民だろうか。


「待ってほしい。これを取られてしまっては主に叱られてしまう。どうか見逃してはもらえぬか」


「ああん?だったら今すぐこの場で殺してやろうか、ええ!?」


「………」


「うう……」


少し睨んだだけで怯むな、雑魚め。


「おい、やめとこうぜ。あいつら攫って報酬もらえんだったらよぉ」


「うるせえ!俺らを馬鹿にした目をしやがって!ぶっ殺してやる!」


「待ってほしい。俺…いや、私も命が惜しい。金なら出そう。殺さないでくれ…」


「ケッ、最初からそうしてろ!そうだ…おい、こいつ連れて帰んぞ。いい所の貴族っぽいぜ。こいつ攫って身代金もらおうぜ!」


「おい、これ以上は抱えきれねえぞ!」


他にも人攫いをしているのか。ならばここは一つ、攫われてみようか。助け出すことができるかもしれん。此奴らも生かしておけばここが人攫いの温床になりかねん。面倒ではあるし、肉が無駄になってしまうが此奴らにくれてやるとしよう。せいぜい、最後の晩餐を楽しむがいい。


「へへっ、手は縛るぜ。オラ歩け!いくらふんだくってやろうかなぁ!」


「クク、一生働かなくてもいいくらいガッポリもらおうぜ!」


「お、おい!」


「うっせえな!だったらテメエは抜ければいいだろ!帰ってくんな!」


「そんな言い方ねえだろ!?わかったよ!行くよ!」


ここでしっかり止めておけばよかったものを。阿呆め。良いだろう。このゴンド、貴様らの悪事を止めて見せようではないか。魔王様のようにな。


………山賊のアジト


不潔だな。洞穴にただ松明台をつけているだけか。俺は鼻が利かんから良いが、囚われた人間はこれでは疫病に罹る恐れがある。まだ動いてはいかん。


「オラッ、早くここに入れ!」


「グッ!」


俺はあえて弱い貴族の使者を装い、痛がるようにした。牢にしがみつき、殺さないでくれと嘆願する。


「殺さねえよ、テメエの主人からたっぷり金もらうまではな!これに手紙書け。そうだな、金貨1000枚だ。1000枚寄越したら考えてやる」


「………それでいいのか?白金貨5枚くらいは考えてくれるやもしれんが…」


「ガハハハ!いいねぇ!じゃあそう書け」


「白金貨5枚!?マジかよ最高じゃねーか!おい、こいつ殺すの惜しいぜ!」


「おお!そうだよ!俺ら、大金持ちだーーー!」


白金貨5枚。金貨5000枚。大商人や位の高い貴族でもない限りお目にかかれんものだな。これしきではしゃぐなどとは、困窮はしているようだがやはり位の低い貴族の三男坊や平民か。まあいい。俺を殺さず、金を魔王様からせびり続けるつもりか。我が主君を虚仮にしてくれるとは…万死に値する。貴様らは詳細が分かり次第、すぐさま斬り捨ててくれる。


そして俺は魔王様に手紙を書く。


私、ゴンドは囚われてしまいました。解放してほしくば白金貨5枚を支払えと仰られております。


ご主人様、何卒私をお助けくださいませ。このような嘆願、ただ恥じるばかりではございますが。


「おう、恥だ恥!」


「ゴンドだってよ!ゴンザレスかよ!ダッセェ名前だなお前!」


「………」


「おいちょっと待て、何だその文字は?何て書いてあるんだ?」


「魔お…主人はこの文字しか読めんのだ。だが一応別の侍従にも読めるよう普通の文字も書いたのだ」


「ふーん、んだよおめえの主人馬鹿じゃねえのか!?こっちの言葉勉強して読めるようにしとけよ!バーカ!ハハハハハ!」


此奴は首を斬り落とすだけでは済まさん。我が主を貶した事を心から後悔させた後に冥界へ叩き落としてやろう。断じて許さん。馬鹿は貴様だ。この文字は古代エルフの文字だ。教養はないものと判断した。ネージュ殿であれば読むことは容易。現に城の図書館で古代エルフ文字の禁呪文の書を速読されていたからな。あれには感心した。俺も暇で辞書片手にかつて読んでいたのだが、それが功を奏すとはな。


此奴らが読めるかどうか少し試してみたのだが阿呆でよかった。古代エルフ文字ではこう書いたのだ。



魔王様


情けなきことに賊に捕まり、監禁されております。


下手人は5名。殺すにも値せぬ阿呆ばかりではございますが魔王様のご許可を頂きましたれば、すぐにでも粛清致します。


白金貨5枚を要求しておりますが、如何致しましょうか。


ネージュ殿、お手数をお掛け致しますが翻訳を宜しくお頼み申します。


 


ネージュ殿に不便をかけるのは申し訳なかったのだが、これならば魔王様も動きやすかろう。それまで、せいぜい首を洗って待っているがいい。しかし粗末な手枷だな…簡単に破壊できるのだが。むう、いかん、うっかり破壊してしまいそうだ。おとなしくしようとしていたその時、暗闇から何か声がする。


「う、ううう…」


「お母様…お父様…」


「おうちにかえりたいよぉ…」


目を凝らす。俺の目は深淵の闇であろうと物を見通す。闇に紛れていたのは…年端もゆかぬ子供が数名…子供…だと?


「子供…?」


「ひい!?」


「ごめんあさい!ごえんなさい!」


俺をみて恐怖に顔が歪む。声を大きくあげてしまったからであろうか。野盗の1人が牢を蹴る。


「うるせえぞクソガキが!!ビービー泣くんじゃねえ!静かにしてろ!」


今すぐにでもこいつの足をへし折り、首を捻じ曲げてやりたい殺意に駆られたが抑え込んで野盗に問う。


「子供…?待ってほしい、この子達はどうして…?」


「ああ?決まってんだろ。ガキは売れるんだよ。貴族のガキなら尚更だ。いい金になるんだぜぇ?」


此奴らは何を言っているのだ?人間か?人間の皮を被った別の生物ではないのか?疑問は尽きぬが言えることはただ一つ。此奴らは畜生にも劣る外道であると言うこと。罪もない子供を拐かし、己の利益に換えて自らはのうのうと惰眠を貪り、いい物を食い、また悪事に手を染めていく…筆舌し難い悪である。ここから生きては帰さん。必ずや貴様らの首を刎ね飛ばすと約束しようではないか。


「ううう…」


べそをかいてこちらを見る子供達の渾身の笑顔を見せた。「ひぃ!」と言う声が聞こえたが安心してもらえたようだ(むしろ恐怖心が3割増し)。


「心配はいらない。君たちをここから出してあげよう」


俺は野盗共に聞こえないよう、子供達にだけ聞こえるような声で語る。その言葉に「えっ!?」と言う大きな声を少女があげてしまったが野盗共は無視してくれた。他の子供が「しー!」と指をあてる。


「ほ、ほんと?」


「もちろんだ。俺は本当は騎士なのだ。騎士は口にした言葉は決して嘘はつかぬ。必ずや君たちを親御さんの下へ帰してあげよう」


「お、おじさん…!」


「おにいさんだよぉ…」


おじさん、か。確かに俺は数千年生きている。おじさん…?いやお爺さん?それすらも超越しているがまあ良いだろう。まずはこの子達の身の安全を確保することが重要であろう。


このままではこの子達は奴隷に売られてしまう。この子達の身柄をこちらで確保したい。


「すまんが頼みがある」


「ああ?」


「この子達を…私の主に金を出させる。1人白金貨(白金貨1枚=金貨1000枚)5枚でどうだろうか?売ってはもらえまいか?」


「馬鹿かお前?この商売はな。信頼関係で成り立ってんだぜ?お前に売ってあの人に売らなかったら食いっぱぐれになんだろうがよ。うるせえな、静かにしてやがれ」


下郎共に信頼関係などあるのだろうか。おそらくは近々知りすぎのために殺されるだろうな。やり口が浅はかだからな…まあいい。俺が殺すか、奴隷商に殺されるかの些末な違いだ。子供が売られそうになったなら、こちらからしかけるとしよう。


………


日が暮れ、牢の中は真っ暗である。牢の外では阿呆共が人の肉を焼き、酒盛りをしていた。


「ゲァハハハハ!!うっめー!!!この肉最高だぜ!」


「オレァもっと霜降りが食いてーなぁ!いいの買ってこいっての!!!ギャハハハハ!!!」


「次はどんなもん持ってくる奴が通るかなぁ。酒も強奪してきたし、これうまいよ!」


「オラよ、てめえにも食わせてやる。感謝しろよ?」


「子供たちの分もあるのか。しかし、少なくないか?」


「アア!?テメエらに恵んでやってるだけありがたいと思えや!!!文句あんなら取り上げんぞ!!」


今すぐこの下郎の首をへし折ってやりたい。そう思い、少し殺意を目に込めて睨みつけると「な、なんだよ…」と尻込みした。つまらぬ奴だ。これしきのことで尻込みするとは情けない。魔王様が睨んだら心臓が止まるのではないか?


「うう…グスッ…」


「さあ、食べなさい。私の分も皆で分けて食べるといい」


「えっ、でもおじさんが…」


「私は大丈夫だ。心配しなくていい。食べておきなさい。助かるまで、時間がかかりそうだ」


「は、はい…」


「かたい…」


肉の焼き方がなっていないな。ステラ殿と比較するに値せん。焼きすぎなのだ。それでいて味付けもおそらくは雑。塩辛いようだ。子供たちがまずそうに肉を食べている。ステラ殿が完璧な焼き加減で焼きあげ、味付けも上々。きっと子供たちは大はしゃぎすると思うだが…会わせるわけにもいかん。


この子達は人間。我らは魔族。その隔たりは果てしなく大きい。奴隷になるなどもってのほか。この子達には未来があるのだ。その無限の希望の芽を摘まれるわけにはいかん。必ずや、俺がご両親の下へ返してあげよう。騎士としての役割は守らねばならぬ。


「さあ、もう寝ておきなさい。体力を残しておくのだ。大丈夫。必ず帰れる」


「はい…おじちゃん、てをつないでてくれる?」


「いいだろう。さあ、もうおやすみ」


小さな手が俺の指をきゅっと握り、少し安堵したのか眠った。ここ数日眠れていないのだろう。少女も俺の膝を枕に眠った。硬い…と言われたが俺は骨の魔物だ。許してほしい。


阿呆共は遅くまで酒と肉で騒いでいた。魔王様へ献上するはずの肉をゴミに変えた貴様らは決して許さんぞ。


………


魔王様から2日後に手紙が届いた。ステラ殿が書いたのであろう丁寧な文字。おそらくだが…魔王様が書いたものだとここの下郎共の気分を害してしまいそうな気がする。


「身代金の件、委細承知した。白金貨を同封しておく。


皆々様、ゴンドをお返しいただきたくお願いいたします。追加の金貨が必要であればお申し出ください」


俺がその手紙を読むとニヤニヤと笑った。そして白金貨をさらに10枚よこせと言い出した。


「帰りたくねえのかぁ?」


いいだろう。よほど死にたいらしい。穏便に済ませておけばよかったものを…貴様らには死よりも恐ろしい目に遭いながら死ぬことになるだろう。


そして、とっさに隠した2枚目の手紙には古代エルフ文字でこう書かれていた。


「子供たちがヤバそうだったらぶっ殺しちゃっていいからな!」


魔王様…子供の安否をご心配しておられているのか。お優しきお方だ。こうなった以上、子供たちは是が非でも守らねばなるまい。魔王様からのご命令。この子達を守れ。確かに承りました。不惜身命。このゴンド必ずや守り切ってみせましょう。


魔王様にはもう10枚白金貨を頂くようにした。子供には食事をもっと提供するように言っておいた。やせ細った子供では価値は下がるのでは?と言うと納得したらしい。


そうして…俺が囚われてから一週間が過ぎた。


………


「ゲヘヘ…お待ちしてました、商人さん」


「ほほほ、こちらこそお待たせいたしましたねぇ…」


ブクブクと醜い樽のような男。奴隷商人か。魔王様は今日にでも来られるとは思うのだが…時間がない。


「おいガキども!ようやくお外に出られるなぁ?まあ、出られてもすぐにまた檻の中だけどな!」


「おやおや、これは状態の良い商品ですねぇ!おーおー!女の子まで…良いように育ててあげますからねぇ!」


「いやああああ!!おじさん!助けてぇ!」


「いやぁ…いやあ!!」


子供たちの悲鳴が牢内に響き渡る。俺は牢にしがみつき、焦燥した表情を装って懇願する。


「待ってくれ。この子達のために主が白金貨を大量に持って来ださる!それまで待ってもらえないだろうか?」


「んふぅ、そのような約束を取り付けていたのですか?」


「いいや?こいつが勝手に言ってるだけでさぁ」


「親から離された子供たちに心が痛まんのか?頼む、もう少しだけ待ってくれ。白金貨100枚を出すそうだ…頼む」


「おう、いいんじゃねえの?」


「むぅ?」


「簡単な話っすよ。そいつが白金貨100枚持ってきたら、そいつを殺してこいつも殺す。そんでガキは売り払う。そしたら俺らは一生遊んですごせる!そんでもって商人さんにも山分けしますよ。ガキは好きにしてください」


「ほほほほ!それはいいですなぁ!いいでしょう、待ちますよぉ?」


「残念だったな!まあ、お人好しな主様も馬鹿なお前も死ぬんだよ!主様だっけか?お前の主も馬鹿だよなあ!お前なんか見捨てちまえばよかったのに!あー馬鹿!ほんっと馬鹿!馬鹿は死ななきゃ治らない~!」


「ほう?」


牢を握る手に力が篭る。今、貴様らは我が主を何と言った…?我が主を…随分と虚仮にしてくれたな…?我が主君を貶す者は…例え神であろうとも処断する。このゴンド、貴様らを今一度処断しようじゃないか。


「貴様らは阿呆だと思っていたが…ここまで救いようのない阿呆だったとはな…」


「あん?」


「子供たちを攫い…金銭を奪い、主君への肉も無駄にし…あまつさえ我が王を馬鹿にしたな?」


メキメキと牢が軋む。所詮この程度の牢などで俺を捕えるなど不可能なのだ。牢がたわみ、そして…ベキベキと音を立てて最後には…壊れた。


ベキャア!!!


「な、な?」


「俺は貴様らのような外道が嫌いなのだ…さあ、冥府の女王への挨拶の準備は済ませたか?」


「ひ、ひい!?」


「そこで待っていなさい。もうすぐ助け出してあげよう」


子供たちにそう言うと、子供たちは恐怖で涙を流しながらも信用してくれたようだ。強く頷いた。


「さあ、まずは誰から死にたいのだ?誰でもよい、かかってくるがいい」


「ケッ、善人ぶりやがって…なめんなよ!俺はなぁ、これでもカルティエ流剣術を免許皆伝の腕前なんだ!真っ二つにしてやるよ!!」


馬鹿が1匹、よく研がれた剣を片手に迫る。ほう、剣術の腕はあるようだ。おもしろい。


「とりあえずテメエは死んどけ」


予備動作が長く、振りも大振り。何だこの剣術は。俺は素早くこいつの手首を掴み、そのまま捻りあげる。ゴキッと鈍い音がしたんだが…折れたか?


「ぎゃああああああああ!!!!」


「これで免許皆伝だと?何の免許を皆伝したのだ?調理師免許より簡単だろうな」


「な、何だこいつ…!?何なんだよテメエはよ!!!」


「俺か?通りすがりの近衛騎士だが?」


「は、近衛騎士…?」


「そうだ。俺は魔王様直属の騎士団長だ」


「ま、魔王ですと!?あの農業の町の奴隷を解放し、奴隷商を皆殺しにしたと言う!?」


「ほう、知っているのか貴様は。その通りだ。貴様はその仲間か…ならば…」


下郎にしては随分とよい剣を持っている。が、少し錆びているし刃こぼれもある。手入れが雑だ。剣が哀れだな。だが、これで剣が手に入った。


「魔王近衛騎士団長ゴンド…貴様ら下郎を処断しようと思う。さあ、この世に別れを告げろ」


「なめんじゃねえぞクソザコがよぉ!!!!」


短剣を持った下郎が襲い掛かったが、遅すぎるな。短剣を持った手首を斬り落としてやった。


「あひいいいいいいい!!!お、手が!!!手があああああ!!!!」


「騒ぐなやかましい。子供たちの教育に悪いぞ。猿か貴様は。うるさい、もう死んでおけ」


「ぽんっ」


うるさいので首を刎ねた。ついでに先ほど手首を捻った下郎の心の臓を剣で貫いておいた。「ハツ!」などと言っていたがすぐに動かなくなった。


「な、なんなんだよテメエはよぉ…」


リーダー格が冷や汗を垂らしているではないか。この程度で狼狽えるとはなっていないな。


「た、頼みましたよ!終わったら呼んでくださいませ!!」


「フン!引っ込んでろ!さーて…テメエ、もう生きられないぜ?オレがぶっ殺してやる!」


「小心翼々…ごちゃごちゃとよく喋る…御託はいいからさっさとかかってこい…」


そうして俺も剣を構えた時だ。


「ぴゃあアアアア!!!!!!!!助け!!!助けてぇ!!!」


奴隷商の声だ。やかましいな、揃いも揃って。


「すいませーん、お金持ってきましたー」


この声は……!!


 


――どうも、通りすがりの魔王です。


 


「魔王、様!」


「ま、魔王だ!?」


「オッスゴンド!遅くなってごめん!」


「魔王様、お手を煩わせてしまい申し訳ございません。ゴンド、一生の不覚でございます」


「気にすんな!子供たちは無事か?」


「ええ。そちらに隠れております」


「ナイス!!ゴンド、こいつらの始末頼める?俺、こいつから他の奴らの居場所を聞いて首ポンポンするわー」


「承知いたしました」


「おらー来いテメー。仲間の居場所どーこだ?言わないと眼玉をほじくるぞー」


「いやああああ!!助け…!たぁすけてぇ!!!!」


「うるせー、くせー」


奴隷商を外へ引きずり出して行かれた。そして俺は阿呆共の相手をする。


「ま、魔王…の使い…?」


「そうだ。もっとも、この姿は仮初の姿。本来の姿を見たならば…貴様らは死ぬことになる」


そうして俺は変化の魔法を解く。カタカタカタ…とされこうべの歯を鳴らす。悲鳴。まったく、阿呆ほどよく叫ぶ。


「それでは…時間が惜しい。貴様らは外道だ。子供たちを攫うような外道はその首、二度と胴体に君臨できぬと思うがいい!!」


「う、うおおおおおお!!」


「遅い」


「アヘェ」


「貴様も終わりだな」


「お゛ッ」


他愛もない…これしきの剣も弾けぬとは。魔王様ならば、笑いながら反撃が来るのだが…拍子抜けだ。貴様らにもうこの金は必要あるまい。返してもらうぞ。魔王様の金が汚い下郎の手垢で汚れてしまったが…俺の金と入れ替えておくか。


このなまくらはいらん。捨てておく。


「さあ、もう大丈夫だ。帰ろうか」


「お、おじさぁん!!」


「おにいさん、こわかったよぅ!」


「もう大丈夫だ。少し目を閉じていなさい。外へ出してあげよう」


おんぶと両脇に抱えて子供たちと外へ出た。下郎の死体など見る必要はない。久しぶりに見る太陽に、子供たちは生きていること。そして下郎共にこれ以上連れまわされないと理解したのか、俺にしっかり抱き着いて泣いていた。俺も安堵した。さあ、この子達を近くの街で保護してもらおう。


………


「結局、あの奴隷商は仲間を吐いたのですか?」


「ああ。全員首おいてけーしたー」


「さすがでございます」


あれから数日後、俺は魔王様のお誘いで漁村の方々のご厚意でお借りした船で沖釣りを楽しんでいた。その際に、先日の誘拐事件について問うてみた。


奴隷商は魔王様に観念したのか居場所を吐き、その場でその下郎は首を刎ねられた。さらに、仲間たちの居場所へ単身で乗り込み、全員を血祭りにあげたようだった。


俺はと言うと子供たちを近くの街へ連れ、そこの冒険者ギルドで保護してもらった。その街では人さらいが相次いでいたようで、子供たちの身元はすぐに分かった。ご両親が飛んできて随分と手厚く礼を言われたが、騎士として弱き者を守るのは責務である。当然の事なので礼は受け取らなかった。


その後、うちのギルドで腕を磨かないか、と多くのギルドから誘いを受けたが俺は魔王様の剣であり盾。主君を裏切るわけにもいかんので断っておいた。


「ゴンド、ナイスだったぜ。子供たちを守ってくれてありがとな」


「いいえ…騎士としての責務を全うしたまでです」


「かっこいいよなーゴンドは。また人さらいがいないか、俺が見とくよ」


「ええ、よろしくお頼み申します…む?」


「ゴンド、引いてる!」


「魔王様、落ち着いて引いてください。これは…軽い…すぐ釣れるでしょう」


「おっしゃ!ステラへのお土産いただき!!」


魔王様の初の釣果は…タコだった。


「おおー、タコだー!」


「魔王様、墨を吐きますからおきをつけ…」


タコめ。俺に墨を吐きかけおったわ。


「クッ!クククク…あはははは!!!ゴンドー!顔が真っ黒!」


「むう…貴様は輪切りになっとけええええええ!!!!!」


「あはははははは!!!!!


まったく、無礼なタコだ。しかし、魔王様が笑って下さり、俺も何やら楽しくなってしまって笑ってしまった。


「ふふふ…」


「ごめんごめん。おっし、タコも釣れたし今日も大漁!帰るか!」


「ええ。帰りましょう、我らが城に…」


「おう!このタコどうしてもらおうかな!あっ、村の人に聞いてみよ!」


難が去れば我らも平和だ。俺のことは部下ではなく、釣り友?と言うのだそうだ。魔王様、このゴンド…釣り友として…そして騎士として永遠にお仕えしましょうぞ。

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