第7話~魔王の畑、復活す~

「ただいまー、っと。よっこいしょー!」


卵を抱えて戻って来たのは颯爽と空を駆けて山を降りて行ったはずの魔王フォールだった。しかし、ただいまーと呑気な声で帰ってきたとき、彼は徒歩だった。


「お、おかえりなさい…」


癒しの三賢竜ウェンディはそう言うしかなかった。息一つ切らさずに帰って来た。


「む、むう…?フォールよ。そなた、どうやってこの卵を持ち帰ったのだ…?」


「え?普通に外道に教えてもらって持って帰ってきました。外道の首は刎ねましたー」


「い、いや、そうではない…どうやってこの卵を持ち帰ったのだ…?」


「山登り!」


「「は???」」


ワーグナーもウェンディもそんな声しか出せなかった。ここは人が登れる山にあらず。まず酸素が極端に薄い場所だ。山登りに命を懸けた登山家が幾人も帰ることができずに山に還って行った。それを息一つ切らさずに登って来た…?しかもこの巨大な卵を抱えて?


「クレセントに乗せようと思ったけどでかすぎて積めませんでした!落として割ったら大変だし、だったら抱えて登るしかないなーって!」


「そ、そう、なのですね…」


ドンビキするウェンディ。無理もない。世界初の登頂者が自分の子を抱えてくるだとは思いもしない。此度生まれた魔王は規格外と言う言葉でまとめることもできないくらいの型破りだ。もし、この魔王が我々と敵対したとなると…と思うとワーグナーは心臓を握られたかのように胸がキュッとなった。


「そういえばですけど」


「む?どうしたのかね」


「この卵、なんかピクピク動いてくすぐったかったです」


「な…!?」


「ええ!?」


二頭は困惑する。今まで何の反応も見せなかった卵が動いた…!?そんなまさか…気のせいではないか、と思ったのだが「ほら!」とフォールが指差すともぞもぞと卵が動いているではないか!!


「んー?」


フォールが覗き込むと、卵はピキッとひびが入った。1000年だ。1000年何をしても…もしやこれはもう天に還るしかない子なのだろうかと悲嘆に暮れていた卵から、新たな命が産まれようとしていた。


「がんばれー!お前ならできーる!!!出てこい出てこい!負けんな!!!!」


フォールが大声でエールを送るたびにひびが広がっていく。おお…とワーグナーが声をあげた。


「頑張って…!頑張って…お母さんに顔を見せてちょうだい…!!」


「ほらお母さんもそう言ってるぞ!負けんな!!!うおおおお、生まれろーーーー!!」


パキィン!!!と殻が勢いよく割れた。そして中からは…白銀に輝く美しくかわいいドラゴンが産まれた。


「ぴゅいー!!!」


「産まれたーーーーー!!!!おめでとう!!!ワーグナー!ウェンディ!!!!」


「ああ…ああ…!わたくしの…わたくしのかわいい子…!よくぞ…よくぞ産まれてきてくれました…!」


「うむ…なんと…喜ばしいことだ」


ワーグナーとウェンディが優しく白銀の竜を舐める。ぴゃー!と鳴くと銀の炎がボッ!と出る。


「へー!かわいいなぁ!」


「きゅーきゅー…」


「あはは!おい、やめろ!くすぐったいって!」


「なんと…セイントドラゴン…なのだろうか」


「白銀の鱗…白銀の炎…まごうことなき、悪しきものを焼き払う聖なる竜…しかし、どうして…」


あははは!と笑いながら顔をべろべろと舐められるフォールを横目で見る。このドラゴンは世界が闇に飲みこまれそうになった時、命と引き換えにこの世界に光を取り戻したと言う聖なる竜である、と言うことはワーグナーの目から見ても明らかだった。


(世界が闇に包まれし時、再び聖なる竜が降臨する、と言うが…まさか、ここで生まれるとは…つまり、この魔王が世界を闇に…?いや、そうであれば真っ先にこの魔王フォールを焼いておるに違いない)


悪しきものを焼き尽くし、転生さえ許さないと言う聖なる炎。魔王フォールがそのような存在ならば今この場でフォールを焼くに違いないだろう。だが、この聖なる竜はそれどころかとてもフォールに懐いている気がした。


「よしよし!ちょっと一旦落ち着こうな、ベアトリスー」


「ベアトリス…?」


「この子女の子だ!!きっとこんなきれいな子だし、幸せを運んでくれそうだからベアトリス!!!」


ベアトリス。フォールが言うには「幸せを運ぶ」と言う意味があるらしい。そういえば、とウェンディは思った。ワーグナーもウェンディも、そしてもう一頭の三賢竜も。彼らに元々は名前はなかった。いつしか、人々は彼らを敬い、名を呼ぶようになった。


そうしてワーグナーやウェンディと名乗るようになったのを思い出した。そうか、ならば人が名をつけると言うのも納得がいく。


「幸せを運ぶ…そうですね。この子がそのような素敵な子になってくだされば、わたくしも嬉しく思いますね…」


「うむ…フォールよ。貴殿に名付け親になってもらえてよく思う」


「え?いいんですか?」


「うむ…我々ではそのようなことは思いつかん。それに、もうすでにベアトリスと言う名に反応しておる。ならば、その子は聖なる竜。幸せを運ぶベアトリスでよかろう」


「おおー!よかったなぁ、ベアトリス!!」


「ぴゅー!!!」


そうしてベアトリスはもっと舐めさせろと言わんばかりにフォールを呼び、顔を舐める。彼の顔はよだれでベタベタになってしまっていた…。


………


「さて、フォールよ。此度は私を愚かな者から解放してくれ、さらには我らが子ベアトリスを救ってくれたこと、誠に感謝する」


「ええ…本当にワーグナーもベアトリスも無事で…」


「ぴゅーい!」


「いやぁ、ほしいものがあったので来てみたら操られてただけですし、外道はムカついただけですし、みんなが無事でよかったよかった!」


「うむ…そう言ってもらえると私も喜びを隠しきれん。褒美…と言うわけではないが礼がしたい…フォール。そなたは我らに何かを求めてやってきたのであるな?一体何を求めに来たのだ?我らの血か?それを取り込めばこの世界の覇者となる、とは言うが…」


「んーん。俺がほしかったのはそんなんじゃないです」


「む?では何を…」


その時ワーグナーに緊張が走った。もしや、ベアトリスを求めに来たのではないか…?世界を闇で包むにはベアトリスは邪魔になる…ならば、それを求め、闇の竜にでも堕とすつもりか…?ならば今度こそ、この魔王を滅ぼさねばならぬが。いや、それはない。なぜならベアトリスが懐いてしまっている。では、何を求めに来たと言うのか…?


「うんこ!!!」


「え?」


「……何?」


「ドラゴンのうんこくーださい!」


………………………………何?


「え、ええと…」


「うんこがほしいんです!ドラゴンのうんこは腐れ外道の糞野郎の魔王のせいで死んじゃったうちの城の庭の土を生き返らせることができるかもしれないんです!だからワーグナーとウェンディのうん「それ以上言うでない!!!」」


かようなことばを連呼されてはたまらぬ、とワーグナーはフォールの発言を遮った。その…言っては何であるが、非常にレベルの低い要求であった。


ドラゴンに求めるもの、と言えばとにかく槍玉にあがるのがまずは血だ。ドラゴンの生命力あふれる血は取り込めば凄まじい力を得ることができる。2000年ほど前だったか、血を得、その常人離れした力を以って世界を制覇しようとした王がいる。それになりたいのか、とフォールに問うと否と言う。


ならば鱗か。ドラゴンの鱗は武器としても防具としても最高位の装備となる。武器にならワーグナー。防具ならばウェンディの鱗が良いだろう。岩や鋼鉄でさえ容易く切り裂く剣。貫く槍。

並の攻撃では傷一つさえつけられない盾、鎧。ワーグナーの鱗ならば炎を無効化し、ウェンディの鱗ならば徐々に傷を癒したり、毒などを受け付けなくなるだろう。


しかし、フォールは漆黒の剣で私の鱗に傷をつけ、角を斬り落とした。その黒き鎧は私の炎を防ぎきった。ならば彼にこれ以上の装備は不要であろう。


では…と思ったところで…その…自分たちの排泄物を要求されるとは微塵とも思っていなかった。我らとて生きている限りそう言ったものは出る。この天空の頂きならば地上に住む生き物に迷惑はかからぬ。見せるものでもない。そう思っていた。まさか、要求するものが…それ?


「フォ、フォールよ…我らのうん…いや、排泄物を望むと言うのは…正気…んんっ!誠かね…?」


「本気です!だから、うんこ「それはもうよい」」


何だ。どうしてこんな幼子がつい語呂が気に入って連呼して親に叱られるようなことを私が言わねばならんのだ。


「う、うむ…もはや何も言うまい…あちらの岩陰に…その…してあるので…持っていくと良い…」


「ありがとうございまーす!!うんこ回収だうん「うんこと言うのをやめないか!!!」」


結局ワーグナーも言わざるを得ない状況となってしまった。なんとちせいがようちなはなしになっているのだろうか。こうなるともうはなしもようちになってなんだかとてもよみにくくなるではないか。


………


大きめの革袋にどっさりとドラゴンの糞を手に入れたフォール。


「ありがとうございました!これでさっそく畑に撒いてみまーす!」


「う、うむ…もはや何も言うまい…畑が蘇ると良いな」


「ええ…」


「ぴゅー…」


「ベアトリスー、寂しそうにするなよー。また会いに来るからさ」


「ぴゅー!!」


「おっし、クレセント!帰るか!!!」


ものすごく嫌そうな顔をしているように見える。無理もないだろう。我々の糞を袋一杯に詰めたものを載せられたのだから。と言うか、フォールはどうやってあれを詰めたのだ。いや、気にするのはやめよう…。


「じゃあ、またベアトリスに会いにきます!ありがとうございましたー!バイバーーーイ!!!!」


「ぴゅーーーーー!!!!」


フォールが大きく手を振って去るとベアトリスもぴょんぴょんと飛び上がって見送った。その後、ワーグナーとウェンディは大きくため息のようなものを吐いた。あんな魔王は見たことがない。いや、魔王でも勇者でも英雄でも…二度と現れないだろう…。できれば現れないでくれ…と頭が痛くなったような気がしたワーグナーであった。


/魔王城


魔王様がお戻りになられずに3日が経ちました。わたくしは心配で胸が詰まりそうでした。ドラゴンに斃されてしまったのではないか…重傷を負ってどこかで息絶えてしまったのではないか…と。


ですが、わたしくと魔王様の奴隷…いえ、主人とメイドの契約は切れてはおりません。魔王様は生きておられる。ええ、そうですとも。クラーケンと戦った時も、エルフの森で悪しき人間と戦いになった時も、いつも笑顔でただいま、と帰って来てくださるのです。


メイドが主人を信じないなどとは、メイド失格です。ですので、わたくしは主のお帰りを待ちます。


「ステラー、ただいまー!」


考えておりますと主様の声が聞こえました。いつもの明るい声でございます。わたくしは急いでお迎えに上がります。


「魔王様、おかえりなさいませ」


「ただいま!ドラゴンのうんこ、手に入ったぞ!!!」


「それは何よりでございました。ですが、ドラゴンを相手に…危険だったのでは…」


「なんとかなった!!!」


ところどころマントが焦げていたりしておりますが、お体はご無事で何よりです。よかった…本当に…。


「あっ、魔王様!おかえりなさい!」


「ネージュ、ただいま!!!さっそくうんこ撒くぞうんこー!!!!」


「魔王様、糞ですよぉ!!」


「うんこーうんこー!」


「魔王様、ダメですってばー!」


……なんでしょうか、とっても…しんぱいしたわたくしがばかみたいな…このれべるのひくいかいわは…。


………


「さーて、村でもらったオガクズとかを使って肥料を作るぞー」


「えっ?これを撒くだけではダメなのですか?」


「そうだよ。土やおがくずなんかと混ぜて発酵させるんだ。うんこだけ撒いても臭いだけだしな」


魔王様は農業の知識が豊富です。幼いころは農業のお手伝いをし、大人になった際には畑を継いで農民として生活がしたかった、と魔王様は仰られております。


「まさか勇者になって最後には魔王になるなんて思ってなかったなぁ」


「魔王になるのは嫌でしたか?」


「うーん、ステラやゴンド、ネージュがいなかったら魔王やめてたなぁ」


「魔王様っ…!」


わたくし達がいなければ…と仰ってくださりました!魔王様…ステラはステラと言う素敵なお名前を賜り、毎日素敵な生活を送ることができて…魔王様にお会いできてわたくしは幸せでございます…!


と、素直に言えないわたくしが嫌になりました…。やはり、何かを申して切り裂かれるのでは…雷で焼かれるのでは…魔王様に限ってはそんなことはありえないと思うのに…何ともなかった行為が今では…フォール様がその笑顔でわたくしを引き裂いた…と想像するだけで心が張り裂けてしまいそうです。


「よーし、待ってろよー。ぜーったい畑を作るんだからなー!」


「頑張りましょうね、魔王様っ!」


こうして魔王様とネージュ様の畑づくりの第一歩。肥料づくりです。ドラゴンの糞とおがくずなどを混ぜ、かき混ぜて時間を置いて発酵させます。だいたい半年くらいは待ったでしょうか。その間も魔王様は外道と言う人間を断罪したり、ゴンド様と釣りにお出かけになったり、セントフレメンスの村の畑のお手伝いにアイアンクレスタの漁村の漁のお手伝いをしたり…魔王様、働きすぎではありませんか?と問うても元気元気!と言うだけでございました。


そして、半年後。ようやく…。


「できた!!!ドラゴンのうんこの肥料!!!!」


「やっとですね!」


ばんざーい!と魔王様とネージュ様が喜びの声をあげられております。魔王様が仰るには会心の出来とのことです。素晴らしい成果ですね。


「よーし、ネージュ!撒いていくかー!」


「はいっ!」


完成した肥料を撒いていきます。これはわたくしもお手伝いさせていただきました。


「ステラ、偉いっ!明日は目玉焼きとベーコン1枚追加!」


「魔王様、ありがとうございます」


肥料をわたくしとネージュ様、ゴンド様で撒き、魔王様が凄まじい勢いで土と混ぜていきます。本来ならば、そこからさらに数ヶ月は待たないといけないとのことですが、肥料の効果はすぐに現れました。


1週間後には猛毒草やマンドラゴラしか生えなかった土に雑草が…。


「魔王様魔王様!これって!」


「埋めてみるぞぉー!!!」


魔王様はニンジンやジャガイモの種となるものを埋めていきます。その時の魔王様のお顔は、目を輝かせ、宝物を見つけた子供のようでとてもかわいらし…んんっ、良きものでございました。


さらに一週間後…。


「魔王様魔王様っ!!今すぐ畑に来てください!!!」


「ニンジンになんかあったのか!?」


魔王様が慌てて畑に駆けていきます。すぐにすごい声量で「うおおおおお!!!」と言う叫び声が聞こえました。転ばないように中庭へ参りますと、魔王様とネージュ様が何やら不思議な踊りを踊っておられました。足元には…緑色の葉が…。


「できましたー!ニンジンの芽が生えましたー!やったーっ!!」


「やったー!!!!俺たちの農業生活が始まるぞー!!!」


なんと、ニンジンが目を生やしたようです。本当に…この死に絶えた土地を蘇らせ…畑として利用することが叶うようになったのです。すごい…魔王様は本当に…素晴らしいお方です。努力をすれば報われる…諦めなければ願いは叶うのです!魔王様はそんな素晴らしいことをお教えいただいたのです。魔王様…魔王様は本当に…!


………


ニンジンやジャガイモなどはあっと言う間に収穫ができるようになりました。どうやら、ドラゴンの糞はお野菜の成長を何倍にも早める効果もあったようで、それでいて、まるまると大きなニンジン、ジャガイモが実り、農業の町で買って来たと言うバラの苗木もグングンと伸び、美しいピンク色の花を咲かせていきました。


「魔王様魔王様!今度は白いバラの花がいいと思いますっ!」


「よーし、買ってくるー!」


こうして魔王様は毎日、とても充実した毎日を送っておられました。ですが魔王様。早朝から夕方まで農業を営み…その合間にわたくしのお仕事をネージュ様と共にお手伝いくださるのです。さらには村の畑仕事、漁師の村の漁業のお手伝い…働きすぎではないでしょうか…?


「うん、平気平気!」


魔王様…もっと堕落した生活を送っても良いのではないでしょうか…。


かつての魔王はわたくしを嬲り、わたくしが作った食事を口にし、眠り…怠惰の限りを尽くしておりました。時に、己の力を鼓舞するために宝物を人間から奪い、殺し…またわたくしを犯し…そんな毎日でしたが…。


「ステラ!!鯛!ゴンドと釣り行ったらゴンドがすっげー鯛釣ったんだ!!!みんなで食べようぜ!!!」


「ステラ!見てくれよこのニンジン!双子だー!まるまるしてておいしそうだよな!」


「ステラ!!髪を洗った後にこの油を髪に塗るとステラのきれいな髪がもっときれいになるぞー!!」


 

魔王様はわたくしをいたぶることもなく。ネージュ様、ゴンド様と共に平等に接してくださります。わたくしたちは力を見せつけ、弱き者は生きていくことができない魔族の世界で生きております。ですので、このように平和にうつつを抜かしていれば、必ずや他の魔族に出し抜かれ…魔王の地位を剥奪されるのではないかと危惧しております。今のところ、そのようなことはないのですが…。


先日、北の冷たい台地に住まう魔族が魔族の統合を図ろうと一方的に自分達の下につけ、と言って来た態度の大きな魔族がやって参りました。


「どうです?魔王などと、1,000年も生きておられる我が主に比べれば貴方は下も下。ですから、我が主の下につけば安定した生活がお送りできますよ?」


「あー、そういうのお断りしてんだわー。めんどくさいし、お前ら弱そうだしな」


「貴様、我が主君を弱いだと?我が主を見下したこと、地獄で後悔するがいい!!!!煉獄の業火で灰も残さず「うるせえ」」


玉座にお掛けになられていた魔王様がいつの間にか背後に回り、剣で首筋を断ち切ろうとしていたところでした。


「これが、お前と俺の実力の差だ。死にたくなけりゃ北の国でキツネでも追いかけまわしてろってな。ステラ、お客さんが帰るって。見送ってあげてくれる?」


「かしこまりました、お帰りはこちらになります」


怒り狂った客人は、城の入り口でわたくしを連れ去ろうとしたのですが…地面が爆ぜるほどの凄まじい威力で矢が刺さりました。ネージュ様です。


「お客様、困ります。魔王様のメイドさんをどうされるおつもりですか?事によってはこの場で死んでもらいますよ?」


「なっ…」


城の一番高い塔から射た矢。ネージュ様は遥か頭上から矢を撃ったのです。常人…いえ、弓の得意な魔族でもこうは参りません。ネージュ様の弓の技術、ダークエルフとなったことで何倍にも強化されたお体。その賜物でございます。


そして…「おい、貴様…」と城の入り口からすさまじい殺気を放ちやって来られるお方…金色の髪。アメシストのような紫色の瞳。かつて人間でいた時は女性の誰もが振り返ったと言う美貌をもつ近衛騎士団長…ゴンド様がものすごい怒りの表情で剣を手にやって来られました。


「魔王様のメイドに手を出すとは…貴様、いかなる不敬を働いたかわかっておらんようだな…」


「な、なあ…なんだ、貴様は…」


「我は魔王様の忠実な下僕。そして剣。貴様のような狼藉者を斬り捨てる駒…このゴンド、魔王様に代わり…貴様は処断しようと思う…」


「き、貴様のような奴はおらんかったはず…」


「当然だ。なぜならば…姿を変えているからな。俺の正体は…これだ…」


人の姿から…骸骨へ…キシャシャシャ…!と歯を鳴らして歩み寄るゴンド様。魔王様の剣となってからはそのお力は先代よりも何倍にもなっております。おそらく、この北の魔族の使者など、一閃で終わるでしょう。


「ひ、ひいいいい!!!?!」


「失せろ。我らの魔王様は貴様らにつくつもりはない。そして、俺も貴様らのような脆弱な魔族の下につく気などない。もう一度言う。失せろ。我が剣が貴様の首に届く前に…」


悲鳴をあげて慌てて帰っていきました。最近のゴンド様は魔王様と意思疎通がしたい、とのことでこのように人の姿になることができる魔法を常にかけておられます。生前のゴンド様のお姿がそのまま反映されておられるとか。


「フン。魔王様に報告だな。お怪我はございませんか、ステラ殿?」


「ええ。感謝いたします、ゴンド様。ああ、いけません。お夕飯の支度をしなければ…」


「よろしくお願い致します」


その後、わたくしに狼藉を働いた、と言うことで北の魔族の下へ魔王様御身が赴かれ、お互いに干渉しないと言うお約束を取り付けられたそうです。魔王様の下へ下れば…とも思いましたが、信用ならないとのことでございました。わたくしも魔王様、ゴンド様、ネージュ様がお城にいるだけで安心できます。不要です。


………


「では、無事に畑は復活した、と」


「ありがとうございました。みんなのうんこのおかげです!」


「う、うむ、で、あるか…」


何とも微妙な顔をしてフォールの感謝を受け取る三賢竜「ワーグナー」


三賢竜にそんなものを求めるのは後にも先にも彼だけだろう。フォールは笑顔でニンジンを差し出してきた。


「おかげで採れたうちのニンジン!!よかったら食べてみて!」


まるで子供のようだ。一切の悪意なく、自分が育てたニンジンを見せに来ただけであり、食べてほしいのだと言う。まあ別に食べられなくはない。せっかく持って来てくれたのだ。頂くとしよう。


その瞬間。天使が舞い降りたかのように彼は幸福感に満たされた。噛めば噛むほど出る甘味。クセがなく、歯ごたえが抜群。しかも大きく、人間ならばこれだけで腹が満たされるのではないだろうか。そのうまさは至高。


「うーーーーまーーーーーいーーーーーー!!!!!!」


「やったー!ドラゴンにも認めてもらえるうまさだーーーー!!!!」


ワーグナーとフォールの声がやまびことして帰ってくる。いや、ワーグナーの咆哮は空を裂かんばかりであったが。大げさに思ったウェンディが食べてみたがしばらくの間放心するくらいだった。


ベアトリスはきゅーーー♪と上機嫌で何本も食べている。クレセントもボリボリ食べている。天空の頂でニンジンを食べるドラゴンとナイトメア。シュールな光景である。


「む、むう。ベアトリスがまた食べたいそうでな…持って来てくれると…その、嬉しい」


「ぜひよろしくお願いします」


「きゅー!」


「よーし、ベアトリス。いっぱい食べて大きくなろうな!」


「きゅ!」


「じゃあこれで帰りまーす!!バイバーイ!!」


魔王…魔王…?ニンジンを持ってくる魔王は、この先もワーグナー達と懇意になるのであった。世間では三賢竜をも従える恐怖の魔王、と言う噂が付きまとったらしい。


………


こうして、魔王様のニンジンは三賢竜も認めるほど美味なニンジンとして名を馳せることになりました。しかし、魔王様とネージュ様だけでは大量生産もできず、わたくしたちが賄うこと。それから漁師の村方々に、魚介類のお礼として、それからエルフのグウェンドリン女王への捧げるお野菜としてだけ作ることにいたしました。ジャガイモも同じです。


「おや…?」


「ここのえいようがすくないね。ちょっとちからをあげよう」


「おおきくなーれ、おおきくなーれ」


「……精霊?」


 


何と言うことでしょう。なんと畑とバラ農園に精霊が…地の精霊ノームの使い…でしょうか。植物のお世話をしてくださるそうです。ノームはニンジンを少しでいいから分けてくれればと仰っておりました。


「ああいいよ。今度はそうだなぁ…かぼちゃでも育てるかー」


「かんびなひびき!」


「ほくほくのかぼちゃ!」


「よっしゃー!精霊さん!カボチャ育てようぜ!」


「「おおーーー!!」」


あれよあれよと言う間に良質な土を作るノーム、植物の成長を促すきれいな水をもたらすウンディーネ、よき風をもたらし、花粉を運ぶシルフ。精霊たちの使いが集まりだしました。魔王様は精霊をもお味方に…?な、なんというお方…!わたくし、感服いたしました。


「うーん、今日もいい天気!」


「たいようのひかりよー!」


「んー?」


「あ、はじめまして、さらまんだーさまからにんじんもらってきてって」


「おっ、ニンジン食べたいの?持ってけ持ってけ!」


「わーーーーーー」


ニンジンを嬉しそうにもらっていく火の精霊サラマンダーの使いにニコリと笑みを浮かべて見守る魔王様。四大精霊の加護を得たのでしたら、もう魔王様に怖いものはないでしょう。


「魔王様。今日のお夕飯に何にいたしましょう?」


「んー、にんじんを甘く煮てバターで焼いたやつ!」


「かしこまりました」


魔王城は今日も平和でございました。

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