第4話 強くなりすぎた件
「とうとうこれを手に入れることになってしまったか……」
俺は崖下に座り込み、ステータス画面を眺めながら眉を寄せて呟く。
先ほどのスカイダイビングでステータスに変化が訪れていた。
現在、この崖際でレベル上げを初めて一ヶ月くらいが経った頃だ。
着実に日々の成果が現れていることに喜びを感じ、全てに感謝を捧げながら、献身にレベル上げにいそしんできたつもりだ。
だが現実は非情だった。
幸せな日々は長くは続かない。
そう——何度見返しても、ステータス画面の耐性の欄には【落下無効】という、げにも恐ろしい文字が見えてしまう。
……ゴシゴシ。
うむ、やはり見間違いではなさそうだ。
はぁああああ、勘違いだったらどれだけ良かったことか。
しかし、いつまで現実逃避している訳にもいかないしなぁ。
流石にこの不条理な現実を受け入れるしかないか。
そう思いはするも、楽しかったレベル上げが打ち止めになり、やはり気は重い。
「はあ……」
思わずため息を溢し、俺はもう一度マジマジとステータス画面を眺めた。
++++++++++
名 前:群青 空
種 族:人族
称 号:【使命を授かりし転生者】、【妄執に取り憑かれた狂人】
L V:307
H P:7690
M P:9848
総合戦闘力:1002
S P:921
・スキル
なし
・EXスキル
【転生(58/307)】
【異世界言語理解】
・耐性
【落下無効】
【空腹無効】
++++++++++
このステータスには流石の俺もため息が溢れるというもの。
ついでに【落下無効】の横には【空腹無効】の文字も煌めいている。
やはりレベルカンストへの道のりは険しいらしい。
ちなみに称号の【妄執に取り憑かれた狂人】はここでの生活が二週間続いたときに手に入った。
効果を見てみるとこんな感じだ。
【妄執に取り憑かれた狂人】
説明:頭のおかしい信念の元、頭のおかしい行動をとり続ける人に与えられる称号。
効果:同じ信念を抱える同志に対し、魅力度が50%アップ。
頭のおかしいとはなんだ。
失敬な。
レベル上げは崇高なる信念であるぞ。
しかし……魅力度なんてステータスもあるのね。
ウィンドウには表示されていないから、隠しステータスってことなのかな。
どのみち俺には必要のない項目だが、一応頭には入れておくか。
いつしか役に立つときがくるかもしれないし。
……いや、こないな、間違いない。
異性とか恋愛とか一切合切興味ない俺からすれば、死にステータスといっても過言ではなかった。
う〜む、それにしても、今のところ攻撃する必要もなかったからSPが無駄に溜まってるなぁ。
でも別に魔法とか剣術とかも興味ないし。
もし敵が現れたからって攻撃なんかして、うっかり殺してしまったら勿体ないからな。
そいつがいつか、俺を何度も殺してくれるような強者に育ってくれるかもしれないのだから。
——ともかく、現状ではレベル307でいったん打ち止めかな。
魅力度と同じでこれもステータスには表示されていないが、どうやら防御力もレベルに合わせて上がっているみたいだった。
思いきり岩に頭を打ち付けてみたけどただ痛い思いをしただけで、一ミリもHPは減らなかったし。
「はあぁああああ…………」
もう一度深いため息をつき、俺は重たい腰を持ち上げて立ち上がると、精一杯伸びをした。
「さぁて。ここにはもういる意味はなさそうだな。と言うわけで早速移動するんだが……何処に行くかな」
そう口にしてグルリと辺りを見渡す。
うん、背後の崖以外は全く同じ景色にしか見えない。
よし、ここは先ほどと同じクラ○カ理論で右手に行こう。
そう決めると早速歩き出して一週間、俺は遠くに見えていた山脈を登りでっかいドラゴンの住処に足を踏み入れているのだった。
*****
俺は目の前で眠っている巨大な存在にただ感動していた。
これなら俺をいとも容易くレベル上げしてくれそうだ。
このドラゴンを利用し尽くしてやろうと心の中で下卑た笑みを浮かべながら、サクサクと近づいていった。
すると俺の気配に気がついたのか、そのドラゴンはゆっくりと目を開けて頭を持ち上げた。
「ほう……客人は久しいの」
そいつは興味深そうに俺を見つめ、低く響くような声で言った。
おいおい、こいつ喋る系かよ。
知性があるのはちと面倒だ。
本能のままに襲いかかってきてくれれば、簡単に殺してもらえたのにな。
心の中でそう落胆していると、ドラゴンはスッと目を細め俺を見定めるように見つめてきた。
「どうやら只者ではない様子。まあ人の身ひとつでここまで来たのだ。それは当然と言えるかの」
そう言って一人ケラケラと上機嫌に笑うドラゴンを見て、その脳天気さに俺は段々腹が立ってきた。
レベル上げをお預けされ、楽しくもない森の散歩を一週間もし、ようやく殺してくれそうな相手に出会ったと思ったのにこれだ。
さっさと俺に襲いかかってこいよ。
なんで歓迎ムード全開なんだよ。
だがそのイライラは全く伝わらなかったらしく、そいつは勝手に自己紹介を始めた。
「我は昔、人間たちと交流があったときには、古代竜なんて呼ばれていたな。確かにこの世界には我よりも長く生きてる生物はおらんが、古代なんて付けられた時には、この老いぼれを揶揄っているのかと思わず笑ってしまったものだ。お主も我をこーちゃんとか、りゅーちゃんとか呼んでも構わないぞ」
クソッ……全然戦闘になりそうもねぇ……。
楽しそうなドラゴンに焦りを感じてしまう。
いっそ怒らせれば良いのか?
悪口を言えば殺してくれるだろうか?
焦りといらつきで思考が短絡的になっていた俺は、つい口が滑り禁断の悪口を言ってしまった。
「おっ、おまえの母ちゃん、でーべーそー!」
言った後、俺はちょっと言い過ぎてしまったかと思ってハッとドラゴンの方を見た。
こんな悪口、流石にブチ切れられてもおかしくはない。
それで殺されるのは万歳なのだが、俺のレベル上げに他人を無理やり巻き込むのは良くなかった。
そう思っていたが、何故かドラゴンは遠い目をして語り出した。
「出べそ、か……。母親というのはどんな存在だったか。我はもうすっかり忘れてしまったよ。もう今では出べそかどうかも覚えていない。薄情な息子だと自分でも思うが、やはり時の流れとは残酷よ……」
お、おおう、いきなりシリアスな話題に。
ブチ切れられると思ったら、いきなりノスタルジーに浸りながらシリアスな話題を持ち出してくるあたり、コイツが俺のコミュ力では扱いきれないほどの天然だということが何となくわかったぞ。
てか出会ってから俺、一言の悪口しか喋ってないのに、それに対してこのドラゴンはずっと喋ってるしな。
俺は毒気を抜かれて怒らせてレベル上げをするのを諦めると、正々堂々お願いすることにした。
「な、なあ。いきなりで悪いが、一つお願いしたいことがあるんだけど」
意を決してそう口にすると、ドラゴンは興味深そうに見下げてきた。
「ほう、お願いとな。内容次第では聞いてやらんでもないぞ」
「おおっ、それは助かる! それじゃあいっちょ、俺を殺してくれ!」
寛容なドラゴンの言葉に思わずテンションが上がってしまった。
流石はドラゴンさんだ!
無駄に長い時間を生きていない!
器が広すぎるぜ!
ドラゴンだからブレスでも吐いてくれるのだろうか?
まあドラゴンブレスは定番だからな。
おそらくそれで間違いないだろう。
だったらいつでも問題ないと伝えるため、両手を横に広げてブレスを待つ。
「…………む?」
いつでもウェルカムな状態なのに、ドラゴンは困惑したような声を出し固まっていた。
ドラゴンの表情は読み取れないが、どうやら困っているらしい。
しかし何故いきなり困り始めたのだろうか?
心当たりはないが……はっ!? もしかして俺みたいな奴を殺すのにブレスなんて勿体ないと!
おそらくそう言いたいのだろう。
それに気がついた俺は、さらに一歩前に踏み出し言った。
「別にブレスじゃなくても良いからな! その長い爪でぶっ叩いてくれるだけでも構わないから!」
「……早まるでないぞ、若い者よ。そなたの人生はまだあるのだから、生きていれば良いことだってあるかもしれないだろう?」
真剣な目をしてなんかよく分からないことを言い出したドラゴンに、今度は俺が困惑する番だった。
「……む? 別に俺は人生を諦めているわけじゃないぞ?」
「そうなのか? では何故そんなことを……?」
「——ああ、なるほど! そういうことか! すっかり俺のスキル【転生】の説明を忘れてたな!」
ようやくコミュニケーションの齟齬を見つけ出し、俺はポンッと手を打った。
それから俺は自分のスキルについて、そしてこの間まで行っていたレベル上げについてを詳細に説明した。
説明を全て聞いたドラゴンは、何故か表情筋が引き攣っているように見えた。
まあドラゴンの表情とかよく分からんし。
表情の使い方も人間と同じではないだろうから、そんなドン引きしてます、みたいな感じではないのだろう。
「なあ、お主。他人から変態だとか言われたことないか……?」
「はあ? 俺はレベル上げにしか興味ないの。女の子とか恋愛とか全く興味ないのに変態なんて言われるわけないだろ」
ドラゴンの失礼な物言いに、思わず眉を上げて反論してしまう。
そんな俺の言葉に「そ、そうか……」とドラゴンは引き気味に言った後、ふと顔を背けて小声でこう呟くのだった。
「此奴、自分の行動の頭のおかしさに気がついてないみたいだし……さっさと頼み事を済ませて追い返した方がいいかもしれぬな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。