第一章:試行錯誤
第6話 新大陸に来た件
しばらく飛んで【入らずの大森林】を抜けたと思ったら海が広がっていた。
どうやらこの森はひとつの島を丸々覆っていたらしい。
俺はドラゴンの背に乗り海を渡り、その先の大陸へと上陸していた。
ドラゴンからは『もう一生来るなよ! 絶対だからな!』と口酸っぱく言われたが、あれは多分ツンデレだ。
お約束の『押すなよ、押すなよ!』と同じ意味だとみた。
目も合わしてくれなかったから、おそらく照れていたのだろうし、間違いないだろう。
さて、大陸に上陸した俺は、近くにあった川に沿って上るように駆け抜けていく。
点々とした小さな森と広々とした草原が広がっているが、なかなか街が見当たらない。
全力で走って一時間、ようやく川に囲まれた城塞都市を見つけ出した。
しかし思ったより時間をかけてしまったせいで、もう日も暮れかかっている。
この大陸に来るのにも時間がかかったしな。
レベルが上がってやけに良くなった視力で遠くから街を見てみると、どうやら街までに架けられた橋は上げられてしまっていて入れそうもない。
幅跳びの要領で飛べば城壁には貼り付けそうだし、無理やり侵入することも出来るだろうが、下手に目立つ必要もあるまい。
強者に襲われるのは大歓迎だが、弱っちい奴らに付き纏われ続けるのも面倒なだけだからな。
というわけで、夜明けまで待つことにした俺は時間を持て余すこととなり、暇を紛らわせるために近くの小さな森に入った。
狩りでもして、久しぶりの食事にしようと思ったのだ。
食べ物を食べるのは半年以上ぶりか。
空腹無効のせいで何も食べなくても死ななくなったが、空腹感はずっと感じてるし、別に味覚が死んだわけでも食べられなくなったわけでもないしな。
このネットもない世界では、暇つぶしもままならない。
その点、狩りをして血抜きをして皮を剥いでなど、工程が多い食事は暇つぶしにはもってこいだった。
森に入って獲物を探し始めてから数分、俺の研ぎ澄まされた聴覚に足音が複数聞こえてきた。
どうやら走っているみたいだが、足音の感じからして二足歩行——つまり人間の足音のようだった。
よくよく観察すると追う側と追われる側がいるみたいだ。
まあそこら辺の人間同士のゴタゴタは俺のレベル上げには関係なさそうだと思い、素通りしようと思っていたのだが。
「——っ! その服装っ! もしかして貴方たち、【銀狼の誓い】かしらっ!?」
「ほう。嬢ちゃん、よく知っているじゃないか」
「やはりそうなのね……! 帝国最強の暗殺者集団と名高い貴方たちを送り込んでくるなんて、あの事実を知られたことに、帝国も相当切羽詰まっているみたいね!」
「おっと、それ以上喋らない方がいいぜ、嬢ちゃん。俺たちの任務はアンタの身柄を確保して受け渡すことだ。余計なことを喋ると拷問がより過激になるかもしれねぇからなァ。うちの依頼主は少々加虐趣味が行き過ぎてるみてぇだし」
……ぬ?
帝国最強の暗殺者集団、だと?
レベルアップのせいで過敏になった聴覚が気になる言葉を拾い上げる。
帝国がなんなのかは知らないが、言葉の響きからして魅力的だ。
もしかすると俺の知らない属性の魔法を操り、俺を一方的に殺してくれる集団なのかもしれない。
ここで出会ったのも何かの運命だろう。
うん、これは接触しない手はない。
俺は彼らに逃げられないように一応気配を消し、慎重に声の方へ向かっていく。
「……貴方がたにペニカ様をお渡しするわけにはいきません」
おお?
他の女性の声も聞こえる。
先ほど男と話していたのがペニカ様っていうのか?
雰囲気からしてそこそこ身分が高そうだが。
ってことは、今話してるのが従者とかってところかな。
「ほう? 我らに抵抗すると? ただのメイドの分際で?」
「……貴方がたがペニカ様を連れ去ろうというのなら、それも致し方なし」
「リース、駄目よ! 貴女まで失ったら、わたし、完全に一人になってしまうわ!」
「ペニカ様……私は貴女に仕えられて本当に良かった。貴女のような優しく気高い
なんか凄いシリアスってるな。
う〜ん、流石にここは空気読んだ方がいいか?
なんか感動の名場面みたいだし。
俺はレベル上げにおいて、自分の犠牲は決して
ドラゴンやら魔物たちやらは人じゃなかったので大してなんとも思わなかったけど。
そして声の間近まできて、木の陰から様子をうかがう。
対峙する集団の片方は、赤髪ロングの気の強そうな少女と、銀髪ボブの表情が乏しいメイドの二人組だ。
少女の方は十代中盤くらいで、メイドの方は二十代前半くらいか。
もう片方の集団は真っ黒な服に身を包んだ怪しげな男たち総勢五人。
どうやら赤髪の少女がペニカ、銀髪ボブのメイドがリース、真っ黒な男たちが暗殺者たちって感じみたいだ。
メイドは心許ない小型のナイフを懐から取り出し、構える。
構えからしてあまり戦闘慣れはしてなさそうだ。
まあ構えの善し悪しなんて俺にわかるわけもないけど。
対する暗殺者たちは自然体で突っ立っており、そんなリースを見てあざ笑っていた。
「おい、メイド! そんなへっぴり腰で俺たちに立ち向かおうなんて、随分と舐めた態度をしてくれるじゃないか!」
「くっ……。ペニカ様、早く私を置いて逃げてください。余り長くは持たないと思いますので」
「そんなこと、出来るわけないじゃない! たった一人の家族なのよ! あの屋敷に住んでいたのは、もう私と貴女しか残っていないのよ!」
何だか聞くも涙語るも涙な感動的エピソードがありそうだ。
まあ全く興味ないけど。
それよりもあの暗殺者たちがどんな技を使うのかが気になる。
早く攻撃してくれないかなー、こっちはずっと待ってるんだけどなー。
そうすればその攻撃に横入りして、俺が代わりにいくらでも受けてやるというのに。
戦闘前に目の前でヒロインとイチャイチャしだす主人公を見せられているラスボスたちの気持ちがようやくわかった気がする。
アンタらの事情とか知ったこっちゃないし、そもそも命のやり取りする前に甘い雰囲気出すなよクソが、とか思ってそう。
現に俺も今、似たようなことを思ってる。
「リース、貴女が戦うなら、わたしも戦う。そして一緒に生き残るの。これは命令よ、逆らうことは許さないわ」
「……ペニカ様。わかりました、共に戦い、必ずや共に生き延びましょう」
そしてペニカという少女も、腰にぶら下がっていたレイピアを手に取り構える。
そんな彼女らに対して暗殺者のリーダーらしき男が手を上げ、表情を消すと勢いよく手を振り下ろした。
「さあ、おまえら。メイドは殺れ。小娘は殺すなよ?」
言い終わり手が振り下ろされると同時に、残りの男四人が何やら魔法らしきスキルを発動した。
スキルを取っていない俺にはそのスキルがどんなものかもわからない。
ただ、発動すると同時に、何か不可視の攻撃が二人の女たちの方に向かっているのだけはわかった。
あまり速度は速くなさそうだが、不可視の攻撃は初めて見た。
もしやこれは俺を殺せるスキルなのでは?
よくわからないけど、見えないってことはなんか凄そうだし。
というわけで、俺は慌てて木の陰から飛び出して、女たちの前に立ち塞がり両手を広げた。
次の瞬間、全身に痛みを感じる。
「ぐっ、ぐぁぁああああああああああぁあ!」
おおっ、痛い、痛いぞ!
なんか効いてる気がする!
「——なっ!?」
「貴方はいったい!?」
背中から驚きの声が聞こえてきたが、そんな些細なことはどうでもいいか。
ともかく今はちゃんと痛みを感じてるってのが大事だ。
さあ、もっと打ち込んでくれ、と言わんばかりに俺は一歩前に足を踏み出した。
「き、貴様ッ! どこから出てきた!」
「ぐっ、ごっ、もっ、もっとうっ、がぁぁああああああああぁあ!」
暗殺者たちに『もっと打ち込んでくれ』と頼もうとするが、痛みで悲鳴が上がるだけで言葉に出来ない。
この【転生】のスキルも無効化の耐性も痛みだけは軽減してくれないのが辛いところ。
どうやらHPや耐性、防御力などがどれだけ上がっても、痛みは一切軽減されないみたいで、いくらHPが減らなくとも痛いものは痛かった。
まあ痛覚とは危機察知能力の一種だからな。
いくらダメージ無効と言っても、完全に痛みがなくなれば、それが身体に当たったのかどうかも分からなくなってしまうし。
だから今、俺が攻撃を無効化してるのかしてないのかも、痛みでは判断できないってことになる。
とりあえずひたすら攻撃してもらって、それからちゃんとHPが減ってるか確認しなければならない。
少し面倒な仕様だった。
そんなわけで、こちらの要求を言葉に出来ないのなら、身体で示すしかない。
俺は更に一歩前に踏み出した。
「——なっ、なんなんだよ、おまえはッ! なぜ死なない! なぜこっちに来る!」
何故か恐怖に顔を歪め、叫び散らす暗殺者たち。
だが痛みに耐えたおかげか、暗殺者たちは更に何度も同じ攻撃を放ってくれた。
くぅう! やっぱりなんか効いてる気がするぞ!
もっとだ、もっと!
俺は瞳を爛々と輝かせて、暗殺者たちに強請るように近づいていく。
「くっ、クソがッ! いったんここは引くぞ!」
「だがリーダー、それでは依頼主にどう説明すれば!」
「そんなのは後で考えれば良い! 今は撤退だ!」
何故か怯えたような声でそう叫ぶと、暗殺者たちはどこかに行ってしまった。
ああ……マジかよ、いなくなってしまった。
結局またレベルは上げられずじまいか……。
とりあえずHPが減ってるかどうかだけでも確かめるか。
俺はステータス画面を表示させ、自分のHPを確認してみる。
すると——。
「へっ、減ってない。一ミリも減ってない……」
俺のHPは変わらず60871のままで、たったの1も減っていなかった。
そのことに気がつき、ショックで俺の意識が遠のいていく。
ああ、俺のレベルアップが……俺のレベルカンストへの道のりが……。
そして霞んでいく意識の中、先ほどの少女とメイドが慌てたように俺に近づいてきて、何かを叫んでいるのがかすかに聞こえるのだった。
「騎士様、わたしの騎士様! 死なないでください、どうか、まだ、死なないでください——!」
『う〜ん、ちょっと運命捻じ曲げて美少女と出会わせてみたけど、これで少しくらいはこの子もやる気出してくれるかしら?』
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