第7話 勘違いが加速してる件

「ふむ、知らない天井だ……(二回目)」


 目を覚ますと木々の葉の隙間から青空が見えた。

 少し耳を澄ませば、水のせせらぎも聞こえる。

 どうやらまだ俺は森の中にいるみたいだった。

 もちろん、目覚めたときのお約束の台詞も忘れない。

 だが転生直後とは違い、目が覚めた俺に話しかけてくる人物がいた。


「……天井なんてないわよ?」


 顔を動かし声の方を見ると、赤髪の少女——ペニカが火を起こしながら鍋をかき混ぜていた。

 キョトンとした表情でこちらを見て首を傾げている。

 ちょっとしたボケにマジレスされるといたたまれない気持ちになるらしい。

 クラスメイトと冗談を言い合うこともなかった俺にとって、このムズムズした気持ちは新鮮だった。

 これが恋……?(多分違う)


 そういえば先ほどから良い匂いが漂ってきている。

 どうやら彼女のかき混ぜている鍋から匂ってきてるっぽい。

 半年ぶり以上の食欲をそそる香りに思わず腹が鳴った。


「ふふっ、ちょっと待っててね。もう少しで出来るから」


 俺の腹の音は聞こえていたらしく、ペニカは小さく笑った。

 しかし……やはりあの暗殺者の攻撃では死亡判定にはなっていないみたいだ。

 ステータス画面を見直しても都合良くカウントが増えてることはなかった。

 焦って見間違えただけでしたとか、実は反映にラグがあっただけでした、みたいな都合のいい展開キボンヌ。

 ペニカはステータス画面を睨みつけ唸っている俺を見て、再びクスリと小さく笑う。


「騎士様は結構感情表現が豊かなのね」

「……騎士様?」


 なんか聞き捨てならない単語が聞こえたぞ。

 騎士様って何のことだ?

 もしかして俺のスウィィイトフェイスがまるで騎士だと言いたいのか?

 ……ウン、一瞬でもキモいことを考えてしまった俺を殺してしまいたい。

 そうすればレベルも上がるし。

 俺が首を傾げていると、ペニカは顔を真っ赤にして両手をワタワタと振り始めた。


「いっ、いやっ! 何でもない! ないったらないから、今すぐ先ほどのわたしの発言は忘れなさい!」

「は、はあ……」


 うーん、これってフラグ立ってる?

 ……いやいや、まさか。

 そんなはずはないと思ってペニカの方を盗み見ると、一瞬目が合った後、すぐに頬を染めて視線を逸らされた。


 ええ……やっぱりフラグ立ってる気がする。

 でもなんで?

 いくら生粋のチョロインだったとしても、イベントがなかったらフラグなんて立たなくない?

 俺がやったことと言えば、暗殺者の攻撃をワザと食らって死ねずに落ち込んだくらいだよ?


 ……やっぱり分からん。

 アニメとかで渋いおっさんキャラが、俺でさえ女心なんて一生分からんもんだ、みたいなことをハードボイルドに呟いていたりするが、ようやくその言葉の意味が分かった気がする。

 実はいつも心の中で、それっていくらハードボイルドに流し目使いながら呟いたって、言ってること結構情けなくない? とか思ってたんだが、実際に目の当たりにすると……うん、一理あるかもと考え直してしまった。


 ともかく、恋愛もハーレムも興味ない俺からすれば、ちょっと手に負えない事態というか。

 今すぐにでもここから逃げ出した方がいいのでは、とか思ってしまう。

 しかし権力者っぽい人から追われてるらしいこの子と一緒にいれば、ひっきりなしに強敵が襲ってくるかもしれないという打算も、もちろんある。

 はてさてどうしようかといまだ寝っ転がりながら悩んでいると、メイドのリースがバケツに水を汲んで持ってきているのが見えた。


「あっ、リース! 騎士さ……じゃなくて、先ほどの男性さんが起きたわよ!」

「あら、無事目を覚ましてくれて良かったですね、ペニカ様」

「そうね。またわたしたちを庇って死んでしまう人が出るのは、もうゴメンだわ」


 なんか一瞬で空気が重くなりかける。

 仕方がないので俺はひとまず起き上がって——なにやら身体が身軽に感じてスースーする気がする。

 不思議に思って下を見てみると、どうやら俺は服を着ていないらしい。


「ふむ……何故か身体が綺麗になってるな」

「——ッ! なっ、なんでアンタは平然と裸で立ってるのよ!」

「いや、俺の裸なんか見ても別に面白くないだろ。てか俺の身体を洗ってくれたのはアンタたちじゃないのか?」


 俺の裸体を見たペニカは、耳まで真っ赤に染めて狼狽えながら、慌てて視線を逸らした。

 逆にリースは無表情にジッと見つめてきている。

 表情を変えずとも一点から視線が動かないところを見るに、意外と興味津々なのだろうか?


「……確かにアンタの身体も服も異常に汚れてたから、ちゃんと洗っておいただけだけど! もう少し恥じらいってもんはないのかしら!?」

「恥じらい……?」

「なんでそこで首を傾げるの!? どんな環境で育ってきたのよ、もう!」


 なんで裸を見られてる俺が叱られてるんだ……?

 やはり女心とは理解できないものなのか。

 まあそんな些細なことはどうでもいい。

 俺はペニカたちの方に近づいて、煮立っている鍋の中を覗き込んだ。


「なっ、なっ、なんで近づいてくるのよ! 変態!」


 おおっ、初めて他人から変態と言われた気がする。

 そういえば以前、ドラゴンから変態と言われたことないかと尋ねられたことがあったな。

 もしかして他人と接触する機会が少なすぎて、本当は俺は変態だったのだろうか?


「……メチャクチャ美味そう。たっ、食べていいか?」

「もちろん良いけど、その前に服を着ること!」


 そしてリースから手渡された俺の服を着る。

 ちゃんと服も洗っておいてくれたみたいで、かなり汚れが落ちていた。

 服を着ると、ペニカからスープの入った皿を手渡された。

 半年以上ぶりの食事に、少しだけ心躍る。


「——おおっ、美味い、美味いぞこれ!」

「そっ、そう? ま、まあ当然だけどね。なにせわたしとリースの合作だものね」

「ペニカ様は野菜の皮を剥いただけですが。しかし合作とも言えるかもしれません」

「……くっ。リースに比べるとわたしの料理の腕が数段落ちるのは認めるけど!」


 悔しそうにするペニカとドヤ顔のリース。

 しかし食べるのに必死で俺はそのやり取りを聞いていなかった。

 それから俺たちは静かに食事を終え、一息つく。


「てか、まだ名前聞いてなかったわね。アンタの名前、教えてくれる?」


 いきなり血糖値が上がったからかウトウトし始めた俺に、ペニカがふとそう聞いてきた。

 重たいまぶたを無理やり開け、何とかペニカの質問に答える。


「俺の名前は群青空ぐんじょうそらだ。群青がファミリーネームで、空がファーストネームだな」

「ソラ、ソラね……。ふふっ、良い名前ね。それでソラはなんであの場所にいたの?」

「ああ、街に入ろうと思ったら既に橋が上がっててさ、街に入れなさそうだったから森で狩りでもしようと思って」


 俺が言うと、ペニカは怪訝そうに眉をひそめた。


「ふぅん。冒険者でもないなら、あの時間には街の外を出歩いたりしないと思うんだけど……」

「ああ、ついこの間まで【入らずの大森林】ってところで暮らしててな。ようやく人里に来れたってとこなんだ」

「入らずの大森林!? なんでそんなところで暮らしてたのよ!」


 俺の言葉にペニカは驚いたように声を張り上げた。

 そんな驚くようなことなんだろうか?

 よくわからんが、とにかく眠くて仕方がない。

 頭もかなりボンヤリしてきている。


「家族はどうしたのよ? そもそもあんなところで暮らしていけるなんて……」

「家族……? 家族はこの世界にはいないな。まあ確かに森での生活では何度も死んだりしたけど、それなりに暮らしていけたぜ?」


 ああ、何だか本格的に眠くなってきたな。

 すごく眠いぞ……これ。

 そんなウトウトしている俺に、ペニカは更に質問してくる。


「……ごめんなさい、嫌なこと聞いたわね。でもあの森で生きていけるなんて、相当優秀なスキルを持ってたりするのかしら?」

「俺、スキルなんてこれっぽっちも持ってないぞ」

「えっ? ひとつも持ってないの?」

「うん、ひとつも持って……ない……」


 ヤバい、そろそろ限界だ。

 何だかペニカたちが憐憫の視線を送ってきている気がするが、それよりも睡眠だ睡眠。

 大森林ではロクに眠りもしなかったからな。

 いくらレベル上げ第一主義者でレベル上げのことしか考えておらず、レベルを上げまくったせいで人間としての機能を超越し始めているからって、いったん気が抜ければ眠気が襲ってくる。

 これは自然の摂理なのだ。


「もしかして……スキルもないくせに、見知らぬわたしたちを助けるためだけに、ソラはあの暗殺者たちに立ち向かったっていうの……? あの大森林に捨てられて、スキルも入手できずに過酷な環境で生きてきたから、そういう生き方しかできないのかしら……?」

「ペニカ様、おそらくこの人は……」

「ええ、そうね。きっと彼は【無能者】なのでしょうね。一生スキルを使うことが許されない、世界から見放された人。だから大森林なんかに捨てられたのだわ。……でも、それでも、彼は必死に生きて、わたしたちのことも助けてくれた、大恩人よ」


 微睡みの中で二人の会話が聞こえる。

 だがボンヤリしている俺には何を言っているのかはよく分からない。


「わたし、決めたわ。両親を失って、家も失って、生きる希望なんて殆どなかったけど。彼のために力だって権力だって、全てを手に入れてみせる。そしてわたしが彼に、幸せかつ安全に暮らせる場所を提供するの。もう死に怯えなくていい、自己犠牲をする必要もない、そんな安心できる場所を」

「ふふっ、そうですね、ペニカ様。よろしければ、私もその志にお供しても構わないでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。一緒に、安全で安心できる居場所を作りましょ?」


 霞んでいく意識の中、なんか二人が盛り上がってるのだけは分かった。

 どんな会話かは理解できないけど、とても楽しそうだった。

 多分、レベルアップに関して考察を重ねているのだろう。

 永遠のライバル『ぶっちゅー♡の』と共同でチャートを組んだときも同じ感じだったし。

 楽しそうで羨ましい。

 俺も混ざりたいけど、流石に眠すぎる。


 ああ……俺も早く【転生】スキルでたくさんレベルアップできたらいいなぁ……。

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