第3話 死ぬほどレベルアップな件

「ふむ……これはこれは……」


 俺は断崖絶壁から身を乗り出し眼下に広がる深々とした森を見下げる。

 なかなか高い。

 足を踏み外せばひとたまりもない高さだ。


「くっくっくっ、ようやく検証が開始できるぞ」


 思わず笑いが溢れる。

 危ない危ない、キショい笑みを浮かべながら崖下を覗き込む様子は、流石に不審者としか言いようがない。

 通報されれば即逮捕、鉱山奴隷として一生を終える羽目になるだろう。

 まあこの世界の文明レベルが中世ヨーロッパ風と決まったわけじゃないから、鉱山奴隷の制度があるかも分からないが。


 ともかく、ようやくスキル【転生】の検証が開始できそうだ。


 俺は少し下がって崖っぷちから距離を取る。

 そして少ししゃがみ込み、崖っぷちに向かって走り出した。


「うぉぉおおおおおお! 待っててね、俺のレベル9999ッ! すぐに辿り着いてみせるからね!」


 愛の告白をしながら大空へダイブ。

 とりあえず何も考えず飛び出してみた。

 うん、失敗してから学べば良いのだ。

 もし手違いで復活しなかったとしてもそれも運命。

 それよりも慎重になりすぎてレベリングを遅らせる方が俺的には怖い。


 たまたまがひゅんと縮こまり、重力に引っ張られながら自由落下を敢行する。

 ものすごい速度で近づいてくる地面を見つめながら、俺は抑えきれない喜びに笑みを浮かべていた。


「いやっふぅううううううう! 俺のレベリングライフ、いざ始まらんッッツ!」


 そして俺は地面に叩きつけられ、その命を派手に散らした。

 瞬間、光に包まれて巻き戻るように復活を果たす。


「いっっっつつつつっ、ってぇぇええええええええ!!」


 どうやら地面にぶつかったときの衝撃による痛みは復活しても消えないらしい。

 死ぬほど痛い。

 てか一回死んでるし。

 痛みすぎて悶絶するようにゴロゴロと地面を転がるが、俺は満面の笑みを抑えきれなかった。

 この痛みもまた、レベルアップした証拠なのだろう。

 レベルアップの実感を現実の痛みとして感じられることに、心の底から幸福感を感じてしまっていた。


「くっ……くっくっくっ。ああ……最高、最高だ。この世界は本当に最高だよ」


 震える声で言い、俺は必死に痛みに耐えながらステータス画面を表示させる。

 痛みよりも何よりもちゃんとレベルが上がったか確認しなければ。


++++++++++

名 前:群青 空

種 族:人族

称 号:【使命を授かりし転生者】


L V:2

H P:46

M P:59


総合戦闘力:9


S P:3


・スキル

なし


・EXスキル

【転生(0/2)】

【異世界言語理解】


・耐性

なし

++++++++++


「ふふ、ふふふっ。あーっ、ははははははっ! レベルが、レベルが上がっているぞッ!」


 身体が歓喜に震えるのがわかる。

 これが生きるってことか。

 これがまさしく人生ってことか。

 楽しい、楽しすぎるぞ異世界生活!


 そんな喜びに打ち震えながらも、しっかりとスキル【転生】についても確認する。

 先ほどの落下が死亡判定となったことは間違いない。

 そして括弧内の数値が0/2となっていることから、レベルの数値に合わせた回数が規定となるのだろう。

 もしかすると桁が変われば何かしら変化があるかもしれないが、当分はこの調子でいけそうな予感がする。


 そうと決まれば早速崖上に上がり直さなければ。

 いまだ痛みを訴えてくる身体をアドレナリンでねじ伏せ、ヨロヨロと崖上に戻ってきた。

 俺は一切の躊躇いも感じず、ただ喜びと感謝の気持ちで胸を満たしながら、何度でもフリーフォールを繰り返すのだった。



   *****



 転生してから三日が経った。

 俺はその間、ひたすらに紐なしバンジーを繰り返し、レベル上げにいそしんでいた。


「ようやく……レベル100か……」


 空腹と疲労と睡眠不足でフラフラになりながら、俺はステータスを確認していた。

 レベルがようやく100になったが、カンストは9999なので道のりはまだまだ遠い。

 そして俺はふと気になるものを見つけていた。


「ん……? 落下耐性LV1……?」


 よく見るとステータスの耐性欄のところに落下耐性なるものが表示されていた。

 詳細を確認すると、その名の通り落下ダメージに対する耐性が生まれたらしい。

 それを見て、俺はふと悪い予感に駆られた。


 レベルが上がり、最近HPもかなり増えてきている。

 そこで落下に対する耐性だ。

 このままレベルが上がり続けてHPが増え、同時に落下に対する耐性が余計についてしまえば。

 この高さの崖から飛び降りてものでは?


 ……いやいや、まさか。

 こんな高さから落ちて死なない人間なんていない。

 いないよね……?

 うん、やっぱりレベルカンストへの道のりはかなり長そうだ。

 まだ死ななくなると決まったわけじゃないが、おそらくこのままだとすぐに頭打ちが来そうな予感があった。

 しかしひとまずはこの方法でレベルを上げ続けよう。

 そう決めると、俺は歩き出し——何故かそのまま視界が暗転して気を失ってしまうのだった。



 ——どうやら空腹で一回死亡判定をもらったらしい。

 ふむ……空腹でも回数は稼げると……。

 しかも空腹によって倒れた後に復活すれば、この空腹感もある程度は収まるらしい。

 死亡理由によって復活したときの回復対象も変化するのか。

 くくくっ、これは新たなる発見ぞ。

 飲まず食わず眠らずで自由落下し続ければ、より効率が上がる!

 そのことに気がついた俺は、更にやる気に燃え、レベリングに精を出し続けるのだった。



   *****



 ここは天界。

 神々が住まう場所。


 女神の一人、淫魔神ユーフェスは下界を盗み見ながらひたすらに呆気にとられていた。

 目の前に映る映像ではごく普通の平凡な青年が何度も何度も崖から飛び降りては命を散らしている。

 しかも痛みを感じているはずなのに、ものすごく喜んでいる気がする。


「なに……この人……」


 思わずドン引きの声が漏れる。

 女神として生まれてから早三億年。

 幾度となく生命を作り出し、観察してきたが、ここまで狂ってる生命を見るのは初めてだった。

 生命には死への恐怖と生への渇望、そして痛みへの忌避感などがあるはずだ。

 おそらくこの青年もそれ自体は感じてるのだろう。

 しかしそれ以上にレベリングに対する欲望と喜びが強すぎて、生命としての感覚が麻痺しているみたいだった。


 この青年は淫魔神の使徒としてハーレムを作ってもらうべく異世界に送り出した。

 神々には世界の意思によって定められたノルマが存在し、彼にはそれを担ってもらおうと思っていたのだ。

 極悪人とかじゃなければ別に誰でも良かったので、説明が楽でハーレムが好きそうなニッポンのオタクを選んだ。

 しかしオタクの中にこんな狂人が紛れこんでいるなんて聞いてない。


 その精神性のヤバさに口元が引き攣ってるのを感じる。

 頭のおかしい光景にただひたすら固まっていると、横から声が聞こえてきた。


「ゆぅちゃん。何見てるのー?」


 声の方を見ると、同じ女神であり、同じ世界を担当する魔術神エレーナがこちらを覗き込んでいた。

 ほわほわとした表情、優しげな顔立ち、穏やかな性格をした女神だ。

 同じ世界の担当ということもあり、ユーフェスとエレーナは気が合い、女神の中でも比較的仲が良かった。

 エレーナはユーフェスの見ている光景を横から覗き見て、ピシッと固まった。


「……なにこの人?」


 普段は何事にも動じず、ただニコニコと微笑んでいるだけのエレーナ。

 そんな器の広い彼女でもこの光景は受け入れきれないらしい。


「ええと……この間言ったわたしの使徒……かな」

「え……これが?」


 既にこれ扱いである。

 まあ彼の行動的に仕方のないことだと思うが、転生させた手前、ユーフェスは責任から少しくらい擁護しようと思って——やめた。

 うん、これはちょっと擁護できないかも。

 彼女は地面に叩きつけられて死ぬほど痛い思いをしているのに大声で笑っている青年を見て、そう思った。


「ま、まあ、わたしとしてはハーレムさえ作って貰えればそれでいいから……」

「……現状だと人里を探そうともしてないみたいだけど」


 エレーナの的確な指摘にぎこちない笑いを浮かべるユーフェス。

 さらにエレーナは続けてこう言った。


「これ、最悪女性どころか生命とも関わらずに一生を終えるよ?」

「そう……だよね……。ここら一帯は魔物が強すぎて人間が寄りつかないし、魔物の数も極端に少ないし……」


 いよいよヤバさを感じ始めるユーフェス。

 サボりすぎてノルマの期限が近づいているのだ。

 しかも転生とスキル贈与で神力も使い切ってしまった。

 このままではペナルティーを食らってしまう。

 ニッポンのエロ・ドージンなるものが面白すぎてついだらけてしまったのだ。

 でも淫魔神として仕方がないだろう。

 そういう神として生まれてしまったのだから、うん、仕方がない。


「もう少し様子見て、ダメそうだったら、その……ね?」


 ユーフェスは機嫌を伺うようにエレーナの方を見てぎこちなく首を傾げた。

 そんな彼女にエレーナは呆れたようなため息を吐き、言った。


「まあ……これは仕方がないかぁ……。わかった、最悪わたしの神力を貸すからちゃんと運命を捻じ曲げておくのよ」

「うう、ありがとうエレちゃん……」


 そうして神々さえもドン引きさせた青年のレベリング生活はさらに過激さを増し、ユーフェスはいよいよハーレムのために運命の捻じ曲げを考え始めるのだった。

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