3 日没、貪欲の神と対峙する

 新しい王神とは何なのか、それを聞く前にイドリスは貪欲の神──カシャの持つ第三の手で掴まれた。逃げようがない状態。手枷は外されたが、現状は悪化したようなものだ。嫌々としたような顔をしつつ、歩き出す二人の足並みに耳を澄ませた。


「……王神って交代するものなのか?」

 イドリスの言葉に、逃がさんとばかりにずっと目が合っているエバがギロリとその曇り空の瞳を鋭くした。それを怖い怖いと思いつつ。語り出したカシャの言葉に耳を傾ける。


「王神は死ぬ事がない。だからこそ王たりえる。神が基本的に不老なことは知っているな?」

「まあ……」

「神を殺せるのは忌々しい事に、草原から持ち込まれた悪魔の残骸、“アープ”だけである。アープ持ちも、持たぬものも、神も、人も、全てに勝てる存在こそが王神と呼ばれる存在だ。だが、此度の王神、ナメスは文官の神であった」


 王神も勿論、通行手形であるケグリネを持っている。ケグリネは文武で別けられるのだが、確かにナメス王は文官の神が持つケグリネ──ニワトコを持っていた。嘗て見た神の図を思い出したイドリスは、かの神が死んだのかと目を伏せた。


「文官の神とて高がアープ如きに殺されるものじゃあない。そう、我が王は仰っていた」

 カシャのいう王とは、恐らく彼の上に立つ第五砂漠クルスの王のことだろう。その言葉ならば信用もできる。だがナメス王が死んだのは確実なことらしい。

 彼女はなぜ殺されたのか? とイドリスが首を傾げていると、そのタイミングで目的地に辿り着いたようだ。

 丘の上に立ったカシャに降ろされると、所せましと建物が建てられた楕円の街が目に入った。ここは第五砂漠に二つある副都ふくとのうちの一つ、ヴァヴァド街だった。


   ✦


 ヴァヴァド街に入ると、わっと人々に囲まれる。イドリスはそれに乗じて逃げようとしたが、それ以前にカシャを中心として出来た輪から抜け出すことができそうになかった。


「……だから鎖でつながないのか」

「お前はあくまでも客人だ。それも王神様の」


 だから丁重に扱っているのだ。お前が真なる罪人ならもっと雑に扱う。そんな副音声が聞こえてきたイドリスは、震えながら疑問を浮かべる。

 そういえば、どうして第二砂漠の王神ナメスが死んだのに、第五砂漠の神であるカシャが動いているのだろうか? そう聞けば、エバは呆れたような顔でこちらを見てきた。


「話を聞いていなかったのか?」

「確信を教えてもらったとは思えないが」

「……カシャ様は必要な情報をもたらした。それを整理できないなんて、とんだ間抜けもいたものだ」

 むかっとイドリスは怒り顔を浮かべた。そんなイドリスに笑ったカシャは、集まってきた民衆に対して、手を上げながら言う。


「新しい王神は武神だ」

「……つまり?」

「ここまで言われても分からないか」

「そうだな。単刀直入に言えば、武官の王神の数が五人になった。お陰でケグリネが足りていない」


 カシャの言葉に「なるほど」と頷く。全員で八人いる王神の内、これまでは文武神どちらも四人ずつだった。

 それが新しい王神が誕生したことで均衡が崩れたのだろう。にしたってこんな街中で話していい話じゃない気がするが……

「大丈夫だ。“我が民は忠実なしもべなり”」


 カシャがそう言った瞬間、群がっていた民衆がひれ伏した。神の御業を見せられた気がして、イドリスは頬を引き攣らせた。神によっては自分の管轄かんかつ(この場合はヴァヴァド街)の物や人を片手で動かす事ができる者もいる。それは信仰心によって変わるのだが……

 カシャはとんでもなく敬われている神のようだった。この力をもってすれば、情報の流れを操ることも可能だろう。真なる神とはこういう人物のことを言うのだろうなと思いながらも、カシャについて行く。

 西の空は赤く染まっていて、恐らく彼の城に着く頃には闇に包まれるだろう。


「王神の元へ行くのはいつがいい?」

「……僕が決めていいのか?」

「そうだな。一月後にしよう。お前が本当に針使いか調べるには丁度いい時間だ」


 勝手に言って、勝手に決められた。さすがカシャ様! と言わんばかりに目を輝かせるエバに顔を引き攣らせていると、城の門がゴゴゴと開いた。その先には昼間に見た双子の姿がある。


「「お帰りなさいませ、貪欲の神」」

「ただいま帰ったぞ、イメイス、リャナイス!」


 カシャの声はまるで、親戚の子供を可愛がるおじさんのような声だった。かの神の意外な姿に、イドリスは驚いたような顔をする。事実、幼い二人は黒い肌にカシャと同じ白髪、琥珀の目を持っていたが。違いと言えば肌が鱗のようにひび割れているところだろうか。

 垂れ目なのがイメイス、吊り目なのがリャナイスのようだ。

 そう教えられても覚えられる気がしない。試しにエバに聞いてみると、彼女は清々しいほどの声で「知らん」と言った。


「……こうなったカシャ様は、眷属たる双子に構いきりだ。お前の案内は私がする」

「その方が助かるよ……」


 ただ使徒と出会って、神と一緒に街まで歩いただけなのに……ドッと疲れたなと肩を竦めながら、イドリスはエバに案内された部屋で一夜を過ごした。


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砂原の針使い 塩庭 匿 @toku_44

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