第4話 友の胸が覚悟でキラめいた時 後編

 リリィハートは自分がよく通う街路樹の道にニルジェーロが現れていた。


「ここにいたのね!? ニルジェーロ!」

『ギギィ……ギギィ、イイ』


 液状化したニルジェーロがあちこちの街路樹にへばりついていた。

 色が段々と失せて行っている。

 はやくしなくては、木々の生命力がなくなってしまいかねない。


「リリィハート!! はやく倒さないと、木々の生命力が無くなって消滅しちゃうニャ!! 苦戦したら、お昼時間も過ぎちゃうニャ!」

「今は言わないの!! 後でお仕置きだから、カラキティ!!」

「ひぃにゃぁあああ!! リリィハートのほっぺ引っ張られるの地味に痛いのニャァアア!!」

『ギギギ、ギ!』


 ニルジェーロが腕を伸ばしてきて私の足を捕まえようとしてくるのに、詠唱を省略して魔法を放った。


「っ、カラーズガード!!」

 

 詠唱を省略し、魔法の盾でリリィハートはニルジェーロの攻撃をガードする。

 しかし今回はスライム状のせいもあってか、すぐに盾の横から介入して来て、私の腕を捕まえる。


「きゃ!!」

「リリィハート!!」

「この!!」


 ステッキで叩こうとするが、逆にその行為を逆手に取り、ニルジェーロはリリィハートの体のあちこちを触手出掴む。


「ぐ、あ……!!」


 伸びる触手に捕らえられたリリィハートは、もがくも抵抗する力を奪われていく。

 ニルジェーロに拘束されたら、思考力も薄れていくから、魔法の詠唱がすぐにできない……この前は、怪盗レインに助けられたから問題なかったけど。

 言葉にしようにも、体に力が上手く入らなくなってきた。

 どうしよう、詠唱が、できな――


「リリィハート!!」

「しず、く……ちゃ、……なん、で」


 気が付けば、屋上にいたはずの彼女がなぜかこっちに来ている。


「リリィハート、助けるわ!! だから、もうしばらく耐えていて!!」

「だ――!!」

『ギギギ、ギ!!』


 ニルジェーロは雫月ちゃんの方にも触手を向かわせ、襲い掛かる。

 一瞬、銃声が響いたのが聞こえた。


「そ、げき……!? どこ、から……!?」

「私は瑠璃川財閥の令嬢、瑠璃川雫月よ……盾役なら、常に控えさせているわっ」


 雫月は手に持った銃をニルジェーロに構える。


「カラキティ! 私がニルジェーロの注意を引くから貴方はリリィハートの救出を!」

「わ、わかったニャ!!」


 雫月は、ボディガードの力を借りながら、ニルジェーロの注意を全力で引くために魔法少女ではない彼女は奮闘する。


『ギギギ、ギィ』

「――さぁ、付き合ってもらうわよ? ザコさん」



 ◇ ◆ ◇ 



 私は、念のための護身用に持っていた小型の銃を強く握る。

 常日頃、誘拐をされたこともある自分に学校には内緒で、実銃とモデルガンの二つを持って来ていた。本当に使う日が来るかと思ったけれど、友人の助けるために使う行為だと思えば罪悪感よりも、高揚感が胸に広がっていた。


「……っく」


 何発か、ニルジェーロに打ち込んでも飲み込まれるだけ。

 ボディガードの狙撃手たちも、頑張ってくれている。

 気を引けれるならそれでいいんだ。


『……ギギギ!!』


 ニルジェーロの触手が一直線に伸びて、私の銃を狙ってきていた。


「っ!!」


 私は自分が積み重ねてきた瞬発力でニルジェーロの攻撃を避けれたが、銃は弾き飛ばされてしまう。


「シズク!! 後、もうちょっとニャ!! もう少し時間を稼いでニャ!!」

「……っ、わかってる!!」


 予備に持っていた銃を、太ももの足に潜ませていた物を手に取る。

 ニルジェーロに飛ばされたのは実銃。

 今手に取っているのはモデルガン、自衛のために持たされたもの。

 れんを守るためなら、これも活用しなくてはいけない。

 ほんの少しでも、れんが死んでしまわないためにも。


 ――……こんなことをしても、無駄なのに。


「……っ」


 ――あんな子を助ける意味なんてないでしょ。


 黙って。


 ――あんな子と仲良くし続ける理由、あるの?


 昔の、友人を語る仮初の他人たちの言葉が頭に過る。

 私の理解者を気取って、いつもいつも表面上の対面しか気にしていない。

 そんな屑たちと、れんは違う。



 ♡ ♠ ♧ ♦

 


 私は瑠璃川家のご令嬢、いわゆる、金持ちと他人は形容するだろう。瑠璃川家の家訓とかで、瑠璃川家の令嬢としてのマナーを徹底的に叩き込まれてきた。

 他人の目は、いつも同じ。

 欲深で汚くて、汚らわしくて、醜い色。

 興奮して赤らめる頬のような、赤色が嫌いだった。

 瑠璃川家が青を基準とした衣服を強要されてきたけれど、元々青色は好きだった。

 静寂な、青海の色だから。自由な、青空の色だから。

 鳥のように飛んでいけたなら、羽ばたけてしまえたらよかった。

 こんな宇宙を模した瑠璃色のでできた牢獄から、連れ出してくれる誰かを求めるなんて、馬鹿みたい。

 寄ってくる人たちは、私の瑠璃川家というラベルが気になるだけ。

 私が嘘の笑顔をしても、他人は気づかない。

 気づくことすらもしない……なんてお人形のような人々なのだろう。

 そう感じていた日々が、変わった瞬間があった。

 私が、学校の帰り猫に虐められている女の子を助けた時。

 野良猫に手の甲を噛まれた……あれは確か、小学生になる前の時のことだ。


「う、うわぁあああああん!!」

「……っ、」


 女の子が逃げて去った後も、毅然きぜんとして耐えていた。

 時、後ろから声をかけられた。


「大丈夫? 怪我してるよ」


 少女は赤いランドセルを背中に背負いながら尋ねてきた。

 ピンクのシャツ、白のミニスカート、ピンクのラインが入ったスニーカー。全体的にピンク尽くしな、ファンシーな少女感のある服装ではあると感じた。

 けれど、彼女の見た目は何というか、地雷系女子に近い気がした。

 セミロングのワンサイドアップな黒髪。伸びた前髪から右目だけ覗けて、綺麗な紅茶色の瞳は私がメイドに作ってもらっているアールグレイの色に似ている。

 優しい赤味のある色。普通の少女らしい風貌な彼女。

 彼女の色は好きじゃなかった。

 私が好きな色は、青色だから。

 囚われている、私の色だから。

 なのに、彼女の声は嫌いではなかった。


「貴方は、誰」

「これは私がしたいことだから、気にしなくていいよ」

「……頼んでないわ」

「別に、それでもいいよ。私が勝手にすることを邪魔をしないなら、終わったらすぐに帰るから」


 彼女は消毒液をランドセルから取り出し、絆創膏などがなかったのかピンク色の可愛らしい白猫のハンカチで、私のひっかかき傷がついた手の甲に付けてくれた。


「……変な人ね」


 下手に拒否をすれば、私の評判や印象が悪くなると判断して、彼女のしたいようにやらせたのもあった。

 けれど、言い方がどことなく大人びている彼女に素直な返答を返せなかった。


「うん、貴方にとっては変かもしれないね」

「……ただの冗談でしょう」

「え? 本気じゃなかったの?」


 私はぽそりと呟くと彼女は不思議そうに言った。

 その時の表情があまりにも普通の女の子の顔で、なんだかおかしくて。


「そこまで変に意地を張れば、瑠璃川家の顔に泥を塗るような物よ」

「そうなんだ……優しいね。貴方の名前は?」

「雫月よ、瑠璃川雫月」

「そっか、じゃあ――――雫月ちゃんだねっ、また会えたら、今度は一緒に遊ぼっ」


 ――忘れてはならない、大切な思い出。


 あの日から、ずっと、ぎゅって自分を抱きしめても嫌にならなくなったの。

 呼吸ができるようになった日々が送れるようになったのは。

 貴方の、おかげなの――れん。


「――しず、く……ちゃん」


 苦々しく、囁かれた声に私は現実を直視する。



 ♡ ♠ ♧ ♦



「しず、く、ちゃん……にげ、て」


 耳に確かに残ってる。

 あの時、私をそう呼んでくれた声が頭に過ったのと同時に、不安げにこちらを見つめるリリィハートの姿があった。

 一気に胸は不安に支配された。

 私が、貴方を助けなければ、どうなるの?

 このまま、死んじゃうかもしれないの? そんなの嫌、絶対に嫌。

 リリィハートを、れんを死なせない。死なせてなるものか。


『――誰も、私のことなんてどうだっていいの。助けてなんかくれないの。だから、あんな子を守る意味がないわ』


 ――……そんなこと、ない。


 だってあの時、他の誰もが見向きもしなかった。

 そんな中で、あの子だけ声をかけてくれた。

 私のことを、助けようとしてくれた。

 そんなあの子の笑顔が二度と見れなくなるのは、絶対に嫌。

 憤怒の念が銃に込められる。


「絶対にお前を倒すわ――――ニルジェーロ!!」


 私は手に持った小型の銃を構える。

 すると、脳内に声が聞こえた気がした。


『瑠璃川雫月。君が、俺の魔法少女だ――――さぁ! 銃口を頭に当てて!!』

「……っ? え、ええ」


 私は右手に持った銃を自分の頭の横に宛がう。

 その声が、どことなくカラキティと似た雰囲気だったのもあったからだ。

 迷うことなく私はトリガーに指先で触れる。


「だ、め――――雫月ちゃん!!」

『トリガー、オンだ!!』

「……トリガー、オン!!」


 瑠璃川雫月は、青い輝きに体が包まれる。

 彼女の髪色は、髪先が白から淡い紫のメッシュが入った青色に。

 普段の髪形と違い、どことないパッツン気味の髪形に。

 頭の後ろの真ん中くらいに蝶のリボンが付いたポニーテールに。

 服は白をメインとしたスペードの装飾が施された王子様の服風に。

 両腕の袖に青い線でできた月の模様が入って。

 腰には服の上にガータ―ベルトをして白いレースの裏には星空柄になっていて。飾りとして白いレースの上にスペードマークの宝石がついた大きい白リボンがあって。

 ガーターベルトの下には青いニーハイソックスがあって。

 膝のあたりに銀の鎧に似た部分が付いていて、袖と同じ月の模様のラインが入った白のロングブーツを履いて。

 金の装飾が施された白の小さな帽子には、スペードの宝石が当ててあって。

 最期に彼女の両手に白い手袋を嵌められて。

 彼女の目は、青く輝いた。

 彼女は、数多の銀河の中で地球と指定された場所にて顕現する。

 

「キラめく銀河の極光! コスモスペード! 推参!!」


 私は口から出た言葉に驚きながら、自分の恰好が変わっているのを直に感じた。

 

 ――これなら、リリィハートを助けられる。


 やってやる!!

 コスモスペードは自分の手をぎゅっと掴んで、後から人差し指をニルジェーロに向ける。


「喰らいなさい! コスモガン!!」

『ギギィっ』


 青い光が瞬くと、ニルジェーロの体が貫かれていく。

 触手の拘束が解かれ、リリィハートは脱力しながら地面に落下していく。

 しかし、コスモスペードは彼女をお姫様抱っこをした。


「……雫月、ちゃん?」

「大丈夫よ、リリィハート……私に、貴方を守らせて」


 リリィハートを桜並木の木の横にする。


「ここで休んでいて」

「雫月ちゃ、」


 リリィハートの唇にコスモスペードは人差し指を当てて可憐に微笑んだ。


「今の私は、コスモスペードよ。リリィハート」

「……うん、コスモスペード」

『ギギギ、ギィ……!!』


 コスモスペードは立ち上がると、ニルジェーロを見据える。

 コスモスペードは両手を合わせて両手の人差し指をニルジェーロに向ける。


「――さぁ、無様な姿を晒しなさい。それが貴方の運命よ」

『ギギギ!!』

「これで終わりよ……コズミックビーム!!」


 コスモスペードは両手をニルジェーに向けて構えて魔法を唱えた。

 青白く輝くビームが、ニルジェーロを消滅させた。


「……や、った。倒したわっ」


 コスモスペードは気絶しているリリィハートが息をしているのを確認して、倒れ込む。


「……ああ、これ、反動って奴ね」

「コスモスペード! コスモスペード!!」


 リリィハートの叫びを聞きながら、コスモスペード……雫月はその場で意識を失った。



 ♡ ♠ ♧ ♦



 暗い意識の中、手繰り寄せる声に私は顔を上げる。


『ダメだよ、あの子もきっと私を裏切る』

「……なぜ?」

『だって、今までそうだったじゃない! 裏切って、貴方の心をいつも罵っているのよ!』


 黒い海が広がる空間で、私によく似た靄が声を荒げる。

 今までの自分のトラウマが自分の姿を通して語り掛けてくるなんて、皮肉ね。


「私は彼女の傍にいると決めたの、彼女が許してくれる限り、れんが拒否をしない限り」

『嘘! 不安なくせに! いつもいつも自分を卑下することばかりいうあの女に苛立っているくせに!』

「……そこまで、彼女は自分に自信がないって表れだってわかってていっている貴方の方が性格が悪いわね。そこまで私は落ちぶれていないわ」

『はぁ!? なんで自分に嘘をつくの!? 思わないようにしてるだけでしょ!? 自分の気持ちに正直になりなさいよ! 瑠璃川雫月!』

「――だから?」

『は?』


 ……やっぱり、そうよね。私の目の前にいるのは、れんと出逢わなかった自分だ。


「自分の素直な気持ちを全部隠そうとして生きようとしてるれんのこと、貴女全然知らないのね……その時点で、貴女は私じゃない」

『何を言っているの!? あの女は嘘をつくのよ!?』

「傲慢なのは貴方の方、親友と言えど所詮他人。相手の全てを理解できる保証なんてさらさらないの……そんなことも知らずに、ただ人を罵りたいだけ罵るなんて、馬鹿じゃないの?」

『なっ!!』

「貴方は、私のトラウマの結晶体だというのなら、こういえばわかるでしょう? ――――私は、そんな弱い自分を受け入れて、前に進むの」


 私は私に振り返らず、現れた白いドアのドアノブを捻った。


『……絶対、後悔するわよ!?』

「構わないわ」


 靄に微笑みながら、私は開かれた扉の光に包まれる。



 ♡ ♠ ♧ ♦


 

「雫月ちゃん! 雫月ちゃん!!」

「……れ、ん?」


 変身を解除したれんの言葉に思考が呼び起こされる。

 気が付けば、ニルジェーロは倒されていた。


「れん! 怪我はない!?」

「え? だ、大丈夫だよ! だって雫月ちゃんが守ってくれたもんっ」

「……そう」


 ほっと胸を撫で下ろした雫月は安堵の息を漏らす。

 親友の玉の肌に怪我が残らなくてよかったと、自分の心配をせず他人を気遣えることができる雫月を知っているれんは、容易に彼女の心情を察せた。

 れんはお礼も兼ねて、雫月に手を伸ばす。


「ほら、立と? いつまでも道路で立ってたら大人の人に怒られちゃうっ」

「……そうね」

「気が付いたら、もう放課後の時間になっちゃったみたいなんだ。雫月ちゃん……後でクレープ屋さんに寄らない?」

「構わないわよ、では一度学校に行きましょうか」

「うんっ」


 れんは前を歩く。

 小綺麗な花よりも小さくて簡単に倒れてしまいそうなか弱い花。それがれんであり、自分の親友だ。 

 あの時から、返さなくていいといってくれたハンカチを私はまだ持っている。

 私と彼女の縁を繋げた可愛いハンカチ。

 私にとって、親友となってくれた人から受け取った、親愛の証。

 なんて、ちょっと大仰おおぎょうしいかもしれないけれど。

 ……でも、そう思えるくらい。ちょっとしたことだったけれど、それでも。

 

「――私にとって、奇跡みたいだったのよ。れん」

「? どうしたの? 雫月ちゃん」


 きょとんと眼を真ん丸くしてるのが、見えずらい前髪の奥にある瞳から読み取れる。

 私の初めての、お友達。私の一番大切な宝物。

 世界一、宇宙一って例えたっておつりがくるくらい、特別な人。


「なんでもないわ」

「そっか、ほらはやくいこ? いつものお店しまっちゃう!」

「ええ、そうね……鵠戸先輩の好み、店員さんなら教えてくれるんじゃない? 通っているようだし」

「え!? で、でも……私、ストーカーっぽい、って思われたくないし。や、やっぱり直接、」

「聞けるの?」

「うぅ!! 雫月ちゃんも一緒に店員さんに聞いてくれない?」

「だーめ」

「えぇ!? いいでしょー!?」


 ……鵠戸怜人、れんが初めて恋をした人。

 高校生の先輩だったのは以外だった。でもね、鵠戸先輩、貴方がどんな人か知らないけれど信用できないような輩に譲るほど、私は甘くないの。

 だから、ちょっとれんと一緒にいられる時間を少し、もらうのは許されるでしょう? だって、目も当てられないような屑なら、親友として止めなくちゃだもの。

 ……れんが屑な人を好きになる、なんてことはないと思いたいけれど。

 けれど、でも、だとしても。

 たとえそれが、どんな人であろうとも。

 れんを傷つける人間であるというのなら、容赦はしないわ。


「ねー! 雫月ちゃん、ダメ? 本当にダメ?」

「恋愛って時には大胆さもないとだめなのよ、勇気を出さなくちゃ、ね?」

「うー! だってぇー!」


 彼女の照れた顔も、隠れた涙も、隣で今、他の誰かのことを想っていても。

 私は貴方の親友として、隣に立って手を繋ぎながら笑い合うの。

 貴方の、親友として。

 一人の少女は、胸に友情のキラメきを灯して、何気ない日常を過ごすのを楽しむことにした。

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魔法少女は恋してる。 絵之色 @Spellingofcolor

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