勝負の行方

 もしゃもしゃとあずきバーに食らいつくぬらりひょんを見ていた。


 大きく開けた口。

 かぶりつく真剣な眼差し。

 咀嚼音……。


 なんだかそのすべてがなまめかしく、いやらしく感じてきちまう。

 どうしてあいつにかじられてるのはあたしじゃないんだ?

 あたしは生まれて初めて、あずきバーに嫉妬したのさ。


「はい、これでいい?」

 ボンボンが差し出したのは甘い、高級アイス。

「ああ、それでいい」

 あたしはすっかりぶりっ子キャラを忘れ、そのカップアイスを食べ始めた。


 どうする。

 このままだとボンボンが邪魔だ。

 今はもう、ぬらりひょんしか頭にない。

 さっきのキスの続きを……めくるめく夜の営みを……想像するだけでとんでもなく興奮してくるのだ。


「この後どうする? 飲み直す? それとも……」

 今更になってボンボンがやる気を見せ始める。

 あんたのその目。あたしを見るその目。ああ、その眼差しに晒されると、あたしはとても気分がいい。サキュバスを見る目付きだね。

 どうしたものか。まずはこの男と軽く運動してからぬらりひょんを? そうだ。前菜を食べておいて、メインディッシュを楽しみにするってぇ手もある。


 頭の中でそんなことを考えていると、あずきバーを食べ終えたぬらりひょんがあたしを見た。

「あんた……今日は泊りか」

「え? ああ、まぁ、多分」

 泊りどころか、本当ならここに居座るつもりで来ているのだ。お前さえいなければとっくに事は成していただろうよ!


「そうか」

 そしてそれきり、黙る。

 は? なに? どういうこと? 何が言いたいんだっ。

「もうお風呂は済んでるんだもんね。じゃ、お布団に行こうか」

 ボンボンがそう言ってあたしの手を引いた。ぬらりひょんはリビングの隣にある襖の向こうへ行き、スタン、と襖を閉めてしまった。


 ボンボンに手を引かれながら、なんだか釈然としないあたしがいる。


 そりゃ、サキュバスだから。

 不特定多数、どんな男相手だってお構いなしに手を出すさ。もちろん、こっちにだって好みってもんがあるから多少は選ぶがね。あたしが選んだこの男は、ハッキリ言って好条件だ。皆が羨むいい人材を見つけたと自分でも思っている。

 だからこうなることは、もちろんあたしにとってもいいことで、そうさ。なのになんだってこんな、モヤモヤしてるんだ?


 あたしがボンボンと寝室に行くってこと、あいつにはなんでもないことなんだな……。


 はっ?

 やめてくれよっ、あたしは今、何を考えたっ?

 やきもちを焼いてほしかったのか?

 あたしはサキュバスだぞ?

 特定の相手に思いを寄せることなんかあり得ない、百戦錬磨のサキュバスだ!

 それが、なんだってこんな……、


「さ、こっちにおいで」

 ベッドの上でボンボンが手を伸ばす。本来ならそれはあたしの役目だったはずだ。いや、仮に逆だったとしてもいいさ。あたしはその手を取り、喜び勇んでボンボンに伸し掛かっていっただろう。それなのに……。


 グイッと腕を引っ張られ、布団に倒れ込む。

 ボンボンは息を荒げながらあたしを組み敷き、作務衣の紐に手を掛けた。

 その時だ。


 スタン! という音がし、ドスドスと廊下を歩く足音。

 カチャ、と寝室のドアが開けられ、姿を見せたのはぬらりひょんである。


「仕事場でトラブル発生したらしいぞ」

 部屋に入るなり、そう口にする。

「なんだって! そりゃ大変だっ」

 ボンボンは一ミリも疑うことなく、身支度を整えマンションを出て行った。


「……一体どういう、」

 これがぬらりひょんの能力なのだろうか。とにかくボンボンは言われるがままである。


 ぬらりひょんはあたしに向き直ると、あたしの手を引きボンボンの部屋を出た。そのままリビングの隣、小さな和室の襖をあけ、あたしを中に招き入れる。

「あんた、どういうつもりでっ」

 あたしが訊ねようとすると、唇を塞がれる。

 まるで『これが答えだ』と言わんばかりに、熱い口付けを交わす。

「んんっ、」

 あたしはもはや抵抗もせず質問もせず、ただ流されるようにぬらりひょんの腕に抱かれた。

 だけどこいつ……


 キスしかしねぇ!!!


 あたしは一晩中、情熱的なキスだけをされ続け、脳みそが爆発しそうになっていた。

「なんでそっから先に行かねぇんだぁぁぁ!」

 明け方、不満を爆発させると、ぬらりひょんはニヤリと笑って言ったのだ。

「じっくりと時間をかけて味わうためだ」

 ってな。


 この日から、あたしは百戦錬磨のサキュバスをやめた。

 いや、やめざるを得なかった、って言ったらいいのか。

 つまり……まぁ、あれだ。


 ――落ちちまったのさ。



~FIN~

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サキュバスとぬらりひょん【こえけん参加作】 にわ冬莉 @niwa-touri

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