エピローグ

第43話 戦い終わって

 波打ち際での戦いが終わった後、第五中隊は飛行場に戻って警備任務に就いていた。

 いちおうドウメキ島から敵が撤退していったとはいえ、この先どうなるかは解らない。そのうえ未だ取り残された残党がいる可能性もあるのだ。さっさとこの場を後にして良いような状況でもなかった。

 さりとて第五中隊もといたま兵団が出来るような事もほとんどない。あまりにも損害を受け過ぎたせいで、これ以上の戦闘は不可能だと司令部が判断したからだ。そのため帰国も間近であるという噂が流れていた。

 もっとも正確な日付などは解らない。あくまでも「噂」である。

「ミキは帰ったらどうするッスか?」

 アカツキに訊かれ、ミキは「んー」という曖昧な返事をした。

 場所は飛行場の兵舎、寝台の上である。

「どうって言われても未だ満期でもないし、どうしようもないよ」

 一般に軍隊は任期制であり、鬼軍では一度兵隊になったら最低二年は努めなければならない。そしてミキたちはまだ任期を満たしていないので、帰国しても直ぐに軍隊から解放されるというような事はなかった。

「でも帰国したら休暇くらいは貰えるじゃないッスか」

 そうは言われても、何も思いつかなかった。

 少し前までは「帰ったらやりたい」と思う事が沢山あった。しかし今はどうしてか空っぽで、やりたい事など何一つ思い浮かばなかった。

 他の兵隊たちなどは互いに故郷の手紙を読み合い、帰国したら自宅に帰るという話しをしているがミキに関しては家から脱走してきた身である。事ここに至っても帰ろうという気にはなれなかった。

「とりあえず二人のお見舞いかな」

 キクリとアサキの二人は既に病院船で帰国していると聞いている。それならば安否の確認も含めてお見舞いに行った方が良いだろう。

「それはまぁ、そうッスね。アタシも行くッス」

 短い約束。

 それで会話を中断して、ミキは窓の外を見た。

 少し前まで飛行場にいても砲声が聞こえてきたが、今は銃声の一発も聞こえてこない。信じられない話であるが、どうやら本当に戦争は終わったようだ。

 少し散歩がしてみたくてミキは兵舎の外に出た。本日は快晴である。

 散歩をしながら青い空を見上げた。こうしていると、また敵の航空機が強襲を掛けてくるような気持ちになってくる。キクリが負傷した時も、まさか敵の奇襲があるとは露ほども思っていなかった。

「良いのかな、私は」

 沢山の者が死に、沢山の者が傷ついた。あまりにも無くなったモノが多過ぎて、何を失ったのか自分でも把握できない程だ。

 それなのにミキ自身は全くの無傷でいる。

 それは本当に許される事なのだろうか。もしかしたら許されざる事なのではないだろうか。

「良いんっスよ。無傷でも」

 いつの間にかアカツキがいた。

「良いのかな、本当に」

「ああ、良いんだ」

 いつの間にかマイハマがいた。大慌ててミキとアカツキは敬礼をする。

「失うものばかりが多かった戦いで、傷つかなかった者がいる。それは何より喜ばしい事だ」

 マイハマは微笑んだ。

「前に兵隊は国のために死ぬと言ったな」

「はぁ」

「国のために生きるのも兵隊の任務だ。よく生き残ってくれた」

 そう言ってマイハマはミキの肩を叩く。

 それだけで、何だか少し許されたような気がした。


   ◇


 数日後、たま兵団は数隻の輸送船に分乗してドウメキ島を後にした。

 水兵に聞いた話によれば、ドウメキ島の戦いの顛末は国中に知れ渡っており、戦った将兵たちは既に英雄扱いされているという。

 しかし何処か白々しく感じたのでミキは「ふぅん」と興味なさげに聞き流した。

 ミキは後甲板に出て、徐々に小さくなっていくドウメキ島を眺める。

 多くの者が死に、多くの者が傷ついた。その島に何か一言送ろうと考え――ミキたち兵隊にはそんな言葉など必要ないという事を思い出して踵を鳴らす。

 敬礼。

 ただいつまでも、島が見えなくなるまでミキはその姿勢を続けていた。


 このさらに数日後、鬼国と公国との間で正式に停戦条約が締結。こうしてドウメキ島を巡った領土紛争――ドウメキ島事件は双方に甚大な被害を与えながら終結した。

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鬼人兵談 矢舷陸宏 @jagen

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