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こんな時間に隠れて弾いてるのだから、まだ練習中なんだろう。
それに、顔に出さないようにしているみたいだけど、チラチラと視線をこちらに向ける辺り、やっぱり、わたしという観客が気になってギターに集中できていないらしい。
学校では孤高で格好いい先輩の、ままならぬ可愛らしい姿。きっと、学校の誰もが知らない、わたしだけが知ってる、秘密の顔。
憧れの先輩の不格好な姿なのに、わたしはそれすらも愛おしく感じてしまう。
この姿を、ずっと見ていたい。わたしのワガママな心が、ぐんぐんと膨らんでいく。
明日もこの時間、この公園に居るんだろうか。毎日聞きに来ても、迷惑にならないかな。どうすれば、違和感なく聞きに来れるだろう。
もっと、もっと近づきたいな。先輩の、隣に。
「そうだっ」
思いついたわたしは跳ねるように立ち上がり、家路を走った。呆然とする先輩を置いて。
勢いよく玄関を開け、そのまま二階のお姉ちゃんの部屋に駆け込み、突然の襲来に驚いて固まっているお姉ちゃんを尻目にクローゼットを開ける。
「あった!」
お目当てのものを見つけると、それを抱えてわたしはまた来た道を公園まで駆け戻る。一度も止まらなかったのに、少しも疲れは感じなかった。
「先輩っ。わたしもギター弾きたくなりました。教えて下さい!」
急に居なくなったかと思えば、また戻ってきたわたしをおかしなものを見る目で見つめる先輩に、わたしは意気揚々とお姉ちゃんの部屋から持ってきた白いのアコースティックギターを見せつける。
これは、数年前にお姉ちゃんが誰だか覚えてないけどシンガーソングライターに憧れて買ったものの、一週間もしないうちに挫折して触らなくなってしまった物だ。
「え? いや、私も練習中。教えられるほど上手くないし」
先輩は小さく首を横に振る。
「大丈夫ですっ。わたしのほうが下手なので。先輩に教えてもらいたいんです」
せっかく見つけた憧れの人との接点。どうにか繋ぎ止めようとわたしは必死に食らいついた。
わたしの熱意が届いたのか、それとも、ただ面倒な人間に絡まれて諦めたのか、先輩は一つ息を吐くと「分かった。でも、本当に私も練習中だから」と零した。
「ありがとうございますっ」
嬉しくなったわたしは、勢いよく頭を下げる。
「じゃあ、何から……」
「今日はもう遅いから帰ろう。明日から」
意気込んでギターを抱きしめるわたしの言葉を遮って、先輩は窘める。少しやる気を削がれた気もしたけど、明日からの約束をしてわたし達は別れた。
夜の静けさに似つかわしくない上機嫌さで家路につく。羽が生えたように足取り軽く、先輩の歌っていた歌を口ずさみながら。
その後、わたしは夜中に家をこっそり出ていたことをお母さんにこっぴどく叱られ、お姉ちゃんからもギターを持ち出したことを怒られた。
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