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 その日から、先輩に会いに行くことはなくなった。


 夜の散歩は行かないように我慢して、なにか辛いことがあったりして心が落ち着かない日には、ベッドの上で手足をバタバタさせたり、枕に顔を埋めて叫んだりして乗り越えた。


 学校では変わらず先輩の姿は見るけど、わたしから声を掛けることはなくなったし、見ていると辛くなってしまうから、顔も逸らすようにしていた。当然、織香先輩から話しかけてくることもない。


 織香先輩は突然声もかけてこなくなった後輩をどう思っているんだろうか。あの男の前以外では、変わらず表情の薄い先輩の顔からは何も読み取れない。少しでも淋しいと思ってくれているのなら、わたしという存在が小さくでも先輩の心に傷をつけられたのなら、嬉しいんだけどな。


 何も変わって無いし、何も問題はない日常。


 ただ、先輩と出会う前よりも、少しだけ暗い気持ちの日が増えたり、夜の過ごし方に困ったりするだけ。


 幸せな時間は終わった。いや、先輩との日々がイレギュラーだっただけで、何も特徴もない地味なわたしの、元通り日々に戻った。


 こっちが、本当の自分。


 だから、これで良いの。


 なんて言ったものの、わたしはそう聞き分けのいい人間でもないし、前からこっそりと夜の散歩に行っていたくらい、我慢強い人間でもない。


 日が経つにつれて、わたしを振り回した先輩に怒りがこみ上げてきて、一度文句を言ってやらないと気が済まなくなり、またこっそりと夜の街に出た。


 今のわたしの心には、夜独特の淋しげな空気を感じる隙間なんてなくて、なんて先輩に言ってやろうか、とそればかり考えながら、ずんずんと大股で公園を目指す。


 公園の前まで行くと、聞き覚えのある歌声が耳に届き始めた。やっぱり、変わらず先輩は公園にいるんだ。わたしの無意識に歩調が早くなり、小走りになる。


 でも、ギターの音はどれだけ近づいても聞こえてこない。それに、声もあの甘ったるいものじゃなくて、どこか、夜の空気に溶けるような寂しげな声。


 なにか、あったのかな?


 公園の入口にたどり着く。


 先輩はベンチに座って、ギターはカバーに仕舞ったまま、夜空を見上げながら歌を口ずさんでいた。

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