4-P2
その姿は今にも消え入りそうなほど儚かったけど、変わらずに綺麗だった。先輩は明るいラブソングじゃなくて、流行りの歌ではあるんだけど、しっとりとしたバラードを歌っていた。
あれじゃあ、孤高じゃなくて、孤独そのものだ。
「織香、先輩?」
初めて会ったときのように隠れたりせず、わたしは堂々と公園の入口から声を掛ける。
「誰……!? あ、麻有里か」
服の袖で雑に目元を擦ってから、首だけを傾けて、先輩はわたしを見た。薄ぼんやりとした公園の街灯の下でも分かるくらい、先輩の目は腫れていて、さっきまで流していたであろう涙の跡もくっきりと残っていた。
そんな先輩からは、憧れていた時の強さなんて微塵も感じない。今の彼女はただの弱々しい女の子。
そんな消え入りそうな先輩に見つめられると、先輩への失望だとか、怒りだとかはどこかにかき消えてしまった。それ以上に、先輩をいつもの調子に、孤独じゃなくて孤高に戻してあげたいと思った。
「なにか、ありました?」
「……ううん」
わたしが尋ねると、先輩は小さく首を横に振った。
「嘘、ですよね。前と何もかもが違いますし」
「何も無いよ」
「わたしにできることなら、何でもします」
「何も無いってば」
その口調には幾ばくかの苛立ちが滲み出ていて、わたしは萎縮してしまう。先輩が求めてくれないなら、わたしには何もできない。
「……歌、聴いていてもいいですか」
恐る恐る尋ねると、先輩は数秒、逡巡してから、
「好きにして」
とこちらを見ずに小さく答えた。
先輩は空を見上げて歌う。淋しげなバラードを、更に寂しげで、わたしだったら涙が溢れてきてしまいそうな声音で。その姿は痛々しくて見ていられなかった。それなのに、そんな先輩に何もしてあげられない自分がもどかしくて、歯がゆい。
心が落ち着かなくて、居ても立っても居られなくなったわたしは、先輩の隣でカバーに仕舞われたままになっているギターを奪っていた。何も考えなんて無い。自分を責めているような先輩の歌を止めたかった。ただそれだけ。
以前の先輩の思い出しながら、ギターの弦をかき鳴らす。流行りのラブソングを叫ぶ。
しかし、碌に練習すらしていなかったわたしの演奏は拙いなんてものじゃなくて、自分でも聞くに耐えない酷いものだった。
そんな滑稽なわたしの姿を、先輩は虚ろな目でぼんやりと眺めていた。
だめだ。この方法じゃあ、先輩の心を動かせない。わたしの歌は、声は先輩に届いていない。
あの男じゃないから?
独り善がりな行動に虚しさを感じて、ギターをそっと落とした。砂とギターが擦れる音がした。先輩は横たわるギターを無関心にちらりと見るだけで、またこちらに向き直った。
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