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いつも使っている教室のある本校舎から渡り廊下を通り、化学室や音楽室教室といった特別教室の集まった第二校舎に入る。第二校舎は特定の授業であったり、放課後なら吹奏楽部や演劇部、放送部が練習で使っていたりするんだけど、今はもぬけの殻。静まり返った校内に、遠くから生徒たちの声が聞こえるだけ。
この時間、特別教室に居るとすれば、次の移動教室に一番乗りしたい真面目すぎる生徒か、もしくは、人目を避けたい生徒くらいだ。先輩は騒がしい場所が苦手そうだから、後者かな。
空っぽの教室を織香先輩が居ないか、一つ一つ確認していく。聞いていた化学講義室には誰も居なかった。
あ、見つけた。
「せんぱ……っ」
物理講義室に先輩の姿を見つけてわたしは声をかけようとしたけれど、咄嗟に口を閉じた。それどころか、入口の戸の影に隠れた。
見つからないよう、そうっと物理講義室の中の様子を窺う。
窓際の席に座る織香先輩。そして、前の席で椅子を後ろに向けて座るなんだかぼんやりとした顔の、これといって特徴のない地味な男子。あれは、誰だろう。
向かい合った二人はなにか話しているが、戸が閉まっているせいで聞き取れない。ただ、普段とは違う緩みきった織香先輩の表情から、二人が親しい関係なのは読み取れる。
わたしには、あんな表情見せてくれたこと無いのに。
わたしの中で沸々と何かが熱を帯びてくる。火が焚べられる。悔しい。妬ましい。そういった気持ちがお腹の下のあたりに渦巻く。
まるで二人だけが隔離されてしまった世界に居るように、こちらのことなんて微塵も気づいていない。うっとりとした表情。媚びた女の顔。
すると、二人が顔を近づけようとしたので、わたしは慌ててその場を後にした。そんな先輩の姿は見るに耐えなかった。
飲み込めば喉が焼けてしまうくらいに、甘ったるい顔。きっと、毎夜のように甘ったるくも澄んだ声で歌われるラブソングも、あの男のためのものなんだ。
あの甘ったるくも澄んだ歌声も、闇夜に溶けるギターの音色も、滑らかに弦を伝う指も、触れた時の体温も、全部あの男のためだったんだ。
わたしのためでは、決して無い。
あんなの織香先輩じゃない。
孤高だった先輩のイメージが音を立てて崩れていく。いや、それこそ、孤高なんてわたしの思い込み、幻想だったのかもしれない。あれが、先輩の、わたしの知らなかった、本当の顔。
ひどい、裏切り。
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