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毎夜のように先輩とギターの練習をして、学校ではみんなの注目を集めて、わたしは優越感に浸る。
すべてが上手くいっている。強いて上げる特徴のわたしにとって、細やかな幸福な時間。
それは、ずっと続くはずだった。
でも、違った。
永遠なんて言葉は嘘っぱちで、ずっと続くものなんてどこにも無かった。
完璧だったはずの幸福な時間にヒビを入れたのは、ある日の昼休み、何気ない友人の一言だった。
「澤谷先輩ってさ、付き合ってる人いるよね? どんな人なの? 見たことあるんでしょ?」
「へっ?」
織香先輩に恋人の気配なんて微塵も感じていなかったわたしは、その一言に反応できず、妙に甲高い声を上げてしまった。教室中に変な声が響き渡り、数人がこちらに振り返ったせいで恥ずかしかった。
「そ、そんなはず無いよ。だって、あの先輩だよ? 孤高で、いつも一人ぼっちで……」
どうにか反論してみたけど、自信の無いその声は弱々しくて、尻すぼみに小さくなっていた。
「でもねえ……」
「うんうん。有名だよねえ。相手は誰だか知らないんだけど。バスケ部の部長とか言われてない?」
「ああ、そこそこ顔が良い……」
噂好きのおばちゃんみたいな会話は、もうわたしの耳に届いていなかった。そんなこと、どうでもいい。
織香先輩はいつも一人でいて、恋人が居るなんて一度も言ってくれていない。でも、恋人が居ないともわたしは聞いていない。それに、織香先輩は綺麗だ。同性のわたしの目すら釘付けにしてしまうくらい。それなら、思春期真っ盛りの男子がほうっておくはず無いだろう。
告白の一つや二つは受けているはずだ。その誰かが先輩のお眼鏡にかなっていたら。
先輩に、男? いや、でも……。
ふいに先輩の甘ったるい声で歌われるありきたりな流行りのラブソングが頭の中で蘇る。
あれは、誰に向けて歌っているんだろう。
わざわざ夜中に隠れてギターの練習するのは、誰のためなんだろう。
歌っている時の先輩は、夜の闇の中に誰を想像して歌っているんだろう。
絶対に、わたしではない。
そう分かりきっていたから、怖くて訊けなかった。たとえ誰の名前が出ても、わたしとって嬉しい答えじゃないだろうから。
「ち、ちょっと、用事思い出した」
慌ててする必要もない言い訳をし、わたしは教室を出た。
気になってしまうと、心が落ち着かなくなって、居ても立っても居られなくなった。
階段を登って、先輩のクラスを目指す。この学校は入学した年によってブレザーの胸ポケットにあるラインの色が違い、学年が違うのが一目瞭然で、三年生の教室に近づくと変に注目されて恥ずかしかったけど、それどころじゃない。
教室に先輩の姿はなかった。
恥ずかしさを我慢して、入口近くで話していた先輩に尋ねてみる。
「澤谷さん? あの子いつも昼休みはいなくなるんだよね。あ、もしかしてあなた、いつも澤谷さんに話しかけてる一年生の子?」
「どうせ、化学講義室辺りでしょ。ほら、澤谷さんって……」
「ありがとうございますっ」
先輩たちの言葉を遮って、わたしは頭を下げてから駆け出した。時間が惜しかった。背後から「若いねえ。可愛らしい」と年寄りじみた言葉が聞こえた気がした。二歳しか変わらないのに。
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