2-P1

 次の夜から、わたしと先輩のギターの練習。もとい秘密の逢瀬が始まった。


「こんばんはっ。よろしくお願いしますっ」

「……本当に来たんだ」

「はいっ。先輩と約束したので」

「まあ、好きにしなよ」

「はいっ。好きにしますっ」


 ちゃんと話してみると、それまでわたしが感じていた、人を寄せ付けない孤高な雰囲気に反して、先輩はかなり面倒見のいい人だった。


 何年もクローゼットに放ったらかしになっていたせいで、見るからに弦は錆びてユルユルになっていたお姉ちゃんのギターを、わざわざ道具を持参して手入れしてくれた。


 ギターの弾き方だって、何も知らない、ギターにおける音階であるコードという言葉すら知らなかったわたしに、手取り足取り教えてくれた。


「……って感じなんだけど、分かった?」

「先輩の指がすごく早く動いてることしかわかりませんでした」

「……もう一度見てて」

「はいっ。何度でも見ますっ」

「……」


 その殆どを、わたしの指に触れる先輩の指の温度や感触、肌が触れそうになるくらいに近づいた先輩の息遣いや体温にだけ神経を集中させていたせいで、胸がドキドキして、何も頭に入ってこなかったけど。


 そもそも、わたしはギターが弾けるようになりたいわけではない。ただ、先輩とお近付きになる方法として、ギターを選んだだけだ。上達する気なんてサラサラ無い。むしろ、うまくならないほうが先輩にずっと手取り足取り教えてもらえるとすら思っている。


 こんな邪で向上心のない人間が、上達するはずがない。


 それなのに、先輩は突き放すことはせず、変わらずつきっきりで教えてくれる。その優しさがわたしに、わたしだけに向けられているのだと思うと、気を抜いたら先輩に抱きついてしまいそうなくらいに嬉しかった。そんなことをしてしまったら、嫌われてしまうかもしれないからできないけど。


 学校では先輩は変わらず一人で歩いてるのをよく見かけた。変わったことといえば、わたしが先輩に声をかけるようになったことだ。


 移動教室の途中にすれ違った時に、体育の授業で先輩がグラウンドに居るのを見かけた時に、登下校の時間、昇降口で見かけた時に、わたしは「せんぱーい」と大きな声で呼びかけた。本当は近づいて声をかけたかった。もっと言うなら手を握りたかったけど、先輩が迷惑しちゃいけないから自重した。


 声を掛けてくるわたしに対して、最初こそ先輩はちらりとこちらを見るだけで反応してくれなかったけど、徐々に態度は軟化して、今では恥ずかしそうにしつつも小さく手を上げて返してくれるようになった。だいぶ距離が縮まったように感じた。


 部活に入っているか、兄弟姉妹が別の学年に居る、もしくは学校外での繋がりがない限り、学年超えての知り合いというのは出来づらい。それくらい、学年という壁は大きい。そのうえ、織香先輩はみんなが距離を置く存在だ。


 そんな先輩に物怖じせず親しげに話しかけるわたしに、周りのみんなは動揺を隠せなかった。


「あの人と何があったの?」

「どういう関係なの?」

「大丈夫なの? 危なくないの?」


 クラスのみんながわたしに尋ねてくる。みんなの注目がわたしに注がれる。それは他に比べようがない優越感だった。


 わたしだけが知ってる、秘密の味。

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