くちびるにうた
師走 こなゆき
1-P1
夜の町を、わたしはご機嫌に鼻歌交じりに歩く。
時刻はそろそろ日付が変わる頃だろうか。町、とは言ったものの、このあたりは最寄りの地下鉄の駅まで徒歩三十分はかかってしまうような郊外なので、ほとんど人とすれ違わない。遠くにある大通りからの車やバイクのエンジン音、どこかの家で飼われている犬の吠え声は聞こえたりするけど、別の世界から漏れ聞こえているみたい。
そんな淋しい街を歩いていると、まるで、わたしだけ世界から切り離されて存在しているような感覚を覚えて、背中のあたりがゾワゾワと粟立つ。
嫌なことがあったり、理由もなくなんだか心が落ち着かない日、わたしはこうやって夜中に出歩いている。あまり遠くに行って補導なんてされるのも嫌なので、家の近所を目的も決めずに気の済むまでウロウロするだけ。お母さんやお父さんには叱られるだろうからそっと抜け出して。
普通に人が歩いている昼にはない独特の感覚を味わいたくて、わたしはこの夜中の散歩を日課にしているのだ。
きっと、クラスの誰も知らない。話したところで誰も理解してくればない、わたしだけが知ってる秘密の顔。
小さな星がポツポツとあるだけの夜空を眺め、どこの家から聞こえてくるのかテレビの騒がしい音に耳を傾ける。自分だけの世界に酔いしれながら。
ふと、それまで聞こえていた音とは違う、かすかな音が聞こえた。
立ち止まって、そっと耳を傾けてみる。
なんだろう。周りの家から聞こえる生活に満ち満ちた音とは違った、声。たぶん、女の人の声。ううん。歌。甘ったるいのに、どこか淋しげで、わたしだけしか存在しない夜によく似合う歌声。それと、その歌声に合わせて鳴る楽器の音。ギター、かな? 楽器には詳しくないからよくわからないけど。
聞こえてくる歌に合わせて鼻歌を口ずさみながら、歌声の主を探してみる。熱に浮かされたようにぼんやりとした頭で。ふらりふらり。
ここ、かな?
辿り着いたのは、住宅街の中の小さな公園だった。滑り台と砂場とベンチがあるだけの、ボールで遊ぼうものなら絶対に道路に出てしまいそうな、小ぢんまりとした公園。
その端っこにあるベンチに座る人影が見えた。覗きをしているようなやましい気持ちになってしまい、わたしは咄嗟に公園の生け垣に隠れる。
声からも分かっていたけど、やっぱり女の人だった。
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