第28話 番というもの
秋の深まりを感じさせる、天の高いある朝のことだった。
「私、ここに居ていいのかしら」
「いいに決まっている。正式に婚約が認められたのだからな」
落ち着かぬ様子で立ち座りを繰り返している
そのまま下に押されて、椅子に腰かけさせられるかたちになった。
「それにしても、東宮に移られたらやっと落ち着きますかしら。あの審議のあとも、随分ともめていらしたようだから」
美玉が言うのは、
華貴人と空燕は処刑だけは免れたが、内廷の外れに空しく幽閉されることになった。半ば打ち捨てられて名も無かったその
華貴人が後宮内で権勢を誇っていたのもあり、処刑をしては反発の種を生む、という上奏を行ったのは
「朱美人は思慮深いと陛下は感心していたな」
「あるいは、これから後宮を崩していく様を、見せつけたいようにも思えますわね」
「どうした? これから出す
正面に腰かけた宇航皇子が、優雅に茶器を持ち上げる。
皇子が、懐から出した紙を卓にすべらせる。触書の写しだった。
宇航皇子が東宮へと移るのと日を同じくして、
「現皇太子は即位したのちに後宮を持たぬが、その次の代には運命
蜻蛉を望んで蜻蛉憑きになれば、長じても生きて蜻蛉憑きのままでいられる。
蜻蛉憑きは
何度も相談された文言を、今一度読みあげる。
「いいだろう? お前の愛する蜻蛉を忌む者はいなくなるぞ。なにを浮かぬ顔をしている?」
「蜻蛉の術は、恐ろしい術でもありましたから。嬉しい気持ちと不安な気持ちで引き裂かれそうですわ」
「そんなことを気にしているのか」
言うと、皇子は立ち上がり、美玉の背後へと周った。
あ、と思う間もなく背後から抱え込むように抱きしめられる。
耳に感じる息が、肩に感じる鼓動が、切ない。切なくて、嬉しい。
「お前は最後に蜻蛉で人を傷つけることを拒んだ。蜻蛉と蜻蛉憑きへの意識が変われば……蜻蛉を愛し受け入れる者が増えれば、お前と同じ選択をとる者も増える。変わるんだ、人も、国も。……後宮も」
「この先を、共に見ていけるのですね」
「ああ。命尽きるまで。それが番というものだから」
龍の少年と出逢った日、彼を救いたいと思った瞬間から、運命の輪はとなめの形で廻り続けていた。
触れるだけの口づけの余韻。桃琥珀色の蜻蛉が一匹、美玉の胸から飛び立った。番を求め、皇子の元へと。
蜻蛉憑きの娘と龍を宿す皇子~桃琥珀の蜻蛉飛ぶとき、運命の番は現れる~ 髙 文緒 @tkfmio_ikura
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