第7話 潜入作戦(猫)
茶会から戻ったフェリシアは、金髪の令嬢の存在に落ち込みがらも、次に出来ることはないかと模索した。
「……それで、俺のところに?」
赤い長髪をざっくりとひとつの三つ編みにした天才魔術師さまが、気だるげにフェリシアの方を見ていた。
今日は非番日でとりあえず惰眠を貪っていたらしいルーカスである。
眠りを妨げられたことに苛立っていることを感じる。寝起きが良くないのだ、ルーカスは。
「ごめんなさい。ルーカスが忙しいのはよく分かっているのだけれど、いま、頼れるのはあなたしかいなくて」
フェリシアがそういうと、ルーカスは盛大なため息をついた。「いつかオレが殺されるかもしんない」とかなんとか零しながら。
「……でもさ、別にその金髪の令嬢がアーサーのいい人って決まった訳じゃないだろ? いまは距離をおくだけだとアーサーが言ったんだから、フェリシアは家で大人しく待ってたらいいんだよ。というか本当にそうしてくれお願いします」
ルーカスは早口でそうまくし立てる。
流石にそのもの言いにムッとしたのはフェリシアの方だ。無表情だけれど。
「わたくしだってそう思いたいけれど、『距離を置こう』というのは実質別れの言葉だと書物には書いてあったわ。不安にもなります」
プリプリと頬を膨らませて(いるつもり)、フェリシアは腰に手をあてた。
そういう本は何冊も読んだ。「距離を置こう」からの婚約破棄、浮気、不倫、その他ドロドロの展開などなど。
読む度に心が抉られる展開ばかりだった。
「そうですよ、ルーカス様。お嬢様との約束をキャンセルした後に、別のご令嬢を夜会に随行させるだなんて……! 流石の私も、擁護できないですっ」
フェリシアの後ろから、侍女のロージーが口を出す。これまでは、殿下側にも何か重大な理由があるのかと思い、フェリシアの自分磨きにも付き合ってきた。
そうだと言うのに、当人は夜会に別の女性を連れ歩いていただと……?
ロージーも、フェリシアの表情の分までプリプリと怒りをあらわにしている。
「そ、それは……! いやでも、あーもう、アーサーとアリスのやつっ……!」
ロージーにまで非難の目を向けられて、ルーカスは大変たじろいでる。そこでぽろりとアーサーと彼の姉の名前を出すものだから、何事かと勘ぐってしまう。
「アリス……? 最近見かけないけれど、アリスも何か知っているの?」
「知っているというかなんというか……」
「ルーカス様……?」
「――俺は! 何も言えない!」
二人で詰め寄れば、ルーカスは逡巡したあとにそう言い切ってそっぽを向いてしまった。
明らかに何か知っている反応だと思うのだが、どうにも口を割らなそうだ。
(ルーカスにも口止めをしている……? 一体なんの事情があるというのでしょう)
実は、殿下から手紙が何度か届いた。内容は季節の挨拶から始まり、フェリシアの体調を心配する言葉や『こちらのことで心配することはない』という言葉で締めくくられる。
『隠し事があると饒舌になることがあるわよ』
侯爵家に招かれた歴戦の娼婦は浮気男の特徴についてそう語っていた。
あとは連絡がマメになる、経済的な余裕がある、褒め上手で美男子で――
つまり、娼婦からのお話は、フェリシアにとって完全に逆効果となっていた。疑心暗鬼が増すばかりだったところに、今日の茶会での話がダメ押しとなる。
「……でも、なんとかアーサーの近況だけでも知ることはできないかしら? 彼に内緒で、ちょっと見るだけでもいいの」
ひと目見れば、アーサーのことを信じられるはずだ。こうして疑念が増すばかりでは、苦しくなってしまう。
「……まあ、フェリシアだって混乱するよな、急にそんなことになったら」
だんまりだったルーカスが、バツが悪いと思ったのか頭をポリポリと掻きながらそんなことを言い始めた。
「本当に、見るだけでいいんだな?」
「! ええ、根を詰めてお仕事をしているかもしれないし、顔色だけでも見られたら嬉しいわ」
ルーカスの言葉に、フェリシアはこくこくと何度も頷く。
体調が心配なのも本当だ。アーサーは仕事を頑張りすぎるところがあって、時折のお茶会でも目の下に隈があったりもしたから。
このモヤモヤとした気持ちも、彼の顔を見たら霧散するかもしれない。
「うーんじゃあ、そうそうだなフェリシア、猫になって俺と一緒に城に行くのはどうだ? 昼から城に行かないといけないから、その時に連れていく」
「まあ、猫に……? そんなことができるの?」
「俺を誰だと思っているんだ」
「ふふ、さすがだわ」
「ルーカス様、すごいです!」
「えっ、あっ、ああっ、ロージーさんありがとうございます……」
ルーカスは最年少天才魔術師。人の姿を変えることまでできるなんて、本当に格が違う。
「やりましたね、お嬢様。これでアーサー殿下が不貞を働いていないか確認できますっ」
ロージーは嬉々としてフェリシアにそう告げた。だけれど、落ち着いた声で窘められる。
「まあロージー。殿下のお顔を見に行けるだけで、わたくしは嬉しいわ」
「うっ……なんてことでしょう!」
フェリシアの健気さに、ロージーはグッと唇を噛む。
本当に、どう考えてもこちらが恥ずかしくなるくらいに婚約者のフェリシアを溺愛していた王太子が、なぜそうなるのか。
時折ロージーだってあの人に牽制されたことがある。二人のお茶会のときに同席させないのも、ロージー的にはちょっと不満があった。
目の前のフェリシアは、表情こそ変わらないが、アーサーに会えることを心から楽しみにしている。そこに余計なことを言って水を差す訳には行かないだろう。
何よりも、フェリシアの幸せこそがロージーにとって大切なのだから。
「……俺もそろそろアーサーの愚痴を聞くのも疲れたし、意趣返ししてやる……」
天才魔術師のルーカスが、ぶつぶつと何事かを呟いている。詳しくは分からなかったけれど、気合いは十分だとロージーは感じ取った。ありがたいことだ。
それから。ルーカスが椅子に座ったフェリシアを前に、唄うような呪文を唱えると、一瞬眩い光に包まれたフェリシアの姿は――次の瞬間には、銀の毛並みが美しい猫になっていた。
愛くるしい青い瞳が、ぱちぱちと瞬きをしている。かわいい。
「いいか、フェリシア。その状態では喋ることはできない。だが、身の危険を感じたら元の姿に戻るように安全対策の呪文をかけた」
ふわふわの猫を前に、ルーカスは真面目に説明を始めた。これだけ愛らしい猫だと、確かに危険が多そうだ。
「でもルーカス様。フェリシア様の姿に戻っても、危ないことには変わりはないのではないでしょうか?」
ロージーは不思議そうに尋ねる。
危険なところで人型に戻っても、危険は去っていないのでは。
「そ、それは大丈夫なんです……! フェリシアには特別な守護魔法がかけられていますので」
「そうなのですね」
「人型でないとその魔法が発現しない可能性もあるので、念の為に……!」
ルーカスとロージーのやりとりを、フェリシアはふむふむと頷きながら聞いていた。いつもより視線はかなり低く、自分の身体がどうなっているのかよく分からない。
「お嬢様。失礼いたしますね」
にこにことしたロージーの顔が近づいてきて、フェリシアの首元でなにやら作業をしていてくすぐったい。
「これでよし。お嬢様に、良くお似合いです」
ロージーが鏡を見せてくれて、ようやくフェリシアは自分の猫の姿をみた。首元に巻かれたのは、金糸の刺繍が美しいリボンだ。
ふわふわの長毛種の猫が、こちらを見返している。我ながらかわいい。
「よっし。行こうか、フェリシア」
「にゃ〜ん」
「お城までは私もご一緒させてくださいませ」
「ももも、もちろんです……!」
こうして、フェリシア(猫)とルーカスとロージーは、意気揚々と城へと向かう。
――そして。
「なんだ、この愛らしい生き物は……!」
「みゃあああ……っ!」
ルーカスに連れられていったアーサーの執務室で。げっそりとした顔のアーサーに、フェリシア(猫)はだっこされてしまっていた。
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