★王子殿下のままならない恋情★

「あ、ちょっと待ってコレ、やばい……っ!」


「くっ……!?」


 アリスの金色の魔力とアーサーの黒色の魔力が、石造りの魔塔の一室で大きな渦を描いている。


 始めは小さかった渦が、途中から制御をなくして大きく膨らむ。今にも爆ぜそうだ。


 そうならないように、ルーカスを始めとした周りの魔術師たちも力を注ぐが、そもそもの二人の力が強力すぎて太刀打ちが出来ない。


「ごめん、もう無理~~~!」

「……っ!」


 ボン、という大きな爆発音と共に閃光弾が破裂したような目を開けていられない程の眩い光が室内を包み込んだ。



 * * *



「私の心の声が漏れ聞こえる……?」


「そう。姉さんはなんともないみたいだけど、アーサーに触れるとほら……考えてることが俺に伝わってくる。""フェリシアのとの約束の時間が楽しみ""だろ?」


 魔法事故の処理後、解析したルーカスに伝えられたのはそんな結果だった。


 アリスと共に開発していたのは、謀反者などを洗い出すために必要な自白のための術式。


 かなり高度な技術が必要で、失敗する可能性も大いにあった。

 一度は定着しつつあったあの球体が、少しの力加減の変化により暴走し、爆ぜた。


 なんということだろう。

 その結果、アーサーは触れたものに自分の気持ちが伝わってしまうようになってしまったらしい。


 フェリシアとの久しぶりの茶会をワクワク楽しみにしていた心理まで言い当てられてしまった。


 この局面で婚約者に想いを馳せているなんて、それこそ心の中を覗かれでもしなければ露見しないだろう。


「そんな、まさか……」


「本当だって。""今日のドレスは何色だろうか""じゃないんだよ! 本当にフェリシアのことばっかだな!?」


「それは当然だろう。私は四六時中フェリシアのことを考えているからな」


「なんで偉そうなんだよ……」



 本当に、少し指先が触れるだけでルーカスはアーサーの心の中を読み取っているようだ。


「これはいつまで続く?」


「姉さんの見立てでは、かなり複雑な術式だから解呪までは時間がかかると。『めっちゃ面白い状態じゃん、ウケる。なるはやで見付けるね』って言って早速魔塔にこもってるよ」


「そうか……」


 あの稀代の天才魔術師であるアリスがすぐに解呪出来ないとあれば、これは本当に煩雑な魔術が身にふりかかってしまったのだろう。


 これから、アーサーの考えていることは触れた相手に露見する。


 間違っても、政敵や反対勢力には触れないようにしないと――……



(いや待て。だとしたら、フェリシアとの交流はどうする? 今日は久しぶりに会うから、手を繋いだり、あわよくばハグでもしようと思っていたのだが)


 婚約式を終え、なにかとバタバタしていて会えなかったフェリシアとようやく会える。


 そう思うだけで興奮してくるのに、今のルーカスの所見からいけば、フェリシアに触れるとこの心の声は全てフェリシアに筒抜けだ。



「……フェリシアに会うとき、いつもそんなこと考えてるの? いやアーサーのそういうの知りたくなかったっていうか」


「お前が勝手に覗いているんだろう」



 まだルーカスはアーサーに触れたままだ。


 つまりは先程の邪な気持ちも全てバレている。こうして会話をできているのが何よりの証拠だ。


「フェリシアが知ったら卒倒しそうな声だと思うよ、正直」


「む……それはそうだな」


 フェリシアはとても美しく優しい女性だ。幼い頃から共に成長を見守ってきて、彼女に秋波を送るヤツがいれば、秘密裏に処理してきた。


 アーサーの大切なお姫様。


 本人は表情筋が働かずに無表情でいることを気にしているようだが、アーサーほどの腕前になれば、微々たる変化を感じ取ることが出来る。


 喜ぶと目尻がちょんと下がるし、恥ずかしいとうなじが色付く。それがまた色っぽくて――……


「……フェリシアには、しばらく会わない方がいいかもしれない」


「奇遇だね、アーサー。俺もそう思う」


 アーサーが導き出した答えに、どこか疲れた顔をしたルーカスが頷いた。そっと触れていた手を離したのは、アーサーの心情を覗くのがいたたまれなくなったからかもしれない。


 このまま彼女に会えば、アーサーは絶対に彼女に触れる。そうすれば、この下心も全て丸出しになってしまう。


 彼女の前では紳士で優しい最高の王太子でいたいのだ。


「……今日、フェリシアにはしばらく会えないと伝えようと思う。ルーカスもフォローを頼む」


「もちろん。俺もできる限り協力する」


「フェリシアのところにはロージーもいるしな」


「んなっ!!!!??? なんでそれを」


「今日も共に城に来ると思うが」


「ヒュッ……! こうしてはいられない。ごめんアーサー。俺ちょっと偶然を装わないといけないから!!」


「ああ。ありがとうルーカス」


 急に慌て出したルーカスは、そそくさと部屋を出ていった。彼はフェリシアの侍女であるロージーにずっと前から片思いをしている。


 ルーカスの態度はめちゃくちゃに分かりやすいが、ロージーはフェリシアのことしか考えていない同志だ。悲しいほどに伝わっていない。

 

(フェリシアに会えない……婚約したから少しは触れてもいいと思ってイメトレしていたというのに……)


 眉目秀麗で非の打ち所のない王太子は、ままならない執愛を婚約者のフェリシアに注いでいた。

 

 はあ、とため息をつく。

 すると机の上に置いていたとある釣り書が目に付いた。隣国の王女を輿入れさせようと画策する侯爵から送られて来たものだ。



「……この機会に、全て炙り出すか……?」


 フェリシアを婚約者から外そうとする勢力に前々から鬱憤が溜まっていた。今度の夜会にフェリシアと出席するのは絶望的だろう。


 であればその機会に、違う令嬢を連れたアーサーが現れれば、奴らは慌てて尻尾を出すに違いない。


 その令嬢の役目はルーカスに任せるとして、フェリシアに会えない間は仕事に邁進して気を紛らわせるしかない。


 全てを一掃してやろう。

 紫水晶のようだと持て囃されるアーサーの瞳に、ほの暗い闇が広がる。とてもではないがフェリシアには見せられない顔だ。


 そうしてフェリシアに会えない鬱憤をはらすかのように、アーサーは暗躍する者たちの尻尾を根こそぎ掴み取り、厳しい処分をした。



 ちなみに、あの日久しぶりに会ったフェリシアがあまりにも美しく愛らしいものだから、アーサーはすぐにでも手を取って愛をささやきたい自分の抑制にひどく忙しかったのだとか。




***



「……フェリシア以外には本当に厳しいからな」


 家に戻って自宅でベッドに転がったルーカスは、怒涛の勢いで案件を処理した友人を思い返してそう零した。


 無事にかは分からないが、フェリシアがああしてアーサーのことを受け入れてくれて本当に良かった。


 アーサーのあの魔王のような強大な力が制御されているのは、ひとえにフェリシアという存在があるからだ。彼からフェリシアを取り上げたら、世界を滅ぼすくらいはしそうだ。


 そして、きっとそれよりも強い力を持つアリスも「なにそれ楽しそ」と言ってアーサーに加担する未来が見える。


 考えただけで胃が痛い。

 なのに、それを分かっていない奴が多すぎる。


 はあ、と大きくため息をついたルーカスはごろりと寝返りを打った。もう寝よう。疲れた。


 破天荒な姉と魔王な親友、それから行動力がありすぎるお姫様に囲まれた苦労人ルーカスの日々はこれからもまだ続いていく。



 ちなみにフェリシアを勝手に猫の姿にしたことについて怒られるかと思ったルーカスだったが、「得難い経験ができた」とピカピカ笑顔のアーサーにいたく感謝された。



~完~

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殿下から「距離を置こう」と言われた氷鉄令嬢ですが、本当は溺愛されているようです!? ミズメ @mizume

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