第5話 天才魔術師さまの独り言
数日後、レアード侯爵家には別の人物が呼び立てられていた。
「……それで、なぜ俺が」
「えっと、お父様が勉強したいのならばもっと安全なものをと仰って」
「うん……?」
フェリシアがそう言うと、目の前にいる赤髪の男は、カップケーキを片手に不思議そうに首を傾けた。
もちろんフェリシアはもう菓子作りを禁じられているので、あれは昨日から職場復帰したロックが作った品だ。
体調を心配したフェリシアが厨房に顔を出すと、謎のざわつきと共に、顔を青くしたロックに言葉少なに追い出されてしまった。
本当に、フェリシアは厨房を出禁になってしまったらしい。
「お菓子作りを覚えようとしたのだけれど、わたくしはどうもダメみたい。別のことを頑張ろうと思うの」
「だからって、魔法も安全ではないが」
カップケーキを豪快に咀嚼しながら、男は首を傾げている。
彼――ルーカス・ケンジットは魔法の権威として高名な伯爵家の令息だ。
双子の姉のアリスと共に優れた魔導師である彼らは、宮廷に務めるエリート中のエリート。
そしてフェリシアとアーサーの幼なじみでもある。
ルーカスの言葉にはフェリシアも同意する。だが、あんなに料理はダメだの一点張りだった父がそう言ったのだ。
『ルーカスくんなら安全かも……うん……そうしよう!』と。
どうしてもなにか学びたいというフェリシアの熱意に負けて、唸っていた父は名案とばかりにそう言った。
それから数日後には、こうしてわざわざ筆頭宮廷魔導師であるルーカスを呼び出すのも、なかなかに公私混同だと思う。
そもそも、なぜ料理が禁止されたのかもわからないままだ。
「うーーん……。はあ、アーサーのやつ」
三個目のカップケーキを食べながら、ルーカスはブツブツと呟いている。昔から甘党なのは変わっていない。
「……ではお嬢様。ケンジット様は乗り気でないようですし、次の作戦に参りましょうか」
「そうね。そうしましょう」
部屋に控えていた侍女のロージーがさっと傍に来てそう言う。同感だと思ったフェリシアは、大きく頷いた。
仕事が忙しいルーカスに、フェリシアの初恋作戦を手伝わせるのはどう考えてもよくない。
「待てフェリシア。次とはなんだ?」
残念そうに肩を落とすフェリシアもロージーに、みみざといルーカスは怪訝な視線を向けている。
わたくしは、彼の方に向き直った。
「今度は、娼館に行ってみるという話になっていて。ロージーの知り合いの方がいらっしゃるらしくて」
「!?」
フェリシアの爆弾発言に、我が意を得たりと大きく頷くのはロージーだ。
「やはり、その道のプロですからね。あれやこれや、百戦錬磨の手管を教えてくれると思うんですよね、姐さんたち!」
「なっ……!!!???」
男性のハートを射抜くプロから話を伺ってはどうかと言うロージーの案に、フェリシアも賛同した。
あれから恋愛小説などを読んで勉強をしているが、どうにも機微がわからない。
だったら実際に話を聞いてみようということになった。ロージーは我が家で働く男爵令嬢ではあるが、元は孤児院の出身らしく、市井にも顔が広いのだとか。
「……おい、フェリシア。なんだって突然そんな話になっているんだ。ちゃんと説明してくれ」
「そうね。えっと――」
ルーカスの戸惑いも尤もだ。そう思ったフェリシアは、殿下とのやりとりをルーカスに全て打ち明けることにした。数少ない信用出来る友人だから。
もうひとりは彼の姉のアリスなのだけれど、今現在とても忙しくしているらしく、今日は会うことが叶わなかった。
「……はあああ。そういうことか……。全てが繋がった」
「……ルーカス?」
フェリシアが話し終えると、ルーカスは額に手を当てて天を仰いだ。
とんでもなく大きなため息が聞こえた気がする。
「結論から言って、フェリシアは余計なことはしなくてもいい」
「な……!」
「そのうちアーサーからまた連絡があるだろう。それを待つ方がいいんじゃないか? お前が娼館に出入りしていることが噂になる方が問題だ」
「……それは! そう、ね」
ルーカスはフェリシアを冷静に問いただす。
言われてみればそうだ。
現状をなんとかしようと頭がいっぱいで、その影響にまで考えが及ばなかった。
「……それに、ロージーさんまで、その、そういう所にいくのは、そのどうかと思いますし」
「え……?」
先程までの厳しい表情とは一変して、ルーカスはもごもごと歯切れが悪い。どこか顔も赤い気がする。
ルーカスが最後に何を言ったかはよくわからないが、フェリシアも醜聞を避けた方がいいことは分かった。
「……分かったわ。娼館に行くのはやめる」
「そうか。アーサーも今は少し立て込んでいるだけだから」
「ルーカス、何か知っているの?」
「いっいや、何も……!」
ルーカスはもうひとつのカップケーキを手に取ると、勢いよくがぶりと食べる。
「あっ、ケンジット様。そんなに急がれては……!」
一気に食べたルーカスは、思ったとおり喉を詰まらせて目を白黒させている。
そんな彼にロージーが慌てて新しいお茶を用意した。
顔を真っ赤にしたルーカスが、ロージーから受け取ったお茶をこれまた勢いよく飲み干して、熱さに悶えたりしている。
これでいて、外では寡黙な最年少筆頭魔導師として恐れられているというから、見た目ではわからないものだ。
あ、とフェリシアは気がついた。
「だったら、娼館で働かれている方をお招きしたらどうかしら。ここで直接お話を伺えば、醜聞もないでしょうし、落ち着いて実のある話が聞けそうだわ」
「まあお嬢様! 名案ですね!」
「待て待て待て待てなんでそうなる」
――結局、ルーカスに猛反対されて作戦その二も白紙となった。
ただその代わりに、ルーカスが魔法の師匠として師事してくれる事が決定した。
レアード侯爵家からの帰路、普段は冷静沈着な魔導師は、とてもぐったりしていたらしい。
「アリスのせいでとんでもないことになってきた……」と呟いて。
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