もみじ狩り

洞貝 渉

もみじ狩り

 犬がはしゃいでいる。

 いつもと同じ並木道なのに、いつもと違う光景なのが楽しくて仕方が無いのだろう。

 色付いた落ち葉の匂いを嗅ぎ、頭上を埋める赤や黄色を見上げ、わたしの顔を嬉しそうに振り返る。

 葉っぱが赤や黄色に染まったところで、それがどうしたというのか。

 花見ならまだわかる。見渡す限りの薄ピンク色は壮観だし、絶えず散る花弁は見ていて飽きが来ない。

 でも、枯れた葉っぱを見るもみじ狩りの良さがわたしにはどうしてもわからなかった。

 犬でさえもみじ狩りを心から楽しんでいるというのに。

 少し、自分の感性の乏しさに落胆する。


 わたしと犬はしばらく紅葉した並木道を歩いた。

 どこまでも暖色の続く視界。落ち着きのない犬。ぼんやりと歩くわたし。

 珍しく人の気配はなく、見渡す限りわたしと犬と木以外に生物は見当たらない。薄く澄んだ青色の空を見上げ、夕飯のメニューを考えながら惰性で歩いていると、何かに服を引かれた。


 子どもだ。

 どこからわいて出たのか。

 子どもはわたしの服を握ったまま、もう片方の手で一本の木を指さした。

 その木は他の木と同様、真っ赤に染まった葉っぱを頭に乗せた何の変哲も無いただの木だった。


 風船、とって。


 子どもが端的に要求を口にする。

 よくよく見れば、確かに赤い葉に隠れて同色の風船がその木に引っ掛かっていた。

 子どもの背では届かないが、わたしが背伸びすればギリギリ届きそうな高さだ。

 わたしは面倒くささと頼られた誇らしさの中間くらいの心持ちで木に接近する。

 子どもはわたしの服から手を離し、その場にとどまってわたしの動向をじっと見守っていた。


 こんなに間近でまじまじと木を眺めるのはいつぶりだろうか。身近にあるものでも、理由が無ければ意識なんてしない。

 ごつごつした幹に手で触れると、何とはなしに温かみを感じた。

 見上げれば、真上に風船から垂れた糸がある。

 わたしはその糸に手を伸ばす。


 ふいに犬が吠えた。

 賢い犬とは言い難いが、普段あまり吠えることのない犬だ。

 どうかしたのかと視線を落とすと、強い力でリードを引っ張られる。

 どうした、少し待ってくれと言って犬を落ち着かせてから再度見上げると、そこに糸はなく、赤もなかった。


 周囲の紅葉した木々と違い、それは葉を一枚もつけない枯れ木で、当然のように赤い風船も引っ掛かってはいない。

 おやと思い周囲を見回すが、子どもの姿もない。

 ただ、子どもの笑い声のようなものが聞こえたような気がした。

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もみじ狩り 洞貝 渉 @horagai

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