偽物HERO

@tadano_877

偽物HERO

 「えー、こほん。今から27年前及び2047年、この年は皆さんもご存じの通り、有史始まって以来の『最悪の年』だったでしょう。」

 白く明るいスポットライトに照らされながら話すのは、タキシードに身を包んだ40代ほどの男性。髪はワックスで整えられ、額から襟足へと流れるオールバック。耳の上には磁石のように貼り付いているMIR_AI<ミライ>が見える。顎に沿って生える髭も含め、いかにも司会者といった風貌だ。1800年代のオペラ劇場を彷彿とさせる広さを持つこの会場で、壇上にぽつんと立つ彼。そんな誰もが恐れるような状況でも、意気揚々と話す彼の姿に、観客たちも視線を逸らさず引きつけられていた。

 「それは、我々の主要なエネルギー源であった『石油』が完全に枯渇したからです。人々はみな、これを石油を象徴する”黒”やこれから突入するであろう”暗黒時代”とかけて、『ブラックアウト』と呼びました。他の代替エネルギーの価格は恐ろしいほどの高騰。全世界で経済が停滞し、我が国でも大量の失業者が発生しました。失業率は20%を超え、都市部ではデモや暴動が頻発。翌年2048年のアラスカ暴動はその象徴的な出来事となりました。」

 観客席からため息が漏れる。観客席を見渡すと、みな目線を下に置き”あの時”を思い返しているようだった。その記憶は鮮明で、恐怖と混乱が蘇る。あの頃は、まさに世紀末と言っても過言ではないほどの惨状だった。石油が無くなってからというもの、各国の首脳は石油の代替エネルギーとして原子力や天然ガスに切り替えることを余儀なくされた。もちろん、それは石油依存の現状を打破するきっかけとなったかもしれない。ただ、それは”今までのエネルギー需要を満たせなくなった”という裏返しでもあり、需要と供給のバランスが崩れるきっかけにもなった。そのおかげで我が国、いや全世界は自動車産業や重化学、様々な工業分野で著しい発展の失速を引き起こした。石油の消失による中東の経済破綻によって、今まで我が国が石油をドルで支払ってきたことによるドル経済の好循環はもう見る影もない。石油がなくなったことで生じた損失はまだあった。最大のものは治安悪化である。この国は元から銃社会であり、移民やテロによる治安の低下が昔から問題視されてきたが、石油による経済不況から就職率・雇用も極めて減少した。増えたものといえばリストラくらいだろう。職を失った人々による違法デモやテロ活動で、どれだけの人が犠牲になったかを考えると今でも頭が痛くなる。傷害、強盗、強姦、暴行、横領、詐欺、殺人。これら多くの犯罪行為に関するニュースを、今まで優雅に朝食を取っている最中のニュースでここまで聞かされることがあっただろうか。

 「石油ってそんなにすごいものだったの?」

 今まで眠そうに彼の演説を聞いていた孫がいきなり口を開いた。席の最前列で考え込んでいる私とは対照的に、隣で一緒に見ていた孫はぼんやりと彼の演説に目を向けている。

 「ああ、でも石油の時代は終わった。次は私たちが切り拓く番なのさ」

 私はそう言ってかっこつけながら席を立って壇上に向かう。かっこよく決められたか確認しようと孫の顔をチラ見したが、下ネタを言った男子を蔑む女子のような冷たいまなざしだった。どうやら私の決め台詞は彼には響かなかったようだ。生意気なやつめ。

 「これなしでは語れない、他のエネルギーを巡った戦争もさまざまな地域や国が巻き込まれ、人類滅亡の危機と言われた時代がありました。それが100年越しの大戦争、第三次世界大戦でした。中東地域で始まった利権を巡る戦争は、最初は地域紛争に過ぎませんでしたが、他の国々が混乱に乗じて他の地域を占領していった結果、瞬く間に国際的な戦争へと発展しました。これは今までのような地理的、そして歴史的な背景を踏まえた戦いではありませんでした。各国が石油の消失による反発から起こったものです。中東諸国だけじゃない、アフリカや中国だって我が国アメリカだって。資源を巡る争奪戦は熾烈を極め、難民の数は数千万に達し、国際社会は対応に追われました。アメリカ国内でも経済制裁やテロの脅威が増し、日常生活は一変しました。我々が今まで目を背けていた中東の現状を放置した結果がここに現れたのです。

 彼の言葉が会場に響き渡る。ネクタイを直し、服につく埃を払い、いよいよ準備が整ったと彼に目線で合図を送る。そして司会者がこう言う。

 「ただ、そんな地獄のような現状を救ったのが世界の救世主、皆さんご存じのフロリド博士です!」

 彼の私への十分すぎる宣伝の煽りが、孫のように恥ずかしい思いをするのではないかと思ったが、それも面白いと思いながら一歩一歩壇上へと上がる。壇上に立つと、視界には数万の観客が、興味津々にこちらを見つめる。その視線の多さに、緊張よりも自分がどう見られているかが気になってしまう。観客席からでは見えなかったが、壇上の端やカーテンの内側には多くのスタッフが忙しそうに働いているのが目に入った。音響スタッフは数十個のスイッチを上下に操作しながら、演説の音響バランスを微調整している。彼らの集中した表情とその手際の良さには驚かされる。さらに、カメラアングルを切り替えるオペレーターたちも、リアルタイムで複数のモニターをチェックしながら、ベストショットを逃さないようにしている。その隣では、照明スタッフが観客席側からスポットライトを細かく調整し、私の動きに合わせて光を当てていた。これだけ多くの人々が、1つのイベントを成功させるために尽力している姿を目の当たりにし、感謝の気持ちが湧き上がる。

 「フロリド博士は皆さんも装着している、あのMIR_AI<ミライ>を開発した人物です!そして今、壇上にフロリド博士が到着いたしました!」

 司会者の力強い声と共に、私は壇上の中央へと進む。観客からは大きな拍手が巻き起こり、その音に包まれる。私は司会者に感謝の意を込めて握手を交わす。彼の手は冷たく、額にはスポットライトで照らされた白い光が輝いていた。彼が私のためにここまで努力してくれたことに罪悪感を感じつつも、それ以上に“自分のためにしてくれた”という喜びが勝っていた。観客席からの大きな拍手がマイクの音すらもかき消す中、私は壇上に立ち、これから始まる演説に向けて気持ちを高め二席分の椅子のうちの左側に座った。司会者も私が座るタイミングを伺っていたのか、私が座るとすぐに向いの右の椅子に座った。

 「フロリド博士の登場で会場も温まったところで……ではまずMIR_AI<ミライ>を初めて知っていただく人のために、MIR_AIの概要を教えてください!」

 と司会者は、さっきの演説の時よりもさらに気分が高ぶっている様子で質問を投げかけた。どうやら観客の拍手で背中を押されたのは自分だけではないようだ。

 「はい。MIR_AIはいわばAIと人間を共存させる“疑似脳内チップ”です。」

 私は耳の上に装着した円く平べったい白いデバイスを指さしながら説明を始めた。

 「このMIR_AIは直径3cm、厚さ0.5cmと非常に小型ですが、この位置に装着することで脳の側頭葉を通じて皮膚の表面から間接的に記憶を読み取り、さらには脳を操ることが可能となります。このシステムの構築に成功したことにより、国立科学研究所の研究員たちは、忘れやすい記憶を保持する機能、スケジュール管理機能、視界を脳で操作することによる仮想空間の質の飛躍的向上、さらには現実世界における様々な状況での最適な解答をAIが提示してくれる機能など、その他数多なる機能を搭載することができました。MIR_AIは、人類が争いに発展する種をすべて取り除き、より良い暮らしの実現を可能にしたのです。」

 長めの説明が一段落したところで、一度呼吸を整える。どんなに素晴らしい発明をしても、老いには勝てないのが少々悔しいところだ。私が観客に向かって話している間、背後の白い壁にはプロジェクターが映像を投影しており、私の発言と同期して関連する画像が表示されている。

 「この電子機器は、開発されて公表されてからわずか一週間で世界のトレンドニュースとなりましたよね。その後の1~2か月で国連の総会に招かれ、『政府はMIR_AIを全人類に配布する』という条約が異例の満場一致でスピード可決されたのには、当時かなり驚かされました。」

 「正直、あれには私自身も衝撃を受けました。普段、なかなか動かない国連がここまで迅速に対応したのは、人々の『欲しい』という強い気持ちが動機となったのでしょうね。」

 「人を動かすといえば、国連のスピーチを務めてくれたローズ助手の話はとても感動的でしたね。正直、あの演説のおかげで、私たちが今の立ち位置にいるのではないかと思うほどでした(笑)」

 「”未来のカタチは自ら作り出すものだ”ですっけ。あの言葉が演説の中で一番好きですね。」

 アドリブで入れた私の会話に彼が合わせてきた。彼はこんなにも私のことを尊敬してくれるファンなのかと考えると不思議と口角があがり嬉しくなる。彼はちょっといじっても嫌な顔1つもせず、いやむしろ一層笑顔が増した気がする。台本なんていらないなと感じた私はその後も、裏話や考え方などを話す雑談へと切り替えた。彼も私のやりたいことに気づいてくれたらしく、こちらの会話のテンポに合わせてくれた。

 「機器の名前にもしてるほどなんでせっかく。先生の未来のカタチってなんでしょうか?」

 「そうですね、そこはやっぱ……」

 _あれからなん十分たったのだろうか。もっと裏話聞かせてください、語らせてください!と言わんばかりにぐいぐい来る彼の質問攻めに、講演会の終了予定時刻を30分ほどオーバーしながら私たちは対話をした。講演会が終わってカーテン裏から退場すると、なにやら外なのに白衣をきてポッケに手を入れる眼鏡の男性がいた。髪は茶髪でかなり若め、あれはアレイ博士だ。裏でずっと講演会を聞いていたのであろう。彼は私と目が合って早々、さっきまでポッケに入れていた手をだして握手を求めた。

 「フロリド博士さんお疲れさまです!けっこうかかって大変じゃなったかですか?これ、ちょっとした差し入れです。」

 と言われ自分の手のひらをみると、手の中に、いつのまにか一口用のチョコが入っていた。きっと握手の時に手の中に忍ばせてあったのだろう。「粋な演出してくれるな」と少し笑みを浮かべながら口を開けて放り込む。口の中のチョコは少し嚙んだだけでホロホロ溶けて口の中の甘味が広がった。アレイ博士は美味しいだろ?と言わんばかりの得意げな顔をした。チョコは溶けて食べやすいのに甘くて糖分補給にもなるコスパ最強の食べ物だと思う。私にとって3時間ほどの講演で疲れ切った喉と脳を癒すには十分すぎる代物だった。チョコを飲み込んでアレイ博士に聞いた。

 「でデータベースの進捗はどうだったか?」

 きっとめんどくさがり屋のアレイ博士がわざわざ私のところまで遊びに来たのはそれ相応の理由があるはずだ。そうなるとやはりデータベースの件なのだろう。アレイ博士は目を少し細めて眉を下げる。

 「未だアクセスできません……政府から送られた国民用のサンプルも閲覧しましたが……」

 「…………そうか。まあそれは後で片づける。とりあえず今日はお互いお疲れ様。」十分な結果が得られず落ち込むアレイ博士を見ると、こっちもなにか申し訳ない気がして気まずくなってしまう。私はアレイ博士との会話を無理やり切って、会場で使用した名札などを窓口で返却しに行った。講演会の疲れもあってろくに頭も回らないため、今日は会話を最低限に抑えて家に直行することにした。

 孫のアレックスは私が壇上に上がってきたあと、会場で娘と合流できたらしく、先に帰るとすでに講演後送られていた。普段は研究所での仕事が終わったのちそのまま孫のプログラミング教室の迎えに行くが今日はいつもと違って一人での帰宅だ。私は贅沢をしてタクシーを捕まえ助手席へとそそくさと座った。何かの暇つぶしになるかと思い、ひとまずMIR_AIから自分の好きなプレイリストをかける。そして頭を左のドアに寄せ、窓をのぞいた。まだ9時半と深夜とまでは言わないが、すっかり空も暗くなり都市の夜景が煌めいていた。歩道の街灯の明かりの下、照れされた人々の耳上には私たちの努力の結晶”MIR_AI”が装着されている。きっと人々は私たちがどういう思いで作ったのか微塵も気にしていないだろうが、あの電子機器は、あの時代を繰り返さないために開発した技術なのだ。むしろ私としては使う人々にはその背景を知らずに純粋に利用してくれたほうが本望だ。そんなことを考えながら揺れる車内は、どこか落ち着きのあり安心できる場所であった。

 気が付くと、もうすでに私は我が家の外玄関に立っていた。MIR_AIが導入されてからというもの、タクシーの手配や決済も自動化してくれたため、意識がおぼろげになりやすくなった。やはり年なのかもしれない。玄関の3段ほどの階段を上り、ドアの前に立つ。ドアの上部を見てみると、はめつけられている擦りガラスの小窓からうっすらと黄色い光がもれだし、我が家の生活感がドア越しでも分かった。会場で感じでいた頭の疲れはいつのまにか吹き飛んではいたが、早く家に帰りたいという一心でドアノブを触った。さきほどまでドアノブの上にあったランプが赤から緑に変わりドアノブのロックが開いた。

 「ただいまーおじいちゃん帰ったぞー」

 家の中は、ドアの小窓で想像していたよりもずっと明るく騒がしかった。テレビのコメンテーターの声や何かを揚げる音、そして孫の声が同時に聞こえてくる。

 「あ、じいちゃん丁度よかった!やっと俺MIR_AI届いたよ!今から開けようとしてたの!」

 とリビングから孫が興奮を抑えきれずに走ってきた。講演会の時はかなり興味のなさそうな雰囲気だったのでてっきりMIR_AIも気に入ってくれないのかと思っていたが、届いたことに嬉しさを覚える孫を見て安心した。

 「おーアレックスも”MIR_AIデビュー”だな!」

 「なにそれ?たぶんそれ死語じゃない?」

 少し前に使われていた言葉をもじって言ってみたが、孫は眉をひそめてポカーンとしている顔を見せた。鞄をひとまず横に広がる靴入れの上に置き、リビングに向かう。キッチンには娘と妻がエプロン姿で一緒にカレーを作っている。妻が二秒ほど前におこなった工程を娘が見よう見まねで調理するのを見ると、おそらく料理を妻から習っているのだろう。

 「お父さん、講演会お疲れ様!いま結構忙しいからアレックスの相手してくれる?」

 娘はお疲れ様とは言ってくれたものの、鍋から目を離さず今も妻のレッスン中だ。あまり邪魔したくはない。

 「ああ、そうするよ。」

 最低限の言葉で返してアレックスのもとへと向かった。アレックスは壁に貼り付いたテレビとソファの間の中央のスペースを陣取っている。彼の手にはルービックキューブほどの段ボール箱が握ってある。「じゃあそろそろ開けるよ?3、2、1、0!」ゼロといった同時にアレックスは箱の切れ目を探し、貼り付くテープをはがそうとした。ただアレックスは10歳の力とは思えないほど力が弱かったようで、強力に貼り付いているテープを180度に向けて全力で引っ張ってもびくともしないようだ。

 「えっと……開けようか?」と言おうとしたが、その前にアレックスは「いや、プランBやってみる。」と言って、膝の横に置いてあったハサミを持ち、段ボールの切れ目中央に刃が通るようにスタンバイした。(なるほど……もう刺してテープごと切ろうということか……)力が弱いというのはこの先心配ではあるが、健気に物事に取り組む姿は微笑ましく誇らしいと思う。力が入りやすいように立って叫ぶ。

 「いざ入刀!」

 いやそれ”刀”じゃなくて”刃”だろ、アレックスのハサミはしっかり段ボールを貫通しそこから片方の刃を入れられるような隙間を作ることができた。「お!入った」とコメントを入れ、アレックスはニヤリと笑って、素早くハサミで断面を切った。普段キーボードを打つことが多いおかげなのか、物の掴み方使い方は相変わらず器用だ。段ボールの蓋が空いてアレックスは右手を器の形にし左手で箱を振った。やっとMIR_AIとご対面か……と天井を見上げ思っていたが、

 「あ、ちょま」とアレックスの情けない声がかすれて聞こえた。

 アレックスの右手に目をやると右手からこぼれた透明の四角い箱が落ちていたのが見えた。私が手を伸ばすのも手遅れで、透明の箱が床へ直撃するとパキーンと箱の中身が割れた気がした。「まじか……」とアレックスは頭を手の上に乗せ落胆している。私が落下した透明の箱をあけると、真っ二つに割れたボディと千切れた導線が数本そこにはあった。アレックスが十秒間ほど放心状態になるとようやく口を開けた。

 「おじいちゃん……」

 「どうした?」

 「MIR_AIの損害保険ってある……?」

 「あるわけ無い。」

 本人にとってはかなりショッキングだったようだ。反射的に無い、と答えたがいつのまにかアレックスの目がだんだん赤く輝き始めた。ちょっといじわるした自分を責め「ごめん、おじいちゃん上で修理してくるね」と言うと、アレックスは拗ねた様子でソファに向かい、あぐらをかいた。あの時の「技術より先に耐久力上げようよ……」という孫のカスタマーレビューには流石に自分でも心に来る。

 階段を上り廊下の一番奥の部屋に入る。暗く生活感のない部屋であるが、毎回この作業部屋に入る度、壁沿いに設置してある青色に光るPCと灰色と黒だけで統一されたデスクには男のロマンが詰まっていると感じる。こだわりポイントとして隣の孫の部屋まで迷惑が掛からないように静音用のPCを使用している。早速キーボードをどかして、モニターの下に置き、余ったスペースで作業にとりかかった。精密機器であるとはいえ、孫が壊した部分は導線だけなので、わざわざ特定のパーツを取り換えるほどでもない。基盤から千切れた導線をはんだ付けでくっつけるだけの地道な作業だ。ラボで何百回も試作品を作った経験が功を奏し、十数分で終わった。ただ自分が本来やりたい目的はこれではなかった。データベースのアクセスができない……、会場裏でアレイが言ってくれた事だ。今がちょうど試せるチャンスと思い、特殊な機械でMIR_AIのコードを閲覧してみた。

 _ここ一週間前、MIR_AIの支給が始まってきて三か月ほどたってからアレイが”ある不思議な現象”について相談してきた。

 

 「あの、フロリド博士さん、ちょっとこれ見てくれませんか?」

 「どうした?」

 「これ増えてくるデータベースのグラフなんですけど……増え方がおかしいんです。」

 そうやってアレイは自前のタブレットで私に見せてきた。

 「これ、普通に見たら不定期にユーザーが増えて上昇傾向にあってなんら不思議じゃないですよね。でも拡大してみると、1ユーザーが増えてからまたユーザーが増える時間が必ず、1.5秒から5秒間隔で更新されていて……」

 といい二本指で問題の箇所をズームする。「えーっと……」アレイが提示してきたグラフ。MIR_AIのアカウント生成時にはかならず一回研究所のデータベースに送信される仕組みだ。コードの仕様として小数点以下は二桁までは表示できるはずだ。しかしアレイが提示したグラフを見るとアカウントの増加時の小数点以下は".00"か".50"で固定されている。

 「でもそこまで気にすることか?バグだとしても、このデータを公開するわけでもあるまいし……。」

 「僕もそう思っていました……でもその……博士クラスの研究員だけしか存在を知らないパスキーあるじゃないですか?その僕気になっちゃって……違法なんですけど……いろんなアカウントのクローズドデータベースをその……閲覧したんですよ。」

 「え?それって大丈夫なのか?」

 記憶共有。数あるMIR_AIの最大の機能と言えるだろう。MIR_AIは、使用している人の記憶などを常にバックアップしている。側頭葉にMIR_AIを貼るのは主にこの機能が理由だ。データベースにはバックアップされた記憶が本人の意思関係なく保存される『クローズドデータベース』。本人の意思で共有できる『オープンデータベース』という2つの種類がある。そして『オープンデータベース』はMIR_AIを使用している人すべてがダウンロードできるという特徴を持つ。MIR_AIは全世界の知識、娯楽、経験、様々なものがMIR_AIというコミュニティで一つにまとまる、SNSの進化系を作り上げたのだ。本来、クローズドデータベースはあくまでオープンデータベースに投稿するまでの保管庫としての機能であるため、本人以外閲覧することはできない。しかし、万が一この機器を悪用しているアカウントなどの情報公開を各国の諜報機関や警察機関に求められた場合を考え、クローズドデータベースに保存されたユーザー情報を完全に暗号化せず、閲覧用のパスキーを作成と閲覧できるシステムを作ることにした。研究員たちは信用しているが、あまりにもこのプロジェクトに大勢が関わっていたため、パスキーに使用する数字、そして”閲覧できるという事実”も博士クラスだけで共有しようといおうことになった。

 「クローズドオープンデータベースを見ても全部の動画が部分的にファイルが欠けている破損ファイルで開けないんですよ。恐らくアクセス禁止にされているのかと……」

 「そうなのか?MIR_AIのオープンデータベースは開けるのにか?」

 訝しめな表所でアレイは答える。

 「そうですね。なぜかファイル指定パスが間違えてるのかなど、配布されているサンプルから色々探しましたが更新時間含め、怪しいところはどこにも……」

 「アクセスの増え方も怪しいしな……何かを隠しているように。」「いったんバグの線で調査してみます。今日はお疲れさまでした。」

 「ああ、任せるよ。」

 そう言ったきり、アレイ博士はこれからのOSアップデート作業から離れ、今もなおクローズドデータベースの研究に勤しんでいる。


 「コマンドプロンプトで開発者モードにして……開発者ツール使ってコード見て……ってなにこれ……」


 変数名_全アクセス権限を ユーザーネーム ’Lab_0000’ と ’Lab_0000を使用したアカウント' で 剥奪。

 変数名_全データアクセス権限 を ユーザーネーム ’K’ に付与。

 常に:

  もし 変数名_クローズドデータベースの長さ = クローズドデータベースの長さ ではない:

  リスト’クローズドデータベース’の 長さ 番目を ’K_リスト’ に追加。

 

「なんだよこれ……意味わかんねえよ……」

 白くモニターに映る英語の文字には全く知らない実行コマンドがこれ以外にも大量に付け加えられている。また、研究所専用アカウントとそれにかかわった研究員のアクセスが禁止にされていたのだ。一番危険と感じたのは、謎のKというアカウントに全データアクセス権が委ねられているということ。この全データアクセス権という変数名は以前私たちで作ったパスキーを格納してある。その変数の存在をすでに知っている立場にあり、そのキーをばれない様に工作の技術もあるとなると、明らかに身内にKという存在がいる可能性が高い。全データアクセス権というのは記憶だけを閲覧できるのではない。MIR_AIが視覚や記憶を読み取れるのは間接的に脳を操れるからなのだ。パスキーがあれば他人の脳を支配下に置けるということもできてしまう。簡単に言ってしまえば、他人を文字キーとEnterキーだけで現実世界で操ることも可能なのだ。アレイ博士がこの文に気づけなかったのは、すでに”あっち側”の人間なのか、”研究所に配布されたサンプルがすり替えられているか”。ひとまずアレックスにあった問題のコードを全て削除し、アレックスが壊した部分を全て直した、その後、確認で自分のMIR_AIの開発コードも確認したがアレックスの機器に記されていた例のコマンドは何故かなかった。私はKが何を考えているのかに頭を巡らすも、ただ鳥肌をたたせることしかできなかった。それほど手が震え、マウスカーソルをスクロールするのもうまくできない。いつのまにか心地よさを感じていた部屋の薄暗さが、まるで何かがこっちに迫ってくるような不気味な闇へと感じるようになった。おかしい。明らかにおかしい。K。いったい君は何者なんだ?世界をひっくり返そうとでもしているのか?全世界を操り人形にして君は何を望む。アクセス権限を剥奪するほどに隠された、あの真っ黒の動画たちはいったい君にとって何が不都合なんだ。お願いだ。どうか止まってくれ。そして誰か。誰か説明してくれ。見ず知らずのうちに、あの時代が再来してしまうのか?待ち望んでいた「未来」は、一生忘れたい「過去」に戻るのか?私たちが血のにじむ努力をあざ笑っているのか?許せない。そう思っているのに。なぜだろう。

 怖い。怖い。怖い。 怖い。

 無音で何も感じないはずなのに、耳ではキーンと大音量に響いている。MIR_AIを使ってもノイズを消すことができない。研究所では耳をふさぎたいほどのファンの音量がここでは、もはや無風かのように回っている。いつのまにか私はもう座っていた椅子から倒れていた。息がだんだんと苦しくなっていく。年寄り特有の動悸というやつか。考え事をしようとしても呼吸するのに精いっぱいで、それどころではない。肺が痛い。何度咳をしようと、体は酸素を受け付けない。

 

 気づくと、私は掛け布団の中で寝ていた。横を見ると枕横にラップで覆われたカレーライスが置いてあった。下で料理をしていた娘が用意してくれたのだろう。失神していたのかはわからないが、少なくともこの布団を用意してくれたのは娘のはずだ。左腕をあげる。時刻は午前3時。十時についたはずだから、かなり寝ていたようだ。体の上半身を起こし、カレーを貪った。「美味しい。」すでに冷めて味を感じにくかったが、逆に冷たいという感覚が舌から伝わり『生きている感覚』があった。皿にあった食べ物すべて食べると、寝起きの眠気はなくなっていた。冷たくなったカレーが逆に目に効いたのかもしれない。机をみると、「おじいちゃん、直してくれてありがとう」と孫の付箋が貼られ、机にあったMIR_AIは消えていた。問題のコードは一応消したから、Kとプライバシーの問題は大丈夫なはずだ。とことん遊びつくすといい。

 そろそろ覚悟を決めないといけない。銀行の口座はカーテンの上に隠してある。一応コードとかアクセスキーは日記に書いておいた。いつか必要になると思うから。悪いな。アレックス。おじいちゃん、ちょっと外出てくる。今までありがとう。

 愛してるよ。




 今まで読んできた日誌から目を離し、机のそばで横たわる。背中越しで床の冷たさが伝わった。今日はおじいちゃんの遺品整理でケイトに手伝ってもらっただけだったのに。これほど嫌なサプライズはないだろう。

「7月24日で止まってる……ねぇなんで?フロリドさん……今どこにいるの……」

 ケイトがページをめくったり戻したりして、何度も日誌を読み返している。

 上を見上げ白い天井を見つめる。ケイトのすすり泣く声が部屋中に響いていると分かっているのに、頭ではそれが全く聞こえないほどおじいちゃんのことで精いっぱいだ。

 おじいちゃんが失踪してから何年も経っている。そして日記にある”外出てくる。”という文。明らかに何かに触れようとして消された。きっとそうなのだとケイトも口にはしないがわかっているようだ。もちろんそれにKが関わっているのだと。だから俺らがおじいちゃんの意思を継がないといけない。そのために行動を起こさないと。

「なぁケイト。」

「なに。」

「本当にKがいるとして、俺たちはどうすればいいと思う?」

「いきなり?」左手でケイトが目を拭って答えた。

「俺らには泣くほどの時間は残っていないだろ。こんな日記を片付けるためだけに多くの時間を無駄にした。」

「2047年ってことは七年か……まだ、あの時にはたくさんいた陰謀論者を取り込んで仲間にすることができないからって意味?どっちにしろ私たちにはどうしようもできないでしょ。」

 寝ていた自分の上半身を起こして、あぐらの体制をとる。そして手のひらで「ちょっとこい」と床をトントンと叩き、ケイトを机から床に移動させた。

「Kっていう正体を暴くには証拠を集めるしかない。俺らができる一番の手段は”おじいちゃんの場所”に潜り込むことだと思うんだ。」

「おじいちゃんの場所、って研究所ね。でもそれで研究員の人に信じてもらえると思うの?自分の身内にKがいるってフロリドさんも言ってたじゃん。」

「ん?だからこそ潜り込むんだろ?」

「潜り込むって侵入しようとしてるの!?」

 さっきまで少し目線をそらしながら話していたケイトがいきなり大声でこっちにがんを飛ばしてきた。

「そうだ。おじいちゃんを裏切ってKとしての活動を続けようと考えた人が研究所内にいたのなら、きっとその痕跡があの中に残っているはずだ。」

「言っとくけど、何かを隠す人ってのはそんな易々と証拠を残さないわよ。」

「そうかもな。でもそれ以外に、おじいちゃんを慕ってくれた人を仲間に引き込むってこともできるかもしれない。潜入はその人間関係を調べられるためでもある。」

「引き込んだ仲間がKだったら?」

「簡単さ。死ぬだけだ。」

「ハイリスクすぎるでしょ……」ケイトがまた目線を下にしてうつむく。

「いいか?今はKを探すよりも信頼できる人を探さないといけないんだ。だからこの潜入はKを仲間に入れることを避けるために別の人を誘い込むのが主な目的になる。」

 数秒の沈黙が流れたケイトが口を開いた。

「分かった。やるよ。計画をたてよう。」


 _時刻は午前2時。現在俺たちは研究所付近の建物の窓から様子をうかがっている。ホテル『ルイス』。ここは普段ビジネスホテルとして運営されており、俺たちは昨日からこのホテルを予約し監視をしていた。ビジネスホテルというだけあって付属品は少ない。金は掛けずに泊まることが目的の俺らにはニーズにとてもあっている。研究所内は東西南北4つの出入り口がある。ただ四つの範囲を同時で見ることはできないので、ホテル「ルイス」のほかにも、対岸上の宿でケイトが泊っている。俺が担当するのは主に北口。アレイが担当するのは南口だ。このホテルの対岸上の普段よく使われるのは、大通りに接している西口だが、昨日から張り込みした感じ、研究員の出入りはあまり目立たない東口を使っている印象がある。現在はいないようだが、普段警備員も巡回していて外に設置されてある小さい警備用の小屋も電気がついている。トイレなのかもしれない。昨日までの張り込みで気づいたことをまとめる。西口は来賓者やVIP、そしてトラックなどの物品を届ける際に使われている。大通りに面し車の通りもある。なおかつ目立つため侵入には向いていない。次に東口。さっきの東口に比べると人の出入りは少ないだろう。しかし、面する通りは細いといえどもショッピングモールである。アクセスも良くて入りやすいとは感じるが、ショッピングモールは開いてないものの、その周辺の街灯は今の時間帯に明らかに目立ちすぎているだろう。北口、南口はショッピングモールで買った代物や、研究所内で出たごみなどを捨てるときに使われている出入り口だ。それにごみを捨てるときに使う場所となるときっと研究所内出入り口付近にごみ溜め用のスペースがあるのだろう。普段異臭を防ぐために何かで壁を作っているだろうから、そこには部屋があり尚且つゴミを捨てる以外でドアを開かないはずだ。最初に様子見できて隠れられる場所といったらここしかない。そもそも最初からそこの目星をつけるために昨日から張り込みをしていたのだ。問題点といえば東、西口と比べ人通りが少ない、つまりそこからラボまで行くことが想定されていないということだ。そうなると実際のラボまでのアクセスが悪く迷子になる可能性がある。研究所内はそもそも一般人立ち入り禁止であるため地図すらない。その中で暗闇の中を進むというのはあまりにも心細い。

「あ、あ、ケイト聞こえている?こっち南口目線建物の電気ついてないし、人全く通ってないよ。」

「アレックス?うーんなぜか分からないけど北口はまだところどころ電気ついてるんだよね。警備員がいるのかも。」

「俺だと分からないから聞くけどラボのほうは?」

「ラボは……うーん電気あるかも。」

 数秒の沈黙の後アレイが答えた。悩んでいる様子で困惑の声もMIR_AI越しで聞こえてくる。

「……分からないのか?」

「なんか窓越しで遠いから分からないけど別の部屋と比べてほんの若干電気が明るい気がするんだよね。暗い部屋でPC見てる感覚というか……」

「怪しいな。まぁどっちにしろ危険だろ。南口から行くぞ。大通り集合で。」

「うん、了解。」

 電話を切って先ほどまで来ていたパジャマから黒いパーカーに着替える。装備品と言ってはなんだが、肩掛けバックの中に懐中電灯、小型ビデオカメラ、単三電池10本を入れる。アニメとかで見る侵入は鞄などを持ち込んでいるが、肩掛けバックのほうが取り出しやすいし逃げやすいと思う。何より研究所から出た後でも若者として服装で浮かないという特徴がある。真黒でアタッシュケースを持ち運んでいる人なんてただの変人かヤクザだけだろう。エントランスではピアノのBGMがずっとさみしく流れていた。一応入口にはホテルマンが2人ほど眠そうに座っていたが、この格好で目を付けられるのが恥ず……いや今後の行動に支障をきたす可能性があるため、こっそり裏口から出て行った。「寒つ」外を出るとその感想しかでない。時刻は二時半。そして冬なのだ。昨今の二酸化炭素の排出低下による季節の寒暖化には本当に頭に悩まされる。手が凍るような寒さだ。口から息をもらすと白い煙でる。煙草を吸っているみたいでちょっと面白い。そう遊んでいたらケイトが西口の壁の端にたたずんでいた。ゲーム用かと思うほどの大きさをもつ黒いヘッドホンに、もこもこの上着?の下には黒い革ジャン。最後にジーンズ。太ももとすねのそれぞれにカイロが貼ってある。うん。ケイトなりの寒さ対策なのだろう。今思えば二日前から張り込みを開始してからずっと宿にお互いこもっていたため服装すら覚えていなかった。ただこんなコンセプトがぐちゃぐちゃの服装でなかったのは確かだ。

「準備できたか?」

「そういうのいいから。寒い。早く中入ろ。」

 ケイトはこっちを睨みつけながら俺を避けて南口へ向かった。確かに研究所の侵入も張り込みも全て自分が提案した案だ。そう考えると、いっぱしに相手を指揮してリーダー気取っている俺はケイトから見ると図々しいのかもしれない。もっと相手と対等に立つ。おじいちゃんも開発当初からずっと言ってたことだ。その頃はまだ俺が小学生低学年だったが、小学生でもある程度のことを理解できたぐらいシンプルでなお適格な言葉だろう。耳にタコができるほど聞いた言葉だが、いつしか耳にタコができてもいいぐらい、おじいちゃんの声が懐かしいと思うようになった。待ってろ。今から俺らが時代を切り拓くから。


 南口への入り口は少しスロープのような下り坂のようになっていた。正確に言うと研究所の南口は研究所内部にある駐車場から車が出入りする場所を指している。しかし南の出入り口は二つあって、車が通る場所の他に、その50m先奥にある鉄の扉もあるのだ。そこが俺らが目を付けた侵入場所だ。

 「行くぞ。今からこのドアを突破してもいいか?靴は音が鳴らない様に準備してある。」

「もうすでにできてる。ドア開けて。最初は豆電球で照らすから見にくいかもだけど。」

 周りを見渡しても暗闇で何も分からない。こっちで数分いたら目が慣れると思っていたが大通りが逆に光が強すぎてすぐには慣れないらしい。誰かに通報されたら即アウト。素早く侵入しなくては。俺はドアノブを触る。冷たっ。うっかり一瞬手を放してしまった。MIR_AIアンロックシステムが導入されているくせに周りが鉄製で便座のような温度調節ができないなんて本当にアナログだ。そんなのが国立研究所を名乗るなんて腹が立つ。チッ。ケイトの舌打ち声が聞こえたので急いでドアノブをもう一度触った。今度はしっかりログインできた。

「よかった。この技できたんだ。」

 ケイトの安堵声が聞こえた。相変わらず情緒不安定だ。


 計画を立てる段階で一番壁となっていた”侵入の仕方”。それはいとも簡単に解決することができた。おじいちゃんは失踪しても見つからなかった。となると普通、緊急手段で使うMIR_AIは置いていったはず。ならどっか、いやこの部屋にMIR_AIが隠されている可能性が高い。ケイトがそう提案してきたためあの部屋を何度も探すと、おじいちゃんのデスクトップPCの中に隠してあった。数年も動いていなかったため中が埃だらけだったため見つかるのに時間がかかった。MIR_AIを回収させないためとはいえ少々手の込みすぎだと感じた。


 「ドア開けるよ。3、 2、 1。」

 ドアを開けると案の定ゴミを溜めるためのスペースになっていたようで安心した。ゴミ袋の匂いが少々気になるが、そんなこと気にしてる暇はない。ケイトは豆電球をつけてドアを急いで閉める。豆電球で光をだすと、より潜入しているんだという気持ちが高ぶってくる。早速ケイトからもらった豆電球でゴミ袋を開けようとした。普通の生活だったらMIR_AIで視界を調節して明るさ調整ができるのに、配布されたMIR_AIは他人の土地に入るとその機能が制限されている。本当にめんどくさい。

「ばかー!何してんの?ゴミ袋音だすしここで探すのに時間もかかるでしょ。それだったらゴミ袋ごと持ってかえって家で調べたほうがいいじゃん。それは帰りに調べたり持って帰ったりするとして今はラボでほかの研究員を調べるのが先。……それにあの薄暗い部屋の正体も突き止めたいし……。」

 自分にしか聞こえない様に静かにしゃべっているが、口調と豆電球で微かに映る表情がこちらに怒っているのが明らかにわかる。所々見るケイトの表情は人格が変わったのかと思うほど豹変するから、怒られるたびに心臓の鼓動音が聞こえる気がする。

「だいたいアレックスは物事に真っすぐ進みすぎ。この計画だって中身はほぼ私が考えたものじゃん。もっと自分を客観的に捉えなよ。」

「すいません……しっかり目的を忘れずに任務に遂行します。」

「それ言ってるだけでしょ。もういい。はやくラボに向かうよ。」

 ケイトは呆れたような声を出して出入り口で座っていた体勢から改め内側の建物へとつなぐドアノブを開けようとした。俺もゴミ袋から目を離して、ゴミ部屋に別れを告げた。ケイトはこういう現実的なところが頼りになる。そうやってケイトを見つめていた。ピクリと動かない。ドアノブを触ったまま、捻ろうとせず。豆電球でわずかに反射するのはケイトの額。

「来た。」

 ケイトは何故か口ではなくMIR_AI越しでこっちと会話を始めた。

「何が。」

「……。」

 何も言わずケイトは自身の首元で照らしていた豆電球を消した。何が何だか分からないがケイトがやっていたことをそのままマネするように手に握ってあった豆電球を消す。ケイトの俺に対する、世間のいわゆる”同調圧力”というやつなのか、自分も消さないといけないという気がした。

 ただ今ケイトが何をしようとしているのか、何のことだかさっぱりだ。だから俺はケイトが何を言いたいのか聞くべく口で聞こ—

 (コツン)

 え。この音。間違いない。革靴の音だ。しかも歩いている音じゃない。明らかに止まった音。先ほどまで静寂を保っていたドアの向こう側から音がする。ドア越しに誰かいる。なんで人がいる。警備員は北口にいたはずだろ?監視終了してから3分も経っていないのに。ケイトに聞こうとして開いた口は今もなお開いたままだ。息を殺そうとしても心臓の鼓動で苦しい。音を出さないために立った状態から中腰の体制になってできるだけドアから離れる。口が開いているため、少し息の音が漏れ出す。この状況で音を出したら終わり。ビニール袋に触れるだけでドアにいる”奴”に感づかれてしまう。持ち上げることも運ぶこともできない。唯一俺にできるのはゴミ袋の間に隠れるだけ。どこか隠れられるものはないか。部屋の全体を見渡す。ここならいけるかもしれない。なんとか体をゴミ袋で隠せそうな場所をみつけた。俺は、腰を落とし、息を殺して。小さい歩幅でペンギンのようにその場所へと進む。足の震えで今にも倒れそうだが、腰を引くくして歩いているおかげで何とか重心のバランスが保たれている。なんとか着いた。後ろを振り返る。たった10歩で行ける距離を俺は数十歩かけて進んでいった。この動作だけで何時間もたった気がするほど時間はいっこうに進まない。何とか隠れられそうな場所……ゴミ袋が右,左,上と置いてあるが、家のように真ん中にはスペースが空いてある。隠れられるのはここしかない。入るとなると地面がすれて音が出ていないか心配だ。なるべくこすらずに入るために俺は足と肘から上の腕を地面につけ、腕立て伏せの状態で中へもぐる。幸い、地面はコンクリートでさらさらしているので、ペタペタと音が出ない。よかった。なんとか足まで隠せることができた。

 俺は恐怖で乱れた呼吸を必死で整えながら、狭くて暗いゴミ袋スペースで身を縮めていた。空気が酸素を奪い、心臓の鼓動が胸を突き破るかのように激しくなる。体全体が冷や汗でびっしょり濡れており、その冷たさが恐怖をさらに増幅させる。周囲の闇が、恐ろしい影や音を想像させる。その場に閉じ込められた感じが、脳内の恐怖を一層強める。見えない何かが近づいてくるような感覚に、息が詰まりそうになる。恐怖という感情を知らないというわけではないけど、まさにその感覚が身体全体を支配している。息が苦しくなる一方で、心の中では、絶望感と戦いながら、どうにかしてこの恐怖から逃れようとする必死の努力を続ける。どこかで冷静に現実を見つめようとしているが、恐怖の中ではその冷静さも今になると難しい。

 (キィーン)

 入ってきた。この部屋に。わざわざ。もしかしてもうわかっているのか。それよりケイトは。そういえば奴がここに来たと感じた直後にあいつのシグナルも消えた。おそらくMIR_AIの機能に通信をジャックできる機能があるのだと考えていたからだろう。MIR_AIでの会話は下手したら奴にばれる可能性がある。そういうためだろう。ただ現実的に考えてバレる可能性よりも死ぬ可能性を重視するのがケイト流だ。わざわざそんな面倒なことしないと思っていた。とりあえず暗闇の中ケイトを探す。相変わらず奴の音はドア付近で鳴っている。俺たちを弄んでいるのか、はたまた本当に気づいていないのかはさて置き、さっき豆電球をつけていたところを凝視する。明るい場所がいきなり暗くなると目が暗闇になれるのには時間がかかる。数秒間その場所を見つめた。ケイトどこに隠れた。嘘だろ。あいつは隠れていない。ケイトは今もなおドア付近で棒立ちとなっている。口を手で覆いなんとか音を出さないようにしているようだ。手で口を押えているが手が小刻みに震えて何も動けていない様子だ。ドアを開けられたら一瞬で死んでしまうかもしれない。このままだとケイトが殺される。だめだ少しだけ目線を動かすとゴミ袋の隙間からドア付近を少し見渡すことができた。ケイト……?ドアから差し出す光。下をみると若干黒く映る丸い形が二個。あれは、足だ。いや隠れられなかった。シグナルが消えたのは単に怖くなっただけなのかもしれない。そういや刺客はどこだいきなりの刺客に、ドアの裏に隠れること

 (コツン)

 ああくそ。この音聞くだけで脳内の考えがストップする。ずっと部屋内を探索しているようだ。俺はここにはいない。俺はここにいはいない。俺はここにはいない。どうだもう帰ったか。

 (コツ)

 止まった……。もしケイトのほうに止まったのなら目線が向かないために俺が注目を引かないといけない。さっきの隙間から刺客を探す。俺がするべきなのは……あ。今俺と目が合った。短髪の男性。青白い肌。紅い目。大きく開いた目。黒いパーカー。左手に拳銃。そして……あいつの左腕がどんどん高くなっていく。拳銃の銃口が。俺に。避けられない。どうして。どうして。もうここまでか、すぐ逃げ出さないといけない。でも恐怖で足が動かない。いや、恐怖とかそういう気持ちではないのかもしれない。何をすればいいか分からない。頭が真っ白になる。考えるという行為が脳として行われなくなって、ただ銃口を眺めることしかできないのだろう。拳銃の引き金を引いたら俺はどうなるんだろ。そんなことばかり考えて目を離せない。むしろだんだんと気持ちが高ぶってくる。気持ちいくらいに。鼓動音が聞こえない。すまんなケイト。

 (パァーン)

 部屋中に響き渡る鼓膜が破れるかと思うほどの大きい銃声が鳴った。俺は驚いた反動で体でビクッと背中が動いてゴミ袋が1、2個崩れる音がした。それと同時に驚いきで目を瞑っていた。しかしもう一度目を開けるとそこには、いつの間にか部屋に入っていた男が血を流して倒れ、その後ろには拳銃で撃ったのだろう無表情のケイトが立っていた。ドアの後ろで隠れていたのが死角となったのだろう。男は「アアイ、アアイ」と呟きながらもがいている様子だった。死ぬ準備ができていたのに救われたとなるとこっちからすると生きている実感がない。俺がどうすればいいかあたふたしていると、いきなりケイトが立った状態から、膝から崩れ落ちた。「ケイト……!?」俺は驚きで未だ何が起こったのか理解しないままケイトに投げかかる。

「ああ、ああ嘘……。」

「死んだの……死んだの?」両手を床に置いて泣き始めた。

 涙声のままで聞き取りにくかったが、どうやら俺を助けようと背後から拳銃で撃ったらしい。俺がケイトを守ろうとした行動だったのに逆に守られる展開となってしまったのは完全に自分の落ち度だ。それに銃口を向けられた瞬間俺は考えることを放棄した。だからケイトが拳銃を打つしかなかった。ケイトは今もなお泣いている。ケイトは命を奪ってしまったという事実に責任を感じているんだろう。本当は静かにしないといけないのだろうが、それよりもケイトを落ち着かせるのが先だ。こういうとき俺はなにをすればいいのだろうか。背中でもさすればいいのだろうか。ただ大丈夫か、と声をかけてもケイトは全く反応しない。ケイトの目線を見るとおかしいことに気づいた。何かを探している。ケイトは自分の鞄から何かを取り出そうとしていた。正直ケイトの声が大きすぎて全く気付いていなかった。数分間探そうしてもなかったみたいで、今度は俺に親指と人差し指で作った拳銃?のようなハンドサイン両手で2つを合わせて長方形を見せてきた。そして左手の人差し指と右手の親指を形を保ったまま離したりくっつけたりしている。これは……きっとカメラだ。何かに使いたいんだろう。俺はまだ「大丈夫か?」と声をかけたまま、腰掛バッグの奥底から小型カメラを渡す。俺の右手からケイトの左手に渡した瞬間、もっと大きい音量で「うわぁぁぁぁんごめんなさぁぁぁい」と叫んだ。うるさっ……と思いっていたが、ケイトに少し注目すると、ケイトが目を瞑ったままの侵入者を写真で撮ろうとしていたのが分かった。ただシャッター音なんて既に消しているのにわざわざ大音量でシャッター音を聞こえないようにしていたのは理解ができなかった。ケイトは写真を撮ると、急いで研究所の内側のドアから出て、俺も背中を追った。

「本当に、ごめんあさい。本当にごめんあさい……」泣いたままケイトは研究所内部へと急ぐ。

 俺もあわててケイトの後を追った。死体を放置したまま、しかも銃声含め俺たちはかなりの音量を出している。そんな中研究所の外に出るのではなくより内側へと入るケイトに俺は違和感を覚えていた。ドア内部は駐車場となっていた。声も響くし、見通しのよい。侵入者が居たらすぐわかってしまうような場所だろう。しかし今夜の駐車場は電気が数個しかついていなくかなり不気味だ。黒のパーカーならもはや闇に溶け込めるぐらいだ。そういえばあの死体も黒いパーカーをつけていた。あれが俺みたいな泥棒を図る同業者なのか、いや同業者ではないが、それとももっと裏がある人物なのかは俺には分からない。走ってるうちにケイトとの距離がだんだん近くなっていた。俺が20秒ほど走ったころにはすでに追いついていた。

「なぁ……さっきなんでカメラなんて撮ったんだ?証拠撮って何になんだよ。」

「アレックス知らないっぽいけど……あいつ生きてるよ。」息を切らしながらケイトは言った。しかもあんなに泣いていたケイトがいつものケイトになっている。気味が悪いくらいに。

「え?てか殺して泣いてたんじゃないの?」

「あんなのいつもの演技だよ。泣いてたのはカメラのシャッター音とか探す音がバレない為。あんときドアに隠れたのは単に入った奴が注意しにくい位置だったから。だからアレックスに銃を向けているときに私が銃を打てた。あれさ。MIR_AI+の通信で誰がどこにいるのかバレるのかもね。拳銃なんか使ったことなかったから、イチかバチかでMIR_AIに運転任せたんだよね。どうせ死ぬからいいだろうって。んで使った瞬間即バレ。ただ……あいつ私が銃を打つ瞬間ほんの少しだけ体をずらしてた。たぶんあれ心臓の位置ずらしてたみたい。だから倒れたのは死んだふり。このまま放置してたらまた襲ってくるよ。通信察知なんて、一般ではそんな機能なんてないから、あの人は研究所内の人間なのかもしれないね。もっと裏がありそうだけど。」

 「研究所内の人間って……」

 寒気がしてくる。俺らはもう戻れないところまで来ているのかもしれない。ただそんなことなど置いといて、俺は感心するどころかもはや感動を覚えていた。あんな一瞬の出来事から回避から情報収集まで計算でここまでたどり着いた。並大抵の努力でできることじゃない。俺はというといつも打算で物事を決めるいい加減で何事も全力で戦わないと勝てない節だ。もはやケイトとは真反対だろう。演技の仕方……というかレベルに驚かせられたが、ドアで隠れていた時のケイトとは本当に全く違う性格を持ち合わせている。今思い返すと、真面目なケイトと冷静なケイトは似ているようで違う。まるで……いややめておこう。

 「?じゃあなんであいつは俺らを見捨てたんだ?あっちはそのまま殺せたじゃないか?」

「さぁ……様子見なのか試してるのか、はたまたあの人なりの考えがあるのか……」

「これからどうする?」今までの出来事から計画どおりの行動ができるはずがない。その意味も込めてケイトに質問した。

「それは、アレックスが決めることだから。」


 俺らは今15分以上駐車場内を走り続けている。走って気づいたのは、明らかにサっちゃんの足音が鳴っているということだ。サっちゃんというのは、俺ら二人で名付けた死体(仮)あだ名だ。ぶっ殺し野郎→殺っちゃん→サっちゃん、だ。あいつの正体が一体何か分からない故呼び名がないとキツイ。最初は二人ともずっと『死体(仮)』と呼び合っていたが、よく考えると死体が既に動いてるくせに死体はおかしいとなりこのあだ名となった。コツコツ。革靴の足音が今も聞こえている。何とかサっちゃんが倒れていた時にケイトが拳銃も回収してくれたらしいが、もしかしたらスペアも持っている可能性だってある、暗闇の中、サっちゃんがどこにいるかもわからないまま逃げ続けている。心臓ではないにしろ、体の胸部を打たれているのに動いているというのはやはり不気味だ。駐車場にある血を避けて走ろうとケイトは提案していたが、今のところ血が付いたコンクリートは見つかっていない。既に止血しているのか、背後をつけられているだけなのか分からない。そんな感じだ。ケイトはというと、拳銃を両手で構え冷静だ。今のところ恐怖で怖気づく様子はない。俺は俺なりの考えがあるため、さほど恐怖はない。いざあの時のように銃口を向けられたら、今度こそ頭が真っ白になると思うが。

 「はぁ、はぁ。あのさ……。さっき非常階段見つけたよね?サっちゃんに階段先回りされないために私先陣切って走ってたのに……。」ケイトが息切れし始めている。コンクリートは固く、音を出さずに走るというのは精神もすり減るだろう。

「それは大丈夫。まだサっちゃんの音は聞こえてるから待ち伏せの可能性はないはずだ。本当は、観察時に外から撮った研究所の画像と内部のデータが同期できればいいんだけど……。流石にリアルタイムでMIR_AI+の通信を行うと一瞬でさサっちゃんに位置情報バレるだろうし……。」

「だからずっとカメラ眺めてるの?それに、あんただけこんな足音立てたら最初からバレてるわよ。」どうやら俺はケイト以上に足音を出していたようだ。なんとか言い訳を作り出す。

「いやまぁ足音は時間稼ぎになるかなって。サっちゃんを誘き寄せるための。あと俺が見てるのは”カメラ”じゃない。」

「はいはい、”俺なりの考え”ってやつでしょ?見つけた?」ケイトは眉をひそめて呆れたように声を出す。

「あれ、あれ!?これだ。やっぱ俺の仮説合ってた!うっしゃおらあ!」相変わらず聞こえるサっちゃんの足音。暗闇をずっと歩く恐怖。ケイトの呆れ声。様々なものが精神をすり減らすこの状況。そんな中俺の手で一筋の道を作りだした。俺は安堵と興奮でガッツポーズをし喜びを表現する。走りながらガッツポーズする気持ちよさは計り知れない。

「なんか見つけたの?」

「MIR_AIネットワークのネット名見ろよ!」俺がケイトに向けて言うと、ケイトは左耳上部のMIR_AI+をタップした。

「えっと……AI開発ラボ_B……。はぁ!?さっきから走ってきたネットワーク名の情報で地図作ってたの?今!この状況で!私が居ながら!?」さっきまでの小声が吹っ飛ぶくらいの大声を出す。

「こんな暗闇だったら逃走経路も図れないでしょ?この駐車場の上は研究室。暗闇の中何百個の部屋を闇雲に探すより、ずっとここでサっちゃんを足踏みしてたほうが生きる可能性は高いはず!」俺はたっぷりの笑顔で自慢した。ケイトは呆れた……。と言いつつ近くの階段を探す。

 張り込みで分かったことだが、この国立研究所は大勢の人数が出入りする。このMiKo研究所内はおじいちゃんみたいなAIを目的とした研究の開発だけじゃない、工学、農学、生物学、様々なものを研究できるスペースがこの研究所内に設けられてある。それだけじゃない。研究員のほかにも、研究所内には研究員を補佐するために設置されている企画支援部門というのがある。これは研究員における予算の見直しをしたり、研究のスケジュール管理だったり、来賓者の接待だったり沢山の仕事を担当している。本当はそこまで知る由などなかったが、おじいちゃんが昔、自分の研究所の構造について少しだけ教えてくれたのを覚えていた。それほど沢山の人数が関わるとなるとMIR_AIインターネットの回線が混みあわないようにルーターが大量に必要となるはずなのだ。ここは最先端が集う国立研究所。たくさんの研究員がここで研究をしている中、分かりにくいインターネット名は混乱を招くだけであろう。それにここは研究所真下の駐車場。インターネットもギリギリ通じる。だからこの作戦が成功したのだ。AI開発ラボ_B。……きっとこの近くにおじいちゃんのお墓が眠っている。

「階段あった。」ケイトが駐車場の角よりほんの少し左の入り口に指をさす。

 ケイトのそばに近づいて、俺はMIR_AI+をタップしてインターネット名を探す。生物ラボ_Cと医学用事務室が映っている。さっき走って作った地図によると、開発ラボは生物ラボの方向から壁沿いで歩くと見つかる。

「よし、こっから少し歩けばすぐ開発ラボへと行ける。行くぞ。」

「了解。こっからはマジで音に注意して。」

 俺は早速階段を上っていく。階段は駐車場の様なコンクリートではなく、スーパーなどの床に舗装されているタイルのような質感であった。おかげで足音が響きにくい。しかしその代わり、駐車場は一応少しだけ所々ついていた電気が、階段からは全く付いていない。俺は右足で階段のジグザグを捉えながら一段、もう一段と進む。見張りの時に観察した研究フロアにも一部を除いて全く電気がついていない。階段は上に上るだけなので足の感覚に頼るだけで十分だが、きっと複雑な研究フロアになると、手でドアを触って確かめないと進めないぐらい何も見えないだろう。改めて地図を作っておいて正解だったと思う。十数段上ると、階段の出口、というかもう一つのドアがあることに気づいた。なんとか上りきれたみたいだ。

「ねぇアレックス……。」ケイトが小声で話し始める。いつの間にか俺の背中にいたケイトが俺の横に並んでいた。

「どうした?」

「ここって”北口”付近だよね?大丈夫かな。」

 北口……。ケイトが外で観察していた時にうっすら電気がついていたという場所。近くいるのは警備員なのか研究員なのか。階段の入り口は全てかなり厚めなドアで閉じてはいたが、駐車場フロアで銃声も出しているためこちらの侵入がバレていないか心配だ。もう研究フロアでは警備員が警戒態勢に入っている可能性だってあるかもしれない。この駐車場フロアで俺は地図を作っていた。それはサっちゃんによる追いかけないことで上のフロアの時間稼ぎをしていた可能性だってある。待ち伏せでもされていたら大変だ。一応俺は出口のドアの前でケイトが押収した拳銃を構えた。

「あと……。私たち駐車場で一周以上走っていたけど道中に血が全くなかった気がするんだけど。」

「本当か?地図作成に気を取られて気づかなかった。ゴミ袋スペースは通ったか?」

「ごめん暗すぎて周りの状況は分からなった。でも一回はそこに通ったのは確か。なんか……奇妙だね。」ケイトは頭の中で何か考えている様子だった。

「どっちにしろまだ油断はできないって話だ。俺らは早くラボに向かうぞ。」

 

 雑談を終えドアの先へ踏み込む。暗い。駐車場のように周りが見えない状況と違い、ここはまさに自分が見えないという状況だった。目が慣れるとかそういう話ではない。光がそもそもないから目が慣れても暗闇のままなのだ。とはいえ手で壁を触ることである程度の構造は分かった。今俺たちの目の前には二つの分かれ道がある。右と左。右へ曲がるとさらに研究内部へと入る。左に行くといったん壁にぶつかって、右に曲がっている。確か地図では開発ラボは壁沿いにある。となると左だ。俺は左の道を曲がって、ケイトもその後をついっていった。

 左の道を曲がると角部屋があるのに気付いた。周りの研究室や事務室とちがって、ここは窓が全くなくドアだけが取り付けられた部屋だ。またオセロの角のように、壁に接する形で二つの部屋に囲まれているようだ。こんなところが例の開発部屋とは微塵も考えていなかったが、俺はここがどんな部屋なのかを確認するために反射的にWi-Fi設定を開く。生物ラボ_Cと医学用事務室という二つのインターネット名が交互に上に行ったり下に行ったりしてる動作。この部屋自身にはWi-Fiがない。恐らく倉庫なのだろう。

「この部屋にWi-Fiある?」

「残念ながら部屋自身には無いよ。多少周りのインターネット届くけど、今のうちにネットワークで何か調べたいのなら隣の事務室とか_」

「この部屋のほうがいい」アレイはそう言って何も躊躇いなくドアを開いた。俺もケイトに釣られて一旦周りを見渡したのち倉庫へと入った。


 部屋の中は外と同じ何も見えないような暗闇だった。手袋越しに伝わる感覚で、周りに大量の段ボールが積まれているのがわかる。サっちゃん襲撃以来ポッケに突っ込んであった豆電球をつける。豆電球で部屋全体を照らすことはできないが、これである程度の視界を得ることができる。段ボールに書かれている文字を見る。BA410E_生物顕微鏡。組み立て式水槽20セット。ガラス容器。割れたガラス容器回収BOX。生物関連のものが多く置いてある。

「これって、生物ラボで使っている倉庫だよね?隣は生物ラボだし、ここで何しようとしてるの?」

「いや……アレックス気づいてないみたいだけど階段の時から息上がってたから休憩しよっかなって。さっきから駐車場ノンストップで走ってたじゃん?私も結構疲れちゃって。」

「一刻を争うんだぞ?こんなことで休憩しているほど時間は残っていない。サっちゃんも今俺たちを追っているはずだろ?」

「休憩はもちろん調べものを兼ねて、ね。ここは窓もなくて、普段使われなくて、VPN使えばインターネットも使える。この位置だったらサっちゃんに気づかれにくい。今の内になにかここで調べたほうがいいでしょ」

 サっちゃん、調べもの。サっちゃんについて調べること。

「写真か?暗くてよく見えなかったし確認もしてなかったもんな。写真越しならMIR_AIのおかげで自動明るさ調整ができているはずだ、」

「それもあったね。急いでてサっちゃんから逃げることしか考えてなかったし。見るなら今しかないね。」

 ケイトはそういって、先ほど撮ったであろう写真をMIR_AIに読み込ませて、手を動かしていた。MIR_AIを何回か人差し指でタップしたのち、ケイトが豆電球で周りを照らすために持ち上げていた左手を急にブランと力が抜けていた。豆電球で照らされた半径2㎝ほどの床の円が黄色く光っている。

「アレックス……。いま加工した写真送った。しっかり見て。」

 ケイトがこうやって手が止まるとき、何か悪いことが起こったときの合図だ。サっちゃんの襲撃だって、今だって。体が止まるのは、この危険な状況を突破するために、すさまじいほど脳の回転を行っているからだ。そのために体全体のエネルギーを極限に使わないためにピクリと動かなくなるのだ。今回はなんだろう。サっちゃんが実はお爺ちゃんだったのか?それとも親戚?もしくはケイト自身?どんな結果になろうと受け入れないといけない……。そう考えながらMIR_AIをタップする。ホーム>アプリ>連絡先>お気に入りのフレンド>ケイト>新着のメッセージ1件。

 「嘘だろ……。意味わかんねえよ……。」

 写真に写るのは、爺ちゃんでもなく、親戚でもなく、ケイトでもなく。サっちゃんは。

 何もいなかった。

 あの時いたはずの。

 血を流して倒れたはずの。

 追いかける革靴の足音が聞こえたはずの。

 写真に写るのは、あそこで倒れたはずのサっちゃんがいない、ゴミ部屋の床だけが映っていた。


 「……。サっちゃんはなんか特殊能力でも持ってたんじゃねえのか?その……写真から抜けだすみたいな?」

「馬鹿じゃないの。そんなもん現実にあるわけじゃないでしょ。写真に写ったということは、”これ”は確実に今日、あそこで実際に起こった出来事。こんな現象を裏付けられる唯一の可能性があるとしたら……。」

「あるとしたら?」

「集団幻覚……か。」

「はぁ!?そっちのほうがありえねえわ!殺されかけて、死体もみて、追われまくって!そうやって万能な”幻覚で勝手に襲われました”で片づけるほうがよっぽど立ち悪いだろ!伏線バリバリ貼って、あんなに世界観について考察が盛り上がった漫画が『実は夢落ちでした♪てへぺろ』って最終回迎えるくらいおもん無いわ!」俺はこれでもかと長々とケイトにたいし怒る。もちろんサっちゃんにばれない様に声を漏らすように、だ。

「なんか私地雷踏んだみたい。でも集団幻覚というのは理にかなってる。過去にだってそういう事件がたくさんあったし。」

「それは都市伝説の話だろ。本人の脳の疾患による個人の幻覚じゃない、同じタイミングで同じものを集団で見ることなんて不可能だろ。」

「できるよ。これ。」

 ケイトはMIR_AIを指さしながら答える。

「自動明るさ調整、脳内音声ツール、AR・VR視界機能……、MIR_AIは視界をつかさどることができるでしょ」

「え……いやちょっと待ってくれ。それは俺らの意思を介して行われるはずだろ?勝手にそんなことが起きるのかよ。」 「『K』っていったら分かる?」

 俺らは本当に手を出してはいけない領域に踏み込んでしまったのかもしれない。俺たちはあの時、サっちゃんを見る幻覚を"K"に見させられた、ケイトはそう言いたいのだろう。そうなると、俺らは既にKの射程範囲内ということではないか。暗闇の部屋を唯一に照らす豆電球は心なしか、ろうそくの炎のように気味悪く揺らめいている気がする。なのに相変わらずケイトは無表情で焦りの顔を見せない。あの顔を見ると心強い奴だ、なんて思うが今回ばかりはそんな能天気なこと考えてられない。俺がこの侵入計画を立て、実行に移した張本人なのに、この状況下ではあいつに希望を託すことしかできない。安心するような懺悔のような恐怖のような。自分で気持ちを整理することができないくらいに。

「分かった。全部分かった。ここからどうする?」

「何を言ってるの」

「え?」

「Kに侵入バレて、MIR_AI越しでこっちの居場所も割れて、最終的にこの角部屋に追い込まれた。逃げる場所もない。要するに……」

 暗闇のはずの廊下から足音が聞こえる。サっちゃんと同じ革靴の音。でもかすかに音の響きが違う。はっきりわかる。これはMIR_AI越しで弄られた偽りの五感なんかじゃない。体中から感じる汗と鳥肌、本能で感じている、”本物の五感”。この音はまさに自分のメンタル、プレッシャーを押しつぶすような重厚感と絶望を感じる。何も考えられない。あれほどサっちゃんから生き延びた時に自分で反省したはずなのに、何も感じない。所詮何も変わらなかったんだって。

 革靴の音が止まった。暗闇でほとんど見えないけど。窓もなくて分からないけど。ドアの向こうに、ろうそくでともされた黒い炎。形はすこし大きい。

「詰み、ってこと。」「これで終わり。」 ケイトの声と同時にドアの先から男の声が聞こえた。

 (ダァーン)

 ドアが勢いよく開く。男の恰好は分からない。身長は170㎝ほどの細身だろうか。なんとかこの一瞬で集められる情報を集めておきたい。体は恐怖と絶望で動かなくとも、目はきょろきょろと何故か動く。見つけろ、見つけろ。もう時間は残ってない。ケイトを守るためにも。俺は男がいまどんな装備を付けているのか探す。右手は……何もない。左手は……何もない。そう思っていたがあいつの左手は何かを握っていたような形をしていた。暗闇でも見にくい、つまり黒色の何か……気づいてしまった。奴は”本物”の拳銃を持っている。今の俺らには太刀打ちできるはずがない。ただ何か。何か変えられるなら。先ほどまで動かなかった足が動いた。これは自分の意思で……とかではなく、反射的に。ただあいつを止めなければという気持ちよりも先に体が動いていた。まだ奴はこの部屋に入ったばかり。まだ目が合っただけだ。あいつの銃の標準を定めるよりも先に体でタックルでもしてしまえば、あとは無理やり抑え込むだけだ。俺は体をしゃがませた体勢で奴に向かう。足音はこの小さい部屋音ではかなり響いて、俺が一歩動いただけで、奴は、左手で標準を合わせに来た。ずっと俺の目を見ながら。まるで狩りを行う野生の肉食動物のようだ。正直、体が勝手に動いているだけで本当は今すぐにでも逃げ出したい。俺のメンタルは残ってない。ただ”しないといけない”という使命感が背中から抑えつけられているようなのだ。おじいちゃんの呪いなのかもしれないが。

 奴にたどり着くまであと三歩。

 まだ標準を定めだしただけだ。まだ銃口は俺の目線より上だ。

 あと二歩。

 そろそろ標準が定まりそうだが、奴は微調整をしている。

 あと一歩。

 銃口が俺の目線ジャストに定まった。しかしまだ引き金を引けていない。

 勝った。勝った。おれの勝利だ。あと一歩のところで俺は右手を伸ばす。奴が持っている左手の拳銃を奪うために。

「うお――――――!」精いっぱいの声で自らを鼓舞する。詰み状態を、俺がぶっ壊す。

(カチっ)

 いつの間にか暗闇だった倉庫部屋は、電気がついた明るい部屋へと変わっていた。いきなりの明るさに目を瞑る。一瞬だが奴がこっちに目線を向けながらノールックで右手で電気のスイッチに触れていたのが見えた。(ブラフかよ……。)俺をわざと見続けて注意を左手に向けた。最悪だ。こんな原始的なトリックで負けるなんて。一瞬の目の瞬きを。奴が見逃すはずなかった。

 

 ビリ。

 

 体は床に打ち付けられ、もう動かすことができない。それどころか眠ってしまいそうだ。顔が横向きで倒れる。視線の先にはさっきの男の足が見える。意識がもうろうとしながらも、顔を少しずつ少しずつ仰向けの状態へ動かす。ぼんやりとだけど、なんとか奴の顔を見た。髪は茶髪で、白衣をきて、右手はいつのまにかポッケに入れて、眼鏡の男性。見たことはない気がするが、既視感がある。どこかで会ったのだろうか……。


 


 気が付いたら俺はソファの上にいた。恐らくソファの上で寝ていたのだろう。ここは一体どこだ。そもそもなんでここにいるんだ?ケイトがいない。喉が渇いた。なにか飲めるものはないだろうか。あたりを見渡すと、俺が上で寝ていたソファのほかにも机やカウンター、観葉植物までおいてある。ところどころの電気は消えているが、いま俺が寝ていたソファの頭上にもライトがあり、それだけは点灯していた。あれ。ライト……電気。そっか。やっと思い出した。俺はあの時奴とのスピード勝負に負けて拳銃で撃たれた……。そういえば俺はまだ生きているな。頭上のライトを頼りに服をめくる。おかしいな。撃たれたはずの右わき腹に傷がない。撃たれた時は右わき腹に激痛が走っていたのに今はなんとも感じていない。電気ショックでも与えられていたのか?あの時はうっすらで、暗いということしか分からなかった。しかも傷に注目して忘れていたが、俺は服をめくることができる。針などで生け捕りにしようと思ってたなら縄で縛るなりしているはずだ。ますます奴のやることが分からなくなっていく。そもそもあれはいったい何だったんだ。

「よう、起きたか。」声の先は、自分の目線先にある通路から出てきた男の声だ。倉庫で聞いた奴の声とそっくりだ。男は飲み物を両手に持って眠そうに目をこすっている。

「ケイトはどこだ。」ここまで声を発していないため気づかなかったが、侵入時から全く飲み物を飲んでいなかったため、声がほとんど枯れているのに気付いた。

「ははっ。やっぱ買っておいてよかったわ。ケイトなら生きてるよ。それよりミルクティーと水どっち欲しい?」

「……ミルクティーで。」

 俺がそう答えると男は数メートル先からペットボトルを投げる。ケイトの居場所を教えてくれないことに少し引っかかる。

「安心しろ。毒なんか入ってねえよ。」

 黙って蓋を開けてミルクティーを飲み込む。侵入してからずっと飲み物を摂取していなかったため、喉が潤うのを感じる。本当はこの状況に違和感や危機感を覚えないといけないのだろうが、今はただペットボトルの液体を大量に口に流し込むことしかできない。こんなに喉が渇いていたのに気付かなかったのは、それほど俺はあの時必死だったのだろうか。飲み物を半分飲みつくして、さらに周辺を見渡すと、後ろに全面ガラス張りの窓があることに気づいた。ガラス越しに草で生い茂る庭がうっすらと見える。侵入時よりもかなり明るく感じる。ふと気になった。

「今の日時はなんだ?」

「えっと……。1月3日の午前5時15分。」

 侵入した日時もたしか1月3日だ。侵入時が午前二時半ほど、ラボエリアにいたのは3時ぐらいだったから、ざっと二時間ほど寝ていたのか。電気ショックで倒れさせた後なら何時間でも麻酔を刺して眠らせることも、殺すこともできたはずだ。なんとなく男の思考パターンが分かってきた。拳銃で殺さず、ケイトを生かして、飲み物を買ったり、縄で縛ったりもしない。男は決して恐怖を与えようとしていないのだろう。あくまで俺と”対話”を望んでいる。そのように感じた。侵入時の時の対応とまるで違う。違和感しかない。ペットボトルのミルクティーを飲みつくして問いかける。

「お前が”K”なのか?」




 フロリド博士が失踪してもう8年も経過した。俺は今日も深夜の研究所で事件解明に勤しむ。

 

 フロリド博士が失踪したと発覚した前日、俺はフロリド博士と会っていた。といっても、内容は業務連絡と安いチョコを差し入れただけの他愛のない会話だった。でもまさかこれがフロリド博士との最後の会話だとは思っていなかった。『フロリド博士が失踪した』というニュースを見た当時は、フロリド博士のちょっとしたいたずらだと思っていた。フロリド博士は、MIR_AIなんていう人類を救う機器を開発してからというもの、メディアにもイベントにも引っ張りだこでやつれている様子だった。だからきっと、少しだけ休憩したくて世間の目から消えたんだと。そして気が向いたら、また素晴らしい物でも作ろうとしているのだろうと。研究所内ではいつもふざけて、周りの人を色んな物事に巻き込んでいた。うるさくて、面倒くさくて、でも人間味がある人。フロリド博士を信頼していたのは俺だけではなく、研究員のみんなもそうだった。だからみんな、フロリド博士が帰ってきた時に、「何か驚かせてやりたい」と自分で何かを作っているようだった。俺の場合はデータベースの修正に対し尽力することにした。でもまさか8年も帰ってこないとは思わなかった。クローズドデータベース。何者かによる不正アクセス。これにフロリド博士が巻き込まれていたんだとしたら、心配で心配で気が気でない。MIR_AI開発から半年。国連から新たな研究所の研究員として、開発の初期メンバー全員に招待メールが来た。俺はフロリド博士の行方を捜すために、この研究所に残った。ほとんどの初期メンバーは新しい研究所のほうに行ったが。フロリド博士が失踪したのがデータベースの一件が理由なら、俺はその責任を果たさないといけない。その一心でこの八年間、フロリド博士について追ってきた。


 いつものようにフロリド博士のMIR_AIアカウントから、過去5年分の位置情報をみて何かに接触したか探していると、一瞬だけアカウントがオンライン状態になっていたのに気付いた。位置情報を見ると国立研究所Miko周辺。現在2時33分。こんな深夜にフロリド博士が寄り道して研究所を見に来たのか?嬉しさはあったが、8年間も音信不通だったのに真っ先に研究所に帰ってくるのか?家族からの連絡も来てないぞ?あの人はそんな人ではないだろう。

 (ピコン)

 ……!この音は研究所内のロックを研究員が外側からログインしてことで入ったことを知らせる音。いやな予感がして研究所のセキュリティを解除したログイン履歴を見る。

 2:34 User ”Lab_0000_Frolid” logged in.

 間違いない。フロリド博士のアカウントが研究所からログインしている。俺は目をぎゅっと瞑って深呼吸をする。MIR_AIは物理的に複製することはできないはずだ。深夜にこっそり侵入してくるなんて怪しいに決まっている。こいつは本物のフロリド博士のMIR_AIを使ってセキュリティを突破してきた偽物だ。本物となると悔しいがフロリド博士は……。ただ自分にとって、悲しみに明け暮れるほど八年の恨みはそう薄っぺらいものではなかった。こいつがフロリド博士を死に追いやった犯人なんだ。のこのこと研究所に侵入して何がしたい。裁きを受けずのうのうと過ごしているお前には吐き気がする。怒りに満ちて満ちて満ちまくる。絶対に殺してやる。殺してやると。


 俺は今南口に向かって走り続けている。ログイン履歴のプロバディにはどこでログインされたのかもしっかり表記されていたためクソ野郎の居場所はすぐに分かった。深夜の研究所は一歩先が暗闇で、前が見えずらく時々迷子になることもある。幸い、開発ラボから西口までの道のりは直線だけなので、 今回は自分がどこか見失うことはないし、数分で行ける。もう少しでフロリド博士の復讐を晴らすことができる。八年間の復讐劇に終止符を打てるのだと。ただ俺はとても大事なものを見落としていた。敵がどのような人物なのか把握できていないということだ。一応拳銃はもっているが、相手は更なる兵器などを所持しているかもしれない。フロリド博士を消そう、と考えていた奴なんて頭がおかしいに決まっているからだ。研究所の角を曲ろうとしたらへんで一旦引き返した。このまま突っ込んだらフロリド博士の復讐が水の泡になる可能性がある。様子見をしないといけないと考えたからだ。


 とりあえず開発ラボの中で、西口近くのMIR_AI使用者がいるか調べみた。この開発ラボにはMIR_AIを開発当時、デベロッパーツールとして作られたシステムアプリが多く保管されてある。研究用でしか使ってはいけないのだが、このシステムアプリの存在を知っていた初期メンバーは既によそに移ってしまっているので正直不正利用していてもバレない。どういう仕組みなのかというと、MIR_AIの機能の一つ、『遭難シグナル』というものを使っている。使用用途は名前通り、遭難したときに本人の意思で特定の周波数で救難信号を送ることができるという機能だ。そして、この機能を逆手にって、逆にこちら側から遭難シグナルのコマンドを勝手に実行すれば、簡単にMIR_AI個々の位置情報を取得することができるという仕組みだ。この機能はフロリド博士が『応答シグナル』という隠し機能で、完成版のMIR_AIにも搭載している。応答シグナルはこのシステムアプリでしか実行できない。マウスの左クリックで『実行』ボタンを押す。

 

 応答シグナル実行中……

 結果;

  US_473924563_Alex : x= y= z=

  US_473924822_Keito : x= y= z=

  Lab_0000_Aley : x= y= z

 

 Labタグは研究所のアカウントなので消去法で、上二つがフロリド博士のアカウントで不正にアクセスした二人ということだ。座標も1,2mしか誤差がないため仲間というのは間違いないだろう。アカウントが割れたらあとは簡単だ。別のシステムアプリから、アカウント名を入れて視覚をハッキングをする。懐かしいな。8年前にもこんなことしたっけ。フロリド博士から受け継いだ唯一のもの『パスキー』。これを入れて実行を押すのみ。


 あたりがゴミ袋だらけの映像。どうやら西口横のゴミ回収室から入っていたようだ。たしかにこっちのほうが隠れやすいし、探し物もみつかるのだろうか。近くにはもう一人の仲間がいるようだ。お互い豆電球をつけているようだが、それでもカメラ越しに見ると暗くて顔が見えない。MIR_AIのユーザー名で戸籍を調べることなんてできないので、今は何も手がかりをつかむことができない。

 「ばかー!何してんの?ゴミ袋音だすしここで探すのに時間もかかるでしょ。それだったら……」

 どうやら、さっきの仲間に怒られているようだ。映像元の人間はかなりの素人と思える。ただ相方のほうは冷静な判断ができていて危険だ。二対一で戦っていたらただではすまされなかったであろう。普通に戦かうこともできない。となると遠隔で二人を操作するしかない。もちろん体を操作するなんてそんな危険な機能はMIR_AIにはない。できるとしたら偽物の視覚・聴覚を2つ同時に流して誘導することだ。二つの機器はリアルタイムで座標を更新しているため、追い詰めた瞬間に自分がつぶしてしまえばいい。そう考えた。


 計画はすべてうまくいった。多少二人が駐車場からラボに行くまで時間がかかっていたが、サっちゃんに追われているという危機感を募らせることで、本人たちにプレッシャーを与えることができた。さらに殺害場所として目星をつけていた倉庫に二人で入っていったため、あまりの段取りの良さに笑みがこぼれた。ただ唯一変更した点として殺すのを後にすることにした。フロリド博士がどこにいるのか、なんのために来たのか、あの人にどんな危害を加えたのか、全部吐かせないといけないと考えたからだ。そこでいったん気絶させるためのテーザーガンを武器にして生物ラボ倉庫へと向かった。


 計画はすべてうまくいった……はずだった。暗くて全く分からなかった。アレックスをテーザーガンで撃ったことで自分の罪の重さを初めて知った。電気のスイッチを押して、ようやくクソ野郎の顔が暴かれると楽しみにして下に視線を落とした。だが実際はアレックスがもがいている様子だけが目に焼き付けられた。フロリド博士の孫が犯人なわけないだろ?嘘だよな?当時確か9歳だったよな?え?嘘だ?そんなわけない。あいつが?

「アレイ博士じゃん。何しに来たの?」

 ケイトがアレックスのずっと後ろで壁に貼り付いて体育座りをしていた。鋭い目でこちらを見つめている。テーザーガンを奪おうとしていたアレックスよりも目力がある。

「ケイ……ト?お前は何しにやってきた……?」

「フロリド博士の遺品と協力者探しに来た。」

「え?何の……ために?」

「うーん……。この状態じゃ流石にね。一つだけ質問していい?」

「なんだ。」

「フロリド博士が失踪したことに心当たりはある?」


 俺はデータベースの一件から8年間フロリド博士を追っていることと、その中で集めた証拠に関してケイトにすべて伝えた。アレックスもケイトもフロリド博士を慕っていた人物だ。アレックスに関してはフロリド博士の孫でもある。ケイトはテザーガンで追いつめられた時も普通にこちらに喋りかけていた。かなり肝が据わっていた。二人とも何か覚悟して研究所内に侵入したのは言われなくても感じ取っていた。そんな二人を俺は信じたくて、今までの出来事を言い明かすことにした。俺が大抵のことを喋りつくすと、ようやくケイトが今までの事のいきさつを教えてくれた。MIR_AIのプログラムコードがKという人物によって危険に陥っていること、自分たちはそのKを探すための手がかりや仲間を探しに来たということ。ケイトは最後に一冊の本を俺に貸してくれた。フロリド博士の日記だった。フロリド博士の生きた証をようやく俺は得ることができた。研究所でもよく話していた家族の話や、普段俺たちに言わない研究員に対しての感謝。どの行を読んでも俺は涙が止まらなかった。尊敬していたフロリド博士の一面を見られるのと同時に、その博士は既にこの世にいないのだという二つの事実に感情の整理が追い付かなかった。


 「本当は、もともと貴方に相談するつもりでここにきていたの。日記にアレイ博士がデータベースの復旧を行っているって書いてあって、どっちの味方なのか白黒はっきりつけないといけなかったし、どっちに転んでもKを追う手がかりになるはずだったから。」

「あぁ……。ケイト本当にありがとう。でもなぜわざわざ研究所にフロリド博士のアカウントでログインしたんだい?あの時もそうだったがバレてしまうじゃないか。」

「正直研究所内のセキュリティ舐めてた。本当はMIR_AIアカウントのユーザー名とアドレスキー偽装して入ろうとしてたんだけど、昨日試したときは入れなかったんだよね。私たちが持ってるのはフロリド博士のだけだし泣く泣く偽装せずにそのまま突破しようってなったわけ。」

「そのシステムもフロリド博士が作ったのは知ってるか?」

「なるほどね。どうりで突破できないわけか。……ところで、アレックスはどうするの?」

「休憩ラウンジで寝かせるよ。ケイトは開発ラボでフロリド博士の書類漁りたいなら好きにしてくれ。」



 「……つまりお前は、俺らの言う”K”と勘違いして襲ってきたってことか。ならお互い様だな。」

 アレックスのKについての質問に俺は今までの経緯を語った。なんとか味方だということを理解してもらえたようだ。しかしアレックスが撃たれて失神したとき本当に死んでしまうのかと心配していた。アレックスはフロリド博士の孫、フロリド博士が守った家族の一員なんだ。あの日記を読んでから俺はもっとアレックス達に寄り添うべきだと考えた。だから起きた時は正直涙を浮かべていたが、薄暗い部屋のおかげで細かいところまでは見えないので安心した。

「乱暴して済まない。」

「まぁどっちにしろ不法侵入だからな。もっと別の形で博士と会えたらよかったって思ってる。」

「それはそうだな。」

「普通そこはフォローするところだろ。」

 だが。綺麗事では済まされない。フロリド博士が失踪してしまったように、アレックスもケイトもあの人の背中を追って危険な目にあう可能性が限りなく高い。むしろKがフロリド博士を殺したというなら、なおさらアレックス達をマークするだろう。今日はたまたま俺が相手だっただけで、この先は何回死ねばKにたどり着くのかさえ分からない。今はアレックスの心情を探らないといけないのだ。心を鬼にして、アレックスに問う。

「ははっ。ただな、アレックス。この先Kを止めるなら犠牲なんて不法侵入で済まないぞ。フロリド博士の日記通りに解釈すれば、俺らはKの視覚共有を介して、ある意味全人類に監視されているんだ。こちらの動きが分かればそいつも全力で止められるだろう。大胆な行動をとれば世界の情勢は大きく傾くぞ。」

 今までの丸い目つきから睨ませるような鋭い目つきに変える。威圧して、アレックスにプレッシャーをあたえる。それほどこれは深刻な問題なのだ。

「……そうだな。何が言いたいんだ。」

「別に俺はこの侵入にとやかく怒っているわけではない、ただ君はこの研究所の侵入計画の発案した張本人だ。君は、張本人としてその責任をとれるのかい?この先、全人類を敵に回す覚悟と仲間を守る責任があるのかい?」

 数秒の沈黙の後、アレックスは頭を下にして答える。

「……アレイ博士。逆だよ。」

 足をソファに置きながら姿勢を組んでいたアレックスが、足を床につけて背中を前のめりにする。

「逆?」

「全人類は、敵なんかじゃない。お爺ちゃんが守ろうとした、味方だ。僕はその人達を守る責任があると思う。正直、Kと戦ったらどうなってしまうのか俺でも分からない。でもさ、おじいちゃんの日記を読んだからにはその使命がある気がするんだ。アレイ博士だってフロリド博士を何年間も追ってたでしょ。『誰かを守りたい』って気持ちで動いている。みんなそうだよ。そのためだったら俺はどこまでも行く。お爺ちゃんが守ったこの地球は、今、俺らだけしか守れない。守らないといけないんだ。お爺ちゃんの孫として。」

 全人類が味方、か。ああ、俺はなんて馬鹿なんだ。尊敬するフロリド博士のことだけ追って、その人の意思に目を傾けるつもりがなかった。それどころか俺は、その意思を継いだ二人を殺そうとして、危うくフロリド博士の意思を継ぐ者をこの世から永久に無くしそうになった。今思えば俺は、フロリドさんを追っていると言って使われていないデベロッパーツールを不正で使用したり、フロリド博士の仕事PCやMIR_AIアカウントから情報を得たりした。これじゃまるで『墓荒らし』だ。俺は……何をやっているんだろう……。俺なんかが説教できるような立場ではない。ただ君の背中を見守ることしかできない。

 「そうか……。君は、本当に強くなれる人間だね。情報提供なら協力するよ。今も資料室にケイトくんが…」「アレイ博士。」

 「ケイトからも言われたかもしれないけど、改めて言わせてほしい。」

 空がだんだん黒から青になるのが窓から目の端から分かる。

「僕はアレイ博士はこの先必ず必要になる存在だと思っている。アレイ博士、情報提供はするって言ったけど、僕はもっとしてほしいことがあるんだ。」

「なにをだ。」


 『アレイ博士。僕たちの切り拓く道のりに賭ける気はないか?』


 青くなった空に太陽が昇り、空が白く光りだす。太陽の光は全面ガラス張りの窓から差し込み、アレックスの周りを後ろから照らす。光がまぶしいのか、アレックスがまぶしいのか、さきほどまで見ていたアレックスがシルエット姿のように黒くなる。

「賭けるってアレックス、それって……。」

 俺が言いかけるとアレックスはこちらのほうをじっと見つめる。倉庫の部屋で撃った時以上にこちらに睨みを利かせ、無言の圧をかける。アレックスの言葉は比喩的表現だったけど、何となくわかる。この先”K”を見つけるうえで情報提供という第三者の立場ではなく、物事を実行する上でのチームに入ってほしいということだろう。この先どうなるか分からない。賭けるというプラスマイナスどちらの意味も含む言葉を使ったのはそういうことだろう。大人に向かってやたら威勢がいいな。面白い。君たちの道に自らの命を懸けようじゃないか!


 『なら全額ベット、オールインだ!』

 フロリド博士の意思を継ぐために、この子達を守るために、賭けてやるぜ!この勝負!




 こうしてアレイ博士はフロリド博士の身内枠として、”K”の追跡に加わった。アレイ博士は恥ずかしがっていたが、この八年間の深夜の研究だけでフロリド博士が生きていた当時の位置情報から普段の通勤路、行きつけのお店、人間関係、さまざまなものの情報を手に入れていた。今の机にもフロリド博士の個人情報たちがぶ厚めのクリアフォルダに何十冊にもまとめられている。気分は未解決事件を追う新人刑事だ。孫からしたら恐怖としかいえない。

「じゃあ記念するべき第一回Kを追う会はじめまーす。」

 アレイ博士が会議室のホワイトボードに立って会議を開始する。現在時刻7時45分。Miko研究所が開くのは9時ほどなので、開くまであと一時間ほどある。アレイ博士から聞いた話によると、本当は、Miko研究所に所属している研究者が夜通し研究したい場合、ここから数キロ先にある実験ラボ棟で作業を行うことが義務付けられている。ここは、世間一般に公開していないような技術や情報が山ほど置かれているので、盗用対策として夜は普段閉まっているのだ。実験ラボ棟では研究所内の器具や製品を扱うことができなくとも、研究所内のインターネットにアクセスできるため、あまり困ることはないという。アレイ博士の場合、フロリド博士の行方を追い始めたころから警備員と接触してフロリド博士の追及に協力してくれたらしい。事件の概要全て伝えて、「どうかこの研究所に入り浸っていることを報告しないでくれ」と。その警備員は、「システムの権限まで任せる代わりに、最悪の事態が起こった場合、アレイ博士すべてに責任を負わせる」という条件付きで了承して現在はずっと外の見回りで時間を潰しているらしい。なので警備員にも、研究員にも監視されないこの時間がとても貴重なのだ。

「ケイトくんが提案してきた、私のMIR_AIの改造についてだが……何も異常は見られなかった。」

 ケイトが自身のPCでKコードがあった箇所と自分のコードの場所を比べる画像をホワイトボードにプロジェクター越しで映す。

 「えー!?それ本当か?」俺が思わず声に出す。ケイトは右手を顎に当ててうつむいている。

「ああ。フロリドさんの日記通りにコードを閲覧したが、問題の箇所は全くなかった。一応手順通りアンチツールでMIR_AIを噛ませたが、まぁなんも起こってないな。」

「私たちでもコードの異常が発見できたってことは、そのKコードが裏で隠されてるっていう可能性はほぼ無いわね。まとめると……現在、私とアレックスのにKコードの改造があって、フロリド博士とアレイ博士の二人にはそれがない……。」

 研究所の二人には無くて、僕たち二人にあるものの違い……これなーんだ。いったいこの違いがなにを示しているのか。なぞなぞのようになにか裏があるのだろうか。会議室が3秒ほどの沈黙が流れる。

「うーん研究所と俺たちのMIR_AIに何か違いがあるっていうのか?」

 アレイ博士がさっきまでの真顔から目を大きく見開く。何かひらめいたようだ。

「いや……そんなのものがあるとしたら……。」

「アレイ博士なに?早く言って。」

 「最初から説明すると、俺たちのMIR_AIと君たちのMIR_AIには大きく違う点がある。プロトタイプ版か製品版かについてだ。俺たちのMIR_AIは、研究所のラボ内で作られた製品に対し、君たちの製品版は国が運営している工場から作られて国民に向けて発送されている製品だ。といってもプロトタイプ版と製品版は作り手は違くても、システム構成は全く同じはずだ。僕たちのプロトタイプ版が改造の被害を受けていなくて、君たちの製品版、つまり工場側で改造の被害を受けているなら……。」

「国家レベルの犯罪だ。」

 会議室がずっしりと重くなる。窓から朝日は入り込むがその明るさでもこの空気を消せないほど俺たちは今、闇へどんどん入り込んでいる。工場側というのはただの工場じゃない。”国が運営する”工場だ。そこで最初からコードが仕組みこまれていたなら。

 「Kが……政府側の人間ってことね。」ケイトの声が漏れる。

「Kが政府側の人間って……。そりゃそうか。こいつは世界を握ろうとする強欲な奴だもんな。政府側に潜り込むぐらいの執念がないと、こんなことはやろうとしないしできもしない。」

「あれ?アレイ博士。『システム構成は全く同じ”はず”』ってなんでハッキリ言ってないの?開発元はこの研究所でしょ?」

「……そうか。ニュースでは報道されていないのかもな。フロリド博士が失踪してから一週間後、開発は別の大企業に移されたよ。そのせいでサーバーにもアクセスできなくなった。一応今でもフロリド博士のツール使えば個人のものなら覗けるけどね。俺ら開発チームが今後の開発に外された代わりに、別の研究所に招待されて、隔離されたみたいなもんだ。」

 アレイ博士は悲しげにそう語った。MIR_AIがいきなりMIR_AI+という名称に変わったのはそういう理由だったのか。何も情報がなくて、てっきり大型アップデートがあったのかと思っていた。

「は?何それめちゃくちゃ怪しいじゃん。みんなやることがなくなったから別の研究所に行ったってこと?」

「そうなるな。」

「うーん。その新しく開発を委託した企業も、国が運営している工場もどっちも怪しくてどうすればいいか分からないよ……」

「いや一つだけ今やれることがあるよ。」

 ケイトが右手を拳銃のポーズでこちらを指さす。

「プロトタイプ版が改造の被害を受けていないなら、プロトタイプ版を普段利用している人、つまり初期メンバーを集められたらサーバーを閲覧することも可能かもしれない。まぁどっちにしろ研究所に侵入する前からこの目的は変わってないけどね。プロトタイプ版を保有する人が危険じゃないと分かった今、仲間を探すことがぐんと安全になるね。」

「確かにその作戦には賛成だけど……本当にできるのか?アレイ博士もできなかったんだろ?」

「私だって分からないわよ。でもフロリド博士の努力の結晶を見捨てるほど、みんな研究者魂が腐っていないと思うの。」

 ケイトがそう言った後、俺は少しだけアレイ博士を傍目に視線を動かした。くっきり見ることができたわけではないが、アレイ博士は無表情だが、心なしか少し笑みを浮かべているような気がした。

 「……そうだね。集めるしかないか。でもすべて話せばきっとみんな受け入れるはずだ。それほどフロリド博士を慕っていた人が多かった。僕だって君たちだって、そして研究メンバーも。」

 アレイ博士の目が輝いていた。どこか希望を抱いているようで。まるで懐かしさを感じているようで。そんな光景を見て、どこか嬉しくなる自分がいる。

「よっしゃぁ!引き続きメンバー集めるぞ!……でもどうすればいいんだ?」

「大丈夫だ。僕に心当たりがある。」


 アレイ博士が提案してきたのは、あの警備員に全て事情を話すということだった。どうやらこの研究所と、みんなが行ってしまった新しい国連の研究所は、同じ企業が警備を担当しているらしい。その警備員のツテを使えば国連の研究所のメンバーに接触することができるのかもしれない、そういう話だった。

「いや、その作戦はいいとして、警備員は一般人でしょ?製品版だったらこっちの会話傍受される可能性大でしょ?大丈夫なの?」

「心配はいらない。長くなるから今は言わないが……あいつも元々研究員でな。フロリド博士の生前に開発グループといろいろ揉めて、最終的にチームから追放されたんだ。あいつチーム外された後いろいろやらかして逮捕されて刑務所にいたんだ。んで……いつだったけな。フロリド博士が失踪してから3年後ぐらいに警備会社に再入職してからずっとここで警備やってるんだ。そいつも研究員時代からずっとプロトタイプ版で生きている。コードは、追放されてから時間経ってたから多少書き加えたけどな。」


 その警備員の名前はジャック・アンダーソン。研究員時代はその体格の良さから、よく人体に関する実験のサンプルデータにされたり、新しい薬の治験の被検体に自ら志願したり研究所のお助けキャラのような役割をしていた。心優しい性格だが時には他人を優先しすぎて自分を傷つけることが多々ある。俺らが研究所に侵入したときに持ち込んだテーザーガンもジャックから借りていたらしい。アレイ博士のまとめていた研究メンバー簿にはそう書かれている。

 ジャックを見つけるのはそう難しくなかった。研究所が開く1時間前にジャックが外の見回りから帰ってきていた。俺らがジャックを出迎えると彼はかなり混乱した様子で「え?あ?え?」としか言えなかった。アレイ博士はジャックが僕たちに気を使わせないために少し離れたところ、門の外にある自販機にジャックを連れて行っていた。


「フロリド博士は……いや、そんなことがやっと分かったんですね……。お手柄です。」

 ジャックは何か思いを詰めている様子でこちらに視線を向けてくる。きっと何か言いたいことはあったんだろうが、彼も大人の対応でその気持ちを抑えつけている。

「ジャック、先ほども伝えた通り君には警備会社のツテで国連の研究所に入り込んでほしい。」

「国連の新しい研究所ができるってのは僕が警備会社に勤めてから教えてくれましたけど、それって面会とかできないんでしょうか?」

「残念だが、研究所があること自体本当は極秘だ。招待されたときは国際軍をより強くするための研究を……って言ってたから、きっと軍事部門についての開発なのだろう。極秘なのは当然だ。」

「正直……無理かもしれません。サイレントスネーク株式会社は大企業ですが、うちは名前がサイレントスネークなだけで、中身はただの派遣会社です。あくまで親会社に吸収されただけなんですよ。さほど収入も変わりません。会社の構造をすべて把握しているわけではないですが、匿名性の保持を理由に研究所などの国立施設は警備対策部が個別に用意されています。なので国連の研究所、なおかつその存在が明かされていないとなると匿名性のレベルが段違いです。いわば付け入ることができないんです。ここだって、私が色々根回ししているから一人で警備しているのであって通常なら3、40人体制で動いていますし。」

「そうだな……。」

「メールでやり取りする手は考えたでしょうか?」

「うーん……無理ではないと思うが、相手は軍事を担当する極秘研究所だ。パスキーを持ってるあいつらだったらMIR_AIのセキュリティ簡単に突破して、メールを傍受することだって可能だ。あっちがどういうシステム構築をしているのかは知らないが、こちらのメールが傍受されたら終わりだ。」

「となると……どうしましょうか」

 ぴぴぴっ。脳内から音が鳴る。アラームの音だ。AIが勝手にアラームを8時45分に設定したからその時刻になったんだろう。自分が不安になる要素を自動で読み込み・対処をしてくれているのだ。俺がその音に気づいてMIR_AIを数回タップしていると、ジャックはそれに気づいて自分の時計を確認していた。

「あら、もう研究所を開ける時刻に迫ってますね。」

「ああ、あの二人を一旦帰さないといけないな。近いうちにまた呼ぶ。お疲れ様。」

「お疲れ様です。」

 その後俺はケイトとアレックスを人目のつかないところまで誘導して解散させた。俺はある程度の仕事を終わらせてからジャックと二人で後でまた話し合うことにした。


 ー翌日の未明ー

 

 「えーでは第二回!”Kを追う会”!始める!」

 いつもの開発ラボ横の会議室で計画を立てる。前回は俺、アレイ博士 、ケイトの三人だったが、今回は机の角の席にジャックが座っている。ケイトは無言でノートPCで何等かの論文や資料を読み漁っている。また今回から参加してきたジャックさんは礼儀正しく手を膝にのせてこちらに視線を向けてくれている。アレイ博士もジャックの隣に座って拍手している。机にはフロリド博士関連の資料だけではなく、国連の研究所についての考察やノートなどが置いてある。

「それではメンバー集めに関わる連絡の手段及び計画についての議題に移ります。最初に、アレイ博士、ジャックさんお願いします。」

 俺がそう言うと、二人とも立ち上がって、自身のPCにプロジェクターをつなげる。

 「ああ、俺たちは昨日ジャックのIDからサイレントスネーク社の社用コミュニティーから研究所の手がかりを探した。ほとんどのファイルは何も関係なかったんだがな……一つだけ、破損しているが修復できるファイルを見つけたんだ。それをダウンロードして閲覧した結果……」

 アレイ博士がホワイトボードから目を離して耳の上を数回タップする。タップして5秒ほど経つと3Dマップが水平に360度動かす映像が流れる。

 「文字化けはしてたがアメリカ軍事研究所をさす言葉というのも分かった。きっとこの地図がアメリカ軍事研究所の所在をさしているのだろう。」

 そう言ってるアレイ博士の言動が理解できなかった。だってホワイトボードに写っているのは高速道路の道や橋が交差している場所だったからだ。

「えっと……どこに研究所があるのでしょうか?ここって高速道路ですよね?」

「最初は俺もそう思っていた。視点を地面に潜り込ませると……」

 アレイ博士はそう言って指を空中で下にスライドさせる。カメラはどんどん下へ下へと潜り込み、橋をすり抜け、道路をすり抜け、とうとう地面まですり抜ける。

「これって……。」

 地上のような車が通る道がたくさん集まっていた場所と違い、地下には大きいとだけでは言い表せないくらいの空間がある。建物が立っている感じではなくて、炭鉱のように空間がありの巣状に広がるっている。拡大してみると、俺たちの言うラボ室や、事務室、寝床や休憩室だってある。

「一度かなりニュースになってただろ?MIR_AIが開発される前の時代、各地域の大国が資源を求めて国を吸収しようとした第三次世界大戦時代、核が本当に撃たれるのかもーって全国民核シェルターの作成を義務付けられてたって話。きっとこれも国規模で作られた元核シェルターなのだろう。」

「国規模っていっても……デカすぎるだろ……。」

 俺が感嘆にふけっていると、アレイ博士がこっちを見て「う、うん」咳払いをしてきた。

「ただな。この3Dデータが正しいなら、一つだけはっきりすることある。」

「研究所が地下なら、前みたいに研究所潜入することも、外から観察することの難易度も雲泥の差がある。また外から観察するという点においては不可能としか言えないだろう。」

「本気でどうするんだこれ……。国の軍事研究所に潜入は流石に無理ゲーじゃん……」

 頭に両手をのせて机に突っ伏す。このままだと計画が止まってしまう。仲間とコンタクトをとる手段が欲しいだけなのにこんな苦労を強いられるなんて。インターネットで広告出すか?さすがにKに動向を知られてしまう。元Miko研究員にしか分からない暗号を送るとか?そんな怪しい文送ったら研究員がアメリカ軍にすぐ監視されてしまうだろ。だめだ。俺らがどんなに近づこうとしても必ず一定の距離間を置かれて最後に詰む。こんな状況ずっとやってるわけにはいかないのに。

「私は今のところ意見交換で十分だと思ってるけど、このまま何回も過ぎていくなら手段は変えないといけないかも。」

 ケイトからのド正論パンチが飛ぶ。

 「ごめん、もう少し待ってくれないか。俺が何とか解決方法探すから、なんとか、いやわっかんねぇけど、頑張るから、俺を信じてくれないか……」

「アレックスさっきから何言ってんの?」

「そんなもん当たり前だわ。俺らはずっとアレックスについていくからな。リーダーがもじもじしてんじゃねえ。」

「アレックスくんらしくないですねぇ(笑)。」

 空気がだんだん暖かくなるのを感じる。そうか。ずっとKのことでピリピリしてる雰囲気だったけどみんな俺を信じてくれて今この場にいるんだ。当たり前のことだけどとても大事にしないといけない事実な気がする。でもリーダが弱々しい態度をとるのが不適切というのはごもっともな意見だ。この先ヒスってみんなの足手まといになったもう笑えないレベルの冗談だろう。気が付くと、アレイ博士が自分のMIR_AIをタップしているのがわかった。

「現在時刻8時45分、第二回”Kを追う会”を終える。解散!」

「お疲れさまでした!」

 

 「今更かもだけど、なんとかMiko研究所の侵入丸く収まってよかったな!」

 アレイ博士に促されて、俺は人目に扮しやすいショッピングモールに面する東口からこっそり出て行った。ショッピングモールは活気はないものの人通りはとても多い。ショッピングモールを抜けて俺らは家に続く路地に入った。時刻は9時と昼へと差し掛かる時間帯だが対照的に俺らは眠気で頭がよく回っていない。これからの計画についても決めないといけないという責任感が無意識に背中から銃口を向けられているような感覚におちる。

「丸く収まったっていうか……たまたま上手くいっただけでしょ。」

「あぁ、そういえばあの時はありがとな。」

「あの時って?」

「俺がアレイ博士に撃たれた時さ、下手したらケイトも撃たれて話し合いも通じない可能性あっただろ?でもなんとかその場をケイトが上手く対応させてたから、今の状況になってる。」

「……それもたまたまだよ。」

 ケイトが少しにこっという顔を見せて呟いた。でもケイトの、評価をすべて受け入れないというスタンスは俺にとって不思議でしょうがない。

「謙遜すんなって。」

「そんなこといったら、アレックスだって計画立てたり、最終的にはアレイ博士の陽動になってたりしたじゃん。」

「失敗したのにそれ言われるとか褒められた気がしねえよ。」

「そう?逆に失敗したから余計な犠牲払わずに済んだじゃん。」

「おいちょっとまて。失敗する前提だったら陽動なんてもともと必要ないだろ。」

「ハハハっ!でもさ……」「いやそれは……!」

 他愛のない会話を続けるといつの間にか自宅のすぐそばまで着いていた。話に夢中で全く気付いていなかった。

「そういえば一週間前から張り込みしたけど、ローズさんに何て言い訳して出てったんだ?」

「ん?あーお義母さんのこと?確か一か月前から出張だったからなんも言ってないよ?」

「やっぱ何かの研究なのかな。」

「何だったけ……確か……国の研究所で新しい軍事製品を開発するって……」

「え?」

 俺がケイトの顔の方向を向く。

「うん?」

 ケイトも俺の顔の方向を向く。

「それじゃん!」同時に同じセリフが被る。

 ローズさんといえばお爺ちゃんがMIR_AIを開発する前からMiko研究所で助手として活動してきた人だ。アレイ博士の言う”初期メンバーは俺以外全員別の研究所に移った”という話通りに考えたら、ローズ助手は明らかに初期メンバー。なおかつケイトのお母さんなら、外部から無理やり何か伝えるよりも内部からのコンタクトができるので危険性もない。お爺ちゃんが居なくなってから直接的な接点がぐんと減ったから全然気づかなかった。

「よし早速明日の会議までにコンタクト取るぞ!」

「おー!」


 「では第三回Kを追う会を始める。」

「最初に、今までの議題について何か意見や情報を得られた方はいますか?」

 俺がそう聞くとケイトの手が真っすぐと上がる。正確には俺も手を挙げるべきだとは思うが、司会として手を挙げるのがなんか恥ずかしいので、とりあえずケイトに一旦話題を振る。

「はい、議題についてですが三回目にしてようやく進展がありそうです。私はアレックスとお義母さんに当たるローズさんとコンタクトを取ろうと考えました。ローズさんはフロリド博士の助手として昔は活動しており、MIR_AIの初期メンバーでもあります。それに私の母でもあるので外部的圧力をかけずに接近できるというメリットなどがあります。で、コンタクトをとってみた結果このようになりました。」

 ケイトがホワイトボードにメールのアーカイブをずらーっと並べる。


 ケイト:ねえママ、ちょっと聞いてくれない?

 ローズ:どうしたの?

 ケイト:最近いろいろあってさ、ママ助けてくれない?

 ローズ:どんなことあったの?

 ケイト:<事情説明>

 ローズ:それは本当に?嘘じゃなくて?だとしたら私こんなところで出張してる暇ないわよ。私は何したらいいの?

 ケイト:今Kを追うことができるようなMIR_AI初期メンバーを探しているの。アレイ博士一人だけじゃどうにもこの先Kを探すのは厳しいって……。

 ローズ:分かったわ。ちょっといろんな人に声かけてみる。明日中にはまた進展報告するね。

 ケイト:え?本当に!?ありがとママ!


 「このように、私たちはローズさんとコンタクトをとることに成功し、なおかつ研究員と話をつけてみるという約束までしてくれました。」

 「おぉ!これならわざわざ軍事研究所まで行く必要もないし犯罪を犯す必要もないですね!アレイ博士はどう思いますか?」

 「おいそれよりも俺たちが犯罪を犯すのは大前提みたいな話し方するな。うーんまぁそうだな。俺が言うこととしては『なんで今まで気づかなかったんだろう』という疑問だけだな。ここまでローズ助手が色々手を加えてくれるなら、こちらが下手に動かないほうが良さそうだ。」

 アレイ博士が手を組みながら上から目線に話す。それとは対照的にジャックさんは今日も謙遜しながらこちらの意見に賛同してくれる。相変わらずこの「Kにどうやってたどり着くか」を日々研究している僕らの空気感を和ませられるのは、ジャックさんしかいないと思う。

「確かにアレイ博士が言うように、下手に動くよりも今はじっとしてたほうがいいと思います。今日にきっと近況報告があると思うのでそれまで待ちましょう。」

 

 翌日。


 ローズ:ごめんね、返信遅くなっちゃった。

 ケイト:全然大丈夫!結果どうだった?

 ローズ:今日ね、MIR_AIの開発メンバー一気に集めてケイトの話したんだけどね、全員がその活動に参加したいって言ってたよ。

 ケイト:本当に⁉でも今別の研究所で勤務してるでしょ?こっちの活動に来られるの?

 ローズ:今やってるプロジェクトが近いうちに完成するの。だからみんなこの後ここに残るか、それとも別の場所に移るか考えてた時期だったの。

 ローズ:だからケイトの連絡はベストタイミングだったよ。

 ケイト:一応さ、こっちの活動に入ろうとしている人リストアップしてくれない?

 ローズ:わかったわ。そっちにファイル送っておくね。


「……という感じに話が進みました。後に聞いたところによるとそのプロジェクトというのは一週間後に終わるらしいです。」

「あっちからこっちの活動に移ると考えた時にどうやって抜けるのか考えていたが心配ないみたいだな。それに一週間!思ったより早いな。」

「そろそろ”アレ”の準備も始めるか。」

 アレイ博士がジャックの顔に視線を向ける。

「はい。”アレ”ですね」

 ジャックがにちゃあとした笑顔をアレイ博士に見せる。二人がウフフと見つめあってる姿は何というか、キモい。

「えっと……二人とも何の準備をするつもりなのでしょうか?」

 ケイトが困惑気味で質問する。

「メンバーが集まった後の計画だよ。いずれ必要になると思ってたんだ。まぁ後で楽しみにしとけ、めっちゃ面白いもんみれっから!」

「はあ……?」

「んで、俺とジャックはこれから準備しないといけないから、二人とも今日は帰っていいよ。」

「え?でもまだ日が昇ったばっかりでしょ?」

「他に話し合うことはほぼ無いだろ。一週間後また集合な。」

「一週間後⁉ローズさんたちがこっち来るじゃないですか!」

「もうローズさんと連絡取り合ってるから大丈夫。それにずっと君たちに深夜に来させて無理させてたから休みよ休み。」

 

 そう言ってアレイ博士は俺たちの背中を無理やり押し出して出口まで送った。最初ケイトと一緒に帰ろうとしていたが、途中忘れ物を取りにケイトが研究所に引き返して、俺がいつもの東口から抜ける。きっとアレイ博士のいう”アレの準備”ってやつなのだろうが、わざわざサプライズにするようなことじゃないだろ。といってもここ三日間ほどずっと研究所と自宅を深夜に行ったり来たりしたんだ。体に疲れがたまっていないほうがおかしいだろう。しかもずっと悩んでいた、仲間を集める方法についても片付いたし、これ以上ないほどの安心感だ。俺はいつものようにショッピングモール経由で家まで向かっていく。いつもは集中してなくてきづかなかったが、ショッピングモールはいつのまにかシャッターを占める店が大半になっていた。確かここは最近70周年のイベントやってたから2024年に作られたのか。今の時代、全てがネットやMIR_AIで買えるし、わざわざ物理的スペースを使う店はいらないもんな。需要ないし。俺が生まれたころはチェーン店とかはギリあったけど今はそれすらなくなっちゃったな。こういう店とかが全部なくなっちゃったから今の時代、周り見渡しても家、家、家でそれ以外まったっくない。ちょっと少し悲しくなってくるな。旧先進国はただでさえ数十年まえから人口減ってるのに、家だけになったらもっと悲しい光景になる……。そう思いながら俺はショッピングモールを抜けた。路地を抜けて、公園のそばまで行くと家まではすぐだった。ドアノブを触って家へ入る。ただいまーといっても何も返事がなかった。母親はいつも朝4時にでて12時に寝てるから俺がいつも深夜に出かけていることは気づかないからいいものの、研究所と違ってここは活気がないな。階段を上って自分の部屋へ入ると早々にベットで顔を埋めて目を瞑る。

 

 ……最初はジャックさん巻き込んで警備会社ルートで軍事研究所侵入しようとして、セキュリティで難しくなって、3Dデータから研究所のマップ手に入れられたけど、本格的に潜入が無理と気づいて。一時はほんとにどうなってしまうのだろうと思った。でもみんなが自分の得意な分野でやるべきことやってなんとか形になった。きっとその原動力は多分世界の危機とかそういうのじゃなくて、「フロリド博士の弔い」なのだろう。みんなフロリド博士の思いを継ぎたくて危険なことに首突っ込んで、なんとか自分たちができることはないのかと手探り状態から見つけてる。お爺ちゃんは研究所内でどのような立ち振る舞いをしてたのだろう。お爺ちゃんが居なくなったのが小学生低学年だったったっけ。もうその時の記憶はほぼ無いけど、なぜかお爺ちゃんとの思い出だけは今も忘れずに残ってる。あの時はめんどくさい人だなって軽く距離置いてたけど、楽しかったんだろうな、俺。日記を読んだだけであれほど涙を流したことなんてなかったのに。誰からも好かれていたお爺ちゃん。お爺ちゃんが今まで沢山の人を助けてきたから、沢山の素敵な人に囲まれてる。

 …………逆に、僕は人に助けられてばかりでなんも役に立ってない。僕なんかは臆病で人見知りで、おまけに頭も悪い。僕が俺のふりして、粋がって勇気強がってるだけだ。研究所に侵入したのだって、本当はめちゃくちゃ怖かったし死にたくないって気持ちでいっぱいだった。ケイトが居たおかげで自分をできるだけカッコよく見せようと思っていただけだ。昔から自分を隠すために使っていた俺っていう存在が、いつのまにか通常の状態になっていた。いつも大変な宿題を一回でもサボるとそれに味を占めるように、僕も俺という人格を使うことに楽を覚えてしまったからだと思う。というよりも……他人から見て、僕よりも俺だったほうが接しやすそうで前に戻ることができなかったっていうほうが近いのかもしれない。どちらにせよ俺という人格が他人と接すれば接するほど、嘘というものがどんどん貼り付いていく。自分をかたどる人格は嘘で出来上がった俺へと変わり、もう僕ではなくなっていた。本当の自分、及び僕は俺の画面を遠くの端で見つめるような感じがする。俺と僕は方向性が違えど、フロリド博士に一矢報いたい。その目的は事実だ。僕でも俺でもフロリド博士のことが大好きだったから。でも自分じゃないのに自分にされる感覚がとても怖い。ずっとその気持ちを胸に閉じ込めてたけど、Kを知ってからこの気持ちがどんどん強くなっていく。きっとこの気持ちはこれからも強くなるだろう。そういえば、これから初期メンバーだった仲間も増えていく。もしかしたら目的は同じでも方向性がそれぞれ違う。そんなことがあるのかもしれない。解決なんて、どう考えても難しいだろう。十数年考えている俺でさえ、一人の人間の気持ちを統一することができないのに、数か月で何人もの研究員の方向性を収めるなんて不可能だ。その時はどうなるんだろうな。お互い気が晴れるまでぶつかり合うのかな。そっちのほうがいいのかもしれない。モヤモヤのまま終わらすよりは。自分の場合、僕も俺も同じ人格ではあるから喧嘩なんて出来やしない。だから解決するとしたら一方が消えるしかないんだろうな。


 ピピピ。午前二時三十分。午前二時三十分になりました。

 脳内アラームの音で目が覚める。いつのまにか寝てしまったみたいだ。あたりは真っ暗だ。物音などで家族にバレないようにさっそく研究所に行こう……ってそうだった。一週間休みだったんだ。しかもいつも2時ごろに起きてるから体内時計も壊れちゃってるな。一体この時間をどうやって使おうか。そういえばケイトは今起きてるのだろうか。もしかしたら俺みたいにアラームがせっとしたままで起きているかもしれない。MIR_AIからオンラインなのか確認しよう。えっと、アプリ>連絡先>お気に入り>ケイト……。アイコンの右上が緑色。起きている。せっかくだからケイトと時間を潰そう。


 1月3日 午前4時16分—。

 一時は死ぬ覚悟だったけど、なんとか計算通りにうまくいって、アレイ博士に全部物事の詳細を伝えることができた。アレックスはどうやらまだ休憩スペースで寝ているらしい。私はアレイ博士から勧められた第Ⅱ資料室で、ずっとフロリド博士の研究レポートとか見ていた。レポートの内容では、フロリド博士らしい崩した口調と説明で意味のない文字数稼ぎをしていたが、それ以外特に怪しいところはなかった。

「まだここにいたのか。」

 アレイ博士がドアに入って早々そうつぶやいた。

「レポートっていうのは文字数多いから全部に目通すのは疲れるでしょ。」

「普通は全部目通す奴なんていないだろ。」

 「怪しいところはしっかりチェックしないといけないし。」

「それもそうだな。」

「で、これから先どうするの?」

「しばらくは情報提供者としては協力していこうと思ってるよ。……まあアレックスくんの返答次第だけどね。」

 情報提供者……。薄々気づいていたけど、アレイ博士はこっちの活動に参加するつもりはなかったみたい。でもこうやって資料や情報を流してくれるってことは、こちらに対しても情があるんだなって分かる。そりゃそうだよ。こんな脅威に命かけてられないよね。それにKという人物が本当に支配してるのだってしっかり確認しているわけではないんだし。嘘だとしても、本当だとしても、これからの生活が今まで通りに行くわけないんだ。私だってアレイ博士の立場に立ったら多分全面協力なんて難しいと思う。私が沈んだ顔で、壁をボーっと見つめていると、それに気づいたアレイ博士が口を開いた。

「……せっかく二人しかいないんだし、腹割って話そう。」

 アレイ博士がポッケから手をだして拳を強く握りしめる。革の手袋でつけられていて、アレイ博士が握りしめた手を親指で下へと擦るたびザラッという音がなる。

「ここから先の話は別に全部、ケイト君を侮辱するつもりはないから。”ケイト”。いや、”君”は狂っている。人を殺すことにも躊躇はないし、罪悪感も持っていない。この研究所に不法侵入したってことも。MIR_AI越しでみた君には驚いたよ。サっちゃん?が襲撃したときは気づいた時からドアが開くとき、すぐに死角まで移動できる内側ドアの定位置で待機してた。拳銃だって『MIR_AIに操作させた』とか言ってたけどあれも自分で撃ってた。それだけじゃない。俺が倉庫で追いつめた時、君は逆にドアから最も遠くて最も見やすい、ドアの向こう側、つまりドアから入った人の視線の延長線上に座っていた。それも俺が電気をつけることを見越して、アレックスを倒してから少し冷静になるまでの時間が生じることを見越して、全部計算で成り立っていた。”恐ろしい”、この一言に尽きるよ。今話しているこの時だって、君が何者か分からない恐怖感と一月の寒さで手も震えてるよ。……といってもな。ケイト君とは長い付き合いだし、別にだから何だって話だな。俺が言いたいのは、俺が知ってるケイトと君は明らかに違う、それだけだ。何か隠してることあるんだったら、大人として相談乗ってやるよ。これでも親なんでな。」


 ピピピ。午前二時十七分一三秒。午前二時十七分十三秒になりました。

 うっ。『土砂降りしか降らない』とはこういうことを言うのかな。最悪な出来事が夢で出てきたのに重ねて、起きたのが研究所に行くときの時間っていう最悪の時間だ。全く。研究所に行くのが一週間後っていうのをわかっていながらもアラームを最初から消すのを忘れていたなんて。目をあけると白い天井がうっすらと見える。その天井と窓から少し聞こえる風の音でだんだん気持ちが和らいでいく。あー。あの夢を見るともっと思い出すなー。


「私が何か企んでるって言いたいの?」

「別にそういうことじゃない。だから君がどうして……いやこんなのじゃ伝わらないか。だから、俺が知ってるケイトと君は明らかにちがう。もっというとケイトは俺のときやアレックスの時、そして自分の時、さまざまな場面でキャラを使い分けている。そうだろう?君が俺に遠慮したり、いい子ぶらないといけないみたいな勝手に気を遣われているんだ。まあそれぐらいなら普通だ。そりゃ年上だし立場をわきまえないといけないからな。でも君はアレックスや自分に対しても気持ちを隠してる。明らかに普通じゃない。俺は精神科で多少の知識を持ってるから分かる。それは正直人格を使い慣れている人のやり方だ。俺は君の過去や本音なんて全く知らないんだ。悩みがあるなら教えてくれ、そう言いたいだけだ。」

 アレイ博士。確か私が9歳の時に研究所で会ったんだっけ。昔はフロリド博士を支えるだけのチャラ男っていう印象しかなかったけど、いつのまにか親になってこちらに親身になってくれる。フロリド博士がいなくなったことによる絶望感からなのか、親になったことによる満足感からなのか、彼にはあの時には無い貫禄がある。未だにポッケの中に手を入れるのはどうかと思うが。

「確かに私は色んな人によって人格を変えてる。それが心配なアレイ博士の気持ちもわかる。でもさ。博士には関係ないでしょ。私はこうやって生きてきたしそれを変えるつもりもない。だから口出ししてこないで。」

 違う。本当はそんなんじゃない。ずっとそういう生き方してきた私を少しでも叱ってほしかった。でも最近再会したばっかのアレイ博士に話すのが怖かった。今までの人生をわざわざ人に話す機会なんてなかったし、自分をオープンに出すなんてことしてこなかったから。私ってバカだ。こんな親身になってくれる人を怖いって気持ちだけで一蹴してしまうなんて。

「そうか。なら申し訳なかった。まあ……なんというか……頑張ってくれ。別に今のケイトが嫌いなってわけでもないしな。俺じゃなくていいから、言うべき時がきたら誰かに相談しろよ。今のまま抱え込むのもアレだろ?またなんかあったら言ってな。」

 そういってアレイ博士はまたポッケに手を入れて出て行った。アレイ博士は優しいな。たぶん私がこの気持ちを隠しているのを察しておきながらこちらにプレッシャーをかけない扱い方をしている。またなんか言ってほしい、っていうのもこちらにまだ選択肢があるようで心が楽になる。でも逆に優しくすればするほど自分が嘘をついてしまったことに心が痛む。こんなのはもう忘れよう。


 忘れようと思っていたのに夢で思い出す。まったく。間接的に脳内操れるなら夢の内容ぐらい操ってほしいものだ。まあその技術をもたらしたフロリド博士には通じないと思うけど。フロリド博士がいなくなったことには私も心残りはある。お父さんはもともといなかったからフロリド博士がお父さん替わりになってよく可愛がってもらえた。昔から親が居なかった分、私はそういう愛情に飢えていたから、あの時は本当に助かったと思う。もちろんお義母さんからも愛情を注いでもらったけど、それが二倍に増えるっていうのはこれ以上ない幸せだったのだ。このままだったら自暴自棄にもなってたんじゃないだろうか。しかもフロリド博士を介してアレックスと出会うことができた。昔からの友達にもなれたし、友達っていう趣味とか共有しあえる仲間ができて感謝してる。だから消えたときは人生の一部分が消えたとおもった。お母さんは研究員だから色んなところに出張してるから話す機会とかないし、一応アレックスとも遊びあっていたけど、アレックスも私と同じ心に穴があいたような浮かない顔をしていた。といってもアレックスと遊んでるときだけはフロリド博士を思い出さないですんだ。アレックスもフロリド博士の思い出がたくさんあって、多分似たような部分があったんだと思う。

 ピロン。

 アレックスからのメールだ。噂をすればなんとやらだ。きっとアレックスも私と同じように深夜に起きてしまったのだろう。深夜に起きたせいでやることがなかったからちょうどいい。さっそく私はメッセージを返信した。


 アレックス:起きてる?

 ケイト:うん。どうした?

 アレックス:今暇?

 ケイト:暇でしかない。

 アレックス:じゃあなんかで時間潰そ。


 私はどうやって時間を潰そうか周りを見渡す。目に入ったのは風で揺れるカーテンだった。ちょうどベッドの真上にあるので起き上がって窓を覗く。小さいけど、公園がある。公園の周りには灯りも沢山あるし危険ではなさそうだ。私はアレックスをいつもの公園にいくことを誘った。寒いけど眠気覚ましにも丁度いいだろう。


 公園につくとブランコに座ってあくびをするアレックスがいた。私が来たのを確認すると無言だが、「おーい」と口を開いて手を振るのが分かる。そういえば昔この公園がちょうど家の近所にあるせいでよく遊ぶ声で家からお母さんに様子をちょくちょく見られることもあったっけ。もうすぐ成人となる私たちにはそれが懐かしいと感じる。私が生まれたころにはもう人口減少で周りの友達がいなかったからアレックスっていう友達はかなり貴重だった。ブランコに揺られるアレックスを見るとあの時の自分を思い出す。一つだけ違う点があるとしたら、今が深夜っていうところだろう。昔からお義母さんは門限に厳しくて、出かけるにしてもこういう近所の公園やショッピングモールぐらいまでしか外出を許されなかった。でも今は真っ暗で街灯の明かりだけで周りも見にくい状況っていうのは、子供の感覚、大人の感覚、両方を味わているのに特別感をかなり感じる。

「おはよう。やっぱアラームミスで起きちゃった感じ?」

 アレックスがブランコに揺られながら質問する。

「そうだよ。いやな夢までみて最悪の気分。まあこうやって深夜の公園にいるのは非日常を味わえて面白いけど。」

「ね。俺もケイトが『何でもいいよ』っていったら俺がここ提案するつもりだったよ。」

「最近は家で一緒にゲームでもする程度ですっかり外で遊ぶ機会減ったよね。」

「まだまだ暑いし寒いからなー。温暖化はだんだんと収まってみるみたいだけどさすがに数年じゃ変わらないもんな。」

「……アレックスは行きたい場所ないの?」

「?行きたい場所っていうか重いけど、第三次世界大戦の跡地みたいなところ行きたい。中国とか、中東とか、地中海とか。」

 

 第三次世界大戦。

 世界人口の1億人が消滅したといわれる大惨事。これも2047年のブラックアウトによるものだ。中東が石油による利権を得られなくなってから、国の財政が大きく減少した。昔のように石油だけで国を維持することができないと悟ったアラブ諸国はサウジアラビアを中心にアラブ連合軍を発足。現地のパレスチナ自治区政府と独立の協力を持ち掛けて、長年のライバルであったイスラエルと戦争をおこした。イスラエルの攻撃を経てアメリカが戦争に介入。地中海を挟んだヨーロッパ諸国も海からの応援にいく。ただ当然アメリカもヨーロッパ諸国も、石油がいきなり無くなっているわけなので、戦争をバチバチ起こすことはできない。しかもこのまま戦争を続けると国際的にも第三次世界大戦に発展しかねない。そう考えたアメリカなどの国は最低限の軍と兵のみしか送らなかった。これによって平和の歯車は大きく壊れた。中東の特権上、掘る石油はなくなったが貯めてある石油なら他国に売らないだけで山ほどある。当然兵器や軍なども今のところ思う存分動かせる。アメリカ軍であってもイスラエルであっても石油がなかったらただの国だ。そしてわずか一か月というスピード遠征でイスラエルを占領することに成功した。これだけだったらまだよかったかもしれない。今度はヨーロッパ諸国が欲をかいた。石油がなくなったことでエネルギーを今よりも賄わないといけない。フランスなどは原子力で動けるからまだいいが、イタリアやスペインは石油に三分の一以上頼っている。どうにかしないと考えていた各国は、地中海を越えた先にあるアフリカ各国に目をつけた。アフリカは開発が進んでいないだけで地下から資源が豊富にあるのだ。ヨーロッパは現在イスラエルと戦争している体になっているので秘密裏にアフリカのエネルギー開発をし、間接的な植民地化を狙った。ようはヨーロッパは1900年代と全く同じことをしたのだ。無理やり工場や土地を奪って働かせた結果、アフリカ全土同時デモが発生。ヨーロッパは現地の軍を使わないと対処できなくなって、アフリカそれぞれの軍と反乱デモ(※後に反乱軍)がぶつかったことにより内乱。数か月後、アフリカの軍を支配することに成功した反乱軍らはヨーロッパの侵攻がバラバラになってしまう危険性から、非常事態宣言を発令。戦争期間のみ、政府、国民、軍隊。すべてのものをアフリカ国という一つの超大国として統一することになった。アフリカ国という大量の軍隊をまとめることになり、アフリカ全土解放軍を結成。アフリカ軍はようやく地中海からヨーロッパに侵攻を始めた。ただしイスラエルをもともと補佐していたヨーロッパの軍がアラブ連合軍に撃破されると、アラブ連合軍も地中海からヨーロッパに侵攻。こうして地中海でぶつかったヨーロッパ軍、アフリカ軍、アラブ連合軍が三つ巴の開戦を始める。その後いろいろあって地中海戦にアメリカが参加。中国が日本海からアメリカへと攻撃をはじめ、アメリカは同時の戦争の対処が不可能になり、ヨーロッパから撤退。その後ロシアが中国側で参戦。これにより中国は日本海を通らずに樺太経由でベーリング海へと侵攻を可能にした。日本は中立の立場でありながらも自衛隊は軍の提供や兵站などに協力することを強いられた。ベーリング海では今もなお不発弾や核ミサイルが海の底で埋まっている。昔の首都であったワシントンD.Cはロシアの核攻撃で迎撃むなしく落下し、中枢機能が麻痺。これにより大統領が死亡したことでアメリカは敗戦国として戦争から脱退した。……これは互いが石油の利権が消えたことによって欲が生まれ、様々な国が暴走してしまった戦争だった。人類の汚く気持ち悪い戦争を経験した人々はみな、蔑称として石油と掛けた『泥の戦争<マッド・ウォー>』と呼んだ。


 「……。けっこう重いね。なんでそんなところ行きたいの?」

「昔、お爺ちゃん言ってたんだけどさ。MIR_AIはあの時代を思い出させない、つまり封印するための機械なんだって。この世界があの時よりもっともっともーっと楽しくなっちゃって、忘れちゃうほどの平和を作りたかった。だからMIR_AIっていう媒体を作って、人々がより意見を交わせるコミュニティがあったら絶対この世が便利になるんだ、って。いつも小さいころ寝る前に教えてもらってたんだよね。俺はさ。正直おじいちゃんを救いたいっていうふわふわな目的しか持ち合わせてないけど、人一倍おじいちゃんを愛してたって思ってる。おじいちゃんは昔の事は忘れてほしいとは言ってるけどさ。おじいちゃんが守りたかった景色、忘れたかった光景、全部見ておきたい。あとになってからじゃ遅いから。」

「あとになってって……どういうこと?」

「死ぬつもりはないけどさ……俺はこう見えて全然まだ怖いんだ。この先どうなるかわからないけど。絶対よくないことは起きるって確信してる。その時がきたらその時だけど、もう後戻りはできないでしょ。」

 アレックスの横顔は、講演会で見たフロリド博士とそっくりだった。遺伝子なのか精神なのか。彼の顔はよっぽんど澄んだ顔をしている。小さいころは精神も体もヒョロガリだったくせにいつのまにか大人になっていっている。少しだけ目から涙を浮かべる。でもアレックスの事で泣いちゃうなんて恥ずかしいから私はそっとうつむく。まだそこまで声も震えていない。

「そっか。もう覚悟きまってるんだね。もうすぐ私たちも大人だもんね。」「違う。」

「違う。僕は君と違って大人なんかじゃない。」

 いきなりアレックスが私を否定してくる。さっきまでブランコの正面を眺めていたアレックスがいきなり横に顔を向けた。自分の涙に気づいてしまう—という気持ちがわずかにあったがそれが吹き飛ぶぐらいのことに気づいた。アレックスが……泣いてる。目が赤い。ずっと我慢してきたような涙だ。私アレックスに気の障ることなんていっちゃったのかな。心配ですこしまた涙がでると右頬から涙が溢れる。


 今こそいうべきだ。ずっと自分自身が嘘で塗り固められてきた存在だったのかを。ずっと自分が心の中で隠してきた存在を。もうケイトに嘘なんてつきたくない。他人の期待で勝手に色んな方向に道間違えてきた自分を、ずっと過ごしてきたケイトにこのまま接するわけにもいかいんだ。

「俺は……俺は……ずっと……周りの期待に沿おうとして……無理やり軌道修正しようとして……いっつもいっつも見え張ってばっかだった。そんな自分がいてモヤモヤしていても、周りの人がいる以上もう変えられなくて……僕は……ずっと余裕かまして周りに無茶かけて、そしてケイトに嘘ついてきた。今の俺は陽キャのふりした虚言癖でADHDのただの役立たずだ。嘘をついてるあげく周りに迷惑をかけるなんて、これほど苦痛なことはなかった。それほど辛かった……今言わないともう一生言う機会なんてないと思うから、今言うしかないんだ。俺はただケイトにかっこよくみせたいだけのハリボテで何の意味もなかった。意味もないのにこんな自分を十数年間も演じてきた。本当の自分は、引っ込み思案で我がままでヒョロガリのクソ人間だ。今までずっと嘘ついてきて、いや自分の勝手でここまで追い込んじゃって……迷惑ずっとかけて……ごめん……ごめん……ごめんなさい。」

 なぜだろう。心の中で思っていたときは普通だったのに、口から出して、それを人に伝えるだけでなぜか涙が止まらない。普段の俺とは想像がつかない僕の嗚咽はきっとケイトから見ても引いてるのだろう。ああ。こんな夜中に泣いてるなんて周りの家から覗かれてそうだな。でもそんなのが関係ないくらいに、この気持ちを吐き出せたことによる安堵感と悲壮感はとてつもない。口からほんの少しずつ涙が口に入り込む。涙はしょっぱい。ときどく甘くなったりもするけど、いつも少し塩が強い。前が見えないくらいにおれは泣き出していた、きっと鼻水も出していただろう。こんな情けない自分がさらに勝手に泣くなんて。もうケイトと昔みたいに関わりあうことはなくなるだろうな。

 そう思っていたけど、いつの間にか背中が暖かくなる。後ろから伸びた腕が心臓付近で交わっている。何にも見えないけど、ケイトが後ろから包んでくれているのだろうか。

「何言ってんの。それ含めてアレックスなのに。それ自覚しちゃったらキャラ的におもんなくなっちゃうじゃん。本当は本心じゃないけどそれを隠して自分がするべきいことをがむしゃらに努力するのがかっこいい主人公、っていうキャラが台無しじゃん。」

 そういってケイトは後ろから呟く。笑い声でこちらをサポートしているようだが多少泣き声も混ざっているような気がした。

「含めてって……どういうこと……。」

「含めてって……そのままだよ。ぜーんぶアレックスがカッコつけて俺様気質なのが演技だってこと知ってたもん。研究所侵入したときも、足ブルブルだったし計画立てたのはほとんど私だったし、アレイ博士が倉庫来た時うっすら私の事みたあと突撃してた。ぜんぶ自分を殺して理想の自分を作ろうとしてたんでしょ。でも逆にそれが自分とだんだん乖離していって自分と嘘の自分が出来上がってしまった。アレイ博士もそう言ってたよ。」

 え。全部、ケイトが。分かっていたのか。分かったうえでそんな態度していたのか。

「全部知ってたってことは……それ知っておきながらなんもいじったりしなかったのか。」

「何言ってんの。大事なアレックスを傷つけるようなバカがどこにいるの。私ね。今の話を聞いて気づいたんだ。」

 ケイトがもっと腕を強く握りしめる。体がもっと強く締まる。

「私とアレックス。同じなんだよきっと。アレックスが他人との期待でねじ曲がったように、私も他人との期待を台無しにしないように、一人一人用の人格をいつの間にか作ってた。そしたらね。いつのまにか自分が誰だかわからなくなっちゃったの。自分が自分じゃないような感覚に陥って、いつのまにか病んじゃって。で結局……人と仲良くできるためにわざわざ作った人格それぞれが無意味なぐらいいじめられちゃった。当時は施設だったからまだ先生にサポートしてもらったけど、ローズお義母さんに引き取ってもらってからもその人格を作る癖ってのは治らなかった。でもね。アレックスが私を助けてくれたんだよ。いっつも自分っていう本当の存在をさらけ出してくれるくらい、明るかった。そんな存在。今も人格は増え続けるけど、アレックスの前だったらそんなの全部消えて、私しかいなくなるんだ。本当の自分っていうのが実感できる。だからね。分かるんだ。こういうのってわざわざ他人に伝えられないもん。私だってそう。だからアレックスが伝えてくれるまでずっと待ってきた、だからね。私とても嬉しいんだよ。アレックスも同じ悩みもってて。私に秘密を相談してくれるぐらい仲良くなったんだってわかるんだもん。だからありがとう。相談してくれて。」

 いつのまにか背中には冷たい水のようなものが時々滴り落ちた。僕ももう嗚咽を出さないように我慢してたけど、やっぱり普段泣かないケイトにもらい泣きしてしまった。

「アレックス。もっと気楽でいいよ。もっと自由でいいよ。もっと正直でいいよ。もっと頑張ってもいいよ。たまには背伸びしてもいいよ。もっと休んでもいいよ。私はずっとアレックスのこと見守ってるから、他人の期待なんて気にしないでいい。」

「ケイト。いっつも自分を支えてくれて。フロリド博士がいなくなってから心の穴をふさいでいたのはずっとケイトだった。何度お礼をいったらいいかわからないくらいたくさんケイトには迷惑をかけた。だからせめて僕がいるときだけでも気張らないでいいよ。僕がケイトを支えるようになりたいから。」

 泣いても泣いても泣き止まない。公園もあいまって僕らはまる で子供のようだ。でもそれがいい。それでいい。そうやって涙が枯れるまで泣ければ、心に残す感情なんてないのだろう。


 気づいたらもう時刻は朝の五時になっていた。いつもは研究所で過ごしてるから見ないけど、こうやって坂の上にあるこの公園からだと日の出が見えやすい。太陽が、どんどん上に上ってくる。

「ねえアレックス。」

 ブランコに揺れながらアレイが呟く。

「わたしたち、つ—ごめんなんでもない。」

 ケイトの恍惚とした表情、すこし震えるような手、そしていまの雰囲気、なんとなく言いたいことは分かっていた。でもケイトが言葉を止めたように、今僕たちはこんなことしている暇なんてないのだ。

「そうだな。まだ俺たちにはやらないといけないことがある。その時まで待ってくれないか。まだ。ここで終わらせたくない。」

 そういって俺はケイトに別れを告げた。その後のケイトの反応など全く見ていなかったが、僕の決意を感じ取ってくれたと信じよう。後ろから聞こえるブランコの金属がかすれる音は最初よりも早く感じた。


 Kを追う会が一時停止してからとうとう一週間がたった。先日、アレイ博士からのメールに、『いつものショッピングモール集合』というメッセージが送られていた。どうやら初期メンバー一行はネクサス空港から研究所に向かうらしい。アレイ博士は道案内や雑談も兼ねて空港で会ったほうが仲がよくなるんじゃないかと思い、ショッピングモールからバスを走らせてネクサス空港まで迎えに行こうという算段だ。俺とケイトがショッピングモールまで向かうと道路脇でバスを止めるアレイ博士が見えた。あれはバスっていうか観光バスだ。国立の研究所となるとそこまで準備されていることに衝撃を覚える。アレイ博士は「おーい」と声をかけながら手を振ってくる。僕らは走ってアレイ博士の元まで走り出す。

「よ!一週間元気してたか!?」

「うんまあ……色々ありましたよ。」

「逆にずっと暇で大変でしたよ。」

 あの公園の出来事もあってケイトのことに少し反応してしまう。いつのまにかケイトの声が昔より感情的になっているような気がした。幼馴染としては、それがとてもうれしく感じるけどな。

「んじゃあ、準備できたみたいだから乗ってけ!」

 アレイ博士が背中を押してバスの入り口まで案内する。バスの中に入ると修学旅行や社会科見学でもあったような静かで落ち着きのある場所だ。

「うっしゃあ楽しんでいきましょうううう!」

 アレイ博士で雰囲気ぶち壊しだけど。

 運転席にはジャックさんが乗っていた。

「ジャックさん免許もってたんですか!?」

「うんまあ……大学生のころ仕事欲しくて色んな資格や免許取ってたんだよね。」

「よぉアレックス。こいつな。細目でぽっちゃりでかわいいけどな。見た目の割にはけっこうパンチある職業やってたんだよ。ラッパーに医者、タクシー運転手に、Youtuberまで!」

 それ言う順番ミスってません?

「えーじゃあ最近バイクの免許取ろうと思ってるんでいつかクイズとかでサポートお願いします!」

「任せなよ。」

 ジャックっさんは右手の親指をたててグッドマークを僕に向けた。僕もさっそくバスの奥へとテクテクと歩いた。そして僕はバスの一番後ろの座席に座る。ここんところ寝不足で周りが明るければ明るいほど逆に眠たくなってくる。どうせアレイ博士はうるさいし、作戦会議とか陽キャ御用達のパーティーゲームでもやるのだろう。僕はそんなのに溶け込むことができやしない。眠気を犠牲にして嫌なことやるんだったら、嫌なことパスして眠気を覚ますのがどう考えたって合理的だ。俺はバスの隅っこで誰にもわからないような場所で目を閉じた。ただ目を閉じると逆に周りの情報を知るために聴覚が敏感になる。僕が1分ぐらい目を瞑っているとヒソヒソと話す三人が聞こえた。

(ねえみて。アレックス寝ちゃったよ。)

(はぁー?あいつおもんないなぁ。せっかくクイズとか作ってきたのに。)

(まあアレックス君も疲れてるんですよ。たまにはそっとしてあげましょう。)

(いやそっとっていうか……ああ、もういい!アレックスが寝てるなら俺らも寝るしかねェ!そうだろォ!?)

(私は運転手なんであれですけど……)

(もう自動運転にして寝ちゃいなよ)

(賛成ー!私もねむーい!どうせ初期メンバーのみなさんが来たらうるさくなって寝られないでしょ。今のうちに寝よ。)

 ふっ。なんだよあいつら。嬉しくなってしまうが一応寝ているっていう設定であるから聞いてないことを貫き通さないと。頑張って上がった口角を下げようとしたが、逆に顔がきもくなるのでやめた。けっきょくこのバスは静かで落ち着きのある空間となってしまった。安心感でたまらない。どんどん眠気が落ちていく。俺はとうとう寝てしまった。

(うわーいい夢見てそう……。)


 「アレックス君、もう着きましたよ。」

 ジャックに肩を叩かれて窓を見ると、ネクサス空港の駐車場が広がっていた。駐車場は1F,2Fだけじゃなく駐車場ビルっていうのが何棟も建てられていた。車と車の隙間から見える外にも若干そのビルが映っている。窓からすこし自分より下の部分を見ると、アレイ博士とケイトが話し合っているのが見えた。

「あーごめん……ありがとう。」

「ちゃんと寝られましたか?」

「普通こういうのって帰りのバスで行うのにね。過ごしやすい雰囲気作ってくれてありがとう。」

「いえいえ私も、アレックスくんが寝たからみんな寝るってことになったんですからお互い様です。」

 またあの時のように口角が上がったままバスを降りる。時刻はまだ11時。太陽が大きく空を照らしている。暑いとまではいかないが、この時間帯でも直射日光はしんどそうだ。

「おいアレックス。」

 アレイ博士が後ろから肩にトンと手を置く。声さながらなにか怒っているようだ。

「え、あ、なんでしょうか。」

「お前さ。せっかくのバスツアーっていうのに寝たよな?後輩が粋ってんちゃうぞ。」

「えっと……許可なしに寝てしまい申し訳ございませんでした……?」

「あとで研究所帰ったら思い出バスケットすっから。」

 もう30代だというのに若者ヅラしているのが少々きついしツンデレキャラでいこうとするのはもっとキツイ。こんな濃すぎるメンバーじゃKなんて止められないだろう。早く初期メンバーだった方々に会わないとそう思った。


 俺らは空港のゲートで迎えるまでに右往左往したもののなんとか目的の場所へと着いた。ひとつ前の飛行機が10分ほど遅れて離陸した影響で、どうやら研究員さんたちがくるのも少し遅れているらしい。そこで俺は近くのふかふかベッドで暇をつぶした。ケイトはトイレに行き、アレイ博士はガチャガチャコーナーで遊んだ。ちょう横でジャックさんも座っていたので少し話しかけてみた。

「空港って綺麗ですよね。一応この空港も空襲うけてましたよね?それなのにすぐ復興するのってほんとにすごいとしか……。」

「第三次世界大戦のこと?あれはね。MIR_AIがなかったら僕本当に滅亡すると思ってたよ。」

「え?」

「こうやってみんなすぐに立ち直ったのも、MIR_AIがPTSDにならないように記憶消去や記憶補完を行ってきたからだし、恨みの連鎖でもっと泥の戦争が続くと思ってた。でもフロリド博士の目指すMIR_AIっていうのを初めて知った時、僕は感動してしまったんだ。『この人が最後の希望なんだ』って。」

「そういえば、ジャックさんも初期メンバーですけどいつ知り合ったんですか?」

「あんま声を大にして言えることじゃないんだけどね。アメリカ政府に国民が反乱デモ起こしたときに僕もフロリド博士も参加してたんだよ。」

 政府からの反乱デモ。たしか第三次世界大戦が終わった後に始まった内乱だ。第三次のように血で血を洗う物騒なものではなかったが、アメリカ政府の象徴となったシンボルや都市がことごとく破壊されていった点でいうと大惨事だった。

「『私はこういう世の中を作りたい。みんなも参加しないか。私たちで世界が面白いんだってことを全世界で共有しあわないか。』って言ってたな。正直僕はもともと知り合いじゃなかったそんなのがあったの知らなかったけど、アレイ越しに教えてくれたんだよね。『お前もこっちにこないか。』って。」

 この出来事がきっとジャックさんの分岐点を作ったんだなと実感する。ただお爺ちゃんが反乱デモに参加したなんて初耳だった。確かに言われてみれば、あの時代は忘れたい、封印するべき過去って言ってたから相当な恨みがあるのは分かってたから、言われてみれば反乱デモに参加するのはなんら不思議じゃない。なんか……こうやって意外なところでお爺ちゃんの新しい一面を知れるのって嬉しいようで少し寂しいな。でも、みんなの過去や思い出をきくと心が温まるのはなぜだろう。ジャックさんもいつもより生き生きしているような気がする。こうやって聞くことで自分が知らなかった沢山のことを知れて嬉しい。話すことで自分が経験してきたことを思い出せて楽しい。どちらにせよ、それらの気持ちに共通する懐かしいって気持ちは人を笑顔にさせるのだろう。

 床見てそう考えていると一人の足が自分のところで止まるのに気付いた。顔を見上げると喜んだ顔をするアレックスの姿がいた。

「ただいまー。おいそれより見てくれよこのガチャ玉の量!有り金を全部サーバーに送ってチケット使って回しまくったんだ。これが年収○○○○万の大人の本気ってものだ!がぁはっは」

 アレイ博士が布のバックを両手に持ち上げながら、その中にガチャガチャの玉がたくさん入ってるのが分かる。それよりもアレイ博士の声量で他人に見られていないかのほうが心配だ。

「ちょっと静かにしてください。」

 アレイ博士をなだめているとコンコンという靴の足音が聞こえてきた。音の速さ的に走っているのだろう。

「ごめーん!時間まだ大丈夫そ?」

 ケイトが手を合わせながら謝罪をする。我が男子軍はどうやってこの場を返せばいいかわからないので、とりあえずみな同時にグッドマークをした。傍から見たらかなりキモイだろう。

「ああ、でも確かにもうそろそろゲートから出る時刻ですね……ローズさんからは何かハプニングを起こした旨のメッセージはないのでもう向かったほうがいいですね。」

 ジャックさんがMIR_AIを触りながら答えた。

「うっし。」

 アレイ博士がバッグを椅子において肩を回す。

「そろそろ行くか。」

 みんなもニコって笑ってゲートへと歩いていく。

「Kを追う会、本気出しますか!」

「まともな人であってほしいですねぇ」

「お義母さんと久しぶりに再会じゃん!」

 これからどうなるのか、本当に楽しみだ。




 僕らがゲートで数分待ち合わせていると、10人ほどの団体がたくさんの荷物を引いて歩いているのを確認できた。ローズさんも10人で来るって言ってたからきっとそれだろう。俺らは研究員のみんながきたことに歓迎する。するとアレイ博士がみんなを壁まで誘導してそこで荷物などを置いた。みんなが壁によって談笑している。僕は普段家で過ごしてたからケイトと違って顔見知り程度の人間しかいない。こういう気まずい場面はずっとケイトのそばで隠れようと思ったけど今はたくさんの人に話しかけられていて割り込めない状況になってしまった。俺は集団から少し離れてポスターを見るふりをする。といっても耳は異次元なほど澄ませてその人たちの会話を聞いていたけど。

「あら久しぶりね。アレックス。」

 この声は、ローズさんだ。振り返るとサングラスをかけて黒いコートを羽織っているローズさんがいた。ローズさんは確かもう50歳超えたんだっけ。今でも軍事研究所で雇われるほど技術や才能を持ち合わせているなんて尊敬でしかない。

「お久しぶりですね。最初にケイトくんから話せばよかったんじゃないですか?」

「今話しかけられる状況じゃないでしょ。アレックスくんがここまで私たちの運命を導いてくれたことに感謝したいの。」

「それは褒めすぎですよ。ほとんどはケイトがやってくれたんですから。」

 俺が数m先にいるケイトを見つめると、それにつられてローズさんもケイトを見た。そしてローズさんが数秒彼女を見つめたあと今度は俺を見つめてきた。ローズさんの顔がどんどんにやけ顔になっていく。

「ずいぶんケイトの顔立ちも変わったわねえ。一週間前とは全く違う、愛嬌のあるそれでいて鋭い目つきをしてる。」

「?どういうことですか?ケイトはいつもこんな感じですけど。」

 「まいいさ。なんでもないよ。ちょいとアレイ博士に話しかけてくるね。」

 そう言ってローズさんは右手を払うような手つきで会話を止めた。

 

 その後。ローズさんの紹介もあってか、僕もかなりの研究員と談笑した。前みたいに気張ることをやめたから人と話す自信は無くしてたけど、前よりずっと緊張感というものが薄れていくように実感した。研究員のみんなはとても優しくて、僕がこれまでの出来事をストーリー風に語ると周りが盛り上げてくれるのでやりやすかった。会ってから30分後ぐらいにアレイ博士が会話を終了させてバスまで案内した。

「こちらが俺たちの乗るバスです。ささ、乗って。」

 アレイ博士が声をかけると研究員のみんなはどんどん奥へと入りこむ。自分は最後に乗ったが、行きと違いスッカラカンだったバスの座席は、半分も埋まっていた。これほど仲間が増えたことに現実感が出て嬉しい。ただ結局僕は人と話すことが苦手だったので、みんながいる奥側ではなくてアレイ博士やケイトが座っている前側の座席に座った。みんなが座ったことを確認するとアレイ博士がマイクを取り出して通路の真ん中で立ち上がった。

「はい。では皆さんが揃ったことなので。第四回Kを追う会を始めます。」

 パチパチパチパチ。

 後ろから研究員たちの拍手が聞こえる。そういえば、よくよく考えていつも司会は俺だ。だが今回はアレイ博士が進行を務めてくれている。もちろんローズさんと意見交換した上ではそっちのほうが情報を伝えやすいのもあるのだろうが、きっとアレイ博士のことだ。僕がこの状況で話しにくいことをわかっていたのだろう。子供で無邪気な人だけどやっぱそういう気配りができるところは親だよな。まあでも子供生まれてすぐに浮気発覚したせいでスピード離婚したって話もってるのは本当にクソな人間だが。

「まず新しく編入した研究員たちの内訳と詳細について。今回の会から参加するのは、博士4名、研究員6名の計10人です。」

「えーっと博士から順に、ローズ先輩、アラン先輩、ネス先輩、ウィーズリー先輩。研究員は、タクトくん、アンナさん、ミーアさん、アリスさん、スミアくん、オルマーくん。先輩方含め、皆さんお久しぶりですね。これから先もう一度お世話になります!」

「それでですね。今回から新しい目的を掲げます。Kという人物が何者なのかその正体を探すべく、我々は禁忌の技術に触れます。」

 禁忌の技術?そういえば一週間前に集会がストップしてから仲間を集めること以外、何にも議題や目的が決まっていなかった。集まったうえでもう一度話すのだろうなと思っていたけどすでに目的が定まっていたのか。禁忌の技術。一体なんだ。

「『クローズドデータベースの完全なる復元』。これが第一の目標です。Kという謎のMIR_AIアカウントはユーザー名も情報もなにもが秘匿されている状況です。だから今こそクローズドデータベースを復旧して内側からKを探すのです。Kという文字や何者かとかかわった痕跡、そしてフロリド博士に関する情報。さまざまのキーワードからアカウントを特定しましょう。」

 クローズドデータベースを復元する……でもフロリド博士の日記では破損ファイルだらけで復元ができないって言ってたはずだ。俺は疑問で手を挙げる。

「クローズドデータベースは何者かによって破損ファイルにされているはずでしょ?一体どうやって?」

「ああ。まず大前提にな。このクローズドデータベースは日記通りの話ならK_データベースで一旦保存されたものを破損ファイルにした後、こっちのに流してるんだよ。だからこれは決してKに関する情報とは限らない。ただな。破損ファイルっては部分的に情報が欠けているのであって上手ーく文字を当てはめればそのまま通常のファイルとして動作することができるんだよ。」

「えーっと……そのうまく当てはめる技術が難しいんじゃないんですか。」

「ああそうだ。だが少し待て。面白いものがある。」

 そう言ってアレイ博士は黙ってしまった。

 

 いつのまにかバスは研究所の前についていた。研究所の周りを見るとどこもドアやシャッターになにか紙で書かれたような文章があった。アレイ博士の案内で降ろされて研究所内へはいろうとしたときにちらっと見た。

 『1月3日未明、二人組の泥棒が侵入いたしました。サイレントスネーク社㈱の鑑識の現場証拠の収集のため、Miko国立研究所は一か月の閉鎖を行います。1月6日』

 これはなんというか、僕たちだな。そういえばジャックさんが一人で一応運営してるから管理者が言えばなんとでもなるのか。がばがばシステムすぎないだろうか。きっと昼夜問わずKの活動に専念するため研究所を文字通り貸し切りしようとなったのだろう。ただそれを身内同士の猿芝居で研究所を乗っ取れるなんてどうかしてるだろう。ここに従している研究員が不憫でならない。

「これ研究員かわいそうじゃないですか?こっちが勝手に侵入して勝手に閉めて勝手に占めてるんですよ?」

「……ここ近いうちに壊されるんだよ。最新器具最新技術いってたけどさ。一応ここは2,30年前に作られた終戦直後の施設だから。周りの人全員もう別のところに移る準備もしてる。フロリド博士との思い出をそのまま壊されるんだったら、思う存分使い倒して有効活用したほうがお得でしょ。」

 アレイ博士はそう言いながら入口へ入ると、よこの非常階段からテクテクと下へと降りていく。ラボフェーズ、駐車場へとどんどん下へ行く。どんどん。どんどん。どんどんと。

「え、あのどこまで行くんですか?」

「最近な。とても面白いもんをみつけたんだ。ビビるぞ。」

 すると非常階段の最下層である地下三階へとつく。もちろんそこには廃材置き場などゴミしかない。ただアレイ博士はそんなものに目もくれず階段の裏へと周り、隅っこにある二メートルほどの高さの押し入れを引っぱる。右へずらすとさらに下へと通じる穴が出てくる。

 研究員のみんなも怖がっているようで声を発しないが『ハッハッ』といううっすらとした呼吸音がした。

 下へ、下へ、下へ。下へと通じる穴はいつしか通路のようになり、さらに迷路となる。アレイ博士はMIR_AIで確認しながらルート通りに進む。そしてようやく目的の場所についたようだ。シャッターというべきか鉄の扉というべきか、6m×14mほどの横に広い扉が現れる。扉にはトップシークレットと書いてある。

 アレイ博士はまたMIR_AIを数回タップする。そしてシャッターが上に上がっていく。逆に下からは白い煙が漏れ出してくる。

「アレックス。悪い。ちょっと嘘ついた。俺が8年間ここで時間を潰したのは、この施設のセキュリティ解除だった。」

 シャッターがとうとう完全に開く。顔が反射してしまうほど明るい。そして一瞬で風になりそうなくらい寒い。なんだここは。もはやエイリアンの秘密基地とも言うべきか。 野球のアリーナの何倍もの空間に、数十メートル上にある天井と、床から伸びる金属のパイプや金属板が逆三角形型で突き刺さるように四角い物体に貼り付いている。そんなものが何百個何千個、何万個もある。都市伝説でしか聞いたことなかった。第三次世界大戦でロシアに敗戦した事による経済制裁で製造を禁止された機械。

「これが量子……コンピューター……?」

「おれの調べが正しかったら、ここは第三次世界大戦によって封印された……永久に忘れられたはずの施設。俺らの……『秘密兵器』だ。」


 そこからの俺らは急ピッチでクローズドデータベースの活動に取り掛かった。

 アレイ博士はフロリド博士が失踪してから一年後のある日、この量子コンピューターにつながる不思議な空間を偶然に発見したという。ただし最後の扉のセキュリティによって開けない状態でいたらしい。この中にいったい何があるのか。フロリド博士につながるヒントとなりえるのか。悩みに悩んだアレイ博士は研究者魂を燃やし、秘密裏にこの扉のセキュリティを解除するようになった。これはもちろんジャックにも伝えており、なんとか今年の年明けに開けることに成功したらしい。そしてたまたま僕らがこの研究所にやってきて、サンプルデータとして幻覚を見せる処理をこのコンピューターにやらせていたらしい。たしかにあんな現実と見分けがつかないような映像を、複数のMIR_AIを乗っ取りながら、リアルタイムで動作するなんてマシンスペックがかなり必要になるだろう。確かにこのマシンスペックなら膨大なデータを埋め込みで瞬時に計算できるだろう。ただこのコンピューターは部品しかそろっていない、つまりマシンを動かすためのシステムが用意されていなかった。だから同じMIR_AIのOSを作ったもの同士に助けを求めたのだろう。流石現役研究員ということもあり、わずか二日で破損ファイルから復元したアカウントを閲覧するためのOSが完成した。最初は研究員たちとなじめるかが不安だったが、OSを作る活動を一緒に一日中通してやっていたため、不思議とコミュニケーションができるようになっていた。


 一週間後。

「あれ……これ……ねぇアレックス君。」

 アラン博士が呼びかける。アラン先輩は小さい黒丸眼鏡?のようなものを鼻につけたり、二の腕にはタトゥーが彫られていて最初は少し怖かった。でもいまはコミュ力最強お兄ちゃんって感じで仲良くなっている。

「とりあえずフロリド博士が失踪する直前までのデータ全部解読できたんだけどさ……ここ。」

 アラン博士がマウスカーソルで一つのアカウント名をさす。

「K_13。これおかしくないか?プロトタイプも配布版でも必ず、『Lab or 国名_製造ナンバー_名前』っていうアカウント名だろ?しかもK。そして13。これってアレだよな?」

「トランプの数字……King……”王”。」

 王と言えば国民を統べる権力者だ。なら国民とは……全人類なのか?いつ支配が行われるのか、もしくは支配がはじまっているのか。だんだん自分が何をやろうとするべきなのかわからくなるほど、Kに立ち向かう勇気から一歩後ずさる。

「だよな?支配っていう点でも考え方が同じだ。でもアカウント名をシステムから逸脱するってころができるのか?」

「……これはさぁ……ただの勘だけどさ……日記でもあったけど、こういうシステムごと書き換えるってのはセキュリティ上外部からアクセスするのはほぼ不可能なんだよ。このアカウント名もそうだけどさ、パスキーもってる博士の中に、やっぱり……内通者がいるんじゃないかって。」 

「そうなるとお前も俺の事信用できなくなっちまうが……まあ俺も半分は同意だ。なんか手際がいいっていうか……この活動に違和感があるんだ。なぁアレックス。このアカウント名について報告するべきか?」

「ごめんだけど報告しないんだったら僕が無理やり言うよ。確かに内通者がいるかもしれないが憶測だ。仲間に早く報告してこっちで対策考えるべきだ。」


 「Kと思わしきアカウントを昨日発見したんだが、配布版のプログラムからデータのアクセスを試みたところ、やはりアクセスが成功した。そのアカウント名は『K_13』。だがアカウント名からクローズドデータベースを閲覧したが、破損ファイルも何もない。また、言いたくはないが、アカウント名から明らかに内部的に改造されている跡がある。信じたくはないが……内通者がいるのではないか、と。」

 いつものKを追う会だったらみんな悩みながらも自由に発言して暖かい空気になるものだが、今日は何かと異質だ。一言でもしゃべったら魔女裁判にかけられるかもしれない。研究員も博士たちもそう考えたのでないのだろうか。結局この日はお互い監視の目を向けながら保留という形になった。アラン博士からしても今の状況で疑いを少しでも他人にかけたら争いが生まれてしまうと考えたのだろう。


 研究所に併設されている寮のベッドで眠りにつく。あんなのフロリド博士の日記を読んだ時には一矢報いるんだっていう気持ちが強かったけど。今はこの先どうなるのだろうという不安視感じない。この寮の中に一人だけ内通者がいるとしたら、今どんな気持ちになっているのだろう。そんなこと考えたくない。でも必ずKとぶつかりあう上では犠牲が必要だ。お爺ちゃんが守ろうとして消えてしまったのなら、僕だけを責任者にして、全責任負わせて、周りの人に危害を与えないでほしいって思おうけど、きっとそんなの狂人には聞く耳もないよな。眠い。眠ろう。


 午前4時44分44秒。午前4時44分44秒になりました。みなさん、殺しましょう。殺しましょう。裏切りものを殺しましょう。

 

 はっ。なにか物騒なことが聞こえた気がする。これは夢なのか。いやでも夢だったらこんなくっきり聞こえないだろう。今の何だったんだ。いつものアラームじゃない。

 ピピピ。

 アラン博士から電話だ。

「アランさん。今何が起きてるんですか?」

「そんなもの気にしてる場合か!今どこにいる?寮か!?」

「え?はい。寮で寝てました。で何があったんですか。」

「やっぱり嫌な予感が当たってしまった。だから人口も環境も何もかも順調に……いいか。Kが俺らに攻撃を開始した。多分この電話もKに聞かれてる。俺らは深夜アレイ博士と丁度飲みに行ってたんだ。だがな、あの音声を聞いた途端、バーテンダーがナイフ持ち出してこっちに来やがった。外へ出るとみんなが笑顔でこっちにやってくる。きっともうあいつらKに動かされてる。」

「え!?じゃあ何すればいいんですか?」

「とりあえず寮から出ろ!こっちの居場所はバレてるんだかさっさと外言って安全な場所まで……外に助け……を……。」

 電波が切れた。意味が分からない。気分を落ち着かせるために外を見る。なんだこれは。流れ星?がこちらにどんどん近づいてくる。ちがうこれは……人工衛星だ。本当にすべてのシステムをハッキングしたのか?パニックでパニックで何をすればいいのわからない。とりあえず外に出よう。寮の部屋をあける。寮は研究所の中に併設されている形だが部屋から研究所の全貌がみえる。顔がどんどん汗がだまる。嘘だろ。炎だった。寮から見える研究所はあの非常階段から炎が広がっていた。ほかの寮の部屋を開けてもケイトはいないし誰もいない。本当に何が起こっているんだ。炎は上がって熱いけどまだ出口までは広がっていない。

 ドン。

 ドン。

 ドカァーン。

 空から降ってきたであろう人工衛星が庭や屋根の上に落ちる。外でも燃えていた炎はこっちの壁も通じて中がだんだんと燃え上がる。熱い、理性がどんどん失われていく。俺は正直どうやって出ればいいのかわからないしどうすればいいかもわからない。走っても、走っても出口が見当たらない。きっと床が崩壊したせいで出口がふさがれたんだろう。くっそ。もう。おしまいなのか……。

「アレックス!いるか!」

 この声は、アレイ博士だ。

 ヴィ――――ン。

「その壁の向こう側にいるのかアレックス!?」

「アレイ博士!?いるのそこに?」

 「ああ、アレンに無理言わせてショッピングモール寄ってドリル買ってきた。今そっちの壁壊すからお前も協力してくれるか!?Kに操られた人間がいっぱいいるんだ!時間がない。」

「もちろん!何すればいい?」

「この壁の中からできるだけ薄い部分の壁を探してくれ!ドリルも消耗品だから厚い部分ばっか削ってると刃が壊れる!手でノックしながら音を聞き分けてくれ。」

 コンコンコン。ここだけ音が高い。きっと壁が薄い部分だ。その部分をノックしながら答える。

「ここどう?けっこう薄いと思うけど。」

「ああ上出来だ!今から開けるぜ。」

 ヴィ――――ン。

 ドリルがこちらまで貫通し切れていくのが分かる。丸を描くように。ドリルが動いている。十秒ほどで壁を貫通した。アレイの顔が見える。俺はすぐにその穴から自分の身を入れて脱出する。

「アレイ博士!」

 俺はアレイ博士に強いハグをする。

「怖かった……怖かったよぉ……。」

「俺がいるから大丈夫に決まってるだろ。」

 初めてあったころは、アレイ博士をこんなにも嫌っていたのに、今はもうフロリド博士のように安心感を与えてくれる家族のような気がする。

「よし、じゃあはやく安全なところへ向かうぞ。」

「そんな場所あるの?」

「アランが言ってたんだがな。俺らが前に潜入しようとした軍事研究所はMIR_AIとかによる情報漏洩を防ぐためMIR_AIは着用しないんだ。今頃アメリカ軍が軍事研究所に勤めてた俺らをヘリで救出するらしいぜ。それに俺らも乗ろう。」

「本当か!?」

「ああそうだ、早くいくz」パァーン。

 アレイ博士が倒れる。周りを見渡すとローズさんが立っていた。拳銃を構えながら。

「ローズ……さん……?」

「やっと死んでくれたか。」

「私が裏切りものよ。」

「嘘だ。」

「わざわざフロリド派集めて、ここでまとめて殺したのは正解だったわ。軍事施設じゃ見張りもいるからね。ああそうだアレックス。量子コンピューター室がボイラー室になってるわよ。みんなそこにいるし、なんならケイトもいるんだから見ておけば?」

「は……は?研究所に火をつけたのは……お前か?」

「はぁ……まだ分かってなかったの?」

「何のためにケイトを殺した。何とために娘を殺した?」

 ローズ助手の胸ぐらを掴む。

「何って。名誉のためですけど。人類の上に立つっていう名誉。」

「それだったら……娘を殺していいのか?」

 俺はローズの胸ぐらを掴む。

「え?娘だったら殺しちゃダメっていうルールがあるの?」

 ふざけんな。俺がパンチをしようとした瞬間左手で隠していたもう一つの拳銃で足を撃たれた。足を撃たれた反動で俺はバランスを失い、壁に寄り掛かった体勢で倒れる。

「じゃあねアレックス君。」

 額に銃口を押し付けられる。

 人差し指が動く。

 なんでだよ。

 くそが。


 パァーン。



 

 「うわー。そこで終わっちゃったかー(笑)。」

 気が付くと俺はあの時の倉庫室にいた。手が壁に縄で拘束されている。口が布で縛られている。そしてアレイ博士の声がする。

 「いやー未来推測型記憶補完っていう機能はあんまし役に立たないなー。映画みたいなのは作れそうだけど、わざわざ記憶取り出すのもめんどくさいんだよなこれ。結構自信作だったけどなー。まあいいや。俺がKじゃないっていう記憶補完をさせると、こんなキモイ少年ストーリーになるのがマジで笑えるわ(笑)。急に自己嫌悪に陥ったと思ったら?少年少女のラブストーリーまじで寒いわ(笑)。まあ勢いだけでこの研究所に侵入したみたいだけど、俺がKだったなんて運が悪すぎてちょっとこっちも同情しちゃうよ。」

 今俺は……何を見ている?

 「あれ?現実受け入れられてない感じ?じゃあ簡単に言うよ。君が見てきた物語は何も意味はない。仲間も世界も、ケイトくんだって。君はね。Kを倒して世界を救う主人公じゃなかったってこと。主人公気どりご苦労様でした。現実はご都合展開で、少年の癖によいしょされる世の中じゃないんだよ。悔しいよなぁ。裏切られた気持ちに悲壮感に困惑。いっぱいの気持ち抱えて、未練たらたらのまま終わるなんて。でも不思議だよなぁ。みんながAIになったほうが人口増加にも平和になる。今はまだAIなだけで、本当に世の中平等になりましたよーって時がきたときに、みんなの人格解放してあげるってほうがこの世界丸く収まるでしょ。そう考えたら君より俺のほうがよっぽど役に立ってるな。まあ、いつかその時が来たらまた説明するよ。」


 「さようなら、偽物HEROくん。」


 ピ――――――――。


 


 

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偽物HERO @tadano_877

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