『タートス分領支部武器庫爆破事件』 

 周りは火の海。臭いは血肉。

 真っ黒な空には、雲は一つたりとも存在しない。


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……く……ぐぅぅ!」


 彼女はもう、涙すら枯れていた。

 味方は全員死んだ。

 敵も全員死んだ。

 そして自分の死期も、もうすぐそこまで来ている。

 瓦礫に塗れた地面に膝をつき、彼女は左手首につけた機械の腕輪に、右手を伸ばす。


「私は……私は、諦めない……! 必ず……必ず貴方を……ッ!」


 機械の腕輪から出ている一本の紐。彼女はそれを掴んで引っ張った。

 胸を蝕む後悔と絶望を押し黙らせるかのように、強く、強く、強く。

 そして思い切り、引っ張った。



=====================



◇ 界機暦かいきれき三〇三一年 五月六日 ◇


 世界には、『人間』以外にも知性を持つ二足歩行の生物がいる。

 その名も『ノイド』。機械仕掛けの生命体。

 知性も意思も理性もあり、見た目だけなら人間と何も変わらない生き物。

 見るからに分かる違いと言えばただ一つ、そのアンテナの付いた四角い耳だろう。

 そして、ここにいる男もそのノイドの一人だった。

 頭に無地のハチマキを巻いて、長すぎる余分な帯は風になびかせている、黒髪黒目の精悍な男。


「……なァ、マジでやんねェと駄目か?」


 話し相手はここにはいない。

 彼はその角ばった耳に触れ、その『通信機能』を利用していた。

 遠距離の相手と、いつでも連絡を取れる機能だ。


「……わーったよ。武器倉庫の破壊……ね。確かにそれで戦争は出来なくなるだろうぜ。……一時的なもんだろうけどな」


 彼は高い丘の上から、下に見える町を見つめていた。

 そこには町の他に、ある軍事施設がある。武器倉庫とは、その施設の中にあるもののことなのだ。


「ったく……。ま、やってみっか」


 通信を終え、男は耳から手を下ろした。

 そして、これからどのようにして武器倉庫に近付くかを思案する。

 だがその時、背後の雑木林から人の声が聞こえてきた。


「?」


 気になった彼は、その四角い耳のアンテナを張り巡らせる。

 そしてその声の正体が、三人の男と一人の女だということが分かった。

 状況を予測した彼は、すぐさま雑木林の中へと飛び込んだ。


     *


■ タートス分領 ■

▪ 収容地区 近辺 ▪


 雑木林の中を走る三人の男は、ノイドだった。

 そして、追いかける相手は人間の女。機械の腕輪を手首に付けていて、大きな宝石のようなアクセサリーを付けたブロンドの髪に、グリーンの瞳をしている。

 背は低く少女かもしれないが、胸は非常に発達していて、三人の男に怯えることなく立ち止まらないその様は、いくつもの修羅場をくぐってきたように見える。


「待てェい! 女ァ!」

「……」


 無言のまま走り続ける彼女だが、男女の体力差はなかなかに覆しにくい。

 それはともかくとして、ノイドと人間では体力とは別に『差』があった。


「待てって……言ってんだろうがァ!」


 男の一人が、地面を思い切り蹴った。

 そのままの勢いで足裏からジェット噴射が起き、男は一気に女と間合いを詰める。


「!?」


 驚いたのは一瞬だった。

 彼女はすぐさま体を捩じり、近くの木の枝に手を掛ける。

 そしてそのまま、後方支持回転で向かってきた男を避ける。


「なァにィ!?」


 避けてすぐ木の枝に登り、彼女はまた別の木に飛び移った。

 それでも残る男二人は動揺を抑え、確実に女を捕らえに動く。

 彼らは自らのその腕を伸ばし、彼女に向けた。


「食らいやがれェェェェェ!」

「おおおおおおおおおおお!」


 すると二人の男ノイドの腕が変形し、腕ではない『別の物』になっていく。

 黒く細長い『それ』は、質量保存の法則を無視して出現し、男たちの腕と同化する。

 手の部分が『それ』のグリップと接着し、その先端には銃口がある。

 つまり『それ』の正体は────自動小銃アサルトライフルだ。


「くっ……!」


 そこで初めて、女は冷や汗を垂らす。

 ノイドの持つ力の前に、素手の人間は無力と言っても良い。

 いくら雑木林の中とはいえ、これだけ近い距離だと、全弾避け切れるとは限らない。

 己の無鉄砲な行動を後悔しつつ、あとはもう、ただこの先の自身の処遇を受け入れるしかないと考えた──その矢先。


「ナンパすんならサシで行けッ! 色男どもォ!」


 それは、糸。

 ハチマキを風になびかせながら、彼は『糸』で女を追う男たちを拘束した。

 途轍もない速さで、自らの手から発せられた糸を繰り出し、グルグル巻きに縛り上げたのだ。


「ぐォォォォォォ!?」

「何だこりゃァァ!?」


 まだハチマキ男の姿を確認できていない三人は、わけも分からず縛られて、その場に倒れ込んだ。

 そして、ハチマキ男は気付かれないまま、新しく手から発した糸を鞭のように操り、男三人の頭を引っ叩いて気絶させた。


「……糸……」


 女が呟く中、ハチマキ男は倒れた男たちを固めて、その上に立った。


「よォ! 大丈夫か?」

「……ッ」


 女はハチマキ男を睨み付けた。今のところ『ノイド』というだけで、彼女にとっての警戒する対象を抜け出せてはいない。


「……この先は海だぜ、姉ちゃん。収容地区から抜け出したからって、すぐに逃げられるわけじゃねェ。協力者が必要だ」

「……貴方は……」


 自分自身の名を尋ねられ、男は目をカッと見開き、ハチマキをきつく締め直す。

 おまけに待ってましたと言わんばかりに、腰に手を当て大きく口を開くと……。


「待ってましたァ!」


 を通り越す──



「暗闇バシッとすり抜けてッ! 天地を貫く糸一本ッ! 情熱一条、ユウキ・ストリンガーとは俺のことだァ!」



 右手の人差し指を高く突き上げ、男三人を踏みつけながら、『決まった……』とカッコつけている。

 常識の範囲外にいるこのユウキ・ストリンガーという男を前に、思わず彼女は息を飲んだ。


「でお前は!?」


 その流れで尋ねられたら答えないわけにはいかない。

 一瞬目を下げて悩んだのち、彼女は顔を上げて答えた。


「……私は…………ユーリ……」

「そうかユーリか! よろしくな! そしてそんなユーリに俺から素晴らしい提案があるわけだが聞いてくれるな!? いや聞け! 良いな!?」

「……」


 最早開いた口が塞がらない状態のユーリを置いて、ユウキは高らかに自分の話を続けていく。

 相手の顔色など全く窺わず、下で伸びている男たちを、踏みつけている事実も忘れて。


     *


 丘の上から収容地区を見下ろし、ユウキとユーリは見通しを立てる。


「ここはタートス分領。ノイド帝国軍が『人間』を捕虜として収容している、占領地域。そんな場所に何用かって? 良いかユーリ。俺ァここの軍事施設にある武器倉庫を、ぶっ壊しに来たのよ」

「何の為に?」

「北インドラ海に面したタートス港湾は、場合によっちゃ帝国軍の要になる恐れがある。だがしかァし! 逆にここの大事な大事な武器倉庫を失っちまったら、帝国軍はここを拠点に作戦を立てられなくなり、戦争に消極的になるって寸法よ!」

「……また別の拠点を作るだけだと思うけど」

「…………俺もまあ、そう思ってっけど。けど無駄にはならねェだろ? 戦力を削ぐのは重要さ」

「貴方は……ノイドなのに、ノイドの敵なの?」


 今までの話を総合すると、明らかにユウキは、ノイド帝国と呼ばれる国に対しての妨害を目的としている。

 そして、『ノイド帝国』とはノイドの国のことだ。そのことはユーリにも分かっていた。

 ノイドのユウキがノイドの国を敵に回す意味が、彼女にはよく分からなかった。


「いやァ、俺ァ誰の味方でもねェよ。ただ、戦争を止めてェだけだ。ノイドと人間の戦争を……な」

「……」


 ユーリは頭がよく回る。一連の話を聞いただけで、ユウキのバックには何らかの組織があるのだと勘付いた。

 恐らくその組織は、戦争を止めるために水面下で動いているのだろう。

 もっとも、それが正義に由来するものなのか、また別の利権に由来するものなのかをこの場で判断することは不可能。

 ユウキが嘘を吐いているだけの可能性も考えられ、まだユーリは彼を善玉に見ることは出来なかった。


「貴方の言いたいことは分かった。私を助けた理由も」

「お? 話が早ェな。ま、ここは持ちつ持たれつで行こうや。お前は俺が逃がしてやる。その代わり、倉庫の破壊を頼みてェ」

「貴方が隙を作っている間に、私が貴方の用意した爆弾を、倉庫に仕掛けて爆破する」

「俺は上手いこと軍の連中騙して、船を一隻頂く算段さ。爆破が起きれば、みんな船の出航なんて見てらんねェ。やろうぜユーリ。いや……相棒ッ!」


 調子の良い事を言うユウキは、気持ちの良い男だった。

 だが、それでもユーリはまだ彼を信用することはない。

 何故なら彼女の目的はまた別のところにあり、ユウキの目的もまた、どこにあるのか掴み切れていなかったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る