『タートス分領支部武器庫爆破事件』 ②
■ タートス分領 ◾️
▪︎ 帝国軍タートス分領支部 ▪︎
男の汗の臭いが充満しているここは、テントの中にある支部長執務室。
ノイドであっても汗腺はあり、厳密には成分が人間と異なるが汗も出る。
支部長執務室の奥に座る巨漢は、動き回っていたわけでもないのに汗で濡れたその上半身を露出し、だらけた姿勢になっていた。
「……『選択』だ」
部下たちが出入り口付近に立っているが、別にこの巨漢支部長と話をしたいわけではない。
彼らはただ指示を待っているだけ。だが、この巨漢はそんな彼らに対し、独り言のように話を振る。
「……人生ってのァ『選択』することだ。なァお前ら。今日の朝は米を食らった。明日の朝は何を食らう? 小麦か? ジャガイモか? トウモロコシか? この『選択』には『意味』がある。下らねェと思うだろうが、必ずいずれ、その『意味』は露わになる」
巨漢はだらけた姿勢を正し、部下たちに視線をぶつけた。
暑苦しい視線を生む目付きは尖っており、髪は短いが髭は鬱陶しいほど生い茂っている。
ノイドの毛は人間と違って生やそうと思えば簡単に植毛でき、逆に剃ろう思えば一瞬でなくせる。
それでもこれだけ髭を蓄えているということは、この男にとってそれは最早、アイデンティティの一つなのだろう。
「良いか忘れんな。『選択』だ。お前らは生きている限りそれから逃れられねェ。後悔は絶えねェ。だからこそ、一つ一つの『選択』を本気でやれ。分かったな?」
「「「はいッ!」」」
部下たちは全く彼の言葉など理解せず、ただ機械的に上司のご機嫌取りのために肯定する。
それが彼らの『選択』だと判断した巨漢支部長は、少しだけ残念そうに目を細めるのだった。
「支部長ォッ!」
そんな中、一人の部下がこの場に勢いよく入って来た。
「どうした?」
「そ、その……実はその……収容地区から、いつの間にやら捕虜の民間人が逃げたようで……」
「何だとォォォ!?」
支部長は声を荒らげて立ち上がった。
「あ、で、ですが! ど、どういうわけかたまたま居合わせた一般ノイドが、その民間人を捕らえたそうです!」
「どういうことだァァ!?」
「──こういうことだ」
また部屋に入ってくる男が一人。いや、その後ろには女もいる。
ハチマキを頭に巻いた黒髪黒目の男のノイドと、機械の腕輪を手首に付け、宝石のようなアクセサリーをブロンドの髪に付けた女の人間だ。
「……ッ!?」
女は縄……いや、糸で拘束されている。つまり、この男こそが部下の言う一般ノイドということだ。
「どうも。えーっと……何だっけ? 支部長さん?」
「俺の名はエピロギ・マクリースだッ! 何者だ貴様は!」
「おっとぉ、随分と偉そうな口振りじゃねェの。収容地区の捕虜取り逃した、無能部下を持つだけあるなァオイッ!」
「……ッ!」
そこは確かに部下のミスであり、監督不十分な自身の落ち度でもある。
軍のノイドではない目の前の男に、エピロギは言い返すことが出来なかった。
「感謝しろよオイッ! たまたま俺がいたから良かったもののなァ!」
「……そ、それは……か、感謝する」
「誠意が足りねェな! なァ部下諸君よォ! お前らもそう思うよなァ! なァ!?」
ハチマキ男が面倒な性格だということを、瞬時に理解したエピロギたちだったが、部下の一人はまた別のことに気付く。
「……し、支部長。こ、この男……確か、どこかで……」
その反応を見たハチマキ男──ユウキ・ストリンガーは、『まずい』と思って話を進める。
「この女、渡してほしいか!? でも捕まえたのは俺だ! 良いか支部長! 簡単な交渉だ! 俺に船を一隻寄越せ! そしたらこの女くれてやるさ! 飲めるだろ!? これくらいの条件はよォ!」
「……わ、分かった。良いだろう。おいお前ら! この男に小船を渡してやれ!」
「小舟ェ!? 舐めてんだろお前ッ! でけェ船寄越せよコラァ!」
「し、しかし……」
エキサイトしていたユウキだったが、その時宝石アクセの女──ユーリが彼に視線をぶつける。
それに気付いたユウキは、流石にここいらで自制すべきと反省した。
「……ふん。いや、まあ良いさ。助かるよ支部長。ありがとな、ホントに」
「お、おぉ? そ、そうか」
この場の全員がユウキのことを『情緒不安定かよ……』と思いつつ、場が収まったことに安堵した。
とにかくユウキのこの目立ちすぎる立ち振る舞いのおかげで、彼らは全くユーリのことを警戒していない。
彼女を縛るその糸が、とても緩くなっていることには気付かなかった。
「ちょ、ちょっと……」
「ん?」
落ち着いたユウキに対し、エピロギの部下の一人が尋ねる。
「そ、その女を追っていたノイドの軍人がいたはずだが……彼らはどうしたんだ?」
「…………さあ? 知らねェなァ」
まさか目の前の男が気絶させたなどとは予想できず、これ以上深くユウキに尋ねることはなかった。
とにもかくにもこれで、ユウキたちの計画の一部は完遂する。
*
「それではこの女は収容地区に連れて行きます」
そう言って、エピロギの部下の一人がユーリを連れて行った。
縛られているので、一人で十分だという判断だろう。
ユウキはアイコンタクトで彼女に後の事を頼むと、早速エピロギに船着き場へと案内された。
「一体船でどこへ行く気だ?」
「さァな」
「何ィ?」
「もう用はねェから帰っていいぜ」
「……いや、悪いがそういうわけにもいかなくなった」
エピロギは声を低くしてどっしりと構えている。
漂わせる彼の空気から、ユウキも若干身構えた。
「……思い出したぞ。貴様は……そうだ。先日の『ハヌマニアの慟哭』……そこで帝国軍、連合軍の両軍を、共に壊滅状態にさせたというハチマキを巻いたノイド。それが貴様だろう。貴様のはずだ。黒髪黒目にハチマキなどという特徴、そうそういてたまるか。貴様がそうなんだろう? 『反戦軍』軍隊長……ユウキ・ストリンガーッ!」
ユウキは眉間に皺を寄せてエピロギと目を合わせた。
だが、その皺はすぐに元通りになる。
「知ってんの!? ハッ! 俺も有名になったもんだぜ! なァオイッ! エピロギ・マクリース!」
「反戦軍……俺にはどうも分からんな。『反戦』を掲げておきながら、『軍』を作るなどとは……全くもって矛盾している。『選択』を放棄し、相反する二つを取ろうとするその考え……俺は好かんぞッ!」
「あくまで反対してるのは、ノイドと人の種族間戦争だけさ。そのための『軍』なんだ。この世の全ての争いをなくそうだなんて殊勝な思想、少なくとも俺は持ってねェ。ま、みんながどうかは知らねェがなァ!」
「ユウキ・ストリンガー。貴様、どちらだ? 我々ノイド帝国軍の敵か、味方か」
「分かって聞いてんのか? 味方なわけねェだろッ! けども、だからって戦う気もねェ! ここは俺のこと見逃せよ。戦わずに済むぜ、アンタも!」
「……『選択』……かッ!」
エピロギは、勝手に重く捉えて頭を悩ませる。
自分の正体がバレる可能性を、実は全く考慮していなかったユウキだが、ここはノリと気合いで乗り切ろうと考えた。
ユウキは、エピロギが『反戦』に同調するとまではいかなくとも、見逃してくれる可能性はあると睨んでいた。
内心では戦争を嫌っている軍人など、星の数ほど存在している。
それでも軍に所属している以上は、組織に迎合しなければならないとして、自らの意見を隠すだけの者も多い。
この一対一の状況ならば、周りの目を気にせずに、彼自身の意見を通すことが出来るのだ。
ここはエピロギ一人に見逃してもらえれば、それで十分。彼を説得できれば、武器倉庫の破壊にも目を瞑ってくれるはずだ。
だが──
「支部長ォッ!」
「どうしたァ!?」
エピロギの部下の一人が現れる。先程、ユーリを連れて行った部下だ。
「あ、あの人間の女が……また逃げましたァ!」
「何ィ!?」
「俺は知らねェぞ。捕まえてやったんだから、そっから先はアンタらの責任だぜ! なァオイッ! そうだよなァ!?」
「……ッ!」
ユウキとユーリの関係性など推測できないエピロギは、当然彼に責任を追及することなど出来ない。
しかし、ユウキにとっても想定外の事実がまだ隠されている。
「そ、それともう一つ……」
「立て続けか!」
「あの女の住居を探させたのですが……どこにも見当たらないと言いますか……。そもそも、あの女に見覚えがあるという人間すら、いないと言いますか……」
「「何ッ!?」」
ユウキとエピロギは二人とも驚愕していた。
この辺りにいる『人間』といえば、このタートス分領の収容地区で暮らす捕虜に限られる。
ユウキも、彼女がそこから逃げ出したのだと思い込んでいたのだが、現実はそうではなかった。
彼女は、また別のところからやって来ていたのだ。
そしてその事実は、エピロギに間違った推測を立てさせる。
「……待てよ。収容地区に住んでいるわけでないのなら、何故帝国の占領地域に人間がいる? いや、いるはずがない。正規の手段で侵入したわけでないのならば……その正体は……」
エピロギは、先ほど自身の正体を認めたばかりのユウキに視線をぶつけた。
非正規の手段で入り込んだということは、必然的に違法な立場にいる人間ということになる。
そして、目の前には同じ違法な立場の男がいる。
故に彼が導き出す結論は決まっていた。
ドォォォォォォォォォォォォォォン
「!?」
最悪のタイミングで、武器倉庫が爆破した。
最早エピロギの中では、ユウキとユーリは繋がっている。
彼らが策を講じ、武器庫を破壊するためにやって来た『反戦軍』の一味だと推理するのは、自然な流れだった。
「そうか……ッ! ユウキ・ストリンガー……謀ったなッ! 貴ッ様ァァァァ!」
「……チッ。そうなっちまうか……!」
ユウキの予定では、このまま自分は見逃してもらえ、この場からエピロギらが離れた後、ユーリと合流し、二人で船に乗って逃げる算段だった。
元々成功確率の低い作戦だったが、ユウキの元からエピロギが離れることがなくなったため、成功確率はゼロに変わった。
「あの女は反戦軍の仲間か! 逃げ出した民間人を捕まえただと? よくも抜け抜けとすぐ分かる嘘を……!」
「違うって言っても信じてもらえなさそうだな。クソ……仕方ねェ。三十六計逃げるに如かずだ!」
ユウキはグルッと方向転換して船着き場から遠ざかる。
そして、エピロギはもちろん彼のことを追いかける。
が、建物の少ない広間に出ると、ユウキはそこで立ち止まった。
「何だ……!?」
「……なんてな。逃げるに及ぶ計はねェ。加えて、俺には元々学がねェ。無駄に計を巡らすくれェなら、そりゃあ逃げるがマシさ。決まってる。だがそれよりもッ! 無策で戦うことの方が、この俺ユウキ・ストリンガーには最良なんだよッ!」
ユウキは両の握りこぶしを合わせた。
そして、ユウキがその気になれば、当然だがもうエピロギも悩む必要はなくなる。
「……ユウキ・ストリンガー。貴様は『選択』した。その結果がどうなろうとも、貴様はもうそれを受け入れる責任から逃れられない。後悔する覚悟は出来ているのか? ユウキ・ストリンガー!」
「覚悟? 覚悟か。それすら出来ずに死ぬ奴を出すのが、お前らのやってる戦争だろうがよッ! 軍人のお前が、『覚悟』なんて言葉使うんじゃねェよッ! 寝覚めが悪くなるぜッ!」
「悪くない『選択』だ! ならば俺のやることは一つ! ああ一つだ! 行くぞユウキ・ストリンガー!」
二人の男は、熱くなっていた──
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