『タートス分領支部武器庫爆破事件』 ③

 エピロギ・マクリースは、熱さに任せて右腕を変形させていく。

 部下たちと同じ様に、変形させた部分から自動小銃アサルトライフルを出現させた。

 腕は銃身と、手の部分はグリップと接着しているため、自重と同化した銃による反動は、普通の小銃より抑えられる。


「支部ちょ……いえエピロギ軍曹! 待って下さい! 非戦闘員への攻撃は禁止されています! 軍法会議にかけられますよ!?」


 わざわざ部下が『軍曹』と呼び直したのは、彼に自分の立場がただの占領地域の長ではなく、軍の人間であることを自覚させるため。

 だが、エピロギ・マクリースという男には無意味なことだった。


「馬鹿を言うな馬鹿どもめ! 『帝国軍に仇なす者、これを排除すべし』。士官学校で教官に教わらなかったか!?」

「わ、我々は士官学校を出ていませんが……」

「何なら俺もだ、馬鹿どもめ!」


 エピロギは、早速その腕ごとライフルの銃口をユウキ・ストリンガーに向けた。


「来いよ……!」

「貴様も馬鹿だな……!」


 ダダダダダダダと、一気にライフルを撃ち放つ。

 それを迎え撃つユウキは、その手から数本の糸を繰り出した。


「糸……!?」


 驚く間もない一瞬の出来事。

 ユウキはその糸を張り巡らせ、高速で飛んでくる弾丸全てを、包むようにしてから叩き落とした。


「何……だ……とォ!?」

「こんなもんか? 『ライフル・ギア』じゃあ……俺は倒せねェよ」


 その時、武器庫爆破を達成したユーリが、近くまでやって来ていた。

 船着き場にユウキの姿が無く、心配とまではいかないが、気になったのだ。

 そして、物陰に隠れながら様子を窺う彼女は、疑問符を頭の上に浮かべた。


(……どうして戦ってるの……?)


 彼女は指示に従って武器庫爆破を実践したが、ユウキを信じていたわけではなかった。


(私を囮にして……もうとっくに逃げてると思ったのに……)


 彼女はただ、自分を助けてくれた義理のみでユウキの手伝いをした。

 そしてユウキの作戦は、爆発の責任全てをユーリに押し付けるためのものなのだと、彼女は認識していたのだ。


(わざわざ船着場から離れて戦うなんて……まるで……まるで、貴方の方が囮になっているみたいじゃ……)


 自分を囮にしたのは、ユーリだけではなかった。

 ユウキは、自分だけでなくユーリも反戦軍のメンバーだと疑われた時点で、自身が戦っている間に、ユーリを逃がそうと目論んだのだ。

 もちろんエピロギもその考えは読めているが、姿の見えないユーリを捜索させるより、全力で今ユウキを捕らえて、反戦軍の情報を彼から手に入れる方が、優先されると考えた。

 だが、そうなるに至った理由はもう一つある。

 自分一人の力では目の前の男を捕らえられると思わなかったため、ユーリ捜索の指示を出して、部下を散らしたくなかったという理由だ。

 既に彼は、ユウキに敗北した後に、消耗したユウキを部下たちに任せるつもりでもいた。

 結果的にユーリを逃がすことを許容する厳しい考えであるが、一挙両得を甘いと見た彼の信念が、そちらを『選択』させた。

 だがしかし。それすらも甘い考えだとは気付かない──


「……何だァ? その『ギア』は……」


 攻撃を中断させられたエピロギだけでなく、ユーリも隠れながら驚愕していた。


(あの軍人が使ってるギアは、誰にでも適合する『ライフル・ギア』……。ここでも大量生産されてるんだ……。でも、彼の方は……見たことない……)


 ノイドはその機械仕掛けの体を利用して、自身の性能を高めるパーツ、『ギア』を身体に組み込むことが出来る。

 『ライフル・ギア』とは、ノイド帝国軍の全戦闘要員が標準装備しているギアであり、安く質も良く、誰でも取り付けられる戦闘用ギアなのだ。

 先に雑木林でユーリを追いかけていたエピロギの部下が見せた足裏からのジェット噴射もギアによるものであり、帝国軍の多くが取り付けている、『ジェット・ギア』と呼ばれるものだ。


「何だろうなァ。当ててみろよ、軍曹殿」

「……おもちゃのギアにしては、糸が強靭すぎる。『ワイヤー・ギア』なら、そこまで自由自在に操ることは出来ん。……『オリジナルギア』かッ!」


(なッ……!?)


 予想だにしていなかった可能性に、ユーリは目を見開いた。


「ハッ! 正解だよ! コイツは俺専用に作られたギア……『ストリング・ギア』だ!」

「フン! オリジナルギアなどという製造困難な代物を、一体どこで手に入れたのかは分からんが……それだけで勝てると思わないことだ!」


 エピロギの言う通り、オリジナルギアというのは特定の人物一人にしか適合しない、製造難易度の高すぎるギアであり、費用も馬鹿にならない。

 そのため軍では、大量生産されて誰にでも適合するギアの方が好まれているのだが、性能としての差はオリジナルギアの方が圧倒的に上。

 しかし仮にユウキが、ギアの性能を百パーセントで引き出せていなければ、まだエピロギにも勝機はある。

 その勝機とは──


「…………『マシンガン・ギア』……」


 ライフルと融合した腕が、また変形を始める。


「支部長! それは……!」


 周りにいた部下たちが声を荒らげる。

 だがそれだけで、すぐにどこか隠れる場所を探して逃げていく。

 彼らは瞬時に、自分たちの命を守るべく行動を起こしたのだ。


「へェ……」


 それは、巨大な機関銃。

 エピロギの腕は、機関銃と融合したような状態に、変形したのだ。

 それを傍から見たユーリは、すぐに危機感を覚えた。

 ライフルとマシンガンでは威力が違い過ぎる。仮に鉄並みの硬度をユウキの糸が持っていたとしても、機関銃は防ぎきれないかもしれない。

 そもそも発射速度が倍以上違うので、叩き落としたり避けたりすることも、出来るとは思えない。

 無論、人間とノイドの身体は作りが違うので、一概に言えないのは確かだ。

 身体能力強化のギアを付けているかもしれないが、ライフル弾を叩き落としたユウキの動きを見ていたユーリは、彼がそれを付けていないものだと予想していた。


「良いかユウキ・ストリンガー。コイツは、帝国軍の下士官以上しか使用を許されんギア……マシンガン・ギアだ。集中砲火でくたばりやがれェ!」



「待ってッ!」



 そこで、ユーリは飛び出した。

 ユウキの前に立ち、彼を庇うようにして両腕を広げる。


「……何だァ? 女も出て来たか……。お前はそう『選択』したのか」


 ユーリの登場に驚くのは、エピロギではなくユウキだった。


「お前……」

「……」


 ユウキは怒りの表情を見せた。自分が囮になった意味を、彼女自身に奪われたからだ。


「何で逃げねェんだ!? 百歩譲って出てくんのは違ェだろッ!」

「私は、貴方に死んでほしいわけじゃない」

「あァ!?」


 怒号を無視して、ユーリはエピロギに向かって声を上げる。


「聞いて! 武器庫を爆破したのは私! この人は……関係ない! 私を捕まえればそれで良いでしょ!?」

「……」

「お前……」


 何も知らないユーリは、ノイドが同じノイドの同胞を殺す可能性は低いと考えていた。

 彼女が出て来たのは、ここで一旦エピロギをクールダウンさせて、冷静にさせるため。

 冷静になれば、ユーリの言葉の真偽を確かめるため、まずは二人を生きたまま捕縛することを優先するだろうと考えたのだ。

 今の台詞は、仮に殺すとしても、それは自分だけであるようにという意味の発言。

 だが、ユウキ・ストリンガーという男の前では──無意味なこと。


「のいてろ」

「ッ!? あッ……」


 ユウキは一瞬でユーリを糸で包んで持ち上げると、そのまま少し遠くの物陰に彼女を運んだ。

 若干勢いに任せてしまったが、ユーリに怪我はない。


「……そうだ。ユウキ・ストリンガー。貴様は己の『選択』の結果に、最後まで準ずるべきなのだ。そして私もそう。私は貴様を、帝国に対する反逆の徒として葬ると『選択』した。最早それを覆すような真似はせん! 絶対にせんのだッ!」

「来いよエピロギ・マクリースッ! 俺を殺してみろッ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 マシンガンを、撃ち放つ。

 五月雨の如く降り注ぐ弾丸の嵐は、瞬く間に煙を生み出し、ユウキの姿を見えなくさせる。


「止めてェッ!」


 ユーリの声は射撃の音でかき消される。

 周囲の建物の裏などに隠れたエピロギの部下たちも、上司の暴走に息を飲んでいる。

 最早、この場は一つの戦場になっていた。

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