『タートス分領支部武器庫爆破事件』 ④

「……ふぅ……」


 やがて、弾丸の嵐は収まった。

 煙は少しずつ、少しずつ晴れていく。

 晴れ切ったならば、そこには一人のノイドだったガラクタが転がっているだけだろう。

 そう考えたユーリは、思わず目を逸らす。


「…………………………………………馬鹿な」


 しかし、そんなエピロギの呟きで、彼女は目線を戻した。



「──終わりか?」



 煙が晴れた時、そこには、糸で出来た繭のような塊が一つあった。

 そして糸が解れて繭が開くと、その中からは彼が出てくる。

 当然、ユウキ・ストリンガーだ。


「ユウキ・ストリンガァァァァァァ!」

「遅すぎて避けようかと思ったぜ。安物の弾丸じゃ、俺の糸は断ち切れねェよ」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 再びエピロギはマシンガンを利用する。

 だが、言葉通りユウキはそれを避けつつ、どんどんエピロギに近付いていく。

 ユーリの予想は少し違っていたのだ。ユウキは確かにギアで身体能力を強化などしていない。

 だがしかし、彼の素の身体能力は、弾幕すらも避けられるレベルにあった。

 加えてそもそも、彼の糸はマシンガン・ギアの弾丸では千切れない。


「聞いたことがある……」


 いつの間にかユーリの近くにいたエピロギの部下の一人が、呟いていた。


「ギアの練度が上がるにつれ、ノイドの身体能力は飛躍的に上昇していくと……。そしてその上昇の度合いは、そのギアの適合可能率に比例すると……!」


 ユーリは唐突にそんなことを呟くそのノイドの言葉を聞いて、自身も納得していた。


(専用の使用者が決まっているオリジナルギアに、適合可能率は無い……。それはつまり、ゼロと同じ。身体能力上昇の幅は……極限まで広がる……!)


 適合可能率とは、そのギアが平均的なノイドに適合するかどうかという確率であり、ギア製造技師が算出する根拠の薄い数値のことだが、一般には使用難易度と同じ意味で使われている。

 適合可能率が高いギアは、例えば可能率百パーセントの『ライフル・ギア』のように、どんなノイドでも適合し、どんなノイドでも簡単に使いこなせる。

 しかし適合可能率が低いギアは、総じて適合だけでなく使用自体困難であり、仮にそれと適合したノイドでも簡単に扱えない。


 ギアの練度を増やすということは、ノイドの身体に圧力を掛けることであり、簡単に使いこなせるギアは掛かる圧力が低いが、使いこなしにくいギアは掛かる圧力が高い。

 必然的に、使いこなすのが難しい適合可能率の低いギアほど、身体に掛かる圧力は増え、それによって身体能力が強制的に鍛えられてしまうのだ。

 ギアを使えば使うほど、高性能のギアと超人的な身体を同時に得られるのが、オリジナルギアのような使用困難なギアの利点だ。


(ユウキ・ストリンガー……! この男……オリジナルギアの性能を、百パーセント近く引き出している……! ……フン。ならば、俺では相手にならんか……)


 エピロギはマシンガンを絶やすことなく撃ち続けるが、最早意味は無い。

 距離を詰めたユウキは、その糸でエピロギのマシンガン付きの右腕を斬り落として見せた。


「ごァァッ!」

「俺の名はユウキ・ストリンガー。紡げよ俺の名。お前の魂と共になァッ!」


 ユウキはそう言うと、右の手の平をエピロギに向けて、腕を伸ばした。

 左手でその右腕を掴み、両足で自身を支える。

 彼が何かをしようとする中、エピロギは身構えることもなく笑った。


「……感謝するぞ」


 ユウキの右の手の平から、凝縮された糸が飛び出そうとしている。

 これは、いわゆるユウキの必殺技──


「ストリングゥゥゥ……」


「……珍しいもんが見られた」


「バァァァァァァァァァァァァァァァァァァストッッッ!」


 ユウキの右手から発せられたその凝縮された糸の大砲は、最早ビームのような外見だった。

 周りからすればまるで、エピロギが光線に吹っ飛ばされたように見えただろう。

 それほど速く、途轍もない威力の攻撃だったのだ。

 抑えきれない反動で、ユウキの両足は少しだけ地面を抉って後ろに下げられていた。

 ユウキは攻撃を終えて息を吐き、吹っ飛ばされたエピロギに背を向けた。ハチマキは、反動で少し緩まっている。


「結んでおくぜ」


 そしてユウキは、ハチマキをまたきつく締め直すのだった。


     *


◇ 数時間後 ◇


 意識を取り戻したエピロギは、立ち上がることが出来なかった。

 それだけ内臓器官を損傷していたのだ。ノイドの内臓器官に肉は無いが、構造自体は人間と似通っている。


「……ユウキ・ストリンガー……」

「悪いな。そんじゃ、行かせてもらうわ」


 目を覚ましたエピロギの視界に最初に入ったのはユウキだった。

 ユウキがエピロギの目が覚めるのを待っていた理由は、彼の無事を一応確認しておきたかったからだ。


「……『選択』だ」

「?」

「……忘れるなよ、ユウキ・ストリンガー。貴様は『選択』した。……先程貴様は言ったな。『覚悟』という言葉を軍人が使うなと。ならば軍人としてではなく、一人のノイドとして言っておく。『覚悟』の出来ない者で有り触れたこの世界……せめて、せめて自ら『選択』した者ぐらいは、『覚悟』をするべきなのだ。『反戦』を掲げたのだろう? 戦争を止めるのだろう? そのために何を切り捨て、何を救うか。貴様は次の『選択』の『覚悟』を……忘れてはならない」

「…………」


 ユウキは眉間に力を入れ、エピロギ・マクリース軍曹の言葉を記憶に刻んだ、

 いや、刻むだけではない。彼はその言葉を、己の魂と共に紡ぐのだった。

 そうして彼の糸は、また新しく強くなって生まれる。


「……あの」


 ようやくエピロギが起きたと見るや、ユーリがこちらに近寄ってきた。


「お。無事か?」

「……貴方も無事みたいね。無傷だなんて……」

「ま、俺ァ強いからな」

「その……ありがとう。それとごめんなさい」

「へ?」

「私を逃がすために、時間稼ぎで戦ってたんでしょう? なのに、私出てきちゃって……」

「ああ。別にそんくれェ気にすんなよ」


 ユーリはずっと表情が硬いままだった。

 敵を排除した今のこの状況を、全く喜んですらいない。

 そのことが、少しだけユウキの気掛かりになる。


「……じゃ、行くか!」

「え?」


 周りのエピロギの部下たちは、その場で立ち尽くしている。

 この支部の大半のノイドが既に爆破した武器庫の方に向かっているため、ここにいるノイドはそこに行く理由を失っている。

 おまけにエピロギに指示も受けていないため、完全に状況に当惑していた。

 そのため、エピロギを下したユウキを、追うことすら出来ずにいた。もっとも、向かっていったら二秒で倒されているだろうが。

 とにかくエピロギの想定にあった、消耗したユウキを部下に任せるなどというのは、ユウキの実力的に初めから不可能な策だったのだ。


「そら乗れ!」

「キャッ!」


 ユウキは糸でユーリを持ち上げ、先に貰った小舟に乗せた。

 そして、自分もジャンプして飛び乗る。


「そんじゃ出航だ!」

「ど、どこ行くの?」

「? そういえば……お前はどこに行きたいんだ?」

「……私は……」


 そこで彼女は目を伏せる。ユウキの知らないことだが、ユーリには行くべき場所も、帰るべき場所も存在していない。

 だが、何となくそれを察したユウキは、船の進路を確定させた。


「……よし。じゃ、俺達の船に来いよ」

「俺達の……船?」

「ああそうだ。反戦軍の……母船にな!」


 そうして、ユウキとユーリ、二人の出会いが歴史に紡がれる。

 全ては次の未来へと繋がっていく。

 細くとも長く強靭な、糸のようにして、繋がっていくのだ──

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