『side:反戦軍』 

◇ 界機暦かいきれき三〇三一年 五月七日 ◇

■ 北インドラ海 戦艦ディープマダー ■ 


 反戦軍の母船──戦艦ディープマダー。

 人間の国の一つ、シャチ―王国の商業組合にて設計、起工され、途中までノイド帝国に資材調達を委託して建造が進められた、小型の戦艦。

 一万トン台の船体でありながら、四十五口径の大砲を二十五門有していて、最新のヴァルナ式ノインタービン機関により、強大な出力を発揮することが可能となっている。

 国際軍事法に違反したステルス機能を搭載することで安全を確保し、現在この戦艦は、北インドラ海を西方に直進していた。


「おっ帰りィ。ユウキ!」


 ユウキ・ストリンガーとユーリは、小舟で何とかこの戦艦のもとに辿り着いた。

 というよりは、母船の方がユウキの位置情報を捕捉して、二人を見つけたと言うべきかもしれない。


「よォ! 元気か野郎どもォッ!」


 二人を出迎えてくれたのは、何人もの人間とノイドたち。

 人種性別を問わず、様々な風貌の者で溢れ返っている。


「あたしらは元気。……で? そっちの子は元気?」

「ん?」


 一番に出迎えてきた赤髪のノイドの女が見る方向には、ユーリがいた。

 ……甲板にぐったりと倒れ、白目を向いて泡を吹いているユーリの姿が。


「あ。……いやぁ途中でさァ、波に呑まれてさァ。でも多分大丈夫だろッ!」

「救護室ッ! 早く運んでッ!」


 ユーリは、戦艦内の救護室に運ばれていった。


     *


▪ メインブリッジ ▪


 この船のメインブリッジは、司令室の下に操舵室が繋がって出来ている。

 司令担当が見下ろせる場所に、航海担当と戦艦戦闘担当、そして情報通信担当の者が複数存在しているため、指示はすぐに通すことが出来る。

 ユウキは、この司令室にいる、反戦軍のリーダーである男のもとに向かった。


「グレン。次はどこに行きゃいい? また武器庫を破壊すりゃ良いのか? えぇ? オイッ!」


 その男は、長身で青色の髪の、上半身にマント以外の衣服を着ていない、光に満ちた瞳を持った『人間』だった。


「ユウキッ! 帰って来て早々、つれねェこと言うんじゃねェぜってんよォ! 少しはゆっくりしてみなってんよ」

「馬鹿言えグレン。この大馬鹿が。戦争はもう起こってんだぜ? 今もどこかで誰かが死んでる。ゆっくりなんてしてらんねェんだよ俺はよォ!」

「……ユウキ……」


 そんな会話をしていると、下のフロアにいる者達が反応を見せる。

 お団子頭で気の強そうな女と、眼帯を付けた渋い顔の男だ。


「何を言ってるんですかユウキさん!」

「うちの最高戦力を、ずっと拠点から離れさせるわけにもいかんでしょう?」


 反戦軍の中でユウキは、最重要な存在として位置付けられている。

 ユウキに出来る仕事は無数にあるが、ユウキを失うわけにはいかない。

 必然的に、彼を動かす時は慎重にならなければならないのだ。


「うっせェッ! ぶっ飛ばすぞコラあァッ!?」

「フッ……」


 渋い顔の男は涙した。


「泣かした! 泣かした! ユウキさんがロケアさんを泣かしました!」


 お団子頭の女が囃し立てると、丁度良いタイミングで、メインブリッジにまた別の者が現れる。


「あの子起きたよ! ユウキ! リーダー!」


 思っていたよりも、ユーリの目覚めが早かった。

 話は途中だったが、それも忘れてユウキたちは彼女のもとへ向かうのだった。


     *


▪ 食事室 ▪


 ユーリはホットミルクに口を付けた。


「あちっ」


 実は溺れたというよりは酔ってしまっただけの彼女は、すぐに体調を戻して食事室に移動した。

 船の給仕担当の女ノイドに毛布を掛けられて、ホットミルクまで貰っている。


「では。私はこれで」

「あ、どうも」


 メイドの格好をしたその給仕ノイドは、ユウキらと入れ違いで食事室を出ていった。


「……で? ユウキ、この子は一体誰なんだってんよ?」

「おぉ! 紹介するぜ! コイツはユーリ! 俺らの新しい仲間だぜッ!」

「「えッ!?」」


 ユーリ自身も驚いている。ここに来るまでに、二人はそんな話を一切していない。


「何で自分も驚いてるの?」


 ユーリ、グレンと共にやって来た、赤髪の女ノイドが首を傾げる。


「良いだろ? 良いよな!? なァオイッ!」

「あ、ああ! もちろんだってんよ! よろしく、ユーリ!」

「いや、あの……えぇ……?」

「ちょいちょいちょい」


 どうやらこの場で冷静なのは、赤髪の女ノイドだけらしい。

 盛り上がっている男二人をまあまあと抑えて、長椅子に座っているユーリの横に立った。


「……まずは、『何者か』を明らかにするべきでしょ? 仲間にするかどうかは、そこからよ」

「いやあの、私まだ何も」

「そういやお前何者なんだ?」

「そういう貴方は何者なの?」

「あんたら、お互いのこと何も知らないじゃん!」


 必然的に、自己紹介が行われることになる。

 ユウキは、自身が反戦軍の軍隊長であることを彼女に伝えた。

 彼女は驚くこともなく、むしろ先の武器庫爆破事件を引き起こした理由として納得した。


「お教えしよう! この俺様こそはこの反戦軍のリーダーッ! 青い炎の熱血漢、グレン・ブレイクローだってんよォッ!」

「リーダー……? 軍隊長と何が違うの?」

「おっとォッ! そこをつついちゃいけねぇや!」

「そうだぜユーリ。グレンがリーダー。俺が軍隊長。それ以上でもそれ以下でもねェ!」


 種族の違う二人の男は肩を組んでガハハと笑っている。いや、誤魔化している。


「グレンは戦えないの。弱いから。だから『軍隊長』になって戦闘には参加できない。でも創設した立場としてメンツがあるから。『リーダー』ってことで、取り敢えず頭に置いてるだけ」

「タッハッハッ! 言い方ッ! そもそも『軍隊長』は、ユウキが入ったから作った役職だってんよ!」

「……で。私はアカネ・リント。反戦軍の特攻隊長よ! 『軍隊長』なんて立場、私は認めてないから! だって、戦闘の要は元々私だったんだもん! 本当よ!?」


 何となくユーリは理解した。

 要するに、今ここにいる三人が、この反戦軍における重要人物なのだ。

 トップの人間、グレン。戦闘における二本柱のノイド、ユウキとアカネ。

 仮にこの反戦軍に入るのなら、親交を深めなければならない三人だ。



「──して、お嬢ちゃんは何者なのかいね?」



「!?」


 いつの間にか、ユーリの横に少し間を開けて座っている、ノイドの老婆の姿があった。

 年老いているだけあって、もしかしたら彼女も反戦軍の重役なのかもしれない。

 何者か問いたいところだが、どちらかといえばユーリは、周囲に合わせようとする性格。素直に答えてみせる。


「……私は……その…………ただの人間の……ユーリ……」

「? 歯切れが悪いねぇ。出身は? 分かるかい?」

「…………いや」

「家族は?」

「……いない」

「友人、恋人は?」

「………………いない」

「……そうかい。嘘じゃなさそうだねぇ」


 その老婆は目を細めながら、手に持った湯呑を少しだけ口に付ける。


「おばば。何で嘘じゃないって分かんの?」

「女の勘さね。えっえっえ」

「流石キクさんですね……」


 褒めるような呆れるような態度でアカネが息を吐くと、ユーリはここをチャンスとして捉える。


「あ、あの! 私、別にその……ここに身を置くつもりでは……ないのだけど……」


 ようやく言うべき言葉を発することが出来た。


「え、そうなの?」

「何ッ! どういうことだってんよ! ユウキ!」


 ユウキはフッと笑みを見せる。彼女がそう言うことも、実は予想していたことだった。


「……なんだ。折角話を早く進めてやろうとしたのに……迷惑だったか?」

「……どういうこと?」

「お前、俺がいくら聞いても、自分がどこから来たのか、頑なに教えてくれなかったよな? 言いたくねェんだろ? おばばもそれを察して聞かなかったみてェだ。けどお前は、何か理由があって、どこかへ行こうとしていた。行く当てもなさそうな態度なのに、だ。要は……『何か』を探してんだろ? だったら協力してやるよ。その代わり、一旦うちに籍を置け。戦争は嫌いだろ?」


 ユウキは頗る頭の悪い男だ。

 彼はただ、自分にとって都合の良い方向に推測を立てているだけ。

 つまり今回は、たまたま正解を引いただけ。


「…………分かった。私も戦争は……止めたい。止めたいと思ってる。嘘じゃない。でも良いの? 私は貴方たちに隠し事をしている。それも、自分勝手な理由で。そんな人間を……貴方たちは受け入れられるの?」


 これはユウキに対してではなく、他のメンバーに向けて言ったつもりだ。

 恐らくユウキは何を言おうと、『ッたりめェだ!』と言ってのけるだろう。

 しかし、まだ他の面々がどのような人物か、ユーリは分かっていない。


「……私は良いと思うわ。隠し事をしている人が、わざわざ自分から隠し事をしてるなんて言うんだもん」

「ああそうだッ! ヤベェこと考えてんなら、そんなこと言っちまうメリットがねェってんよ。良いかユーリ。俺達ァ『反戦軍』だ。争うつもりは端から無い。追い出すような真似は、『敵意』を示すことと同じだ。俺は敵を作りたいわけじゃない。歓迎するぜ。そして協力しよう! 俺達はお前の味方だってんよォ!」


 こういったところが、グレン・ブレイクローを『リーダー』に置く理由。彼は心配になるほど相手を信じ、疑うことを良しとしない困った人間なのだ。

 そして、そんな彼に最初についてきた人物であるアカネ・リントが、先んじてユーリを受け入れたのも、当たり前の話だった。


「……私に協力する必要は無い。大丈夫。探しものはいつか必ず見つかるから。……どもかく私、貴方たちの味方になる。戦争を止める力になりたい。だから……反戦軍に、入れてください」


 ユウキたちは、微笑んで彼女を迎え入れた。

 彼女の加入を、これからこの場にいない者たちにも伝えていかなければならないが、その前に、ユーリは彼らに聞きたいことがある。


「……ところで、その……」

「どした?」

「…………今更だけど、戦争って……どの戦争?」

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