『side:反戦軍』 ②
ユーリのために戦争講座が始まった。説明するのはグレンだ。
「お教えしよう! 現在世界を巻き込んでいる、『種族間戦争』の実態をッ!」
「……種族間戦争……」
何となく想像は出来ているユーリだが、実は細かい事情を何も知らない。
「世間知らずなんだなァ。ユーリ」
「……」
ユウキは、彼女が情勢を知らない事実と、彼女が隠している内容は関係していると考え、ここは口を閉じた。
もしかしたらユーリは、情勢を知ることすら不可能な、厳しい環境で生きてきたのかもしれない。ならば、触れてやらない方が彼女のためということだ。
「二年前、ノイド帝国は国家連合理事国であるオールレンジ民主国と、交戦を開始したッ! これが世に言う『
グレンは食事室に元から置いてあったホワイトボードを利用しつつ、説明する。
世界の中心と言える『国家連合』と、『ノイド帝国』が、互いに歪な矢印を向けているという絵だ。
「……発端は、ノイド帝国にあったってこと?」
「いんやぁ一概には言えねェってんよ。ノイドだけの国……『ノイド帝国』は、人間の居住を認めない。これの所為で昔から、世界全体に煙たがられてたってんよ。おまけに国家連合主要理事国の一つ、オールレンジ民主国は、何年も何年もずっとノイドを敵視している。差別をなくそうと大義を掲げておきながら、差別体質のお国柄は変わらねェ」
「そんな……。人間もノイドも……何も変わらないのに……」
「応そうだってんよッ! けんども社会は上手く回らない! ノイドの差別を許さない帝国は、人間全体を敵に回す。戦闘用ギアの進歩によって夥しい武力を手に入れた帝国は、連合を相手取るのに充分な軍を持っていたッ! 結果この二年間、戦争は終わる気配を見せねェってわけだってんよォ!」
「……」
ユーリは顎に手を当てて少し思案する。
その内容は分からないが、ユウキは彼女が理解できたかを確認したい。
「大体分かったろ?」
「……うん。大体……」
それを聞いたユウキは、ここで自分がしたい話を出してくる。
「よぅし! そんじゃ話戻すぜグレン!」
「戻す?」
「次の仕事を寄越せッ!」
「……あ、ああなるほどね。だからロケアも言ってたろ? うちの最高戦力であるお前に、無謀な仕事は任せられない。ちょっと待ってっろってんよ」
「待つだァ? この俺が? わーってんだよ俺は! 戦闘用ギアの発達した最近の帝国軍は、最早『武器』に頼る必要はねェ! 使わない、無人の『武器倉庫』をぶっ壊すことに意味はねェ! ねェんだろ!? お前は俺に無意味なことをさせて、貴重な戦力温存したいだけなんだ!」
ユーリは、自身が爆弾を仕掛けたタートス分領支部の、武器庫を思い出す。
確かにあそこは無人で、置いてある武器も、最近使用された形跡が見られなかった。
そんなことを思い出している間に、二人はヒートアップしていく。
「馬鹿野郎ユウキ。お前は死にたがりかってんよ。それに無意味じゃない。反戦軍の思想を広めて認知させることに、意味があるってんよ。急いでもしょうがねェだろ」
「だからそんな悠長なこと言ってる間にも、戦争は続いてんだよ、馬鹿グレン!」
「功を焦って結果が出るなら、戦争だって長引かねェ! 俺は本気で戦争を終わらせたいって思ってんだッ! お前は生き急いでるだけだろうがッ!」
「おうよ俺ァ生き急ぎだ! 怠けて死ぬよりゃマシだろうぜ!」
「マシじゃねェ! お前は何も分かってないってんよ!」
「あァ!? 何が分かってねェってんだ!?」
「ちょ、ちょっと……」
ユーリがオロオロとし出すと、アカネが二人の頭を叩いた。
「ッてェなァオイ!」
「落ち着け馬鹿ども」
「……ッ」
冷めて目で見られ、二人は気まずそうに頭を掻く。
どうやら言い争いは収まったらしい。ユーリは、このアカネがまとめ役的な存在なのだと気付いた。
「……ホッホッホッ。良いじゃないかグレン。ユウキの好きにさせちまえば」
ここで老婆ノイドのキクが話に入ってくると、グレンは困って頭を掻いた。
「しかしなァ……」
「でもね。良いかい? ユウキ。グレンの指示に従いたくない、急ぎたいってんなら、自分一人で何をするべきか考えな。……今アンタのいる『ここ』は、一つの組織なのさ。リーダーの指示に従わないなら、反戦軍に残る理由も無い。アンタはどうしてここに入った? 駄々をこねるためかい?」
「……」
ユーリはこのキクという老婆ノイドが、反戦軍における相談役のような立場なのではないかと予想する。
彼女の言葉を受けて、ユウキは唇を噛んで黙り込んでいた。
「おばば」
ユウキが本当に出ていったら困るグレンは、ここでキクを抑えに入る。
もっとも、キクはユウキが反戦軍を出ていくなどとは、微塵も思っていない。
そしてユウキは、自分自身に呆れて溜息を溢す。
「……惚れた方が負けさ。悪いなグレン。俺はお前の夢みたいな理想の、力になりてェって思ったんだった。……頭冷やしてくる」
引き下がったのは、ユウキの方だった。
「あ、ユウキ」
それを追いかけるのはユーリ。二人が去ると、グレンはどこか申し訳なさそうに息を吐いた。
「……理想……か。正しいのはユウキだ。俺のやり方は……現実的じゃない。戦争による犠牲は、既に歯止めを失って出てる……」
そして今度は、アカネが彼に呆れる番。
「馬鹿だねグレン。リーダーが理想を語るから、下の私達は付いて来たんじゃん。……譲歩案、提供しよっか?」
「ありがとうアカネ。それにおばばも」
「えっえっえ」
所々金属の歯が抜けた口を開いてキクが笑い、グレンは髪をかき上げた。
出来たばかりの組織では、リーダーの立場が危ぶまれてはいけない。
たとえユウキの方が正しくても、今はまだ、彼の方針に合わせられる状態ではない。
──────今はまだ。
*
▪ 艦内廊下 ▪
「あ。ゆゆゆユウキさん! お疲れ様です!」
廊下を歩いていたユウキは、仲間の眼鏡を掛けた人間の女に挨拶をされた。
「ああ。お疲れつばき」
「ななな名前を憶えて頂いてこここ光栄ですですです……」
「そうか? いつも俺と通信してるんだから……そりゃ覚えるだろ」
「はは、はははいいぃぃ……」
このつばきという女性は、ユウキが船の外で活動して時に、この拠点と彼を繋げるオペレーターの役目を果たしている。
「ユウキ!」
ここで、後から食事室を出たユーリが追い付いてきた。
「ん? どうした?」
「……『どうした』じゃない。案内してよ。貴方が私をここに連れて来たんでしょ?」
図々しいような言い方だが、彼女はユウキのことを気に掛けて追いかけてきただけだ。
そんな彼女の想いには気付かないが、ユウキは彼女の言い分に納得した。
「あ、ああ。そう……だな。悪ィ悪ィ」
「? あ、ああ貴方は……」
「あ。私はユーリ。貴方は?」
「じょ、情報通信担当のつ、つばき……です」
「よろしく」
「よよ、よろしくお願いしますぅぅ……」
「付いて来いよユーリ。案内する」
少しだけいつもよりローテンションなユウキに連れられて、ユーリは艦内廊下を歩きだした。
ずっとテンションの高いユウキしか見ていなかったので、静かな彼と一緒に誰も通らない廊下を歩いていると、その道が果てしなく長く感じてしまう。
何でもいいからと、ユーリは話題を捻り出す。
「……ユウキは、どうして反戦軍に入ったの?」
「……帰るとこ失くしてな。グレンに会って、アイツの心意気に惚れて、この船に乗ったんだ。……ただ、俺達みてェなゲリラに出来ることは限られてる。情報操作や奇襲作戦で、両軍の戦力を僅かに削ぐだけ。こんなこと続けても……戦いは止まらねェ。止まるわけがねェんだ」
ユウキは目を細めた。その瞳の奥に見えるのは、絶望に近い感情。
今のユーリには、そんな彼の本意は読み取り切れない。
「戦争は止まるよ」
「え?」
「……戦う相手と、奪うべき資源が一つもなくなれば、この世の戦争は全て、止まらざるを得ない。その時には……世界も終わるけど」
「……はは。流石にそこまではいかねェだろ。人間とノイドには、理性があるんだから」
「……」
「ユーリ?」
「……いや、何でもない」
恐らくユウキよりユーリの方が、世界に対して絶望を抱いている。
それでもまだ、彼女はある一つの感情だけで、その絶望を誤魔化していた。
反戦軍にユーリが加わり、世界の流れは大きく変化を見せ始めることになる。
しかしまだ、誰もそのことに気付けていない。
ユウキのように、ここにいる者は皆、本心から戦いを止められると思って、『反戦』を掲げているわけでもない。
ただ、どうしても何もせずにはいられないだけ。
それでも確実に、彼らはこの先の『終結』に関わっていくことになる。
そういった方向に、変化し始めていたのだ。
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