『ワーベルン領抗争』 

◇ 界機暦かいきれき三〇三一年 五月十日 ◇

■ ワーベルン領 ■


 ノイドのユウキと人間のユーリは、二人で共に行動していた。

 このノイド帝国ワーベルン領に立ち入る彼らは、周囲から稀有な目で見られる。


「……私、大丈夫なの? これ」

「大丈夫さ。取引に来たんだぜ? 客人だぜ? そうだろ? 相棒ッ!」

「そうかな」


 二人はある目的でもって、あらかじめ帝国軍の者にアポイントメントを取ってから、ここに来ている。

 出迎えるのは、当然その帝国軍のノイド。


「……来たか。クズゲリラども」


 律儀に制帽を被り、皺ひとつない軍服を着た、口の悪い優男。

 どうやら歓迎はされていない。


「大丈夫?」

「大丈夫だろッ」


 そして二人は、帝国軍の基地の中に入っていく。


     *


■ ワーベルン領 ■

▪ 南二号基地 管制塔 ▪


 応接間に案内された二人はソファに座らされ、先の優男と向かい合う。

 周囲は彼の部下らしい者が幾人もいて、何も持たず、ただ後ろで手を組んで気をつけをしている。ギアがあるので、武器を持っていないわけでもない。

 優男もまた手ぶらだが、漂わせる威圧感は、その若そうな見た目とは裏腹に、重苦しいものだ。


「……まずはよく来たとでも言っておこうか? 〝ハヌマニアの英雄〟ユウキ・ストリンガー」


 両軍からの評価はともかく、その地区における戦闘状態を一気に終わらせたユウキは、民衆から一定の支持を受けていた。

 もっとも、『ハヌマニア』という地区での戦闘を終わらせても、広い世界のまた別の場所で、戦争は続いている。

 そして、ユウキの実力を確かめるために、些細な偵察を頼んだだけのつもりだったグレンも、彼の脅威とその過激な人格を知って、慎重にならざるを得なくなってしまった。

 故にユウキは、自身が『英雄』扱いされることを、まだ良く思えていない。


「……ああ! 来てやったんだからもてなせよッ! なァオイッ!」

「……フン。ご苦労なことだ。わざわざその足で、ここまで飛んできたってわけか」

「?」


 確かにユウキは母船からジェット・ギアを使い、ユーリを連れてここまで飛んできた。

 しかし、それを悟られた理由が分からない。


「ジェット・ギアは、どうやって調達した?」

「あん?」

「どの程度の滞空時間を保てる?」


 質問攻めに遭い、ユウキは首を傾げている。代わりに話を逸らすのは、ユーリの役割。


「貴方たちがレーダーを張り巡らせなければ、もっと近くから飛んでこられた。そんな話よりも、交渉の話を早く──」

「黙れ」


 優男は、鋭い視線をユーリに向けてきた。


「人間の女、貴様に発言の許可を与えてはいない。私はユウキ・ストリンガーに聞いている。勝手に口を開くな。殺すぞ」


 強い口調だが、彼女はこの程度で怯むような女ではない。

 もっとも、先に言い返すのはユウキの方だが。


「ほォ……。やってみろよコラ。殺してみろよ。その前に俺が、ここにいる全員ぶっ潰すけどなァ!」

「……」


 ユウキは分かっていないが、この優男の軍人は、ユウキとユーリの力関係を探っただけだ。

 結果として、反戦軍内ではノイドとヒトで、互いに差別意識は無いのだということが伝わってしまう。

 無論、その事実は探るまでもなく前情報で流れている。この軍人はその情報の真偽を確かめただけのこと。


「……だそうけど? ユウキと交渉したいと思うのは勝手だけど、お勧めはしない。彼は口が下手だから。私と話を進めた方が、貴方にとって有利に働くと思う」


 途中ユウキから『おい』というツッコミが入ったが、実際彼女が共に来たのは、ユウキ一人に任せられる仕事ではないからだ。

 グレンはユウキに戦闘以外の仕事を与えることにしたが、そもそも彼に交渉は向いていない。

 力で分からせることしか出来ないタイプの男なのだ。


「……なるほど。二人で来た理由はそれか」


 そもそもこの見た目だけ優男の軍人は、ユウキ・ストリンガーが来るということしか聞いていない。

 彼は先程からずっと、どのようにしてユーリの正体を探るか思案していた。


「無駄な時間を浪費する意味は無い……でしょう? 早く話を進めましょう。どうせ、そっちの考えを聞くだけなのだから。違う? クロウ・ドーベルマン大佐」

「…………オイッ!」


 優男の軍人──クロウは、部下に対して声を上げた。


「は、はい」

「……資料は机の上に置けと言ったはずだが?」

「え? あ、は、はいッ! すみませんッ!」


 部下の男は、クロウに資料を手渡した。

 そして彼はその資料の内容をパラパラと捲りながら眺め、話に入る。


「……オールレンジの交易情報を対価に、南インドラ海における第三師団の武装解除を要求……か。舐められたもんだ。その程度の情報で頷くと思ったか?」

「どの程度か聞いてもないでしょう。惜しいとは思わないの?」

「阿呆が。貴様らゲリラの情報の、どこに信憑性がある? 真偽不明な情報に踊らされるほど、帝国軍は甘くない」

「もちろん、師団レベルでの武装解除は不可能だって分かってる。でも不思議。どうして私達の交渉相手に出て来たのが師団の指揮官ではなく、貴方なの?」

「分かっていて聞くな。貴様ら如きの対応を、将官クラスに負わせると思うのか?」

「でも貴方は対応してくれるんだね。それは優しさ? それとも別の目的があるから?」

「下らない探りを入れようとするな。返答は……ノーだ。……話はそれで終わりだ」

「だったらこの場に私達を呼ぶ必要は無かった。貴方たちは……直接私達の情報を手に入れたかった。違う? なのに、まだ何も分からない状態で帰して良いの? 師団の武装解除まではいかなくても、戦闘状態の一時的な停止は出来ないの? 南インドラ海戦線の継続は、輸送の観点から見ても邪魔でしかない。私達に責任を押し付けて仕方なく……では駄目?」

「…………何度も言わせるな。返答はノー、だ。ゲリラに屈した事実など、帝国は許容しない」

「帝国ではなく貴方の意見を聞きたい。ここ、ワーベルン領は南インドラ海に面した占領地。その統括指揮官である貴方は、南インドラ海戦線をどう思っているの? 捕虜の民衆と駐屯兵にとって、輸送が滞れば生活は困窮するばかり。邪魔だとは思わないの?」

「いずれにしろ戦線が消えようがどうなろうが、困窮が収まるわけではない。オールレンジの監視を排除できないまま海運を再開することに意味は無い。メリットは無い」

「……そう。なら──」

「黙れ。話はこれで終わりだ。貴様らと交わす言葉はもう何も無い」


 クロウは、本来の予定よりもだいぶ早く話を終わらせようとしていた。

 その理由を本人でも掴めていない。彼は内なる何かに圧されて、目の前の人間を避けるように動いていた。

 そのことに、彼は内心驚愕している。


「……残念。それなら、私達は次に国家連合と接触するとだけ伝えておく。私達の方は充分な情報を得られた。わざわざ管制塔にまで入れてくれて……貴方がどういう性格のノイドかも理解できた。周りの部下たちの実力も……見渡せば大体読める」

「……」

「果たしてオールレンジ側がその情報をもとにどう動くかは分からないけれど。出来ることなら貴方を脅威と感じて、ワーベルン領に近付かないようになってほしい。……本心から」


 本心からそう思っているとは、全く思えなかった。

 明らかに、目の前の女は自分たちを脅迫している。

 国家連合にここで得た情報を売り、向こうが有利になるように動くと脅している。


「…………ここは、交渉の場であって脅迫の場ではない。だが驚きだな。貴様らが、ここを無事に出られると思っているとは……」

「交渉とは脅迫だよ。こちらの脅威を伝えて迫る。それが交渉のやり方。さっきのユウキの言葉を忘れたの? 彼なら……ここにいる全員、一人で制圧できる」

「…………」

「…………」


 二人は共に、言葉の全てに嘘を交えて会話している。

 早く切り上げようと促している一方で、実はクロウは上からの指示で、出来るだけ話を長引かせて、反戦軍の情報を探るように言われている。

 ユーリの側も脅迫している一方で、そもそも反戦軍が国家連合と接触する予定はない。加えてユーリは、ユウキがここにいる全員を制圧できるとは思っていない。

 そして二人とも気付いていないが、ユウキは実際、ここにいる全員を制圧できる実力を持っていた──


 先に相手の嘘に気付いたのは、ユーリだった。

 彼女は立ち上がり、ここで話を切り上げることに決めた。

 こちらの目的を達成出来てはいないが、反戦軍の最高戦力であるユウキのことを探られるわけにもいかないうえ、彼が最高戦力である事実を看破されるわけにもいかない。

 そもそもグレンは、この交渉も反戦軍の存在のアピールに使うつもりでしかなかったので、ユーリはそんなリーダーの意志を汲んだ。


「ユーリ?」


 そして横柄な態度で座っていたユウキは、まだ彼女が立ち去ろうとする意味が分かっていない。


「……話は……もう終わりでしょ? 行こうユウキ。残念だけど、彼らを制圧したところで、こっちの要求が通るわけでもない。だから帝国軍も第三師団に直接じゃなくて、この人と交渉させたんだよ」

「? え、もう行くのか? 何だよ。良いのか?」

「うん」


 ここでクロウも、ユーリの脅迫がハッタリだと気付く。

 だが、まだ彼はユウキの実力がどの程度か読み切れていない。

 ここで無理に引き留める方法も、持ち合わせてはいなかった。


「…………チッ」


     *


 基地の外に出た反戦軍の二人は、近場の森林の方に向かっていた。

 歩きながら、ユーリは小さく溜息を吐く。


「……上手くいかなかったね。あの人、冷静だよ。国家連合と接触するってハッタリも、多分バレた」

「ハッ! 構わねェじゃねェか。それで連合軍がここに攻め入ったら、俺達だって困んだろ逆に」

「まあね。でも……私、役に立たなかったかな」

「ンなこたねェよッ! なァオイ! グレンに頼まれたのは反戦軍のアピールだろ!? 悪くねェじゃねェか! 俺じゃああんな上手いこと口回んねェぜ!?」

「褒めてる?」

「ッたりめェだろこんにゃろめッ!」


 ユーリはまた一段と大きく溜息を吐くと、少しだけ口元を緩ませた。


     *


■ ワーベルン領 ■

▪ 南二号基地 管制塔 ▪


 クロウ・ドーベルマンは、窓の外を見つめて、先程のやり取りを思い返していた。


(……あの女……口先だけなら、ユウキ・ストリンガーよりも脅威だ。何よりも、この場で全く物怖じしないあの胆力は、一朝一夕で得られるものではない。……クソッ! 能力は知れたがあの人間の女は──)


(……?)


 そこで、クロウは自分が『知らない』という事実に気付く。


(……待てよ。クソッ! あの女……結局最後まで、自分のことを何一つ語らなかった! これではあの女が、反戦軍の中でどういった立場なのかまるで予測できん。そもそも、実は反戦軍の人間ではない可能性だってあるのだ。クソッ……完全にしくじった……!)


 クロウはこれを自身のミスだと感じたが、そうとは言い切れない。

 何故なら彼は当初、確かにユーリの正体を探ろうとしていたからだ。

 そこから意識を逸らしてしまったのは、ユーリの仕業。

 最初に『黙れ』と言って牽制を掛けた時、既にユーリからも牽制されていた。

 自分には用がないのだとユーリに思わせて油断させるよりも先に、ユーリに情報を渡したくない心理に持っていかされたのだ。


 ──「貴方たちがレーダーを張り巡らせなければ、もっと近くから飛んでこられた」


 これは、彼女があっさりと吐いた嘘の一つ。

 ステルス機能を搭載している戦艦ディープマダーは、レーダーに悟られることなどない。

 ユウキとユーリは、管制塔から視認されない距離からここまで飛んできただけであり、それが最短距離だった。

 そんなことはクロウも分かっており、だからこそ彼女が開口一番に嘘を吐いたという事実に、内心動揺していた。


「……おい」


 クロウは部下に声を掛けた。


「は、はいッ!」

「……資料を机の上に置けと、私は言っていた?」

「え、い、いや、それは……」


 忘れていた部下はもちろん答えられず、別の部下が答えた。


「話が本題に入ってからと、大佐は仰っていました。予定より……早かったですが」


 若干仲間へのフォローも入れたが、それは間違いのない事実。

 ユーリの所為で本題に入るのが早くなってしまったために、部下もまた動揺して動きが遅れたのだ。

 そこで気付けていたら話は変わったかもしれないが、とにかくユーリはずっと会話の流れを支配しきっていた。


「……チッ。あの程度の嘘で……我々は動揺させられていたのか……」


 第一声から欺瞞の衣服を身に纏った、そもそも一切合切未知の人間。

 クロウからすれば脅威に感じるなという方が無理な話であり、その時点でユーリの危険性を知り、知ったことで……彼女の『正体』を知った気になってしまった。

 その所為で、ユーリの正体を探るのではなく、こちら側の情報を渡さないことに全霊を注ぐように誘導された。

 ……こうしてクロウは、ユーリの脅威を更に知る羽目になった。


「レーダーに捕捉されないから、我々は反戦軍の母船を見つけられず、連中の戦力を計りたかったのだ。最短距離で来たくせに……あの場であっけらかんと虚言を吐きやがって……! クズ女がァ……!」

「た、大佐……」


 クロウは血が滲むほど右手の拳を握り締めている。

 ノイドの血の成分は人間と同じ。だが少しだけ、鉄の臭いが強い。


「……上に報告しろ。反戦軍には面倒な人間の女がいる。宝石のヘアアクセサリーを付けた、ブロンド髪の女だ。ユウキ・ストリンガーだけではない。奴らは一層、警戒すべき組織なのだとな……!」


 反戦軍の脅威を探り、軍で対処すべきかどうかを判断する。

 実はそれだけで、クロウが本来仰せつかった任務は果たせている。

 しかし、それでもクロウは、自分が彼らを侮った事実を許せなかった。

 窓の向こう側を見つめても、もう彼らの姿は見えなくなっている。

 クロウは歯をギリギリと噛み締めて、見えない彼らの姿を追い続けた。


「…………何だ?」


 そこでクロウは、ユウキたちではない、見えない『何か』が上空にいるような、そんな気がした。

 いやそれは、気のせいではない──

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