『ワーベルン領抗争』 ②

「えぇ……」


 ユーリは呆れ返っていた。

 何故か、ユウキが森林の中へと入っていき、そこで鍛錬すると言い出したからだ。

 ユウキは木々に糸を張って、その強度を確かめる。


「よし!」

「『よし』て何が」

「普段から鍛錬してねェと、いざって時に動けねェだろ!? 船の中で出来ることは限られる。定期的に、全力で体動かさねェとなァ!」

「そう……」


 ユーリはもう諦めて少し離れることにした。

 巻き添えを食らいたくないからだ。


「っらァッ!」


 全身から糸を出し、それを振り回す。

 彼の糸は、手の平からだけではなく、その全身から出すことが出来るのだ。

 強靭過ぎるその糸は、周囲の木々をズタズタに切り裂いていく。


「環境破壊……」

「オラオラオラァッ!」


 糸を伝って移動を重ね、猿のように木々を飛び回り、糸による色々な攻撃手段を試す。

 確かに船の上では出来ない鍛錬だと、ユーリは感じた。


「……?」


 その時、ユーリは何かの『気配』を感じ取った。

 それはかなり遠くから発せられるものであり、気のせいと言えば気のせいかもしれない。

 だがしかし、気配はどんどん近付いてくる。

 やがてその気配が音となって、実際に五感で感じ取られ出すと、ユーリは思わず振り向いた。


「!?」


 が──その気配は、


「ユウキッ!」


 そして、『それ』は確かにユウキの姿を捉え、彼に向かって思い切り──



 ギィィィィィィィンッ



 『それ』と、ユウキの糸が衝突した。


「……あ?」


 その正体は、男のノイドだった。

 茶色の髪と目。首に巻いたバンダナ。そしてその右腕は、およそヒトのそれではない。

 ユウキが当たる寸前で止めたその右腕は、自身の身長と同じほどの大きさの、巨大で分厚く、二手に分かれた物体。

 それを形容するとすれば、『鋏』。まるで、鰐の口を更に大きくしたような、『鋏』だ。


「……!?」


 そのバンダナ男は、ユウキの糸で自分の右腕が止められた事実に驚愕している。

 そのためか、一旦ユウキから離れてジャンプし、距離を取った。


「……何だァお前は。帝国軍……みてェだが……」

「……」


 その男は確かに軍人の制服を着ていた。

 先のクロウとのやり取りもあり、ユウキは帝国軍が自分たちが狙う可能性を、考えなかったわけではない。つまり、油断も隙もある状態ではなかった。


「ユウキ!」

「下がってろ相棒ッ!」


 今日のユウキは、ユーリのことを『相棒』としか呼ばない。

 何故ならユーリの方から、自分の情報を必要以上に外に出さないように言われたからだ。

 彼女はその辺りを徹底して、このワーベルン領に足を踏み入れている。

 ちなみに、別に『相棒』と呼ぶように指定したわけではない。


「……ッ!」


 何も言わず、バンダナ男はユウキに向かっていった。

 巨大鋏は、刃の部分こそ鋭利さは感じられないが、鈍器としては、見た目だけでその危険性を把握できる。

 ユウキは糸を練って太くして、それを両手で構えることで攻撃を防ごうとする。

 先程はそれで対応できたのだが、相手も今度は、鋏をきちんと鋏らしく使用してきた。


「!?」


 大きく刃を開き、噛みつくように糸を挟む。

 瞬時にユウキは糸を捨て、その場を離れて今度は自分から距離を取る。

 糸が鋏に挟まれ、そのまま刃の間で思い切り捩じられている間に、ユウキはジャンプして木の枝の上に乗った。


「……鋏で断ち切れん糸など無い。貴様のギア……私とは相性が悪いようだ」

「……そうか?」

「!?」


 断ち切ったはずの糸は、まだバンダナ男の鋏の中にあった。

 勢いよく挟んだはずだったが、それでもユウキの糸は切れていない。


「ハッ! どうだいどうだい俺の糸はよォ! 頑丈だろう! 切れねェだろう!? 相性なんざ、関係ねェのさ! 俺の糸はなァ! 何もかんも貫き通すのよッ!」

「……キィッ!」

「!」


 バンダナ男の鋏が、突然高速で回転を始める。

 糸の端を足で踏み、その速度に任せて強く捩じるのだ。


「デスロール」


 ブチッという音と共に、ユウキが捨てた糸は切れた。


「……ハッ! 張り合いやがって馬鹿がよッ! あァ!? 糸が切れたら偉いのかァ!? ああムカつくぜ……ムカついて来たなァオイ!」


 バンダナ男は鋏を振るって、ユウキに三度向かっていく。

 今度は当然受けることはない。ユウキは避けてジャンプする。

 あらかじめ張り巡らされていた糸を伝って、身軽に動くユウキを、バンダナ男は捉えきれない。

 彼の鋏はユウキではなく、近くにあった太い木を挟む。


「くッ……!」


 悔しそうな表情を見せるが、今度は捩じることもなく、ただ挟んだだけで太い木を切断してみせた。

 自身の糸の強度の所為でその威力を判別できていなかったユウキは、それを見て初めて息を飲む。


「……面白れェ。お前は俺と同じだろ? そんなギアは見たことも聞いたこともねェ。同類なんだろ? なァオイッ!」


 全身から糸を出すことで、バンダナ男の周囲を囲む。

 当然避けようとするバンダナ男だが、あらかじめ森林はユウキの糸で溢れていたため、逃げ場は限定されることになる。

 そこを狙って、ユウキの糸はバンダナ男の鋏を捉える。


「そうなんだろッ!?」


 鋏を大量の糸で縛り上げ、そして──


 ガッシャァァァァァン


 バンダナ男の鋏──もとい右腕は、糸の圧力で完全に破壊された。

 そしてそのまま、ユウキは糸をバンダナ男に伸ばす。

 向かってきたその糸を、バンダナ男は──


「……キッ!」


 なくなったはずのバンダナ男の右腕は、もう一度生えてきた。

 そして向かってきた糸を挟むと、そのまま先と同じ『デスロール』で糸を両断する。


「……やっぱりそうだ。右腕にギアが仕込まれてるわけじゃねェ。そうだ! なにせ『オリジナルギア』は、『ここ』に仕込むもんだからなァ!」


 ユウキは自身の『胸』に親指を立てる。

 彼の台詞は客観的事実をもとにした、予想ではなく予測。


「……」


 黙っていようとも、言い当てられている事実に変わりはない。

 遠方から状況を見つめるユーリは、この戦闘を見て眉間に皺を寄せていた。


「……ユウキと同じ……オリジナルギア……!? 相手が悪い……悪すぎる……!」


 オリジナルギアの練度を仮にどちらも極限近く高めていたとして、あとはどこで差が出るのかといえば、それはもう『才能』でしかない。

 ユウキとバンダナ男の勝負、どちらに軍配が上がるかは、ユーリには想像できない。

 そんな彼女の不安を他所に、ユウキは何故か深呼吸をして落ち着きを見せている。

 いや、嵐の前の静けさか──



「馬鹿と鋏は使いようッ! 断ち切られたなら糸二本ッ! 大馬鹿二条、ユウキ・ストリンガーとは俺のことだァ!」



 突如ユウキは指を一本……いや、二本立てて天を指しながら大声を出す。


「……ッ!?」

「紡げよ俺の名……お前の魂と共になァ!」


 そのまま、ピースサインのようにしてバンダナ男に指を向けた。


「……………………?」


 バンダナ男は、突然の名乗りを受けて、完全に呆気に取られている。


「お前も名乗れよ!」

「……貴様に名乗る名など無い」

「あんだとコラァッ!」

「これから殺す相手に、名を名乗る理由は無い」

「……!」


 分かっていたことだが、やはり目の前のバンダナ男は自身の命を狙っている。

 ユウキはだからこそ、笑みをこぼした。


「……ハッ。良いぜオイ。要するにこういうこったろ? お前の名前は、名乗れねェ、退屈な名前ってこった!」

「!?」


 安すぎて買い手にも不審に思われるほど、安い挑発。

 だがしかし、このバンダナ男は、買い時を逃すことを良しとしない男。


「……帝国軍大尉、サザン・ハーンズだ。挟んでおけ、貴様の魂とやらに」

「そうかサザンかッ! 良い名じゃねェか馬鹿野郎ッ!」

「……貴様もなッ!」


 再度ぶつかろうとする、二人の闘志に燃える男。

 似た者同士の彼らのどちらかが倒れるかもしれない喧嘩が起きようとした、その時──


「────────音?」


 ユーリは思わず、二人から目を逸らした。

 だが、逸らしたのは彼女だけではなくその二人もだ。

 三人は、上空から聞こえてくる『音』に視線を奪われた。

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