だれが相手だろうと!!
渡貫とゐち
そのピッチャー、容赦なし!
今日は体育祭だ。
学年別、クラス対抗でおこなわれる野球大会。野球部はチームに三人までと決められており、他のメンバーは男女混合、運動神経が良いも悪いもごちゃ混ぜの対戦だった。
実力に偏りが出てしまうのは仕方ないが、勝負とはそういうものである。両チームが完璧に同じ条件で戦える機会がある方が珍しいだろう。
マウンドに立つピッチャーは野球部ではない。が、野球経験はあるようだ。
野球部であればそもそもマウンドに立てないので、彼はルール違反ではない。部ではなく外部のクラブチームに入っていれば制限されたかもしれないが、マウンドに立つ彼は現役ではなかった。強いて言うなら小学生の頃にちょっとやっていたくらいで、体が覚えていると言った程度。彼ひとりの存在は勝敗を左右するほどのものでは……。
「よっしゃ次ぃ!!」
「ぇー、容赦なくない?」
男子も女子も混合のチームなので、実力者と素人が打席に立つことになる。
ピッチャーの彼は野球部に投げる球と素人に投げる球の強さが同じなのだ。差がない。差別をしていない。そう言えば聞こえはいいかもしれないが、女子生徒が言ったように容赦がないのは大人気ない。
そう指摘しても、彼は現役ではないので、「加減をするテクニックがないだけ」と反論していたが。
全力で投げないとキャッチャーミットに届かないと言われてしまえば納得するしかなかった。
「次は誰だ!?」
「僕だ」
きーこきーこ、と車輪が回る。
打席に立ったのは車椅子に乗った男子生徒だった。彼はバットを振りにくそうにしながらも、構えている。誰もがさすがに、彼相手には手加減するだろうと思ったが、ピッチャーは思い切り足を振り上げ、全力で投げた。
剛速球、と呼べるそれがキャッチャーミットの中に収まった。
車椅子の少年はバットを振ることもできずに、「――ストライクッ!!」
「……いや、全力なの!?」
ギャラリーがぶーぶーとブーイングを浴びせた。ピッチャーはどこ吹く風でボールを受け取り、肩の調子を確かめるように腕を回す。
現役でなくともかつての経験者、体が覚えている。適度な運動と自分なりの投球フォームを繰り返すことで現役と言っていいほど体に馴染んでいったのか。
野球部員も舌を巻くほど、ピッチャーの動きは素人とは言えなかった。すぐにでもスカウトしたいくらいには、彼のピッチャーとしての実力は目で見てはっきり分かる。折り紙付きだった。
「卑怯だぞ! こっちは車椅子なんだから、ちょっとは手加減しろよ!」
「どうしてだ? 加減するのは差別だろ。仮に打席に立ったのが小さな子供でも、おれは本気で投げるよ。だって、そうじゃないとバカにしているようなものじゃないか。遊びならまだしもこれは勝負だ。チームで戦ってるんだから、身体的なハンデは手加減をする理由にはならないよ。怪我はそっちの問題でしょ? 不注意で怪我をしてさ、そんなのこっちは知らないし」
「……一応、怪我じゃなくて生まれつきなんだけどね……。僕は生まれた時から下半身が麻痺して、立って歩くことができないんだよ」
「ふーん」
「ふーんって……」
「だから? 生まれつき立ち上がれないから、なに? それを理由に男と男の真剣勝負で手加減しろって言ってるのか? それはお互いにとっての侮辱行為だろ。
両足の不自由は、バカにする気はないし、かと言って同情する気もないよ。そうやって生まれてきたんだから、お前が持つ手札で戦っていくしかない。――差別はしない、絶対に。
おれは決めてるんだよ、全員を平等に、ってさ。大人も子供も男も女も関係ない。怪我も病気も障害も、どんな格差があろうと人と人なんだから差別なんかしない。威圧するなら全員に、優しくするなら全員に。容赦なく戦うなら全員に。だから車椅子程度でおれが手を抜くことはないよ――分かったかっ」
「…………助かるよ。僕の車椅子姿を見て目の前に立つみんなは一度、困った顔をするんだ。どうしたらいいか分からなくて……。
僕が出た時点で勝負は形式ばったものになる。……真剣勝負を、身体的ハンデで水を差したくなかったんだ。でも君は戸惑わなかった。僕を見ても本気で潰すつもりで睨んでくれた。僕はそれが嬉しかったんだ」
車椅子の少年の目つきが変わる。
彼は、自分が車椅子に乗っていることを忘れて、顔が本気になった。
「さあ、真剣勝負をしよう。周りの声なんて忘れて僕だけ見てくれればいいから」
「元々、周りのことなんか目に入ってないから」
ピッチャーが振りかぶった。
さっきと変わらぬ剛速球が投げられ、キャッチャーミットに収まる。今度はバットを振った車椅子の少年だったが、バットに白球は当たらず。あっという間に三振してしまった。
「くそ……っ」
「出直してこい。おれはいつでも、本気で受けて立つ!」
きーこきーこと車輪を回して打席から去っていく少年。
入れ替わるように打席に立ったのは、吹奏楽部の女子だった。
ぎこちなくバットを握って構える。「お、お手柔らかにね……?」と怯えた目線を向けられ、しかしピッチャーは戸惑うことなくグローブにボールを叩きつけた。
ぱぁん、という威圧の音に、打席の女子が震える。
周りは同時に思った……「(あの子にも容赦ないのか?)」
「思い切り振れよ。じゃないと当たるものも当たらないんだから」
「う、うん……っ」
ピッチャーが投げた球は剛速球ではなかったものの、そこそこ速い球だった。
全力で振った女子生徒のバットは白球に掠りもせず、タイミングもずれている。きっと彼女もあっという間に三振だろう。
「おい
「な、なあに?」
「目を瞑って。おれが合図を出したら思い切りバットを振れ。それで……まあ、良い思いをさせてやるから」
「? うん……分かったやってみる!」
言葉で相手を騙しアウトを取るつもりか。手段を選ばず勝ちを取ろうとするところは確かに容赦がなく差別もしていないが……しかし違和感があった。
いち早くそれに気づいたのはキャッチャーだった。
……いち早く、というか試合前から気づいていたけれど。
もちろん、差別ではない。
――ピッチャーが振りかぶり、「今だ!」「うん!!」
投げて、バットが振られて――――かぁん! と、甲高い音と共に白球が青空へ飛んでいく。
「走れ巻瀬!」
「ぇ、え、なに、え!?」
「お前が打ったんだから走れって!!」
「どっち!」
「ほら、あっち」
後ろからキャッチャー(男子生徒)がアドバイスをし、女子が真面目にバットを握ったままベースを回る。遠くまで飛んでいったボールが戻ってくる前に、女子生徒は一周し、一点が入る。
「やったっ、ホームランだよね!?」
「ホームランではないけどな」
なにはともあれ、失点、だ。
差別したわけでなくとも、打たれてしまったのはピッチャーの責任である。
すると、散っていたチームメイトがマウンドに集まり、失点について反省会をしている。
「お前らしくないぞ。手加減したのか?」
「でも待てよ……? 指示、出してたよな? 車椅子には加減しなくて、あの子には……。それとも、もしかしてお前……、」
あっという間に三振を取ることを躊躇う理由があった……、のだ。
彼女を楽しませたいという欲が、真剣勝負よりも優先された。
「なんだよ悪いかよ」
ピッチャーの自己満足な手加減に、周りの男子たちが文句を言った。
「ふざけんなっ、誰も差別しないんじゃなかったのかよ!!」
「差別してねえって」
ピッチャーの少年は、周りに褒められて嬉しそうにしている少女を見る。
彼女の笑顔を見るためなら、たった一点の失点くらい安いものだ。
仮に四点が入って、
たとえコールド負けになろうとも。
あの笑顔より高くはならない。
「差別じゃなかったらなんだよ」
少年は答えた。
「差別じゃなくて、贔屓だよ」
…了
だれが相手だろうと!! 渡貫とゐち @josho
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