第3話
『ちょっとだけでもね、おいくんにまた会えたの嬉しかった! 昔みたいに柔らかい顔をしてるおいくんの顔を見られてよかった! 僕、もう十分!』
「樹、お前……!?」
『どうかこれからも、花音さんとお幸せ……』
『諦めないでっ!』
そう強い声を放ったのは、花音機。
花音機は、俺の機体を横切って、いつき機を救出しようと動き出す。
『ああーー!!』
しかし花音機もまた、突然沸き起こった蔓に絡め取られてしまう。
『おいくん! 逃げて!』
『葵くんっ! 私ももうだめ! だから! いくよ、樹さん!』
『んっ!』
2人の機体は頭部を母樹へ向け、頭部内蔵マシンガンを発射し始めた。
表皮の硬い母樹にとって12.6m mの弾丸など、焼石に水。
しかし、注意は2人の機体に集中はしている。
確かにこの状況で、俺だけが逃げることは可能だ。
でも、それで良いのかと考えた。
そしてほぼ同時に、俺にそんなことができるのか? という疑問が湧き起こる。
2人を見捨てられない。だけど、2人よりも明らかに実力が劣る、俺が飛び出したところで救出ができるのか。
せっかくの2人が、俺だけでも生き残ってくれてといってくれているのに、その想いを無碍にするのか。
だけど、やっぱりそれでもーー俺は、2人を助けたいと強く願う。
すると、操縦席の背後でどこかのファンが周り始めたような音がする。
「な、なんだこの音……?」
初めて耳にする音に、疑問が湧く。
そういえば、この烈火って……
『なお、貴様らには新型の
そんなことを白石大尉が言っていた。
ならこれは、その新型の
「ええい! やってやるぞぉー!」
何が起こるかわからないが、俺はとりあえず機体を前進させた。
ふと、鉄の箱の中にいながら、自分の頬が風を切ったように感じる。
それだけではない。まるで機体が足が自分のもののような、機体そのものが自分の体のような感覚を覚える。
ーーこれなら、MOAの操縦が花音・樹ほどに上手くできない俺でもいけるっ!
俺のMOAは華麗にジュライの蔓の応酬を避け続ける。
そして敵の弱点である、地表スレスレの"成長点"へ狙いをロックする。
「枯れて消えろぉぉぉ!」
右腕部に装備した鉄杭を成長点へ叩き込む。
腕部に内蔵されている炸薬が破裂し、鉄杭を押し出すと同時に、"枯渇剤"を一気に流し込む。
途端、ジュライの基幹部がミイラのように干からびた。
周囲にわいていた蔓も、次々と褐色化し、チリとなって消えてゆく。
当然、蔓に囚われていた花音機・樹機も解放され、地面へ舞い戻る。
「2人とも無事か!?」
『あ、花音機問題なし!』
『樹機も……おいくん、今のMOAの動きって……?』
「よくわからん! でも、今のうちに脱出を!」
幾ら目の前のジュライを枯渇させたとはいえ、あくまで地下茎のものだ。
母樹が生きている以上、この場はまだまだ危険である。
『行こう、樹さん! 葵くんを信じよ!』
『んっ!』
「よし、一気にいくぞぉー!」
俺たちは勢いそのまま、ダンジョンへMOAを疾駆させる。
だが、またしてもジュライの蔓の雰囲気が……雰囲気? なんだこれ?
レーダーにも反応はまだないし、これじゃまるで"勘"で捉えているような?
「花音! 正面にメタルグラスソーを振り落とせ!」
『え!?』
「良いから! あと、樹は仰角65でマイクロミサイルを掃射!」
『んっ!』
2人の機体は一瞬戸惑いながらも、指示通りの動きを見せた。
すると、花音機は発生したばかりの蔓を切り裂き、樹機の放ったミサイルは接近しつつあったペストを撃ち落とす。
『すごい! 葵くん、どうしちゃったの!?』
『おいくん、か、かっこいい……!』
「よくわかんないけど、肌感覚でわかるんだ! できる限り俺が指示を出すから、2人は適宜攻撃をよろしく!』
『『了解っ!』』
俺たち3人は、先ほどからの勢いを維持しつつ、ダンジョンを駆け抜ける。
そして、なんとかこの場を切り抜け、目的地である補給基地に到達するのだった。
●●●
「樹!」
ようやく一息ついたところで、格納庫の隅っこにいたいつきに声をかける。
「おいくん……?」
「一つ、言っておきたいことがある」
「なに……?」
「今日みたいな自己犠牲的な発言や行動をするのはやめてくれ。俺が言えたことじゃないかもしれないけど……」
たぶん、いつきは俺の花音が付き合っていることを知って、やけになった面もあるのだろう。
俺はいつきに対して、とても失礼で、残酷なことをしている自覚はある。
だけど、それでもーー
「俺はその……樹には生きていてほしいし、これからも一緒に戦いたいんだよ……!」
「……」
「やっぱり、嫌か?」
樹は首を横へブンブンと振る。そして決意に満ちた視線で、俺のことを見上げてきた。
「おいくんが、そう言ってくれるなら……僕、頑張る! もうあんなことは言わない! 今日はその、ごめんね……?」
「よ、よろしく頼むよ……」
くそっ! なんなんだよ、俺! どうして樹にドキドキしてるんだよ!?
これじゃまるで……
「あー2人とも! 何私に隠れて秘密の相談してるわけ!? 同じチームなのに酷くない?」
大きな胸をばいんばいんと揺らして、やってきた花音は、とても不満そうな表情だった。
「い、いや、これは!」
「おいくんね、今日の戦闘でバカなことをした僕を注意してくれてたの!」
「本当にそれだけぇ? 特に葵くん、なんか顔がへにゃへにゃしてる! えいえい!」
「ちょ、それやめっ! あひゃ!?」
花音はお得意の人の脇腹ツンツン攻撃を仕掛けてきて、俺を悶えさせた。
「葵くんってこれ弱いの! 樹さんもやっちゃえ!」
「そ、そうなんだ……! え、えい! えい!」
「ぐはっ!? い、樹もなんでぇ!?」
今の恋人と、振ってしまった幼馴染とチームは、これからもなにかと大変そうだ。
でも、2人に死んでほしくないという気持ちは確かなもの。
これから、なんとかうまくやってゆかないと、と思う俺なのだった……。
●●●
「人の感情を従来の80%増しで受け取る新型の
白石特務大尉は、横須賀から送られてきた、香月 葵の戦闘記録と人工筋肉の稼働率の資料を見て、呆れたようにそう溢す。
「香月が花守と木村のことを想った結果、この成果が記録されたっと……」
とりあえず、資料を元に、そう記録を施する。
この結果から、人間関係に由来する感情の起伏が、新型人工筋肉に与える影響がわかった。
そしてそういう結果が得られるよう、白石は香月の恋人と、幼馴染をわざと同じ隊とした。
そしておそらく、この先でもっと面白いデータが取れるとも考える。
でも、そのために、少年少女らの人間関係を弄んでいるといった罪悪感があるのもまた確か。
しかしこうしたことをしなければならないほど、人類は追い詰められてしまっている状況にあった。
「なんでもやるしかないわ……人類を滅亡を防ぐためにも……!」
白石は端末を閉じ、そして実際に香月・花守・木村の関係が、どのようになっているかを確認するため、横須賀へ赴くのだった。
<おわり>
平凡な俺が、エリートな今の恋人と、エリートになった告白を断った幼馴染と、チームを組むことになった件 シトラス=ライス @STR
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