第2話
『今、開けます! ご武運を……! 日本の、人類の未来を頼みますっ……!』
オペレーターの胸の詰まるような言葉と同時に、輸送機のハッチが解放され、機体の固定ベルトを解除された。
カタパルトが動き出し、俺たちを乗せたMOAは大空へ投げ出される。
幸いペストは輸送機の破壊に夢中なようで、落下する俺たちや機体には全く関心を示さなかった。
そして輸送機は空の藻屑となって消えてゆく。
俺は輸送機スタッフの冥福を祈りつつ、彼らの厚意に報いるためにも、MOAを安全に降下させるべく操作を開始する。
パラシュートにジャンプブースターの逆噴射、そして人工筋肉【フリージア】を用いて、難なく森林地帯の開けた場所に着地することがでできた。
だが、あのんといつみの2人は、未だ俺にくっついたままだった。
「つ、着いたから、そろそろ離れてくれない……?」
「ごめん、さすがに降下はびびった……! もうちょっとこのままで……」
いつも元気なあのんが少し震えているので、そのままにしておくことにした。
「おいくん、僕も……」
いつみも俺にしがみついたまま、離れる気配をみせない。
「とりあえず、2人の機体のところまで行こうか……」
男冥利に尽きる状況なのだが、なんとも言えない複雑な心境で、俺は2人をそれぞれの機体に乗せてゆくのだった。
「各機状況を報告せよ」
『あのん機問題なーし! 絶好調だよ! いつみさんは?』
『あ、うん、こっちも問題なし……えっと、現在地調べておいたから、データリンクします……!』
いつみ機からデータが送られ、現在地がかつて大きな街だったことが示唆される。
『半年前まではこの森は無かったと……となると、ここヤバイね』
『んっ。どう考えても、ここはジュライのダンジョンの中……』
『ここさえ3人で切り抜けられれば大丈夫だよ! ここから10キロ先に国連所属の補給基地があるし、そこへの緊急通信は入れといたから!』
『さすが、あのんさん……!』
『いつみさんが迅速に位置データを調べて送ってくれたからだよ!』
俺よりも遥に優秀な2人は、着々と脱出の算段を練っている。
なんでこんな優秀な2人の指揮官に俺なんかが任命されているんだろ……
『ってことで、良いよね碧くん?』
『僕もあのんさんに賛成。あとはおいくんの判断だけだよ?』
「じゃあそれで。
『『了解っ!』』
長刀と円盤状の回転鋸などといった近接格闘装備のあのん機を前衛、多目的発射機構と両手に36mmマシンガンを装備した後方支援型のいつみ機を後衛、ジュライへのとどめの兵器である91式炸薬注入杭を装備した俺の機体を中心に据え、行軍を開始する。
『碧くん、ちょっと良いかな』
と、行軍中にあのん機より、俺へ映像通信が入ってくる。
珍しくあのんの青い瞳が弱々しく震えている。
「どうかしたか?」
『その……こんな時に聞くことじゃないかもしれないけど、やっぱりはっきりとさせておきたくて……』
「……いつみのことだろ?」
あのんの金髪がかすかに揺れた。
『うん、ただの幼馴染じゃないよね?』
「……告白されたことがある。軍に入る前だけど……」
『そうなんだ。付き合ったの……?』
「いや、断った。前の俺、だったから……」
いつみの想いを振り切った時、俺はどうしようもないガキだった。自分のことで精一杯で、人を想う気持ちが欠如していた。
それはつい最近まで続いていたのだけれど、そんな俺を変えてくれたのが、あのんだ。
あのんと出会い、心を通わせたことで、俺は人として一段階成長したように感じている。
『久々にその……いつみさんと、会ってどう……?』
「どうって……」
何を緊急を要するときに、甘っちょろいことを考えているのだと思う。
その時、機内へ緊急アラートが響き渡る。
「各機警戒せよ! ジュライが来るぞ!」
それぞれの機がその場に立ち止まり、臨戦体制を取った。
そして程なくして、周囲から無数の緑の触手が湧いて出る。ジュライの
ーー1983年7月、ペストよりも先に、巨大植物ジュライはこの星に現れた。
ジュライは母樹と呼ばれる巨大植物を中心に、陣地である密林のような"ダンジョン"を形成。
そこへ侵入してくる、あらゆる存在を大小様々な
ジュライの目的は未だ不明。しかし2020年台の現在、日本は西方面を、世界ではユーラシア大陸のほとんどが、この巨大植物の制圧下に置かれてしまっている。
『母樹確認。距離3000! どうする碧くん!』
あのん機は長刀と回転鋸を駆使した鮮やかな斬撃でジュライの蔓を切り裂きつつ、判断を仰いできた。
『強行突破して補給基地に向かうのもありだけど、僕はおいくんの判断に従うよ!』
いつみ機はマシンガンと小型ミサイルで、あのん機を援護しつつ、そう聞いてくる。
やっぱりこの2人はすげぇよ。初対面なのにこんなにまで連携が取れてて。
そんな2人をこんなところで失うわけには行かない!
「このまま逃げ切ろう! たった三機で無理に戦う必要はない!」
『だね! ペストも出てきたら最悪だし、さすが碧くん!』
『行こう、おいくん!』
方針が決まった俺たちは、ジュライの蔓を切り裂きつつ、先へと進んでゆく。
危険を避けての行軍となるため、母樹を叩くルートよりは遠回りになる。
それでも蔓が密集している母樹付近を通るよりは遥にマシだ。
レーダー上の母樹表示から俺たちはどんどん離れてゆく。
離れるたびに発生する蔓の量も減少するはずなのだが、なぜか密集度合いが減ってゆかない。
まさかーーと思った、次の瞬間、機内に警戒アラートが響き渡る。
『ーーーーっ!?』
「いつみ!」
『いつみさん!?』
ヘッドデバイスを通じていつみの息を呑む声が聞こえた。
そしてほぼ同時に、地面から巨大なジュライの母樹の影が、俺とあのんの機体に落ちてくる。
どうやらこのダンジョンの支配者であるジュライは地下茎を、俺たちの想像を超える広い範囲にまで拡大させていたらしい。
更に最悪なことに、母樹の天辺が開き、赤い不気味な花が開く。
すると、花に惹かれて、レーダー上には無数のペストの反応が現れた。
しかし今逃げれば、俺だけはまだ助かる可能性はある。だけどーー
『おいくんっ! 僕のことは良いから、早くあのんさんと逃げて!』
ジュライに囚われ、身動きの取れないいつき機から切羽詰まった声が送られてきた。
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