4.


 

 サヴァンセと渕之辺 みちるが買った飛行機のチケットは、この島から出発する路線で行ける目的地の中で、最も遠くの場所。


 オーナーは仕方ないにしても、ケリーや硝子の塔グラス・タワーの支配人に挨拶もせずに出ていくのは、渕之辺 みちるには気が引けた。だが、梟は気にしている様子はなかった。

 明け方からバタバタと出発準備をし、急いで空港まできたから、煙草を吸うタイミングを逃した、と梟はボヤいている。


 二人が乗り込んだ飛行機はビジネスクラス。長時間、長距離移動となるため、今回は金に糸目をつけなかった。

 

「島の買収を知ったのはいつ頃?」

 朝の便に乗る客はそう多くなく、声を抑えながら、渕之辺 みちるは隣に座る梟に尋ねた。

 

「CIAの捜査官と連絡取った時に、ヴァンサン・ブラックが、どうも不正な買収と権利取得した動きがあると情報をもらった」

 梟が、古い仲間の形見のスマートフォンで連絡先を探し当てたCIA捜査官と連絡を取ったのは、昨日の午後。ヴァンサンたちはすでに島の権利を手にしていた。


「それで、島に慌ててやってきたオーナーと接触したんだ?」

「オーナーは島の権利を取り戻したいと思っていると踏んで、会いに行った」

 島の権利、土地を奪われたオーナーは、昨日の19時過ぎにケリーのもとへやってきていた。

 梟は、そこへ踏み込んだ。


「それで、サバちゃんの目論見通り、オーナーが力を貸してくれた、と」

「俺がから手伝え、と言った」

 恩着せがましい言い回し。

 

 渕之辺 みちるは、それを聞いて途端に表情を強張らせ、身を引く。

「……CIAが不正な買収だって睨んで調査しているのを伏せて、この島は俺が取り返してみせるぜ、って顔したんだ?」

 最初から、島の権利はオーナーに戻る見込みがあった。それを伏せて、さも自分が最大限の尽力をしたと恩を売ったのだ。

 

「じゃないと、ケリーが手下兵隊を貸してくれないだろ。それが嫌なら、ちゃんとした経理を雇って、くだらないヘマをしないに限る」

 梟は、表情筋をほとんど動かさず、口元だけ笑わせる、不気味な笑みを浮かべる。

 

「ほんっとに性格悪いなー」

 梟の笑顔を不気味だと思いながら、渕之辺 みちるはシートのヘッドレストに頭を寄りかからせる。

 渕之辺 みちるが座るのは窓側なので、眼下に雲と海の青が見下ろせる。その景色を見て、島が遠ざかるのを実感していた。


「さて、今度はどこへ行きましょうか」

 薄く笑いながら、渕之辺 みちるは尋ねる。

 島から遠く離れた場所へ行き、そこからまた、どこか遠くへ。

 

「南の島はもういい。全然いいところじゃない。さんざんな目に遭った」

 梟はシートに凭れ、目を瞑る。

 

「今度こそ、オーロラ見たくないですか?」

 実は、渕之辺 みちるは、ずっとオーロラを見たがっている。だが、

「寒いところは懲り懲りだと、何回言わせる」

 冬が長い国で生きていた梟に、いつも断られているのだ。

 

「そろそろ和食が食べたい」

 むしろ梟は、和食が食べたいがために日本へ行きたがる。

 

「今じゃなくていいですよ。墓参りで、また日本に行けるから」

 一方で、日本で生まれ育った渕之辺 みちるは、露骨に嫌そうな顔をする。

 家族が眠る墓所へ墓参りする時以外は、日本へ戻りたがらない。


「俺は鯛茶漬けが恋しいんだ」

「私はオーロラが見たいのに」

「オーロラの何がいいんだよ。揚げ出し豆腐の方が価値がある」

「サバちゃんだって、オーロラ見たことないでしょ?」

 彼らは、次の行き先について、小声で言い合いを続ける。

 

 飛行機は黙々と目的地へ向かって、飛んでいる。

梟は苦笑いしながらシートに凭れた。みちるも窓の外を眺め、遠ざかる島を見つめる。

 

 次の行き先にも、平穏は訪れないだろう。けれど、それが二人のいつもの日常。


 飛行機は雲の上を滑るように進んでいった。

 二人の、目的もなく、宛てもない旅は、まだ続く。

 


 いつか、地獄の門を開ける日まで。




 


                                   <了>

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夜明け前がいつでもいちばん暗い -It's always darkest before the dawn- 卯月 朔々 @udukisakusaku

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