はじめにおよみください
キヤ
はじめにおよみください
勇者の鼻歌を聞き流しながら道なき道を歩く。
前を行く勇者は楽しそうに剣で草を薙ぎ払っている。そんなに草刈りが好きなら今度うちの前庭もやってもらおうかな。
先ほど針葉樹の横を通過した。すでに隣の領地に入っている。管轄外なので差し出がましいことはしない。うっかり林を焼き払って、戦の火種を作りでもしたら大変だ。
雇用主である領主の邸宅に勇者が滞在して一週間。新しくできたダンジョンの調査に来たのは、今日が初めてのように見える。いったい何をしていたのだろう?
問いただしてみる。
指をふり、舌打ち三回。勇者が答える。
「ダンジョンの形成が完了するのを待っていたんです。出現から完成には時間がかかるんですよ」
優しい魔法使いを装うのは、ダンジョンへの同行が決まった時点でやめてしまった。勇者をにらむ。
「その間に道を作っていればよかったのに」
「えっ、あ~?」
やっぱり焼き払おうかな、勇者ごと。大丈夫。何の証拠も残さないぐらいに焼き尽くす自信がある。まずは類焼対策して……。
何の魔法を使うか考えていたら、勇者の足が止まった。
「ここで~す」
ダンジョンに到着した。運のいいやつ。
なぜ勇者が依頼されたダンジョンの調査を手伝うことになったのか。答えは簡単。領主の鶴の一声だった。
「勇者を手伝ったあげなよ、魔法使い。隣の領主には許可をとっておくから」
雇われの身はつらい。
「魔法使いさん、ダンジョンの経験は?」
「んー、修業時代か駆け出しのころに入って以来かな?」
それはもっと早くに確認すべき事柄ではないだろうか? 出発前とか。
「りょーかいです」
「昔とは勝手が違うだろうから勇者に従うよ」
「じゃあ、大きさ測ってください」
ダンジョンはよくある箱型タイプ。魔法で周囲を測定し記録する。高さは一階分なので、地下に降りていくことになるのだろう。
勇者は広げた紙をダンジョンの石壁に当て、木炭でこすっていた。手慣れた様子に少し感心してしまう。不覚。
「それは?」
「紹介文です」
「なんの?」
「ダンジョンの」
ダンジョンの紹介文?
恐る恐る聞いてみる。
「誰が? 何のために?」
「ダンジョンが冒険者のために」
勇者によれば、ダンジョンの数が膨大になり、冒険者はタイムパフォーマンスを求める傾向が強くなったという。そこでダンジョン側が紹介文を作成。宝箱や出現モンスター、ドロップアイテムの情報が表示されるようになったそうだ。
もはや何に驚けばいいのかわからない。冒険者になのか、ダンジョン側になのか、それをスラスラと説明した目の前の勇者になのか。
「タイパ、ねぇ……」
「数をこなしたほうがランクも上がりやすいんで」
「それと」もう一つ気になるものがある。「この星は?」
ダンジョンの石壁には窪んだ星が三つついていた。星の隣には十字が刻まれた突起もある。難易度だろうか?
「ダンジョンレビューです」
「……」
聞かなければよかった。最新のダンジョン怖い。意味がわからなくて怖い。おうちに帰りたい……。
人の沈黙を察せないのが、勇者が勇者たる所以。無視しても三回は話しかけるからね、勇者って。勇者が説明を続ける。
「ダンジョンに入った冒険者にダンジョンを評価してもらうんです。まだ押しちゃだめですよ」
一層目だけさらっと歩いて評価だけしてく冒険者もいるんですよねー、と勇者。その冒険者、スタンプラリーでもしているの?
勇者は紙を丸め、木炭と一緒に鞄にしまった。肩に鞄をかけなおしダンジョンに向かいだす。
「読まないの?」
「ええ」深淵のような瞳が見返す。「あてにならないこともあるんで」
勇者はダンジョンに入っていった。紹介文を見上げ、少し迷って勇者のあとを追う。あれでも勇者はダンジョン専門の冒険者だし……。
「うわぁ~! 魔法使いさ~ん!」
ただのバカだった。読みなさいよ。
「宝箱はトラップって書いてあるのに……」
<名称未設定のダンジョン>
入口にある宝箱はトラップです。お気をつけください☆
名前は考え中。後で変更するつもりです。一層目は……
はじめにおよみください キヤ @diltale
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