第6話 純白のドラゴン

 アリウスとマリアの姿が見えた。教会の外に出てきたようだ。マリアは長かった髪をバッサリと切って、いっそう幼い少女のような雰囲気になっていた。ああ、悪くない。顔がはっきりと表に出て、これはマスターが生きてたなら感激で卒倒してしまうやつだ。いやいや、そんなことを考えてる場合じゃない。危険だ、外は危険なんだ。


「二人とも大変だ! アリウス、マリアを教会の中に!」


「ああ……。そのようね」


 アリウスは俺の背後に見える緑の集団を見てそういう。あれを見て冷静でいられるとか信じられない。


「どうしたのですか? レノボさん何があったのですか?」


「い、いや……」


 マリアが不思議そうに俺に尋ねる。彼女にはあのバケモノたちの姿は視えていない。こんなあり得ない状況を伝えて、不安や恐怖を煽るべきではないのかもしれないのだが……。


「マリアちゃん。それでその音楽っていうのはどっちの方から聴こえるの?」


「はい。こっちです」


「音楽?」


 マリアが手に持った白い杖で地面を探りながら、ゴブリンたちとは反対の方向へゆっくりと歩き出す。


「マリアちゃんが、音楽が聴こえるっていうの。私には聴こえないし、あなたも聴こえないわよね」


「ああ……」


 それは教会の裏手、昨日彼女の爺さんを埋葬したほう、共同墓地のほうへ歩いていく。



「うわっ?」


 思わず声が出るが、マリアを驚かさないように何とか声は抑えた。アリウスも手に口をあてて目を見開いている。


「ああ、お兄さんだ。なぜだか分かりませんけど、視えなくてもお兄さんだって分かりますよ。あれ? こんなこと、不思議ですね」


 マリアがそう話しかける先には、巨大な白い怪物……、ドラゴンがいた。俺達を見下ろすその巨躯は、純白の鱗で覆われており、うっすらと発光しているように見えた。さっきのゴブリンなどより遥かに強い存在であることは本能で感じてしまうのだが、なぜだか俺に恐怖はなかった。あのゴブリンたちがこっちに近づくことができない理由が今理解できた。


「聴こえる……。私にも聴こえるわ」


「ああ。俺も……。これってさ……」


 アリウスの呟きにおれも応える。


「そうね」


 この純白の竜を目にした瞬間から頭の中に流れてきたのは、俺とアリウスのよく知る曲。マスターが初めて作ったあの曲だった。


「そうでした。この音楽は、お兄さんが私のためにってプレゼントしてくれた曲でしたね。ごめんなさい。せっかくCDにしてくれたのに、あのラジカセ? その。機械が壊れてしまって……。久しぶりに聴きましたけど、素敵な曲ですよね。本当に」


 マリアの目にうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。


『レノボ、アリウス……』


 これはマスターの声。その表情からアリウスにも聴こえているのが分かった。


『世界ハ、変容シタ。ソシテ、僕モ、生マレ変ワッタ。僕ハ、ココカラズット遠イ場所ニ行カナクテハ、ナラナイ。ダカラ、彼女ヲ守リ続ケルコトガデキナイ』


 マリアにはこの声は聴こえていないようだ。


『彼女ヲ、マリアヲ、守ッテ。ドウカ、オネガイ……』


「あっ! お兄さん?」


 純白の竜は空へと音も立てずに舞い上がる。その首を大きく持ち上げると、次の瞬間大きく開けられた口からブレスが放たれた。それはマリアを害する恐れのあるあのゴブリンの群れを焼き払ったのだろうということが、見なくても俺には理解できた。


「これはマスターの記憶か?」


 俺がノートパソコンだった頃の感覚。ネット上からデータをダウンロードしていたときのような感覚。


 世界は突然発生した魔物も群れに襲われた。戦車や戦闘機、銃やミサイルで人類はこの侵略者たちに応戦したが、際限なく湧いてくる魔物たちに最後は押し切られてしまった。巨大なドラゴンや飛竜が東京を空を我が物顔で飛行し、地上は人型の凶悪な魔物たちが人々を襲い蹂躙した。


 そこに天から降り立った純白のドラゴン。彼は強力な魔物たちをその鋭い爪で引き裂き、喰らい、そのブレスで消し炭にした。


 それはすべてここにいるマリアひとりのため。


 東京に出現した強力な魔物たちはすべて死に絶えた。ゴブリンのような弱い魔物たちは、この恐ろしい白竜を避け地下や物陰に潜んでじっとしているしかなかった。


「あんた、すげえよ……。ああ、あんときの光はそうか、そういうことか」


 夕暮れ時に俺とアリウスを包んだ光。それは俺達を実体化させるためのものだったらしい。


「あんたの代わりにマリアを守れってことか……」


 上空で俺達を見下ろすマスターが小さく頷いたような気がした。そして大きく羽ばたくと空の彼方へと消えてしまった。


『西ヲ目指シテ……、僕ハソコデ待ッテル』


 それが最後に俺に聴こえた言葉だった。


「ああ……、お兄さんの姿が……、視えました。きれいでした……」


 マリアが目を見開いて俺達を『視て』いた。


「おい、マリア。もしかして視えるのか?」


「はい」


「これはきっとマスターからの贈り物ね」


「はい」


「だったら、お礼を言いにいかねえとだな。マリア、西を目指すか?」


「はい、もちろんです!」


 

 その日、この『異世界』に侵食された地球で、俺達の長い冒険の旅が始まった。




 了

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終末のつくもがみ ~短編版 聴こえないメロディー~ 卯月二一 @uduki21uduki

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