階段の上

朝吹

階段の上


 うちは武士の家系だったからさ。

 同期がそんな話をしたのは、暑気払いのビアガーデンでのことだった。

「曾祖母の時代までは寝相が悪くならないように、子どもの脚を紐で縛っていたそうだ」

「虐待」

「だろ。『気をつけ』の姿勢で寝るの。うちの子がすごい寝相で転がっているのを見るたびに、きちっと仰臥位になって布団に入っていた曾祖母を想い出すんだよ」

 棺桶の中の人のようだった、と同期はビアジョッキを掲げた。



 棚田が広がっている。青空と山の緑が目に眩しい。

沙智さちは留守番ね」

「何か云われない?」

 田舎の蔭口は独特なものだ。さすがに親世代はそんなこともないが、何かにつけて老人は悪い解釈をつけて回る。

「東京で働いて独身で。三彬みすぎさんとこの沙智ちゃんは女社長にでもなるつもりやろかい。野心家やね」

 そんな話になって広まるのだから閉口だ。

「雨の後の山道だから」

「それなら」

 数日前のビアガーデンからの帰り道、わたしは段差で足首をひねってしまったのだ。腫れは引いたもののまだテーピングをしている。

 両親が墓参りに出かけてしまうと、わたしはサンダル履きで庭に出た。洗濯ものがすっかり乾いている。

 

 三彬さんのとこはおましを担いで逃げはった


 おましというのは座布団を平らにしたような御座ござのことだ。椅子がなかった時代、貴人が座る処だった。

 大昔から建て直したり改築を重ねるたびに、わたしの家は何故か必要のない屋根裏を作る。そこには何も置いてはいけない。

 覗いてはいけない。そう云われていたが子どもの頃、両親が留守の日に天井に収納されている梯子を引き降ろして屋根裏に行ってみた。

 両親が帰宅してみると、わたしは明るい庭にはだしのまま立っていた。

「ああ、暑かった」

 墓参りから戻ってきた両親は汗だくだ。わたしは「おつかれさま」とお茶を淹れた。

 屋根裏で何を見たのか、わたしの記憶からは抜け落ちている。



 上げ蓋式の薄暗い屋根裏。採光は小窓一つ。その窓も、「古都」の方角に作る。

 わが家の墓所は村落の中にある。今日、両親が墓参りに行ったのは裏山だ。そこには大正時代まで、苗字の由来になった三本の彬が現存していた。

 御座を持って逃げたのではなく、そこに座る人を担いで逃げた。そして貴人の墓の目印に三本の彬を植えた。

 我が家の屋根裏は貴人の少年がいつでもそこに逃げ込んで隠れることが出来るようにと、御座所として設えているのだそうだ。

 その貴人が何者なのかはまったく伝わっていない。



[了]

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階段の上 朝吹 @asabuki

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