第22話 よんみーのキッチンカー

「こんにちはー! あたいは星空の魔女プエラさまの召使い、小人の“よんみー”!! よろしくねー!」


「あ、ああ、こちらこそ、よろしく」


「魔女の名前はプエラっていうのね。あなた、ここで何してるの?」


 よんみーは、ばっと両手を広げた。


「ご覧の通り、キッチンカーで料理を提供しています! それ以外にも何かご入り用であれば可能な限り承りますよ!」


 城戸と本読は顔を見合わせた。


「こういうのが出てくるって、事前の情報にあったか?」


「いえ」


「お客さんたち、何度も行ったり来たりして大変でしょー! おなか、すいたんじゃありませんか? お安くしときますよー、物々交換もオッケーでーす」


 誰が食うか、そんな怪しげなもの。

 と思ったが、本当にいい匂いが漂ってくる。

 本読を見ると、冷静を装ってはいるが「食べたいな」と顔に書いてある。

 城戸も口の中につばが出てきた。


「よし、ちょっと待ってくれ」


 城戸はキッチンカーに寄って、よんみーに話しかけた。


「この匂いは何の料理ですか?」


「あら、丁寧な言葉遣いで恐縮よんみー。これはね、米粉で作った麺を鶏の出汁につけて食べる料理ですよ。ムーニャンっていうの。おひとつ、いかが?」 


 ほとんどフォーだな……。

 でもうまそうだ。


「試食はできますか」


「もちろん!」


 よんみーが前にかがむと、背中に蝶の羽が生えているのが見えた。

 しじみ蝶に似た、茶色とオレンジの羽だ。

 それをパタパタパタ……と羽ばたかせると、銀の粒子が鱗粉のように舞い上がった。


 銀の粒子がキッチンの調理器具や小皿に触れると、ふわっと浮き上がってくるくると動き、見る間に一口分のムーニャンがお椀によそわれて運ばれてきた。


「ささ、どうぞ〜」


 浮き上がるお椀を手に取ると、本読の心配そうな視線に気づいた。


「大丈夫だ」


 空いた手で宙に浮いたフォークを受け取り、本読に背を向ける。

 フォークを持った手の甲で前髪を払うフリをして、うまく片目を隠す。

 もう片方の目が紅く染まる。

 フォークをお椀に突き入れ、汁を麺をからめると一気に口に入れた。


「んんっ」


 ことのほか、うまい。


「まあ、問題ないんじゃないか。でも心配ならやめとくか」


「城戸くんだけ、ずるい。わたしも食べるわ」


 小人のよんみーが呆れ顔で抗議した。


「なーに、その会話! さてはあたいのこと、疑ってたのねー。ひっどーい!」


「すいません。でも、こちらも不用意なことはできないので……」


 よんみーは腰に両手を当てて、大仰にうなずいた。


「まー、しょうがないよねー。あたいのこと、敵だと思うわよねー、ふつー。でも、あたいもご主人さまもそんなこと考えてないのよん。これはちょっとしたお遊びなの。最後まで正解できたら、ご褒美をあげるっていう」


「遊び、ですか」


 遊びと聞いて納得したところがある。

 魔女は自分の考えた問題を解いてくれる遊び相手を待っているのではないだろうか。

 死にもしないしケガもしない、再チャレンジも途中リタイヤもできるようになっているのは、これがあくまで遊びだからだ。

 そして見事クリアした人には賞品を用意している。

 なんだか、いじらしさというか、かわいらしさを感じてしまう。

 案外本当に『星空の魔女』は、こどもなのかもしれない。


 城戸と本読は二人分のムーニャンを注文することにした。

 この幻界の貨幣は本読が学園から支給されている。代金はそこから出した。


「まいどー! そこの椅子にかけて、少しお待ちくださーい」


 言われるがまま、キッチンカーのカウンターの席について出来上がりを待つ。

 ふと横を見ると、小さな本棚があって『ご自由にお読みください』と張り紙がしてある。


「本読、これ見てくれ」


「なに?」


 本棚にある本はどれも油と煙で汚れてヨレヨレだったが、いちおう読むことはできた。


「こっちの世界のマンガがある。作中作みたいなもんかな。だけど気になるのはこっちのほうだ」


 マンガや文庫本に挟まれて、何冊か星に関する本が置いてある。


 『こどものための星座の本』、『星座一覧表』、『星座の神話辞典』、『町にプラネタリウムを!』、『はるかなる星の旅路』、『黄道の十五宮』、『彗星を探そう』……などなど。


「これ、料理が出るまで待ってる間に読むやつだろ? それがさりげなくヒントになってる」


「ほんとだわ」


 ひょっとしたら、失敗を繰り返していると、このキッチンカーが現れて助け舟を出す仕様になっているのかもしれない。


 ほどなくして椀に盛られた麺が宙に浮いて運ばれてきた。

 二人してフォークでかき込む。

 鶏の旨みが出た汁が米粉の麺によく合って、シンプルながら飽きがこない。

 お腹が減っていたこともあって、口に運ぶ手が止まらない。本読も気に入ったようで、あっという間にたいらげた。


「ふぅー、ごちそうさま」


「おいしかったわ」


「ありがとー、喜んでもらえてこっちもうれしいよんみー」


 本読は席を立ち上がりついでに、よんみーに問いかけた。


「わたしたち、連れがいるの。見た目、同じ年頃の男の子と女の子なんだけど、あなた知らない?」


「その人たちなら遠くから見かけたよー。でも苦手なタイプだったから、話しかけるのはやめたの。ご主人さまも、あーゆー人たちは苦手。せっかく問題を作ってるのに、知恵の輪を力づくで外すみたいなのは無粋よねー」


 城戸と本読は顔を見合わせて苦笑した。


「あのー、お客さん、ほかに何かいらない? 一発で元気になるお薬とかあるよー」


「薬……か。どうする?」


「うーん、今のところはいいかしら」


 異界で手に入る薬には、普通ではあり得ないような効能を持つものが多くある。

 ケガを一瞬で治したり、一時的に筋力がアップしたり、なかには死者を生き返らせるものまである。

 しかし、性能がはっきりしないものが大半で自分たちの体で試すしかなく、副作用が出ることも珍しくないので正直使いづらい。


「そうですかー、残念」


 ちなみに、こういった異界のアイテムは持ち帰ってもムダである。

 手に入れた異界から出てしまうと、時間とともに消えてしまうからだ。

 存在を固定するには、少し煩雑な手順が必要となる(今回のミッションの目的となる宝石も、その手順を通して固定する予定だ)。


「その代わり、聞きたいことがあるのですが」


「問題に関すること意外なら、お金次第で話してもいいよー」


 城戸は、この世界の政治や経済、簡単な歴史、魔法の扱い、そして有用なアイテムとその在処などを聞いた。

 やはりと言うか、星空の魔女プエラは悪しき支配者などではなく、かつての権力者の末裔に過ぎないようだった。


「まいどありー。あたい、支払いのいいお客さん、大好きだよ。だからサービス! 問題については、ほんとは言っちゃダメだけど、一個だけ教えたげる。問題は全部で十個だよ」


 十個もあるのか、けっこう大変だ。

 だがいつ終わるともしれず問題を解き続けるのに比べたら、ずっと気が楽になる。


「がんばってねー! ご主人さまもきっとあなたたちが来るの、待ってるよー」


「ありがとう、やってみます。じゃあ、元気も出たし、おれたちはもう行きます」


「麺、おいしかったわよ」


「こちらこそ、ありがとー! いってらっしゃーい! あたいの同族はあちこちにいるから、どこかで会ったらよろしくよんみー!」

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捜査委員 城戸鷹千代  〜幻想隔離学園 ウォルンタース るかじま・いらみ @LUKAZIMAIRAMI

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