第二十五話 天狗岩の向こう側

 メタルワームを解放したルキアたちは、ビークルに戻り旅を続けていた。ルキアとニック、ほむらに、華幻かげん、仲間がだんだん増えてきた。面白い旅になりそうだ。 


「なぁ、ルキア。ちょっと、寄り道してもいいかな? 天狗が出るって噂の天狗峠の近くまで来てるんだ」


「わかった。ちょっとだけだぞ?」


 ビークルのパネルで確認すると、今いる場所から一本道らしい。ふと両脇に生える樹木や草花が視界にはいった。もはやこの世界で目に映るすべてが自然のものではないのだろう。悲しいがこれが本当に人が望んだ世界なのだろうか。


 遠足気分の抜けないところはニックの悪い癖だが、知識欲には感心する。クラヴィスといい勝負だろう。


 道なりにビークルを走らせた。目の前に巨大な石門が姿を現割れた。誰がなんの目的でここに置いたのか、それとも偶然ここにあったのか。


 天狗岩の前に立つと、その壮大な景観に圧倒された。そびえ立つ石門は、高さ数メートルにも及ぶ巨大な岩塊から削り出されたものだろう。門の両側には、古代の文字や彫刻が施されている。それらの彫刻には、複雑な幾何学模様や神話的な生物の姿が描かれている。儀式的な意味をもつのだろうか。


 空気はひんやりしていて、岩の冷たさを感じる。周囲の自然の音も、静寂の中に包まれており、この場所の神秘性を一層引き立てている。天狗岩の真ん中に、ギリギリ、ビークル一台が通れそうなトンネルがあった。


「おお。これが天狗岩か。折角だからトンネルの向こうへ行ってみないか? 天狗にあえるかもよ?」ニックはビークルをおりると、岩の近くへ走っていった。脇に金属の看板が斜めに刺さっていたが、錆びていて書いてある文字がはっきり読めなかった。


「なあ、ニック。天狗にあってどうするんだよ」


「どうって。会えたら面白いかなぁって」ニックは面白さでいろんなものを単純に判断する。それがニックの長所でもあり、短所でもあった。


「はいはい」ルキアは呆れ顔で、手をパタパタさせて、どうぞご自由にとでもいうような仕草をしている。


 ビークルに戻ったニックは、天狗岩の小さなトンネルを通り抜けると、空気の変化に気づいた。ルキアとニックは、別世界に足を踏み入れたような感覚に包まれた。トンネルの内部は狭く、岩の壁がところどころに苔や湿気を含んでおり、足元から微細な水滴が滴る音が響いていた。しかし、トンネルの終わりが見えると、その先の景色は一変した。


 トンネルを抜けた瞬間、目の前に広がるのは、幻想的な光景だった。広々とした空間が広がっており、壁はまるで巨大なクリスタルのように光を反射して輝いている。空間の天井には、自然光のように柔らかい光がまばゆく輝いていた。その光は、柔らかく、温かい。周囲の景色は奇妙に静かで、風の音すらほとんど聞こえない。


「気の流れが変わったな。悪いものではなさそうだ」ルキアが何かを感じた。


「ああ」ニックも気の流れの変化に気がついた。どんよりとした、重たいものではなかった。


 空気はひんやりとしていて、トンネル内の湿気が引き継がれてきたかのようだが、その冷たさにはどこか清涼感がある。入ってはいけない場所に来てしまったと直感した。


 濃い霧が出てきたことに気づいたニックとルキアは、反射的に口を抑えたが、天然の濃霧であることに気が付くと口元から手を下ろした。


「なぁ、ニック。これ以上進むのは危険だな。無理に動かない方がいい。そこの開けたあたりにビークルを止めて、焚火を囲んで野営しないか?」


「焔と華幻はどう思う?」ルキアは聞いた。


「僕、眠い………」小さい焔は華幻によっかかりながらつぶやいた。小さい焔にとっては長旅は過酷かもしれない。ずっと華幻にくっついている。


「焔にはまだキツイかな。あそこでいいね」すぐ近くの木陰で野営することにした。

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