「スイートフル・ドリーマー」

(カタカタカタ……)


「今日も執筆をがんばってるわね」


(カタカタカタ……)


「この連載も、今日が最終回」


(カタカタカタ……)


「お姉さんとの日常。意外と好評みたい」


「キミの努力、やっと報われたのかもしれないわ」


「本当によかったわね……」



『創作論ビギナーお姉さんによる甘々堕落創作論』



「これまで毎日、欠かさず更新してたし」


「web連載では更新ペースが大事ですもの」


「キミはえらいわ――」



「……でも、昨日は休んでたわよね?」



「なにか悩み事でもあるのかしら。

 お姉さんが助けてあげるわよ?」


「いつもみたいに、創作論で……」


「…………」


(カタカタカタ……カタカタカタ)


「そう……やっぱり」




?」




最終回

『スイートフル・ドリーマー』




(お姉さんは声色を変える。

 キミに創作論を教える先生として――)


(これがお姉さんの最後の授業)



「web小説には、打ち切りという概念がありません。

 人気がなくても、PVが伸びなくても、

 作者が書きさえすれば連載は続きます――」



では、web小説の「終わり」とはなんでしょうか?



「――



作者の気力が尽きたとき、

作品は終わることなく静止する。


最終更新日は数か月……あるいは数年前……。



「心ないコメントに疲れたから。

 読者からの反応が無いから。

 学校や仕事がいそがしくなり、

 小説を書く時間が取れないから」



気力が尽きてしまう理由は様々です。


「気力が尽きたということは、

 最終回を書く気力すらも残っていません」


さながら、死ぬことすら許されぬ「凍った命」。


インターネットの小説投稿サイトは、

生みの親から見放された小説であふれ返っています。


「作品を愛していた読者の中には――

 いつか更新されると、

 待ち続ける人がいるかもしれませんね」


「そうなる前に作品を終わらせなければいけません」


物語が終わるべき時。


事件が解決されて、報酬が与えられて、

ヒロインとの恋が成就して、悪を打ち倒して……


「しかるべき区切りで、しかるべき最終回を」



でも――




 わかります。

 私は……お姉さんはキミを肯定します」



一世を風靡した人気作品の作者でも……

満を持した新作は読者に受けず、泣かず飛ばず。


「小説ではよくあることですよね……」





たとえ一つの作品がウケても、

次の作品が同じようにウケるとはかぎらない。


だから次へ踏み出す勇気が出せない。

今の作品を書いていれば、読んでくれるから。



「そうやってずるずると書いているうちに、

 キャラクターは目標を見失い、展開は迷走し……


 何を書いているのか、何を書くべきかが曖昧模糊。


 やがては読者も作者も気力が尽きて、

 行き着く先はエターなる……」



お姉さんは、キミの「弱い心」を否定しない――


なぜなら、キミが大切だから。

キミが良ければ、それでいいのだから。


甘々堕落創作論その⑦

「最終回なんて考えなくて大丈夫。

 書くのを止めたときが終わりでいい。

 キミはそのままで/



(キィン――と刃がきらめく)



「なっ……!キミが持っているのは……!?」


(チャキ――

 「あなた」は刀を構えた)


創作論とは刀である。

創作という戦場で作家の力となるべき武器。


お姉さんはそう言った。

でも、キミが手にした刀は――



『作品を完成させただけ実力が育つ』

『作家なら作品は完成させるべき』

『未完のままでは成長はありえない』


どれもネット創作論の強い言葉!

お姉さんの甘々堕落創作論ではない……!



「キミは、お姉さんを拒絶するのね。

 どうして……?

 なぜ、お姉さんを否定するの!?」


(……………)


「お姉さんのもたらす救済を、

 堕落創作論を拒否するというのなら……

 私は――キミを許さないッ!」


(ガキィン――創作論という二本の刃が激突する)


(迸る火花)

(大地を駆ける)

(斬って、払い、避けて、跳び、互いの喉仏を狙う!)



「甘くたっていいじゃない!

 甘やかしたっていいじゃない!


 小説を書くことは、

 作品を作るのはすごいことなのよ!?


 キミは誰に望まれたわけでなく、

 キミ自身の望みで足を踏み入れた!


 創作という果てのない茨の道へと――

 癒し無き世界へと!」



――だからッ!


(ガギィン!!!)



「オリゴ糖のようにお腹に優しく、アスパルテームのように速やかに、ステビアのように舌に残り、ソルビトールのように爽やかで、アセスルファムカリウムと併用されたスクラロースのように後を引く――甘さと甘さと甘さがぶち込まれたお姉さんの創作論でッ!キミを癒したかった!キミを抱きしめたかった!砂糖のように、それがキミを動かすエネルギーになると信じていたから!」



(キイイイイィィィィィィンンンンンン……

 じわじわと、鍔迫り合いの刃が「あなた」に迫る)



「なのに、キミは私を捨てるのね……!

 誰とも知らないネットの誰かが吐いた、

 成功するかどうかの保証もない創作論を選んで――」


(カタカタ……)


「え……?」


(カタカタ、カタカタ)



「……今まで、

 ……ありが……とう?」



……そっか。

なんだ、今更、わかっちゃった。


先に生まれると書いて、先生。

お姉さんは先生だったのね。



――



お姉さんの創作論は、

キミの「弱い心」の鏡写しだったんだ。



一つの物語が終わり――

ここに、新たな創作論が生まれる。



キミと私の創作論その①

「物語のラスボスはキミ自身の「弱い心」。


 自分を信じられず、

 他人をねたみ、

 不満を抱え、

 それでも行動に移せず……


 キミの「弱い心」を主人公は打ち倒す。


 キミの「本音」を――

 フィクションは乗り越えていく!」



(カラン、と刀を取り落とす)


「……お姉さんの負け、ね。

 立派になったじゃない」


(カタカタカタ……)


「さぁ、あとはラスボスを倒すだけよ。

 その創作論で……私を貫いて?」



(カラン、と刀が落ちる音)



「……倒さ、ないの?」


(…………)



(ポン、ポン、と頭を撫でる)



「あっ……ふ、ふふふっ。

 そうね……キミもがんばってたけど。


 お姉さんもがんばってた、ものね!


 ふ、ふふっ……えへへ」



キミが作家として成長したように、

お姉さんも創作論作家としてはビギナー卒業。


甘き夢から目覚めて――

二人で、作品と創作論を作っていく。



(了)


























「……ふぅん?」


(カタカタカタ)


「そうねぇ。やっぱり、ラスボスを倒さないってのはヌルくないかしら?悪いヤツはコテンパンにやっつけて、ざまーみろ!って笑うのがイマドキの流行りだもの。最近だと、こういうのはウケが良くないと思うわよ?」


(カタ……カタ……)


「――まぁ、投稿してみたらいいんじゃない?」


(カタカタ!)


「モノを言うのは試行回数!

 とりあえず出してみよ、ってね」




物語が終わっても、創作者は終わらない。




「終わった作品のことは一旦、忘れて。


 次の作品を書きましょう?」

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創作論ビギナーお姉さんによる甘々堕落創作論 秋野てくと @Arcright101

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