第二章 二度目の人生、なにかがおかしい

第15話 カラスに襲われる男

 昨日まで降り続いていた雨が止み、抜けるような青空が広がっている。ぽかぽかとした暖かい日差しと、気持ちの良いそよ風。

 私は不貞腐れる気持ちを静めるために、散歩に出かけることにした。


 私とオルランドの婚約が、国王様から正式に認められた。そういうわけで明日は、両家の顔合わせ。


「最悪! なんでこんなことにっ!!」


 神様の計らいで時が戻ったというのに、どうしてまたオルランドの婚約者になってしまったのだろう。

 彼からは逃げられない?

 そんな弱気な心に挫けそうになるのを、自由を勝ち取りたい意思が盛り返す。

 

「いやいや、まだ諦めるのは早い! 絶対に運命を変えてみせるんだから!! ……それにしても、前の人生では一回も手紙を寄越さなかったくせに、今回の人生ではすぐに手紙を書いてくるなんて、どういうつもり?」


 先日届いた、オルランドの憎たらしい手紙を思い出す。

 初めて見たオルランドの字は流暢で、インクの濃淡が美しかった。幼い字を書く私とは違う、洗練された大人の字。

 けれど、内容は幼かった。


『どうやって惚れさせるんだ? ボードゲームに強いと豪語して、ボロ負けしたのは誰だ? どうせ、また口だけなんだろう?』


 爽やかな昼下がりだというのに、またムカムカしてきた。


「なんであの人って、あんなに性格が悪いわけ⁉︎ よく考えてみたら、ボードゲーム、おかしかったよね。あの人が弱いわけがない! 手加減して、わざと私を勝たせ、調子に乗らせた。そうして賭けに誘ったんだ。なんて腹黒なヤツ!!」


 卑怯者のオルランドの戦略に、まんまとハマってしまった。人生二回目でも、彼に振り回されることに腹が立つ。


「こうなったら絶対に私に惚れさせて、盛大に振ってやるんだから!! ……で、どうやって惚れさせよう?」


 そう、どうやって私に惚れさせるのか。そこが問題。

 アリアにアドバイスを求めたところ、


「そのままのエレーナで十分ですわ」


 との微笑が返ってきた。


「このままの私でいいのなら、婚約を見直したいって言われなかったよね。私に不満があったから、別れたかったんだ」


 もしかして……と考えるときがある。


 ──あの日私は、階段から落ちて死んだのではないだろうか? そのことを哀れに思った神様が、人生やり直しのチャンスをくれたのでは? 


「だったら尚更、人生を変えなくっちゃ! 性格の悪いオルランドでも、惚れた女を死なせはしないはず」


 教会の屋根が目に入り、神父様に挨拶しようと思い立つ。

 ユーグレン神父は、笑顔を絶やさない親切な人。祈りに熱心な人でもある。


「前の人生では、オルランドの婚約者になったことを報告しに来なかった。でも後々、相談に乗ってもらったのよね」


 私の家族は家庭教師のローザを信用していたし、ローザに命令されて私はアリアとの交流を絶った。

 孤独だった私の相談に乗ってくれたのがユーグレン神父と、ユーグレン神父を慕って教会に顔を出していたアーデルヘルム様。

 

 教会へと足を進めていくと、教会の前に王家の紋章が入っている馬車が停まっている。


「アーデルヘルム様が来ていらっしゃるんだわ!」


 私は弾む足取りで、教会の扉を開けた。

 高窓から差し込む光の帯が、宙に舞っている埃を照らしている。ふわふわと踊っている埃の向こうにある祭壇に、祈り人の姿はない。

 左右に並んだ椅子にも、人影はない。


「ユーグレン神父とアーデルヘルム様は、どこにいるのだろう?」


 すると突然、男の悲鳴が響いた。


「うわぁーーーっ、許してくれぇーーっ!!」


 危機迫った叫び声とともに、階段を降りてくるドダドダという忙しない足音。こちらに近づいてくる。

 

(物取りに襲われているのかもしれない! どうしよう!!)


 助けたいけれど、自分に何ができるだろう。

 足がすくんで動けずにいると、祭壇横の開いた扉から、黒いローブを着た男が飛び出してきた。


「もう二度と人を貶めない!! 魔術を使わないと誓うから、許してくれっ!!」


 黒いローブを着た小太りの男の後から、ユーグレン神父とアーデルヘルム様が続いて姿を現した。


「お待ちください! 外に出てはならない!!」

「待つんだ!!」


 二人が制止しているというのに、小太りの男はパニックになっていて聞く耳がないらしい。

 恐怖で固まっている私を、小太りの男は邪魔だとばかりに突き飛ばした。その勢いのまま、彼は外に出た。

 カラスの鳴き声が響く。

 私は床にペタンと座り込んだまま、開いた扉の向こう側に広がる世界に息を飲んだ。


 おびただしい数のカラスが、男に群がっている。

 男は顔を守るようにして体を丸め、その背中をカラスが嘴で突っついている。


 アーデルヘルムが出入り口の扉の取っ手を掴んで、叫んだ。


「中に入るんだ!!」


 その声に、男は我に返ったらしい。飛び跳ねるようにして、中に入ってきた。アーデルヘルムはすぐさま扉を閉め、男を追ってこようとしたカラスを遮断した。


 教会内に立ち込める、不穏な静寂。

 体を丸めて震えている男と、それを沈痛な面持ちで見下ろしているアーデルヘルム。

 

「なんということだ……神は、我らがしようとしていることを咎めているのか……」

 

 振り返ると、ユーグレン神父がガタガタと震えている。

 私はなにが起こっているのかわからず、アーデルヘルムを見つめた。彼はこの国の第一王子。オルランドの兄である。


 


 

 

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婚約破棄されるようなので、惚れさせてから盛大に捨てようと思います 遊井そわ香 @mika25

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