最終話 食べない夢魔は君の手を取る

「♪~」

自分でも珍しいほどにテンションが上がっている、これには理由がある。

天津夜空と家で遊ぶ約束を取り付ける事に成功したからだ。

「日曜日に来るみたいだし、土曜日に服でも買いに行こ。」

母親もそれに気づいているので、両親共々日曜日は家を空ける予定になっている。

学校に向かえば、以前は距離を感じたものの、夜空と話せるようになり、一緒にご飯も食べるほどに関係は良好になった。週末が楽しみで仕方ない。


「最近天津と月見ちゃん、なんか近くない。」

経った数日で噂が立つようになった。それはそうだ、大人気の転校生が事件を起こした奴がつるんでいる。それだけだ、でもそれだけで理由になる。

「月見さんとはそういう関係じゃない。」

「月見ちゃんと一緒と遊びに行ってたとか聞いたぞ。」

「俺も聞いたぞ。恋ちゃんがお前の家に行ったとも聞いた。」

「それ俺知らないわ。おい天津どうなんだよ。」

問い詰められる機会も増えてきた。月見恋の異常な人気は拍車がどんどんかかっていた。

「恋ちゃん告白されたって本当!?」

「二年の○○先輩でしょ。凄いカッコいいし、恋さんとお似合いだよ。」

「気持ちは嬉しかったけど、知らない人だったし、申し訳ないけど断ったよ。」

「「え~~!!??」」

月見恋は、異性から告白される事が増え、正直学校生活が息苦しくなり始めていた。

サキュバスの影響もあるのだろう、『異性を引き付ける』それは強める事は出来るが、弱めることは出来ない。月見恋自身が強めようとは一切思っていない為、これはどうしようもない問題だった。

「う~ん、こればかりは先生でも難しいな。」

「そうですか。」

この学校で信頼を置いている担任に相談したが、解決の糸口は見つからずにいた。

「ぶっちゃけこの手の問題を鎮火するのには、お前が『彼氏がいます○○さんです』と公言するのが手っ取り早いが、お前の事を考えると悪手も悪手だ。」

先生は私の過去を知っている以上、下手な事は出来ないと分かっている。

「次に問題なのは天津夜空だ。月見、お前最近あいつと良くしてるみたいだな。」

「はい。彼といると安心できると言うか、苦しくないんです。」

「それならいい。お前にも心から気を許せる相手が出来たのは良いことだ。」

先生は考える。月見と天津が付き合うのが、二人にとって最善かもしれないが、それは最良ではない。既に天津夜空の事件は学校全体に行き渡っている。そんな中で付き合いだしたら、「脅された」などの噂が飛びかねない。

(天津が考える事だ。最悪全て引っ張って消えるとか選びそうだ。)

天津夜空は彼女と接点が出来てから、無気力だった前より楽しそうにしている。

サッカー部の練習にも前よりずっと注力しているとも聞いた。

「私の方でも可能な限り問題が起こり次第対処する。月見さんは何かあったら直ぐに教えて欲しい。」

「わかりました。」

先生の手を借りても問題が解決できない苦しさと、夜空に迷惑をかけ続ける事への辛さが、隠せず顔で出てしまう。

「失礼します。」

相談室に残った先生は連絡を取る。

「浅間か、すまない彼の事で話があってな。」


「天津、なんか今日変じゃないか?俺たち見てる人多くない。」

「知らねえよ。来週には次の公式試合だろ。お前ら勝てないと色々ヤバいんだろ。」

試合が近いこともあり、練習がより一層厳しいものになっていた。

「あさま~どこ行ってたんだよ。トイレにしちゃ長すぎだろ。」

「すまん皆...少し声かけられちまって。」

周りは皆ため息をつく。浅間はモテる側の人間だ。しかも試合が近い事もあり、応援も兼ねて何かしら物でも貰ったのだろう。つくづく顔が良い奴はズルいぜ。

「あれ?さっきまで見てた奴ら消えてる。なんだったんだあれ?」

気づけば校舎側にあった人だかりは消え、いつもの放課後の世界があった。

「天津、今日は一緒に帰ろうぜ。」

「浅間、大丈夫だ。」

部室で着替え、帰りの支度を終える。時間は18時過ぎに差し掛かり、もう夜だ。

帰り道を自転車を押しながら二人で帰る。

「天津、お前に伝えないといけない事がある。」

「なに?彼女が出来ましたとかだったら殴るぞ。」

「真面目な話だ。」

「分かった。」

「お前、月見恋のファンクラブに目を付けられてる。」

「は?」

浅間が俺に教えてくれたのは、ここ最近生まれたらしいファンクラブの話だった。

月見恋の美貌と、その種族的性質で生まれたであろう集まりであり、『自分達が認めた男以外告白させない』ことを掲げた集団とのこと。幸いサッカー部のメンツにそれに参加してる人は居らず、そこは安心していいとのこと。

「俺が月見恋にふさわしくないのに、彼女との距離感が近いから気に食わないと。」

「まぁそれで合ってる。俺も先生の方から詳しい事情は知ってるから、そっちも気を付けろよ。」

「分かったわ。面倒にもほどがあるだろ。」

途中で別れ、一人で考えながら歩く。

今の現状を考えれば、事が鎮まるまでは月見と関わるのを辞めた方が良い、けどそれは月見の事を考えれば、その選択はしたくない。

「何かしようにも何も出来ないのが現状か。」


家に着くと、シャワーを浴び、着替えて晩飯の時間まで体を休める。

「このままだと、週末の約束もご破算になりそうだな。」

お互いが変に接触して、それを他の誰かに見られれば、周りに回って居場所を失うのは月見恋の方だ。

「連絡しておくか。」

【週末の予定だけど今はやめといた方が良さそう】

直ぐに返信が来る。

【嫌です。】

お相手は想像以上に頑固のようだ。でもそれぐらい月見は楽しみにしているという事なのだろう。男冥利に尽きるというものだ。

【なら週末までにいくらか解決しないとダメだぞ】

【方法はあります】

【まじかそれでその方法は?】

【私と夜空さんが付き合う事です。】

久方ぶりに携帯を投げた。あいつ何言ってる?ついに頭のネジが取れたか?

何か勘違いしてる気もしなくもない、文面だけだと分からない。

彼女に電話しようとした時、彼は気づく。女の子と電話するのが初めてだった事に。

「いやでも変に拗れてたりしたら大変だし...それでも男から電話するのはキモイよな。そうだとしても明らかに月見の様子が変だ!」

覚悟を決め、電話した。

どれぐらい時間が経ったのだろうか、時間だけみれば数秒なのだろうが、緊張からそれがとんでもなく長く感じる。

「もしもし、月見恋です。」

「天津です。お前どう考えてあれ送った。」

「先生と相談した時、先生がそのようなお話をしたので。」

「それは仮定の話だバカ野郎!!」

「ご、ごめんなさい。」

月見恋はこういう人だと再認識させられる。こいつ『スイカの種食べたら胃で芽を出す』とか信じてるタイプだろ。いやまさか・・・男に平然と膝枕するような奴だしあり得る。

「そもそも好きでもない男と、仮だとして付き合うべきじゃない。」

「私、夜空さんの事好きですよ。」

「そうだよな俺の事・・・好き?」

「好きですよ。」

思考が完全に止まる。

今好きと言ったのか、こんな俺に対して好きと言ったのか。本当になんなんだ。

「私は天津夜空を、一人の異性として好きです。それは絶対に否定させません。」

「わかった、わかったからこれ以上はもう何も言うな。」

「すまん、頭冷やしてくる。」

何か聞こえた気がするが、即座に電話を切り、布団にダイブする。

「あいつ、俺のこと好きなのか。」

彼女が嘘をつくタイプには見えない。だからこそあの発言には致命傷だった。

「飯食って風呂入って寝よう。今日はそうしよう。」

焼きキレた脳みそはそれしか出来ないと告げ、その日の行動を終えた。


電話を切られ、ポツンと部屋で静かになった月見恋も固まっていた。

自然と口に出た。「好き」と口に出てしまった。

「そうだ、好きなんだ。」

出会ってまだ一ヶ月とちょっと。それでも、いつまでも変わらずいてくれた彼に、気づいたらその気持ちを抱いていた。もしかしたらもっと前からそうだったのかもしれない。

それでも、『初めて好きになった人』が出来た、それがなによりも嬉しかった。

「しっかり伝えるのは週末にしよう。」

きっと彼は断ると思う。断言できる、彼は断る。

それが彼の優しさだと分かるし、だからこそ当たっていきたい。

「楽しみだな~週末。」


しかしその次の日の夜空は、普通に接してくれた。

最初は『あれ?』となったが、その日の放課後まで特に何も変わらず、そのまま彼は練習に向かって行った。

なら今日は彼の練習が終わるまで学校に残ろう。それで一緒に帰るとしよう。

校庭にはベンチがあるので、そこの隅に荷物を置き、サッカー部の練習を見守る。

「天津、愛しの彼女さんが見てるぞ~。」

「月見さんとはそういう関係じゃない。」

メンバーが月見恋を見つけ、それで天津夜空を揶揄う。

「お前ら弛んでるぞ。」

先輩の掛け声で、全員が集中しなおす。

(今は練習が優先、月見の事は終わったらにしよう。)

練習を終え、18時過ぎ、校門で待っていた月見と合流する。

「お前前もって連絡してくれ。」

「夜空さんは通知とか見る人じゃないと思いますが?」

「ごもっともです。」

短い付き合いだというのに、俺の性格をよく分かっている。

「じゃあ帰りましょうか。」

「俺的には断りたいがな。」

「でもOKしてくれるんでしょ。」

どこか小悪魔的な笑みをする彼女を見て、降参を選択する。

「どこで人に見られているか分からないのに、お前はそれでいいのか。」

「むしろ見られたら、先生の案がより上手く機能すると思うんです。」

「はいはいそうですか」と肩を下げ、歩幅を合わせる。

彼も無意識のうちに彼女に合わせてしまうのも、月見恋は気づいている。

(好きだと気づいてから、どんどん彼の素敵な部分を見つけてしまう。)

彼女のテンションが高いのに怖がりながらも、夜空も家に帰るのだった。


金曜日。

月見恋はいつもより早い時間に家を出る。彼と会いたいのもあるが、今日は小テストがあり、苦手な分野なのもあって早めに学校に行きたい日であった。

(明後日が待ち遠しいな。夜空どんな反応してくれるんだろうな。)

少しだけ足早に学校に向かう。この時間ならまだ朝練している頃だ。

学校に向かうと、案の定のまだ朝練は続いており、そこに夜空の姿もある。

軽く手を振ると、彼も直ぐに気づき、しっしと『あっちいけ』されてしまう。

彼も忙しいし、教室に向かおう。

教室はまだ人気は少なく、自分の席まで直ぐに着ける。

「早い時間だとゆっくり出来るな。」

テストの分野を復習しながら、明後日の予定も大まかに立てていく。

立てていくだけでも楽しいのに、その日になったらどうなるのだろうか。

ふと、机の中で何か触れる。前日は机に何か忘れたり、置いた記憶は無い。

取り出せばそれはメモ帳の端切れだった。

『金曜日の放課後 205教室で待っています』

そう書かれた紙切れを見て、気分が落ち込む。

この手のタイプの告白は何回か受けた。しかも相手は一切知らない人ばかりだ。

一度だけ知っている人が来たが、全員等しく交流関係なんてものは皆無だった。

「断るのも辛いな。他の人の目も嫌だし。」

恋愛事の人間関係は正直関わりたくない。それで前の高校では辛い目にあった。

教室もいつも使われていない空き教室、放課後になると夕日が良い具合に差し込むので、告白スポットとして有名な教室だ。

これでは勉強どころではない。教科書を閉じ、飲み物を買いに行く。

人気も増え始め、視線が私に集まる。慣れようにも慣れるものではない。

戻れば、いつものクラスメイトがこちらにより、他愛のない雑談をされる。

でもなんだろう、今日の皆の雰囲気がどこか違う気がする。

何故かそう思った。

その予感は大抵悪い方向で当たるもので。


「最悪だろ。」

朝練を終え、教室の自席に座って荷物を机の中に仕舞う。

その時紙のような物を潰した音がした。引っ張り出してみれば、メモの端くれのようだ。

『放課後、校舎裏でお待ちしております。』

そう書かれたメモを見て顔が引きつる。隣で一緒に見てた浅間は凄い笑顔だ。

「お前にも春が来たじゃないか!」

「どう考えても罠だろ。でも行かずに噂流される方がめんどいし、行くだけで俺の噂しか流れないのならそれでいいさ。」

「お前、男の俺が言うのもキモイけど、顔は良いからな。彼氏持ちになりたいだけの女子の可能性もあるだろ。」

「それならいいけどな。」

この手のお誘いはとんでもない悪い方向に行くのが相場だ。色々構えといて損は無い。一応先生にも伝えておこう。

月見夜空とは異なり、そういうにも少なからず巻き込まれたからこそ、彼は考える。


だが日中は特に何も起きる事は無く、放課後になった。

「夜空さん、この後はお時間はありますか?」

「すまん、今日は予定入っていてな。練習も出れそうにない。」

荷物を手早くまとめ、教室を出る。校舎裏という場所もろくに指定していないので、探す可能性が高いと判断し、練習も休む事にした。

「恋ちゃん、あいつ告白されるらしいよ。」

「えっ・・・どういうことですか。」

「さあね~でも噂になってたよ。あの天津が惚れたから告白するとか言ってた子がいたみたいでさ。」

普段からよく話しかけてくれる女子が「嘘みたいだよね~」と続ける。

でも変だ、私は。この学年は噂話に敏感なのはもう知っていることだ。それなのに私は一切耳に入ってこなかった。

「夜空大丈夫かな。」

私も荷物をまとめ、呼ばれた教室に向かう。そこに近づけ近づくほど、足が重くなる。いつもそうだ。断った相手の気持ちなどを考えてしまうからだ。

「会ったら直ぐに謝って、今日は帰ろう。」


205教室、一番端の教室であり、この時間帯なら夕日が綺麗に差し込むだろう。

「失礼します。」

扉を開け、教室に入る。

「どんな要件で・・・」

教室には人がいた。。そしてその全てと、私は面識が無かった。

「皆さんどのような要件でここに。」

この教室にいる人全員の視線が私に集まる。怖い、足が震えるのを辞めてくれない。

「月見ちゃん、なんであんな男と一緒にいるんだ。」

一人が声をあげた。その声に連鎖するように、周りがどんどん声を上げる。

「あの男のどこがいいんだ!?」

「月見さんも離れた方が良い、いつか君にも暴力を振るうぞ。」

「脅されてるのなら僕たちが力になる。」

そこにいる全員が夜空の事を言う、そして皆が私を心配する。

「何を言ってるの....貴方達は本当に何を言ってるの。」

『逃げないと』、そう思い後ろを振り向く。しかし扉の前にも既に人がおり、逃げようにもどうすることも出来ない。

「すみません、驚いてしまいましたよね。」

一人の男子生徒が喋りだすと、周りが静かになる。

「私たちは月見恋さん、貴方の事を思って此処に集まりました。」

「言ってる意味が分かりません。そもそもなんで私を呼んだのですか。」

「『天津夜空が貴方に手を出そうとした』という情報が届きまして。」

その人は恐らく上級生なのだろう。みるだけで周りから慕われていることがわかる。

「それは誰が言っていたのですか。」

「貴方のクラスメイトからです。」

「クラスメイトの誰なんですか。」

「情報提供者を明かすことは出来ません。」

話にならない。初めてそう思った。何故この人達は、そんな嘘かもしれない話を信じ、こんな行動を起こせるのか。

既に彼らの行動が逸脱してるのは目に明らかだった。だからこそ、彼女は動けなかった。少しでも何か行動すれば、危害が及ぶのは夜空だ。自分の身にも危険が及ぶ可能性も高い。

(助けて夜空。怖い、怖いよ。)

心から信頼し、ずっと助けてくれた大切な人を求める。

「そうだ。」

思い出す。電話だ、今助けを求める手段は電話だけだ。

咄嗟に携帯を取り出し、彼と繋げる。

「夜空!助けて!!」

心から漏れた声、返答は無い。でも届いてると信じ、話し続ける。

「沢山ひとが、いたっ!」

「何してる!彼に助けを呼ぶほど付け込まれてるなんて、度し難い!」

腕を掴まれ、携帯を落としてしまう。これではもう声も届かない。

「たすけて...よぞら...」

声が聞こえた。

落ちた拍子でスピーカーモードになったのか、携帯から声が漏れる。

「俺の友達に手を出したな。」


「ここで合ってるのか?校舎裏とか判定広すぎだろ。」

校舎裏を歩き、呼び出した張本人を探す。

「あんたが天津夜空ね。」

「ヒッ!?」

後ろから声をかけられ、驚き声が飛び出す。

振り向けば、いつも月見恋に話しかけている女子がそこにいた。

「それで俺に何の用だ。」

「単刀直入に言います、もうこれ以上恋ちゃんに近寄らないでください。」

呼び出した人が人だったので、何を言われるかと思ったら、下らない事だった。

「それは本人が決める事だ。周りがどうこうしていいわけじゃない。」

「恋ちゃん本人から聞いたんです。周りが決めたわけじゃないです。」

「は??」

笑いが出そうになった。こいつは何を言っているんだと、ふざけるのもいい加減にしろ。それなら俺とあいつの関係はとっくの昔に終わっている。俺は終わろうとしていた。

「月見が言っただと...嘘も大概にしろよ。」

笑いは直ぐに引き、代わりに苛立ちを覚える。

「『あなたが側にいるから他の男子と話せない』って言ってた。どうしてくれるの。」

月見恋の過去を少なからず知っている。人間関係で追い込まれ、そうしてこの学校に来た。その彼女が「他の男子と話せない」だと。

「あんな取り繕った笑顔を見て、お前はそう言ったのか。」

人と話している彼女の表情は、いつも苦しそうで、俺の猫を被るのとは違う。

から来る自己防衛によるものだ。

「お前はあいつと真っ向から話したことがあるか。あいつが人の手を握る時、わずかに震えているのを知っているか。あいつが人に声をかけるのが、どれだけ勇気のいる行動なのか知っているのか。」

自分が知った月見恋の一つ一つが言葉にする。あいつが隠していても気づいてしまった所を並べていく。

「ただ『月見恋』というブランドに乗っかった奴が言うことなんか一ミリも信用できるか。」

「ちが・・」

「違くない!あいつに手を握られた時、俺はあいつの優しさに触れた。臆病で、誰も傷つけたくない気持ちが伝わった。」

「お前は、月見恋の手を取ったことがあるのか!!!」

それが天津夜空の本音、決して月見恋に言わない自分の思い。

携帯が鳴る、相手は月見恋。直ぐに手に取り繋ぐ。

目の前の女が何か叫んでいるが、今はそんなのどうでもいい。

繋げば雑音混じりの声で彼女が何か言ってる。

「よ・・た・・け・。」

確かに彼女の声が聞こえたと思ったら、急に大きい音が携帯から鳴り響く。

男の声が沢山聞こえる、彼女が無事なのだろうか、色んな考えが頭を巡る。

そして聞こえた。

「たすけて...よぞら...。」

今まで誰も手を伸ばさなかった一人ぼっちの月見恋ゆうじんの思いが聞こえた。

ならもう躊躇わない、この際学校生活も放り投げてやる。

携帯を口元まで運び、告げる。

「俺の友達に手を出したな。」


走る、走る。

今まで練習してきた走りの全てを出し切る。

走りながら電話をする、相手は一番信頼出来る友人。

「浅間、すまん手を貸してくれ。」

「急にどうした。」

「月見がトラブルに巻き込まれた。」

「OK先生に伝えたらすぐに向かう。吹っ切れたか?」

「あぁ、また迷惑をかける。」

「一度やったんだ。二度目は簡単さ。」

電話を切り、階段を駆け上がる。

女子生徒と男子生徒複数が居て、尚且つ人の目を避けられる場所など、そう多くは無い。十中八九空き教室だろう、そして事を起こした相手があの害虫ファンクラブなら、選ぶ教室は絞られる。

「205教室、そこしかない。」

廊下で生徒と先生の横を駆け抜ける。

後ろで何か叫んでいるが、その説教は後で受けますごめんなさい。

廊下の端にたどり着く。

「205教室、カギがかかって!」

扉を叩く、何度も、強くたたき続ける。

「月見、いるかそこに!いるなら返事しろ。」

扉越し故、何と言ってるかは分からない、でも確かに叫んでいる。

「すみません担任。」

体の全てに力を籠め、扉を蹴る。

バキッと音を立てながら、扉は本来の向きではない、

「ウゴッ!?」

何かが潰れた気がするが、摩擦力しかり今回は無視するものとする。

教室の中は多くの男子生徒と、その中央に腕を掴まれた彼女が立っていた。

「よ・・ぞら、よぞら、夜空!」

「すまん待たせたな。ということで、お前らが月見に手を出した奴らだな。」

拳に握りしめ、踏み込む。

「なんでお前が、私達は彼女を君から解放しようと。」

「文句は後で聞く。」

彼が反応した時にもう遅く、天津夜空の拳は既に、彼の顔にめり込み、殴り飛ばしていた。

綺麗な軌道を描き、そのまま床に倒れる彼を見て、周りは騒然としていた。

「あの噂は本当だった。」

「あいつ一人だけだぞ。僕たちでもやれる、やれるはず。」

無謀な挑戦者は一斉に彼に手を伸ばすが、彼らは知るはずもない。

天津夜空はリンチしたのは、ここに誰が相手しても100中100勝出来る、サッカー部の獣人のキャプテン。

結果は一目瞭然だった。来る人すべてを殴り潰し、数分足らずで人の山が完成してしまった。

「先生に言わないと。」

逃げ足の速い生徒は飛び出したが、天津は無視した。この後の展開は読めているからだ。廊下の向こうで泣き叫ぶ声が響き渡り、逃亡者は敢え無く教室に戻って来た。

「助かる浅間。」

「いや~メンバーが皆肩落としてたぜ。後日飯奢りな。」

「俺はこの後先生と用事があるから、これでおさらば。」

さっきまで煩かった教室は既に静かになっており、立っている生徒も二人だけだ。

「ありがとう夜空。」

「お前呼び捨てするような奴だったけ。」

「・・・・」

「すまん、場違いだったわ。」

「うん。」

「動けるか。無理そうなら俺が運ぶけど。」

「足、動かなくて。」

それを聞き、恥ずかしい気持ちがありつつも、最適解を選択する。

「嫌なら言ってくれ。」

お姫様抱っこと呼ばれる運び方で廊下を移動する。

「大丈夫。夜空も重くない?」

「別に。むしろ手が痛い。」

夜空の手を見る。所々赤くなっており、どれだけ強く殴ったのかが伺える。

「後足だな。こっちも一日二日で直るけど。」

「扉どうするのかな。」

「まぁ俺が直すか、業者だろうな。」

先生が根回しはしてくれるだろうが、まぁ停学は免れないだろう。

「ありがとう夜空。」

「な~に間に合ったのなら結果オーライだ。」

階段を降り、下駄箱までたどり着く。

途中で生徒と先生と目が合ったが、皆ニヤニヤしていて、正直キツイものがあった。

「もう大丈夫。」

「それならいい、家まで行けそうか。」

「一緒はダメかな。」

「了解、今日は付き合うよ。」

同じ歩幅で校門を抜け、いつもの帰り道にたどり着く。

「すまん、電話だ。」

相手は先生、今回の件で連絡を寄こしたのだろう。

「もしもし。」

「天津、今回の件はこっちでなんとかする。学校側も重大な案件と判断したので、お前らに何かしらの罰則を与えるとか無さそうだ。」

「ありがとうございます。」

「よく守った。」

そう言うやいなや、電話を切られてしまう。

「どうだった?」

「まぁ丸く収まりそう。」

「良かった。」

その後の帰り道はお互い何も話さず、ただ手を繋いで歩いた。

「ありがとうここまで一緒に来てくれて。」

「流石に今日の事があったんだ。一人には出来ないさ。」

夜空のそれは全て本音であり、彼女がまた学校に来れるように手を貸そうと思っている。今回の事件は男性不信になってもおかしくないものだった。だからこそ可能な限り、月見恋を助けたい、それが今の天津夜空を動かす理由になっていた。

「まだわがまま言ってもいい。」

「はいはい、お好きにどうぞ。」

「じゃあ目瞑って欲しい。」

「OK目を閉じればいいんだな。」

言われた通りに目を閉じる。あれ?なんかこのパターン漫画とかラノベで見たことがある気がする。

喋ろうとしたその瞬間、柔らかく、けど暖かい何かが口に触れた。

咄嗟に目を開く。

月見恋は自分の真ん前に立っており、何をしたのか言うつもりは無いといわんばかりに笑っている。

「おま・・おまえ今!?」

「またね夜空。」

「いやちょっと待て!今明らかに唇がふれ・・」

既に彼女は家に入っており、鍵の閉まる音もした。

携帯が震えたの確認し、通知を見るとこう書かれていた。

【週末、楽しみにしてる】

「あっ、あ~、あああああああ。」

確かに彼女はサキュバスだ。でもあんな可愛い事されて、落ちない男はいない。

「完全敗北だ。」

「完全にベタ惚れだなこれ~。」

今も記憶に残っている暖かさを噛みしめ、家に向かう。

「またな恋。」

彼女には届かないよう、小さく言った。

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食べない夢魔は君の手を取る 焼鳥 @dango4423

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