第二話 純真夢魔は過去に手を取る
月見恋が転校して一ヶ月。少しずつではあるものの、教室は穏やかになってきた。
しかしそれとは別の問題が浮上し始めていた。
「恋ちゃん天津に何もされてない?私達力になるよ。」
「何もされてないから安心して。むしろ凄く助かってるから。」
彼との時間が減るに連れて、周りが心配する事が増えてきた。
夜空自身が他のクラスメイトと全然話さないので、何も知らない生徒から疑惑をむけられてしまうのだ。私も何とかしてその疑惑を払拭したいのだが、当人がまるで気にしていないのが余計に拗れさせているのだ。
「夜空さん、何があったのか教えてくれませんか?」
「それで『はいはい喋ります』にはならんよ。俺はただ先生から手伝えと言われてるだけだ。お前もラインの線引きぐらい考えろ。」
こんな感じで聞こうにも教えてくれず、かといって彼と仲が良いであろうサッカー部の方々とは面識が無い。なんとかして機会を作りたいところだ。
教科書も届き、最初の頃の机をくっ付ける事もしなくなった。
時間が経てば経つほど、彼との距離が遠ざかり、最後には完全に他人になるのではと思ってしまう。
連絡先を交換したのに一度も使ってないし、通学路も覚えてしまったので、もう一緒に帰るなんてこともない。
考えれば考えるほど、彼との関係が薄いものだと理解させられてしまう。
「月見さん放課後とか時間空いてる?」
「買い物しないといけないので、ごめんなさい。」
明らかに『月見恋』のトレンドを手にしたい男子も増えてきた。
声をかけてくる男子は皆下心丸出しであり、夜空のように扱ってくれる人は未だに見かけない。
放課後になって夜空に声をかけようとすると、忍者と勘違いするぐらには忽然消えてしまう。
夜空がサッカー部の助っ人として、いつも練習に参加しているのを知っている。
なので放課後に校庭に顔を出せば、必ず見つける事が出来るが、夜空含めた全員が集中して練習してるので、声をかけようにも躊躇ってしまう。
そうして家に帰り、ベットに飛び込んでいじける。それがここ最近の日常だ。
夕食の時間、必ず一家全員で食べるのだが、私の落ち込みに気づかれてしまった。
「恋、学校でまた何かあったのか。父さんに出来る事があったら言ってくれ。」
「・・・じゃあお父さん。男の人の気を引くにはどうすればいい?」
カランと音が響く。顔を上げるとお父さんが箸を落としてしまったようだ。
「お父さん少し体調が良くないようだ。すまない作ってくれたのに残す事になってしまって。」
「いいのよ貴方。」
ゆっくり席を立ち、ゆらゆらと部屋に戻って行った父を横目に、話始める。
「恋の口から男の子の話が出るなんて~お母さん安心しちゃった。」
「お付き合いとかの話じゃないよお母さん。」
「分かってるわ。恋がよく話していた子の事でしょ。そんなの簡単よ。」
「何か秘策でもあるの?」
「毎日話しかけるの。恋の事だから、その子を思って話したりしていないんでしょ。」
流石母親というものだ。子の考えなどお見通しと言わんばかりに当てていく。
「挨拶でもいい、昼食誘うだけでもいい。何処かに遊びに誘うのもいいわね。
断られたとしても、毎日話しかけるの。それが大事。」
まるで経験談のように話す。お母さんの事だから、それでお父さんをゲットしたのだろう。
食べ終えたのち、食器を片付け、部屋に戻る。
「話すか....通話とかでもいいのかな。」
携帯に入っている家族以外の唯一の連絡先。
『天津夜空』と書かれたそれに、ゆっくりとけれど勇気ももって打ち込んだ。
【初めて使ったのですが届いていますか?】
【急に連絡来たからビビったわ 何か問題も起きたか】
【そういうわけではありません。お話したいと思っただけです。】
そう送ると少しの間返信が止まる。何か気を悪くさせてしまったのだろうか。
不安がどんどん大きくなる、諦めそうになった時、音が鳴った。
通知が来ている。彼からだった。
【お前そういうのはあまり言わない方がいいぞ】
【女性経験の無い男なんてそう事言われると簡単に勘違いするからな】
そう書かれていた。
?が浮かんでしまう。私は話したい人と話そうとしているだけだ。
何を勘違いさせてしまうのだろうか、男の人の気持ちも考えないといけないようだ。
考えながら文字を打ち、数分経つと彼から返信が届く。
それをしていたらあっという間にお風呂の時間になってしまった。
ここまで話せたのだ言い切ろう。
【明日一緒に学校行きませんか】
ここ数日出来なかったこと、そしてこれから先出来ないかもしれない事。
だからこそやりたいと思った。ここで引いたら二度と誘えないと思えたから。
返信すぐに来た。
【お前が嫌じゃなければ行ける】
【時間はお前に合わせる】
その返信を見て、少しだけはしゃいでしまった。
ついでにそれをお母さんに見られてしまい、ひと悶着あったのは別の話。
夜空は布団の上で悔いていた。何故速攻で返してしまったのだと。
月見恋の事情を少なからず知っている以上、あの返信は悪手すぎる。
今ならまだ取り消せると思い、画面を開く。
【また一緒に行けて嬉しいです】
彼女の返信を見て諦める。男などそんなものだ。
月見恋は卑屈無しに可愛い、なんなら好みだ。そんな子から一緒に登校したいなど言われたら、断れる男が何処にいる。
「せめてあいつが嫌がったり、辛くならないように猫を被らないとな。」
集合時間を確認すれば、いつも家を出る時間よりだいぶ遅い。
これなら準備してもゆっくり出られるだろう。
そう考えた上で、寝る前に明日の準備をし終える。浅間達の言い訳も考え、就寝した。
「おはようございます。天津さん」
「おはよう月見さん。」
月見恋の家の前で落ち合い、二人で歩を合わせて進む。
「なんだか久しぶりですね一緒に行くのも。」
「お前がもう覚えたからな、俺も時期に完全に不要になるな。」
夜空は彼女の事も考え、線引きはしっかりと行っている。
変に交流関係を築き、クラスで噂になれば、前の高校の二の舞になってしまう。
それよりも気になってしまう。彼女のスカートから何か伸びている。
黒い何かが見え隠れしており、気にならない方が可笑しい。
「すまん月見さん、あの何か見えてるのだが...」
「何かとは・・・後ろむいてください!!!!」
「はい!!」
彼女の声で速攻で後ろを向き、目も瞑る。
やはり尻尾だったようだ。しかし指摘するのは悪手だったようだ。もっと自然に伝えられるようにならないといけない。
「すみません、大声出してしまって。」
「俺ももうちょっと自然に伝えられれば良かった。」
流石に気まずい空気になってしまい、お互いに口数が減る。
互いに互いが何か話さないといけないと分かっているが、何を話せばいいか分からなくなる。
「すまん、俺は異種族に関しては正直知識がまるで無い。俺たちにとって普通の事でも、月見さんにとっては嫌な事かもしれない。」
「そんなことは、いや恥ずかしかっただけです。普段は隠しているものだったので、少しだけ気が抜けてしまったのかもしれません。」
気が抜ける、彼女はそう言った。少なくとも自分に対して嫌な気持ちにはなっていないと思っていいのだろう。
ならば聞くべきだ。あの噂を知ってるかどうか。
「もう聞いたんだろ俺の噂。」
「噂ですか、はい少しだけではありますが。」
噂のどれもが暴力事件の事だった。でもどれが本当でどれが嘘かなど分からない。
そしてサッカーをしている彼の姿は噂からかけ離れていたから。
だからこそ噂は信用していなかった。それで彼が孤立していくのだけは、自分が決して見て見ぬ振りをしたくないものだった。
「全部本当だ。全部紛れもない事実だ。」
その思いも考えも、彼はさも当然のように砕いてみせた。
「俺は夏の間に他校と暴力事件を起こした。サッカー部のメンバーに聞けば詳細を話してくれると思う。どうだ?最悪な人間だろ。」
彼は笑う。周りの評価が正しいと言わんばかりに。
表情も、口調、その抑揚すら笑っている筈なのに、それが酷く冷たく感じた。
「どうしてそんな事をしたのですが?他の方法は無かったのですか。」
「あったかもしれない。でもその時の俺にはそれしか選べなかっただけだ。」
二人はそれっきり学校に着くまで話すことは無かった。
授業の間もずっと考えていた。私はその事件を知らない、私は彼の傷を知らない。
それは彼も同様だ。彼は私の事件を知らない、彼は私の傷を知らない。
似た者同士のようで、彼は既に過去にしている、私は過去に今も囚われている。
彼との距離を近づけようとしている筈なのに、むしろ遠ざかってる。
「難しいな、仲良くなるって。」
後でサッカー部の人たちに話を聞いてみよう。
昼休みに入り、既に夜空は教室から居なくなっていた。けど今日は別の目的がある。
「浅間さん、今少し時間ありますか。」
いつも彼と練習をしているサッカー部の生徒、彼なら過去の事件について知っている筈だ。
周りから変な声がちょいちょい聞こえ、浅間さん自体人気者なのだと知る。
「全然時間あります!場所を移すのでしたらどこに行きます?」
「なら食堂でお話したいです。」
二人で食堂に移動し、席に着いた後に私から話し出す。
「天津さんの事件について知りたいんです。」
「あっ・・・・さよなら俺の青春。」
何かへし折ってしまったみたいで、彼が天井を見ながら笑っている。
後で謝らないといけないかもしれない。
「まぁ月見さんがそれを知りたいとなると、やっぱり夜空案件か。
まぁあいつと関わると知らずに生活なんて無理な話だよな。」
彼も自分なりに納得したようで、事件の事を教えてくれた。
事の発端は夏休み前の休日の公式試合。
相手はラフプレーが強めであり、ファールやイエローカードが出ていた試合だった。
俺たちは助っ人を呼ぶぐらいには弱小のチームではあるが、それでも勝つ為に日夜練習を欠かさずやってきた。
けどそもそもの体格や身体能力の差はどうしようもない。
相手チームの選手の半分は獣人、月見恋のような異種族で構成されていた。
仲には獣族の血が濃い人もいた。そんなチームに俺たちは点数を取れていた。
そして試合終盤、事件が起きた。
おそらくスポーツ推薦がかかった選手がいたんだろう。
うちのチームメンバーを突き飛ばしたんだ。しかも爪まで立てながらね。
その結果、ユニフォーム越しで流血が分かるぐらいの怪我になってね。
試合が直ぐに中止となり、その後起きたのは責任の押し付け合いだ。
もう口喧嘩の域にまでなってね、もうドロドロ。
そして相手のキャプテンの獣人が、うちのキャプテンの襟首を掴んだ後に、
「お前らが引けば全て解決だろ」そう言った。
夜空はそれを聞き逃さなかった。獣人からすれば暴力で勝てると踏んだのだろう。
夜空がそいつの顔を殴った。それまでの鬱憤も重なったのもあったと思う。
獣人との喧嘩なんてしたら普通ならこちらが病院送りになるはずだ。
でも逆の事が起きた。周りが止めないと不味いことになると言えるぐらいにだ。
俺たちが寸前の所で止めたからよかったけど、止めるのが遅れていたらどうなっていたことやら。
その後はお察しだ。夜空が学校に呼ばれ、停学の代わりに夏休み期間の間色々学校の手伝いをして、それと一緒に成績を下げ、推薦系列の完全取り消し、その他もろもろが夜空に課せられた。
「これが夜空の噂の真実、そして詳細だ。簡単に言えばただの口の悪いお人よしだっただけだ。」
彼は目を細めため息をつく。
「俺はあいつを庇おうとしたけど、夜空は庇わなくていいの一点張りでな。あいつは俺の事を心配してるのがまるわかりだ。」
「そうだったのですね。」
私は想像よりもずっと重い話だった。彼の普段の対応がどうしてあんなに冷たそうなのに、どこか暖かいのか、それも知るきっかけになった。
「私は天津さんにお礼がしたいのです。今までの感謝を伝えたい。彼の過去を知った上で思いを伝えたいのです。」
「いや~転校生を天津に取られるとは思わなかった。・・・いや天津だから引かれたのかね。」
「そうだな」と考え込み、何か閃いたのか顔を上げる。
「男が喜ぶことなんて一つしかないだろ!」
「それは何でしょうか!」
「自分の家に呼ぶことだろ!!」
「え・・・え!?」
浅間の発言に頭がオーバーヒートする。
異性を家に呼ぶのは、そういう関係になってからと聞く。
私と夜空はそういう関係では無いし、もしかしたらいつかなるかもしれないが、今は違う。
いやでも夜空がそれで喜ぶのなら是非やるべきだ。
「ありがとうございます。誘ってみます!」
食堂を後にし、教室に向かう。
教室には彼はもういる筈だから、そのまま誘うとしよう。
食堂に一人残された浅間は泣いていた。
「なんでドストライクの女の子に、親友の気を引く為のアドバイスをしないといけない。辛い...後で天津イジろう。」
冷めきったご飯を平らげ、食器を降ろす。
途中で合った友達に愚痴り、皆で慰めあうのだった。
「お前今なんて言った???」
「ですから週末家に遊びに来ませんかと。」
「うん、聞き間違いじゃなかった。バカかお前!!」
周りの視線がもはや氷に近いレベルまで冷たい。なんなら男子陣から呪言が聞こえてくる。こいつなんでこんな可愛い顔して爆弾発言するんだ!?
「俺先生に用事思い出した...あと浅間お前の入れ知恵だろ。覚えとけよ。」
「バレてたか・・・トホホ。」
教室から逃げるように廊下に飛び出す。鞄も持ってきたので、このままズル休みでもしよう。
下駄箱で靴を履き替え、駐輪場に向かう。
「そうだった、今日は月見と来たから歩きか。」
そのまま校門を抜け、いつもの帰り道に着く。
「久々にこの道を歩いたな。」
普段は自転車通学、あの快適さを味わったら二度と戻れない。
でも今は少しだけ自転車が無い事がありがたかった。
頭の中を整理する時間が欲しかった。どうしてあいつはあんなに俺に接するのか。
浅間の入れ知恵も事も考えると、あいつは俺が起こした事件を知ったことになる。
そのうえで俺と話そうとしている。普通なら頭が可笑しい認定される。
「いや違うな、彼女はただ優しいだけだ。」
そこに何かよこしまな気持ちなど無いのだろう。
ふと手を見る。ついてる筈の無い血がついていた。
フラッシュバックだ。あの事件を思い返す毎回起こる。
ハンカチで手を拭う。なんども手を拭う。
取れたことを確認すると、綺麗なハンカチを仕舞う。大丈夫、落ち着いた。
そのまま家まで着く。
まだ誰も帰宅してないのか、家の中は真っ暗だ。都合が良い。
服も着替えず、布団を敷き、そのまま倒れこむ。
あの事件の後、両親にこっぴどく怒られ、果てには病院にまで行かされた。
特に異常な部分が無いと診断されたのち、チームメンバーが来て、事の顛末を伝えてくれたおかげで、両親は納得してくれた。
少し我慢すればこれから先の推薦などを失わず済んだ筈だ。
でもあの時は耐えられなかった、自分がまだまだ子供だった。
「それでも耐えて耐えて、その先で閉じ籠るよりかはマシか。」
後で月見に連絡しよう。これ以上あいつに迷惑はかけられない。
週明けには先生にも頼んで終わらせよう。彼女はもう学校に馴染んでいる。
「それで終わりだ。この週末でこの関係を終わらせるんだ。」
布団の魔力に負けながら、物思いにふける。そのまま意識が落ちていく。
彼になんどか連絡を送ったが、一向に返信は帰ってこなかった。
「寝てるのかな、でも天津さんの事だから起きてそうだけど。」
放課後に先生に呼ばれ、プリントを届けて欲しいと頼まれた。
住所を教えてもらった時、自分の家から案外近いことを知った。
そして現在、私は天津夜空の家の前にいる。
インターホンを押しても反応が無い。家に居ないのだろうか。
「あら~うちに何か用事ですか?」
家の前であたふたしてると声をかけられた。
「ごめんなさい!!このお宅の天津夜空さんに用がありまして。」
そこに立っていたのは、仕事帰りであろう奥さんらしき人がいた。
「まさか夜空にこんな可愛い友達がいるなんて驚きよ!!こんな可愛い子が夜空の彼女になってくれたらいいのに。うひょ~恋ちゃんサキュバスなの!?異種族なんて初めて見たわ!!こんな可愛い生き物手放したくないわ。」
夜空のお母さんだ知り、少しでも彼の事を知ろうと話したが、彼の親なのかと疑いたくなるほどにテンションが高い人であった。
「どうぞどうぞ入って、どうせ夜空ズル休みとかしたのでしょ。まぁ色々あったからね。恋ちゃんの手を煩わせるとか・・悪い子ではあるか。」
家の中に案内され、彼の自室の前で連れて行ってもらう。
「お母さんにお渡しすればいいと思うのですが。」
「こういうのは直接渡すのがポイント高いのよ。じゃあお邪魔するわ。」
鼻歌を歌いながら階段を下りて行ってしまい、扉の前に一人取り残される。
「勇気・・勇気を出していこう!お邪魔しま~す。」
ゆっくりと扉を開ける。鍵はかかっておらず、普通に中に入ることができた。
彼は寝ていた。でもぐっすり寝ているとは傍から見れば思えなかった。
時折、聞き取れない何かを喋っている。魘されている、その表現が正しいと思えた。
「天津さん。」
自分は彼に何か出来るのか、今まで彼に何か返せた事が無い。ずっと助けられたのに。そこで気づいた。
「きっと貴方は意図的に避けていたんですね。」
思い返せばいつもそうだ。私が誰かの中心にいた時、その場所に彼は居なかった。
自分の過去を知っている人だらけだからこそ、私を傷つけないために消えた。
「浅間さんの言う通りです。なんて不器用な人なんですか。」
横たわる彼の頭を少しだけ持ち上げる。
少しだけ違和感を感じたのか、彼の表情が若干苦むが、直ぐに戻る。
「昔お母さんがしてくれたんです。こうすると悪夢は去るって。」
いわゆる膝枕と呼ばれるものであった。
「私にも恩返しをさせてください。夜空さん。」
月見恋は気づかない。きっと無意識なのだろう、下の名前で呼ぶことなど。
「・・・やべ、寝ちまった。今何時だ。」
「18時過ぎです。おはようございます夜空さん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・月見。」
目を覚ましたら彼女の顔がそこにあった。いやどういう事だ。
俺は家に彼女を入れた記憶が無い。まさか無意識にやったのか!?
寝起きとは思えない思考速度で頭を回す。けど何も分からない。
「夜空さんのお母さんが入れてくれました。」
「あぁ...理解した。あともうやめないかこれ。色々と誤解を招きかねん。」
普通に恥ずかしいのと、親に見られたら後が面倒くさい。
「やめません。夜空さんがその苦しそうな顔を辞めるまでは。」
「何言って」、そう口に出かけた。自分の手を見る、ついていない血がまた付いてる。これが原因か。
「すぐに直るからハンカチを鞄から取ってくれ。」
手を伸ばそうにも鞄に手が届かず、手持無沙汰になってしまう。
その手を彼女が、月見恋が両手で握った。
優しく、でも離さないようにしっかりと。
「なあ、手を放してくれないか。」
「え?握って欲しそうだったので。」
「保育園生か幼稚園生みたいな事求めてない。頼むからハンカチ取ってくれ。」
だけどもう遅い。汚れてない手を掴まれたら取れそうにない。
「もういい。」
体を起こす、起こそうとする。
「動かない...なんだこれ。」
「すみません。私が少しだけズルをしました。」
恐らくサキュバスの種族的何かの力を使ったのだろう。『魅了』的な奴なのだろう。
「お前がそれを続けても何の解決にならん。」
「じゃあもう片方の手でどうにかすればいいです。」
「どうにかって....」
その手は今汚れてる。こんな俺でも他人を汚したいと思えない。
「使えないものは使えない。」
「そうですか。」
彼女が手を放す。なんだ、存外飽き性のようだ。
「そっちの手だったんですね。」
彼女がもう一度手を取る。
「やめろ!」
声が出た。自分でも驚くほどに。それでも彼女は取った。
手を取ってくれた。
「普通の手ですよ。夜空さんの手です。」
月見恋の手に血など付かなかった。分かりきっていた事だというのに。
「お前、本当にズカズカ入り込んでくるの、マジで最低だな。」
「夜空さんが自分から遠ざかって行くのですから当然です。」
本当に意味が分からない奴だ。こいつは本当に根っこからお人よしだ。
「バカみてぇだな俺。」
自然と笑みが零れる。負けだ、完敗だ、俺は月見恋には勝てない。
「うん、いつもの夜空さんに戻りました。」
ようやく体が動くようになり、体を起こす。その後、彼女からプリント受け取る。
「すまん、迷惑かけたな。」
「でしたら少しぐらいは私のわがままを聞いて欲しいです。」
「うぐ・・仕方ない。プリント持ってくれたしな。」
その言葉で彼女の笑みを浮かべる。
「わかったよ。週末だろ週末、予定空けとくから。」
「はい!」
(父さん、母さん、俺多分の尻に敷かれるタイプです。)
心の中でそう思った。
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