▼30・姫統領の意志と気迫の転生者【最終】


▼30・姫統領の意志と気迫の転生者【最終】


 本陣で、クラウディアは兵略の失敗を悟った。

「どちらもやられたのですか」

「然り……」

 とはいえ、決起した以上、逃げることはできない。

 どこに逃げるというのか。無理な相談である。

 ならば、兵たちの士気が下がる前に。

「構いません、全軍突撃します」

「……統領閣下、正気ですか、水攻めの拠点は相手に握られ、伏兵も壊滅したのですぞ」

「戦うしかありません。幸い、川は浅い。水攻めを仕掛けられても、何割かは渡河できます。森への奇襲部隊も敵本陣に戻るはずです」

「敵の陣は火急普請で強化されております」

「それでも……やるしかないのです」

 彼女は表情を険しくしながら。

「全軍突撃、目指すはアルウィンの首ただ一つ!」

 号令を下した。


 敗勢とは言え、さすがはカリスマの率いる軍勢。

 果敢に攻撃を仕掛けた。

 水攻めに流されながら、森林の奇襲部隊に横腹を衝かれながら、戦士たちは死に物狂いでアルウィンを目指す!

「全てはクラウディア閣下のために!」

「その首、もらい受けてやる!」

 騎兵も歩兵も、陣に勇猛をもって躍り入る。


 しかし、気概だけではどうにもならないものがあった。

 確かに彼らは勇敢だった。彼らは軍団、集団としては、十段構えの王家軍の陣を、七段ほど突き破った。

「次の陣に突っ込め!」

「皆の者、敵本陣まであと少しだ、全部抜き破るぞ!」

 大健闘だった、が、それだけだった。

 八段目の大将である炯眼公の巧みな指揮。そしてアルウィン、ニーナやクラーク――北涼伯の畏友たちは、ハーミットとロベルトを別働隊を率いて打ち破り、陣に戻っていた――など、有力な者たちが前に出てきて、兵卒たちと肩を並べて戦い始める。ついでに背後、九段目の海景伯ジェームズは、普段の言動からは信じられないほど、的確に援護を繰り出す。

「元帥殿がいらしたぞ、戦え!」

「あちらは『北涼の剛剣』ニーナ殿だ、続け、遅れるな!」

「ここでやつらを止める、止めさえすれば勝てるぞ!」

 すると、やや浮き足立っていた軍の士気も持ち直し、放伐軍は猛烈な切り返しを受けた。

 防御設備にも邪魔された放伐軍は、徐々に削れていき、最後には戦意を失って退散した。

「逃げるぞ!」

「もう駄目だ、トンズラするしかない!」

 戦いはここで決するのか。


 しかし、単騎で前に進み続ける者がいた。

「腐敗に肩まで浸かった軟弱者など、このクラウディアが討ち滅ぼして差し上げます!」

 白馬に乗った麗しき統領である。

「何者だ、止めろ!」

 八段目で戦っていた将兵たちが、すぐに集まって止めようとする。

「止まりはしない、なぜなら私は総大将アルウィンを糾問しなければならないからです!」

 一斉に向かってきた将兵を、クラウディアは縦横無尽に馬を駆り、槍を振るい、その命をいともたやすく散らせてゆく。

 狂気ではない。覚悟の武勇だった。


 総大将ながら果敢にも前線に出ていたアルウィンが、異変を感じ取った。

 なにやら騒がしい。

 その言葉は途中で遮られた。

「見つけました、アルウィン、成敗する!」

 陣幕を離れていた彼に、彼女はまっすぐに突撃し、その槍を迅雷のごとく突き出した。

 だが、紙一重で彼に弾かれる。

 その拍子で馬は平衡を崩し、派手に転倒して制御を失うが、さすがは放伐軍統領、上手く着地して姿勢を整える。

 奇跡のような体捌きだった。

「アルウィン殿、なぜ、なぜそちら側に……!」

 言いつつ彼女は、打ち合いの衝撃で折れかかった槍を捨て、剣を抜いた。

「クラウディア嬢、言いたいことはたくさんあるでしょう。しかしこれだけは言える。単騎で敵中に突入するなど、総大将のすることではないね!」

 二人は互いに武器を構える。

「そちらこそ、安い挑発を使うなど、ご立派な北涼伯サマのすることではありませんね!」

「その通り、互いの武器と戦意で戦闘は語られるべきだ!」

 そのまま、誰が合図することもなく始まる一騎討ち。

「アルウィン、私はあなたが、あなたが……!」

「あなたのお気持ちになど興味はない、剣を交えるのに余計な感想などいらないでしょう!」

 打ち合った剣から、薄く火花が散る。

 立ち回りで踏まれた草が、わずかながら風に舞う。

 互いの思いを乗せた決死の剣が、音を響かせ、その急所を狙い続ける!

「アルウィン!」

「クラウディアあぁ!」

 この戦場でなされるどの戦闘より、激しく、猛烈な一騎討ちだった。


 しかしその峻烈な勝負も、長くは続かなかった。

「アルウィン!」

 北涼伯の親友にして信任篤い武将たちが駆けつけてきた。

 クラークとニーナである。

「大丈夫か、助けに、……その相手、クラウディアではないか!」

 目を見張るクラーク。

「なぜ総大将がこんなところに……まあいい、ニーナ、行くぞ!」

「もちろん!」

 三人でクラウディアを取り囲む。

「うう……これはさすがに劣勢ね」

「大人しく縄につけ!」

 しかし彼女は拒否。

「まだまだ……これで!」

 彼女が隠し持っていた玉を転がす。

 耳を撃ち抜くかのごとき音と、燃えるよう閃光、火花が幾重にも弾ける。

「くっ!」

「わぁ!」

 アルウィンらがひるんでいる間に、彼女はその辺の馬を奪い、遠くまで逃げ去っていった。


 突然の嵐はあったものの、結局、勝負は決した。

「勝ちどきを上げよ!」

 将兵は歓喜のうちに「おぉーっ!」と雄たけびを上げた。


 さすがにクラウディアを討ち取るには至らず、逃げられた。

 だが噂によれば、どこかの山林で野盗に殺されたとも、戦いの中で受けた傷が逃げた地で悪化し、天に召されたともいわれている。

 いずれにしても、放伐軍は平らげたといえよう。

 そしてそれは、アルウィンが「アクアエンブレム」による滅びの運命から脱したということでもある。

 長かった。過酷な運命に打ち克つのは、これほど大変だったのか。

 クラウディアを犠牲に、アルウィンはゲームのシナリオを撃砕し、生き延びた。

 王都での凱旋の中、観衆からの歓声を受けつつ、彼は静かに息をついた。

 前世の自分……斯波の少し寂しげな微笑が見えた気がした。


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シナリオの導きと逆境の伯爵 牛盛空蔵 @ngenzou

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