第34話 『仮面』の重さ

『前も断っただろう。それ以上はなくそれ以下もない』


 私・八重垣やえがき紫遠しえんは自室から持ってきたノートパソコンをリビングのテーブルに設置。

 連絡を取ってからWEB会議用のソフトで表示しているのは他でもない、ランスロット先生ことかすみ内人ないとさん。

 あ、本名は勿論話してませんとも、ええ。


 阿久夜あくやみおさんが嘆きで激昂する事数分。

 赤面しつつ冷静さを取り戻した阿久夜さんに、私はランスロット先生に改めて尋ねる事を提案した。 


 いや、あれだけ嘆いてらっしゃるのを見ると、放っておけなかったんで。

 決して、放置したらランスロット先生作のボディを持つ私をどうにかするんじゃないかと怖かった訳ではないんです、はい。


 ともあれ、連絡して事情を話すと、霞さんは若干気が進まない様子ながらも通話を了解してくださいました。

 私のメールとそれを受けての通話での懇願に思う所があったのかもしれない。


 さておき、そうしてパソコンで会話した最中で、

 霞さんが言い放ったのが先程の言葉だったり。


 ちなみに、何度かお会いした時同様、我が憧れのVTuberみなもと光莉ひかりちゃんの着ぐるみ姿でございます。

 阿久夜あくやみおさんも、その姿を見た事はあったのか、誰かから聴いていたのか、顔は引き攣っていたけど普通(?)に応対しております。


『そこの八重垣にも、君と同じような事を問い掛けて、彼女には力を貸したいと思った。

 一方で君は違うと感じた。

 それだけのことだ』

「お、おっしゃる事は分かりますが、先生。

 あの、その、も、もう少し具体的に話してあげてもよくないですか?」


 阿久夜さんがぐぬぬ、って言いそうな形相なので、私なりにフォローを入れてみたり。

 いや、その、美人さんの怖い顔って寿命に悪いと思うんですよ、マジで。

 阿久夜さんはクール系な感じだから尚更に。


『えらく彼女の肩を持つね』

「そ、それはその、ご存じかと思いますが、配信で助けてもらいましたし。

 でも、それだけじゃなくて、その、なんとなくではあるんですが」


 実際その恩義と今日ご迷惑かけちゃったのの合わせ技、という所はある。

 だけど、それを抜きにしても放っておけなかった気もするなぁ。

 初めてリアルで遭遇した同業者(一部)だからかも。

 ……あわよくば友達に――いやいやいや、明らかに私とは違う世界の人だし(震え声。


 ともあれ、そうして告げた言葉から何かが伝わったのだろうか。


 霞さんは「ふむ」と小さく零してから改めて言った。


『……正直、あまり喋り過ぎたくは無かったんだけどな』

「それはどうしてです?」

『こっちは君の……阿久夜澪の能力を過小評価していない、そういう事だ。

 君が頭が良い。演技力も備えている事も把握してる。

 具体的な指摘をした場合、君はそれを可能性があるからね。

 八重垣紫遠の前でごねたのも、こういう場を作る為の演技だった――

 そうだとしてもなんらおかしくないと思ってる』

「えええっ!? いや、まさかそんな……」 


 まさかそんな、と思って座っている阿久夜さんを眺め見る。

 その阿久夜さんは――なんと、小さく微笑んでおりました。

 さっきまでの感情豊かな様子が嘘のように。


 えええええ、マジですか!?

 さっきまでのあれこれが演技だった可能性がある……いやぁ、そうだとしたらすごいなぁ。 


 そうして私が半ば感心していると、表情を変えないままに阿久夜さんが訊ねた。


「だとするなら、どうしてそう思っている事を今話したんですか?」

『まあ――今の所、こちらとしては君に新たな身体を作るつもりはないからね。

 正確に言えば、その決意を今話す事でより固めた、と言った所か。

 なら君の依頼を何故受けなかったのか、そこ含めて多少話してもいいと判断したんだ』


 おおぅ、霞さんの言葉を聞いた瞬間の阿久夜さん、さっきよりも表情は然程動いてないのに怖さが割増しになってるんですががががが。

 それは見えているにもかかわらず、霞さんは変わらない調子で言葉を続けた。


『さて、何故君の依頼を引き受けなかったのか……それは君がVTuberの身体を、ただの装飾品、ただの道具と思っていると感じたからだ。

 君はインフルエンサーとして多角的に活動している。

 VTuberの身体を得たいのは、あくまでその為に必要だからだろう?

 こちらに依頼したのが能力を評価しての事なのは否定しないが、話題作りの一環でもあったはずだ』

「……確かに、私の中でそういう考えがあることは否定しません。

 インフルエンサーとしての活動の一環である事、話題作りの事も。

 ですが、それはそれ、これはこれ。

 わたくしは真剣に貴方へと依頼しました。

 しかし、それが回答が依頼拒否の理由であるなら、正直些か失望しましたわ。

 なんと狭量な考えなのか、と」

『勘違いしては貰っては困るな。

 こちらは別にそういう価値観を否定してはいない。

 君の様な活動をするVTuberを否定はしなし、そういう存在でも場合によっては依頼を受ける事もあるだろう。

 だが、君に対しては、こちらがわざわざ作るほどの理由を見出せない、それだけのことだ』

「じゃあ、何故彼女には作ったんですか!?」

「ひょぇっ!?」


 突然飛び火したぁっ!?

 若干睨まれて私正直悲しいんですがががが……うう、仲良くしたんだけどなぁ、私は。


「この如何にも陰キャで引き篭もりな彼女には、わたくしには持ち得ないものがあると!?」 

『ああ、間違いなくある。

 少なくとも彼女は、VTuberでなければならない理由を持っている。

 そして八重垣紫遠ことクロス・ユカリは、VTuber』 

「え、えええ……そ、そうでしょうか……うひぃっ!?」


 なんとなく呟くと再び阿久夜さんに鋭い視線を向けられてしまってめちゃ怖いです。

 いや、そもそも、そんなに大層な事を私理解してるかなぁ……正直全く思い当たらず自信がないんですが。

 でも、そんな私とは裏腹に霞さんは『私にはそれがある』そう本気で思っているご様子だ。


 だ、だだだ、大丈夫です? 過大評価じゃないです?

 そう問い掛けたいんだけど、阿久夜さんの視線が怖いので私は何も言えませんでしたね、ええ。


『八重垣紫遠が持ち、君が持っていないもの。

 もしそれが本当に――心で理解出来たのなら、俺は君に身体を作ろう。

 だが、それが理解できていない今は、作る理由はない。

 それが今のこちらに出来る最後の解答だ』

「……」

『さて、言うべき事は言ったし、そろそろ落ちさせてもらう』

「あ、あの、その、ほほほ、本日はご多忙の中……」

『気にしなくていい。じゃあ、またいずれ会おう。

 配信応援してる』


 そう言った後、すぐさま会議用のソフトを切ったのだろう。

 私のノートパソコンの画面から霞さんの姿が消えた。


 そうなると、後に残されたのは、

 霞さんが落ちた後も画面を睨み付ける阿久夜さんと、

 そんな阿久夜さんの様子に心底ビビっている私だけでございますね、ええ。


 いや、その霞さぁぁぁん!?

 この空気! この空気どうしてくれるんですかぁぁ!?

 いや、今回頼んでくれた事にはちゃんとお答えいただいたんで、それはありがとうございます、なんですががががが!


 そうして私が頭を抱えていたその時。


「――――認めません」


 そんな、すごく冷たく鋭い阿久屋さんの言葉がリビングに響きましたとさ。

 ……と、刀傷沙汰にはなりませんよね!? なりませんよねぇ!?

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ますくど!ヴァーチャル!! 渡士 愉雨(わたし ゆう) @stemaku

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