第33話 与えられた彼女と、与えられなかった彼女

「え、ええ、と、その、あの……」


 私・八重垣やえがき紫遠しえんは絶賛戸惑っております。

 何故なら現在家に招いている阿久夜あくやみおさんに見破られてしまったからでございます。

 私がVTuber『クロス・ユカリ』であることを。


 いや、別に見破られたからと言って、現状どうこうなるわけじゃないんだろうけど。

 う、うーむ、どういうリアクションを取ればいいんだろ。


 そうして私が困惑していると、阿久夜さんは軽くこちらに手招きしてきた。


「別に取って食いやしませんから、ひとまずそこに座ってくださいな」

「あ、えと、はい……」


 うう、ここは八重垣家なのに……阿久夜さんの方がここに住んでる人みたいな風情だなぁ。

 そのことに我ながら情けなく感じつつ、私はリビングに置かれたテーブルのうちの一つに座る事にした。


「って、どうして真正面の席に座らないんですかっ!」

「ひぃぃっすみませんすみませんー!?」


 一席ずらして座ったら即座に突っ込まれてしまいましたとさ。

 慌てて阿久夜さんの正面の席に座り直す私。


「……え、えーと」

「――――――」


 そうして私は、うちのリビングで阿久夜さんと向き合う事になりました。

 うーむ、なんというか……世の中奇々怪々過ぎません?(震え声)


 そうして正面に座ったはいいものの、何を話せばいいか思い浮かばず、私は手持無沙汰気味。

 一方阿久夜さんも暫く黙っていたんだけど、ふぅ、と小さく息を吐いてから、改めて口を開いた。


「借りについては改めて考えるとして―― 一応、一部同業者ですし、

 ここからはお客様対応無しとさせていただきます。

 よろしいですね?」


 尋ねてはいるけど有無を言わさない圧力的な何かに圧されて、私はコクコクと首を縦に振った。

 それを見て「結構」と小さく笑った後、阿久夜さんは私を見据えた。

 私はまあ視線取っ散らかりまくりなんですががががが。 

 

「ちゃんとこっちを見なさい、と言いたい所ですが、話が進まないですから今日は見逃しましょう。

 まず、私が何故あなたがクロス・ユカリだと気づいたのかというと、声と喋りです」

「そ、そこですか」

「ええ。

 最初話した時はあまりに小さくて分かりませんでした。

 ですが、あのチンピラを組み伏せた時の声や喋り方が完全にユカリと一致してましたから」


 確かに、私はユカリに『変身』している時に話し方や声音を変えてないからなぁ。

 ぶっちゃけて言うと、その辺りを『ある意味演じる』余裕がないんで、ほぼ素なのです。


「自慢になりますが、私はヒトの一人一人の特徴を覚えるのは得意なんです。

 ましてあなたは――まあまあ、特徴的でしたから」

「そ、そうなんですか……」


 うーむ、どういう意味で特徴的なのかは分からないけど、

 現在進行形でリアルインフルエンサーの阿久夜さんにそう言ってもらえるのは、結構嬉しかったり。


 なんにせよ、誰かに覚えてもらえやすいってことだもんね。

 VTuberとしては強み、だといいなぁ、うん。


「ええ、特徴的なのは認めます……認めますが……」


 そう言うと、阿久夜さんは顔を少し俯かせて急にブルブル震え出した。

 な、なんだろうと思ってチラッと観察すると、膝の上のおてて(白くて細くてお嬢様な感じがして素敵です)を握り締めてらっしゃるんですがががが。


「あの、その、えと、あ、阿久夜さん?」


 自宅なのもあって、外よりは話しかけやすくなった私はおずおずと呼び掛ける。

 すると、そのタイミングで阿久夜さんはクワッと顔を上げ、半ば叫んだ。


「どうしてあなたはよくて、わたくしはだめなんですかぁぁぁ!?」

「ひょぇぇっ!? な、なんのことでしょうっ!?」


 突然の大きめリアクションに恐れ戦いて私はビクゥッと身体を震えさせる。

 そんな私を鋭い目で睨みつつ阿久夜さんは答えた。


「もちろん、かのランスロット先生によるVTuberとしての身体ですっ!」

「え、えぇぇぇ……!?」

「ランスロット先生は、私的に今世代で指折りのクリエイター!

 私は以前から彼の手掛けたイラストやVTuberの身体を高く評価しておりました……!

 それゆえにVTuberを始めるにあたっては、彼デザインの身体で、そう思っていたのですがっ!!」


『色々と言いたい事はあるが……端的に言うと、君は駄目だ』


「などと言われて断られたんですよ!?

 何故に……!?

 前金は高額提示、完了後はさらにその倍を予定していたのにっ!

 なによりこのわたくしが頼んだのにっ!?」


 え、えーと、つまり、ランスロット先生――すなわちかすみさんが、

 阿久夜さんからのVTuberボディ制作依頼を断った、ということ?


 それは――うーむ、正直全く理由が分からないなぁ。

 少なくとも依頼料的な意味は全然問題なかったんだろうし、

 そもそも阿久夜さんがインフルエンサーとして精力的に活動してる姿を考えれば、

 単純な損得の話で言えば引き受けない理由の方がないと思うし。


 いや、まあ、そういうシンプルな事柄で依頼を受けるかどうかを決める人なら、私は絶対に断られてたはずですしね。


 うう、私の場合、現状無料で引き受けてもらったのが、なんだかすごく申し訳ないんですが。

 というか、それを知られたら、私ただでは済まないのでは?


「あ、あの、その、先生には先生なりの拘りというか考えがあったんだと思いま……ひゃぁぁぁっ!?」


 そんな後ろめたさもあったけど、少し落ち込んでるようにも見えたので、それをどうにかしたくて私は声を掛けたんですが。

 少し身を乗り出し気味にした瞬間に両肩を掴まれてグラグラと揺さぶられましたたたたた。

 

「それは一体なんなんです!? 知ってるなら教えてくださいまし!

 そうしたら今すぐにでも再度依頼をぉぉっ!」

「NOぉぉぉっ!? わ、わたし存じませんですぅぅっ!?

 せせせ、先生に! 先生に直接聞いてくださいぃっ!?」


 そうして。

 私は暫くの間興奮冷めやらない阿久夜さんにグワングワン振り回されることとなりましたとさ。


 いや、本当に何故なんでしょうね?

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