第32話 思わぬ来訪、そして思わぬ正体バレ!?

「あいたたたた!? な、なんだよ、お前っ!?」


 チンピラ男性(仮)……いや実際手を出そうとしたからもうチンピラ男性という事で、うん。

 ともかく私・八重垣やえがき紫遠しえんは恩人たる阿久夜あくやみおさんに掴みかかろうとしたチンピラさんに駆け寄って関節技で地面(コンビニの駐車場)に組み伏せた感じです。


 ううう、こういう事はなるべくしないようにするつもりだったんだけどなぁ。

 いや、必要があれば躊躇うつもりはないんですがががが。


 ってそれはそれとして。


 こういう時って、どう言えばいいかな。

 通りすがりのVTubeです、覚えて……は駄目だね、うん。

 私は色々思考を巡らせた上で、普通に答えることにした。


「あ、あの、その、通りかかっただけですけど、さすがに女性に手を挙げるのは良くないと思ったので」


 我ながら普通に話すより、緊急時の方が声を出しやすいのはどうしてなんだろ。

 自分の事なのに謎でございますね、ええ。


「いや、それは――というかそもそも向こうが……」

「そ、そそそ、それはお店の監視カメラで確認するのはどうでしょう?

 えと、その、その上で改めて判断すべきかと」

「か、監視カメラっ!? いや、それは――」


 私がそれを指摘するとチンピラさんは露骨に顔を引き攣らせた。

 う、うーむ、このリアクションはカメラに不利な所でも写ってる感じなんだろうか。

 まあその辺りも含めて確認すべきだね、決めつけ良くない。


 って、それはそうとさっきからどうして阿久夜さんは黙って……。


「……うひぃっ!?」

「あん? なんだよ、一体どうし……ひぃぃぃっ!?」


 なんとはなしで視線を向けた先を見て、私は思わず悲鳴を上げてしまいました。

 同じ方向を見たチンピラさんも同じくな気持ちだと推察されます。


 私が見上げた先には、頭にジュースの缶を乗せた阿久夜さんがいらっしゃって、ですね。

 えと、その、そこから、ポタッポタッと、まるで頭を怪我したみたいにジュースが垂れ流されていてですね。

 あの、えと、すごく素敵なお洋服が汚れていて……ここここ、これ怒ってらっしゃいますよね?

 阿久夜さんを迎えに来たと思しき運転手さんは顔面蒼白なんですがががが。

 

 多分、これ、私のせいだよなぁ。

 私が関節技を極めた際に、ジュースが宙に舞ったんだろうし……ううう、わ、わざとじゃないんだけど、申し訳ないでございますです、はい。


「あら、どうかしましたか? 話を進められてくださいまし」

「「た、大変申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!」」


 直後響いた阿久夜さんの声音が、あまりにも冷たくて。

 大いにビビった私とチンピラさんは即座にその場で土下座しましたとさ。

 いや、それ位怖かったんですよ、ホント。




 

 それから10分後の現在。


「すみません、シャワーをお借りしまして」


 阿久夜さんは、我が八重垣家に上がっておられます、はい。

 あれから何がどうなってこうなったのかを平たく言うと、



 私とチンピラさんが揃って謝罪直後、チンピラさん隙を見て逃亡。

 

→思わず私は追いかけようとする

(いや、阿久夜さんから逃亡する気はなく、あくまで追跡の為です)


→阿久夜さんに肩を掴まれ、

 このままだとジュースが染みになるのでクリーニング店を紹介してほしいと頼まれる。


→クリーニング店まで案内する精神的余裕が私になかったため、

 八重垣家まで案内


→母様に事情を説明して阿久夜さんの衣服を洗濯してもらいつつ、

 シャワーに入ってもらう


→ひとまず一段落☆今ココ!



 という感じでございます、はい。

 ちなみに、私は物陰から母様と阿久夜さんのやりとりを覗いていたり。

 あ、それと阿久夜さんはひとまず私のトレーニングウェア(洗濯したばかりの予備)を着ております。


「ううん、気にしないで。

 お洋服は、汚れて時間も経ってなかったし、あれぐらいだったら染みにはならないと思うわ。

 もう少ししたら乾くから、もう少し待ってくれるかしら」

「丁寧かつ迅速な対応痛み入りますわ」

「ごめんなさいね。

 うちの紫遠ちゃんが汚しちゃったんでしょう?」

「それについては、さっきもお話した通り、わたくしを心配してくださってのことですから。

 ぜ・ん・ぜ・ん・怒っておりません」


 ちらり、とこちらを一瞥して阿久夜さんが微笑むのを見て、私はビクビクしております。

 うううっ、多分言葉どおりなんだろうけどなぁ……すみません、ビビりなものでして。

 母様はそんな私達を眺めて微笑むと、小さく頷いてから告げた。


「それじゃあ、積もる話もあるでしょうし、あとはお若い方同士で」


 いや、その母様っ!?

 お見合いとかじゃないんで!

 ふ、二人きりにされると少し困っちゃうんですけどォォォ!?


 私のそんな叫びは我が家にお客様がいるという緊張感から口をワナワナと動かすだけに留まって、実際には声に出せませんでしたとさ。

 ううう、私の陰キャぶりが我ながら憎い……そんな事を思っていると。


「そうですね、確かに積もる話がありますね」


 そう言って阿久夜さんが私へとキラーンッと目を輝かせる。

 うううっ、やはり服を汚し、あまつさえインフルエンサーの貴重なお時間を奪ったお説教ですかぁ!?


 などと思っていた次の瞬間――阿久夜さんは私の予想を超える言葉を口にした。


「そうでしょう? VTuber、クロスユカリさん」


 えぇぇぇぇぇ!? 何でバレてるんですぅっ!?

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